キリシア様観光2
# 第20話 エキドナ屋敷の門番と、お土産の掟
ゴールでの初配信を終えたキシリアは、エキドナ関係の人々に会うため、エキドナ屋敷を訪れていた。
目の前にそびえる立派な屋敷を見上げ、キシリアは満足そうに微笑む。
「ふふん。なかなか立派な屋敷じゃない。ここなら、マドカたちもいるはずね!」
配信端末を起動し、視聴者に向かって胸を張る。
「さあ、みんな! これからマドカに会いに行くわよ! あの子が私の顔を見たら、きっと喜ぶに決まって――」
「わんお!」
「……ん?」
突然、門の向こうから小さな影が飛び出した。
槍を構え、キシリアの行く手を塞いだのは、小柄なコボルトの少女だった。
「な、何よ、あなた!?」
キシリアは思わず足を止める。
コボルトの少女はキシリアを見上げ、槍を構えたまま動かない。
「私は招待されて来たのよ! ここにいる人たちに用があるの!」
「わふ?」
ジュリエットは首を傾げた。
「だから、招待客だって言ってるでしょ!」
「わんお!」
ジュリエットはキシリアの顔を見たあと、その手元をじっと見つめた。
「……何? 私の顔に何かついてる?」
ジュリエットはキシリアの手元をもう一度確認すると、門の前から動こうとしなかった。
『いきなり門番が出てきたw』
『かわいい!』
『槍持ってる。ちゃんと仕事してるんだな』
『キシリア様、まさか入れないの?』
「誰が入れないですって!?」
キシリアはコメントに反応してから、改めてコボルトに向き直った。
「私は招待されて来たのよ! ちゃんと用事もあるんだから!」
「わんお!」
「だから、そう言ってるでしょう!?」
ジュリエットはキシリアの言葉を理解しているように、じっとその顔を見つめている。
しかし、門を開ける気配はない。
『会話は通じてるはずなのにwww』
『ジュリエットちゃん、何を言ってるかはわかってるんだよなw』
『でも通してくれない』
『キシリア様、門番に苦戦中』
「ちょっと! あなた、私の話を聞いてる!?」
「わふ?」
「聞いてるのか聞いてないのか、どっちなのよぉ!」
キシリアが頭を抱えた、そのときだった。
「あらあら。ジュリエット、どうしたのですか?」
屋敷のほうからアナスイが歩いてきた。
「アナスイ! ちょうどいいところに来たわね!」
キシリアは、ようやく助けが来たとばかりに胸を張る。
「この子、私が招待客だって言っているのに、門を通してくれないのよ!」
「あら、そうでしたの」
アナスイはキシリアを見て、それからジュリエットに目を向けた。
「ジュリエット。この方はお客様ですわ」
「わんお!」
ジュリエットは元気よく返事をするように鳴いた。
そして、再びキシリアの手元へ視線を向ける。
「……え? 今ので何か解決したの?」
アナスイはジュリエットの視線を追い、くすりと笑った。
「ふふっ。ジュリエットは、ちゃんと門番のお仕事をしているのですわ」
「ええっ!? そこは褒めるところなの!?」
「もちろんですわ。偉いですわね、ジュリエット」
「わんお!」
褒められたジュリエットは、嬉しそうに尻尾を振った。
『褒められて尻尾ぶんぶんで草』
『ちゃんとお仕事してたんだね』
『これはキシリア様が悪い……のか?』
『いや、初見でそんなルールわからんだろw』
「そうよ! 私だって、そんなルールがあるなんて知らなかったんだから!」
キシリアはコメント欄に向かって抗議した。
「そもそも、お土産って何よ! 私は遊びに来たわけじゃないの! 用事があって来たのよ!」
「ええ、存じていますわ」
アナスイは穏やかな笑みを浮かべた。
「ただ、この屋敷を訪れる方は、住んでいる皆さんへのお土産を持ってくる習慣があるのですわ」
「……そうなの?」
「ええ。ですから、キシリア様がお持ちになっている装備関係の資料も、大切なお話のためのものなのでしょうけれど」
アナスイはジュリエットの頭を優しく撫でた。
「この子たちには、お菓子を持ってきた方を通すように教えているのですわ」
「わんお!」
ジュリエットは誇らしげに胸を張り、尻尾を振った。
「お菓子が必要ってこと……?」
キシリアはゆっくりとジュリエットを見た。
ジュリエットはキシリアと目が合うと、こくりと頷くように頭を動かした。
「ぐぬぬ……!」
キシリアは頭を抱えた。
「まさか、お菓子がないと門を通れないなんて……!」
『屋敷全体へのお土産とは別に、門番にも必要なのかw』
『コボルトたちにはお菓子が通行証なんだな』
『アナスイさん、ジュリエットちゃんをちゃんと褒めるの優しい』
『キシリア様、ゴールの洗礼を受けてる』
「洗礼って何よ! 私はただ屋敷に入りたいだけなんだけど!?」
アナスイが穏やかに提案した。
「商店街でお菓子を買ってこられてはいかがでしょう?」
「商店街?」
「ええ。この屋敷からすぐ近くですわ。少し歩けば、お土産にできそうなお菓子も見つかると思いますわよ」
キシリアは屋敷の外を振り返った。
確かに、ここはゴールの中だ。商店街まで遠出する必要などない。
「……つまり、お菓子を買って戻ってくれば、通してくれるのね?」
「わんお!」
ジュリエットは元気よく鳴き、尻尾を振った。
「ぐぬぬ……!」
キシリアは悔しそうに唸った。
「まさか、こんなところで足止めされるなんて……!」
『キシリア様、完全に予定外w』
『でもジュリエットちゃんはルールを守ってるだけだからなあ』
『ここで強引に通らないのは偉い』
『視聴者との口喧嘩には強いのに門番には勝てないお嬢様』
「最後のコメント、覚えておきなさいよ!!」
キシリアはびしっと配信端末を指さした。
それから、改めてジュリエットを見る。
「……あなたも、お仕事でやっているのよね?」
ジュリエットはキシリアを見つめ、こくりと頷いた。
「わんお!」
「なら、仕方ないわね。今回は私が知らなかっただけだもの」
少し不満そうではあったが、キシリアはそう言って息をついた。
「いいわ! 商店街でお菓子を買ってくるわよ! 戻ってきたら、ちゃんと通しなさいよね!」
「わんお!」
ジュリエットは元気よく鳴き、キシリアを見送るように尻尾を振った。
キシリアはくるりと踵を返す。
「まったく……。マドカに会う前から、こんなことで手間取るなんて思わなかったわ!」
『お菓子を買いに行くだけなのに大冒険みたいになってるw』
『商店街はすぐそこだぞw』
『キシリア様、今度こそお菓子を忘れずに!』
『ジュリエットちゃん、いい門番だった!』
「だから大冒険じゃないってば! すぐそこなんでしょう!?」
コメントに言い返しながらも、キシリアの足取りは軽い。
「いいわ。せっかくだから、みんなに喜ばれるお菓子を選んであげる! 私のセンスを見せてあげるわ!」
ジュリエットは門の前で、尻尾を振りながらキシリアを見送っていた。
こうしてキシリアは、エキドナ屋敷の門をくぐるためのお土産を買いに、すぐ近くの商店街へ向かうのだった。




