初めてのパーティー
冒険者になってから、三日が経った。
アリシアは今日も冒険者ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
掲示板には、様々な依頼が貼り出されている。
薬草の採取。ゴブリンの討伐。街道の護衛。荷物の運搬。
その一つ一つを眺めながら、アリシアは腕を組んで考えていた。
「……どれにしよう」
冒険者になった以上、仕事をしなければ生活できない。
それは理解している。
問題は――自分に何ができるのかが、まったくわからないことだった。
討伐依頼は怖い。
護衛も、何をすればいいのかわからない。
荷物運びは……できるかもしれない。
けれど、最初から重い荷物を持つ仕事を選ぶのも不安だった。
そんな中で目に入ったのが、薬草採取の依頼だった。
「これなら……」
戦う必要はない。
森に入る危険はあるものの、薬草を探して持って帰るだけなら、自分にもできそうだった。
アリシアは依頼書を受付へ持っていった。
「薬草採取ですね。採取場所はこちらの森になります。指定された薬草を一定数集めてきてください」
「わかりました」
「気をつけてくださいね」
「はい!」
こうして、アリシアの最初の仕事が始まった。
森の中へ入る。
木々の間から差し込む光を眺めながら、アリシアは依頼書を確認した。
「これが薬草……」
そこには簡単な絵が描かれている。
似たような植物も多いが、絵と見比べれば見つけられるだろう。
そう思っていた。
――三時間後。
「…………」
アリシアは、森の中でしゃがみ込んでいた。
目の前には草。
その隣にも草。
さらにその向こうにも草。
「どれ……?」
依頼書を見る。
草を見る。
もう一度、依頼書を見る。
「全部同じに見える……」
結局、その日アリシアが持ち帰れた薬草は――ゼロだった。
受付嬢に事情を話すと、彼女は苦笑しながらも怒ることなく説明してくれた。
「薬草は、葉の形だけじゃなくて、茎の色や生えている場所も見た方がいいですよ」
「……そうなんですね」
「慣れれば見分けられるようになりますから」
「ありがとうございます」
アリシアは素直に礼を言った。
失敗した。
けれど、まだ一日目だ。
明日は別の仕事をやってみよう。
そう考えた。
そして翌日。
アリシアが選んだのは、ゴブリンの討伐依頼だった。
「今日は……戦ってみよう」
冒険者になるなら、いつかは戦えなければならない。
そう思って、剣を握る。
森の中を進んでいると、やがて前方から物音が聞こえてきた。
ガサッ。
「……!」
アリシアは足を止めた。
草むらが揺れる。
次の瞬間、緑色の小さな魔物が飛び出してきた。
「ゴ、ゴブリン……!」
剣を抜く。
相手がこちらへ向かってくる。
頭では戦わなければいけないとわかっているのに、身体が動かない。
「来ないで……!」
ゴブリンが棍棒を振り上げた。
「ひっ!」
アリシアは反射的に後ろへ下がった。
足がもつれる。
そのまま地面へ倒れ、手から剣が離れた。
「いやっ……!」
ゴブリンが迫ってくる。
「誰か! 助けて!」
次の瞬間、横から飛び込んできた冒険者がゴブリンを斬り伏せた。
「大丈夫か!?」
「は、はい……」
アリシアは震えながら頷いた。
冒険者はアリシアの様子を確認すると、深く息を吐いた。
「一人でゴブリン討伐は、まだ早かったんじゃないか?」
「……そう、かもしれません」
依頼は当然、失敗だった。
そして三日目。
アリシアは、今度こそできそうな仕事を選んだ。
荷物の運搬。
戦う必要はない。
薬草のように見分ける必要もない。
ただ荷物を運べばいい。
そう思っていた。
「…………重い」
実際に荷物を持ち上げてみるまでは。
アリシアは必死に荷物を抱えた。
「これを……目的地まで……」
歩く。
少し歩く。
休む。
また歩く。
そして、また休む。
結局、予定していた時間までに荷物を届けることができなかった。
依頼失敗。
三日連続で、失敗だった。
ギルドへ戻ったアリシアは、受付の前で小さく頭を下げた。
「……すみません」
「謝らなくて大丈夫ですよ」
受付嬢は困ったように笑う。
「最初は失敗する人も多いですから」
「でも……三日連続です」
「だからこそ、もう少し簡単な依頼から始めてみるのはどうでしょう?」
「簡単な……依頼」
「はい。アリシアさんができることから、少しずつ慣れていけばいいんです」
「……わかりました」
そう答えたものの、アリシアの胸は重かった。
自分ならできると思っていた。
少なくとも、努力すれば何とかなると思っていた。
けれど現実は違った。
薬草一つ見つけられない。
魔物を前にすると身体が動かない。
重い荷物すらまともに運べない。
「……冒険者って、こんなに大変なんだ」
ギルドの隅に座り、アリシアは自分の手を見つめた。
以前は、この手で何かをする必要なんてなかった。
必要なものは誰かが用意してくれていた。
けれど今は違う。
自分で稼がなければならない。
自分で生きていかなければならない。
その現実が、少しずつ重くのしかかってきていた。
「……どうすればいいんだろう」
そのときだった。
「ねえ」
声をかけられ、アリシアは顔を上げた。
そこには、明るい笑顔を浮かべた青年が立っていた。
「君、アリシアだよね?」
「……はい」
「俺、カイ。よろしく」
「私はミナ!」
カイの後ろから、元気そうな少女が顔を出した。
「よろしくね、アリシア!」
「よろしくお願いします」
アリシアは戸惑いながら頭を下げる。
「さっきから見てたんだけどさ」
カイは悪びれもせず言った。
「君、まだ一人で冒険するのはちょっと厳しそうだよね」
「……はい」
反論できなかった。
「だからさ、今日だけ俺たちのパーティーに入らない?」
「私が……ですか?」
「うん。ちょっとだけ人手が欲しかったんだ」
ミナも笑顔で頷く。
「三人いれば、できる依頼も増えるしね」
アリシアは二人を見た。
これまで、ずっと一人だった。
自分で生きると決めた。
けれど、一人で何もかもできるほど甘くないことは、この三日間で嫌というほど思い知らされている。
「……私でよければ」
「もちろん!」
「じゃあ決まりだな」
カイが嬉しそうに笑った。
「森へ行こう。今日は簡単な依頼だから、そんなに心配しなくていいよ」
「はい」
アリシアは立ち上がった。
初めてのパーティー。
これなら、冒険者としてのやり方を学べるかもしれない。
一人では何もできなかった自分でも、誰かと一緒なら――。
そんな小さな期待を胸に、アリシアはカイとミナの後を追ってギルドを出た。
三人は王都を離れ、森へ向かって歩いていく。
その先に待っているものを、アリシアはまだ知らなかった。




