キシリア様観光9
# 第29話 幻のミルフィーユと、傲慢の勇者のデート評
黒猫をお迎えし、すっかりご機嫌になったキシリア。
猫カフェを出た彼女の頭の中には、すでに次の楽しみが浮かんでいた。
「さて……それじゃあ、そろそろ例のお菓子について聞いてみようかしら!」
『例のお菓子?』
『あっ、ミルフィーユか!』
『ずっと気になってたもんなw』
「そうよ! マドカが作ったというミルフィーユ!」
キシリアは画面に向かって胸を張った。
「クリームとパイを使ったお菓子なんでしょう? そんなもの、美味しいに決まっているじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:ミルフィーユのことだね! あれは屋敷のキッチンで作ったもので、今のところエキドナ館のお店では売ってないんだ』
「…………は?」
キシリアの笑顔が止まった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 売っていないって、どういうことよ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:そのままの意味だよ! まだ商品として販売してるわけじゃないんだ』
「そ、そんな……!」
キシリアは胸を押さえた。
「私は……私は、あれを食べるのを楽しみにしていたのよ……!」
『期待が大きすぎるw』
『まだ食べられると決まってなかったんだよなあ』
『キシリア様、勝手に食べられると思ってたw』
「だって、マドカが作ったって聞いたんだもの! ゴールに行けば食べられると思うじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:作ったことと、お店で売ってることは別だからね?』
「うぐっ……!」
正論だった。
キシリアは悔しそうに唇を尖らせた。
「……それで? 今、屋敷にはないの?」
『マドカ【エキドナ公式】:作った分が残ってるかは、確認してみないと分からないなあ。それに、今は別のお菓子を作ってるところなんだ』
「別のお菓子?」
『マドカ【エキドナ公式】:プリンだよ! エキドナ館でも人気なんだ』
「プリン……!」
キシリアの目が、わずかに輝いた。
「それも美味しそうね……。でも、今の私が求めているのはミルフィーユなのよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:ミルフィーユはちょっと時間がかかるから、明日でもいい? キシリアさん、泊まるんでしょ?』
「…………」
一瞬の沈黙。
そして。
「泊まるわ!!」
『即答www』
『ミルフィーユのために宿泊決定』
『部屋が用意されててよかったねw』
「ふふん! せっかく用意してもらったお部屋だもの! 使わない手はないでしょう!」
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう! ゆっくりしていってね!』
「ええ! 明日のミルフィーユ、楽しみにしているわよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:うん! 頑張って作るね!』
キシリアは満足そうにうなずいた。
「よし! これで明日の楽しみもできたわ!」
『今日の楽しみはプリンかな?』
『お菓子の予定だけは完璧w』
『装備の相談も忘れないでくださいね』
「分かっているわよ! お菓子も装備も、どちらも大事なんだから!」
そう言って、キシリアはふと何かを思い出したように首を傾げた。
「……あら、そういえば」
『マドカ【エキドナ公式】:どうしたの?』
「前に話していた、あのオラオラ系の勇者さん。名前は何だったかしら?」
『オラオラ系www』
『誰のことだ?』
『ああ、プライドかw』
「そう! 傲慢のプライドよ!」
キシリアは腕を組んだ。
「まったく、あの人にはもう少し繊細さというものを覚えてほしいわね!」
『マドカ【エキドナ公式】:プライドさんか! そういえば、同じ時期にゴールに来るかもしれないんだったね』
「ええ。だから、街でばったり会う可能性もあるわね」
『マドカ【エキドナ公式】:もし会ったら、どんな話をするの?』
「そうねえ……」
キシリアは考えるように顎に手を当てた。
「まずは、女性が身だしなみにどれだけ気を遣っているか、そこから教えてあげる必要があるわ!」
『身だしなみ?』
『急にどうしたw』
『プライドさん、何かやらかしたの?』
「別に、何かされたわけじゃないわよ! ただ、あの人の性格を考えると、デートでも大変そうだと思っただけ!」
『マドカ【エキドナ公式】:ああ、なるほどね! たとえば、どんな感じ?』
「そうね。たとえば、女性が『このお店、可愛いね!』と言ったとするでしょう?」
キシリアは、プライドの真似をするように声を低くした。
「『あ? 好きなの買えばいいじゃねぇか? 俺、武器屋行ってくるからよ』……とか言いそうじゃない?」
『wwwww』
『ありそうで草』
『デート中に武器屋へ行くなw』
『マドカ【エキドナ公式】:あははっ、ありそう! せっかく一緒に出かけたのに、別行動になっちゃうじゃんw』
「そうでしょう!? それに、きっと自分の武勇伝を語り始めるのよ!」
キシリアは勢いよく続けた。
「『俺の剣技はよぉ!』とか、『あのモンスターを一撃で倒したんだぜ!』とか! 女性が聞きたい話かどうかも考えずにね!」
『武勇伝タイム始まったw』
『自分の話ばっかりは困るなw』
『キシリア様の想像が止まらないw』
『マドカ【エキドナ公式】:でも、もし本当にそうだったら、ちょっと困るね! お店を一緒に見て回るのもデートの楽しみなのに』
「そのとおりよ!」
キシリアは力強くうなずいた。
「それに、待ち合わせの時間にも遅れてきそうだわ! 武器屋に寄っていたら時間を忘れた、とか言ってね!」
『マドカ【エキドナ公式】:あははっ! それは困るね!』
『この二人、完全に女子会してるw』
『プライドさん本人は知らないところで評価が下がっていくw』
『想像だけでここまで盛り上がれるのすごいw』
「いい? デートというのは、ただ一緒に歩けばいいというものじゃないの!」
キシリアは真剣な顔で言った。
「相手の話を聞く。相手が何を楽しんでいるのかを考える。一緒にいる時間を大切にする。高価なものを買えばいいという話でもないわ!」
『マドカ【エキドナ公式】:なるほどね! 確かに、相手と一緒に楽しむことが大切なんだ』
「そういうことよ!」
キシリアは満足げにうなずいた。
『マドカ【エキドナ公式】:でも、キシリアさんって、そういう話に詳しいんだね?』
「……え?」
キシリアの動きが止まった。
「な、何よ、その質問は!」
『マドカ【エキドナ公式】:いや、経験があるのかなって!』
「け、経験なんてなくても分かるでしょう!? 一般常識よ、一般常識!」
『マドカ【エキドナ公式】:ふふっ、そうだね!』
『マドカさん、さらっと聞いたw』
『キシリア様、ちょっと動揺してません?』
『女子会らしくなってきたなw』
「と、とにかく! もしプライドに会ったら、繊細さについてきっちり教えてあげるわ!」
『マドカ【エキドナ公式】:そのときは頑張ってね!』
「任せなさい!」
キシリアは自信満々に胸を張った。
「ふふん! 明日はミルフィーユを食べて、それからプライドに会ったら説教! 予定は完璧ね!」
『お菓子の予定が最優先w』
『説教はついでなんだw』
『まずはミルフィーユを無事に食べられるかですね』
「ついでじゃないわよ! どちらも重要なの!」
キシリアはコメント欄に言い返し、満足そうに笑った。
明日はミルフィーユ。
そして、もし傲慢の勇者プライドに会うことがあれば、デートの心得をたっぷり教えてやる。
そんな予定を立てながら、キシリアはゴールの街を歩いていくのだった。




