キシリア様観光1
# 第19話 嫉妬の勇者キシリア、ゴールで初配信!
勇者会議を終え、転移用のアイテムも用意してもらったキシリアは、ついにゴールへとやってきた。
初めて訪れる土地。
そして、ここには嫉妬大陸では経験できなかったものがある。
――配信を通じて、自分と直接会話してくれる人々だ。
キシリアは配信用の画面を確認すると、深呼吸をひとつ。
「よし……!」
これからが本番だ。
勇者としての知名度はもちろん大切。けれど、それ以上に大切なのは、ここにいる人たちに自分を知ってもらうこと。
せっかく話しかけても、誰も返事をしてくれない。そんな環境ではないのだ。
ここなら、自分の言葉に反応が返ってくる。
ならば――
「ふふん。私の魅力を存分に伝えて、みんなを私の味方にしてみせるわ!」
キシリアは自信満々に配信を開始した。
『配信始まった?』
『誰だこの子』
『初見です』
『なんかすごいお嬢様っぽい人が来た』
『背景がゴールっぽい?』
「……えっ?」
キシリアの笑顔が固まった。
誰だ、この子?
初見?
「ちょ、ちょっと! 私を知らないの!?」
『知らないです』
『ごめん、マジで誰?』
『有名な人?』
『その自信はどこから来るんだw』
「ど、どこからって……!」
思わず声を荒らげかけ、キシリアはハッと口を閉じた。
いけない。
ここで怒ってどうするの。まずは知ってもらわなければ!
彼女は咳払いをひとつすると、背筋を伸ばし、優雅に微笑んだ。
「こほん! 初めまして、皆さん。私は嫉妬大陸の勇者、キシリアよ! 侯爵家の令嬢にして、嫉妬大陸のファッションリーダー! この美貌と気品、そして華麗なる実力を兼ね備えた――」
『情報量が多い』
『自分で美貌って言ったw』
『ファッションリーダーなんだ』
『侯爵令嬢なのか。すごい人だった』
『つまりお嬢様?』
「そうよ! ようやく理解できたようね!」
キシリアは満足げに頷いた。
『褒めてないのに満足してるw』
『ちょっと面白いなこの子』
『勇者ってみんなこんな感じなの?』
「ちょっと! 今のどこに面白い要素があったのよ!?」
『もう怒ったw』
『反応が早い』
『コメント全部拾ってくれるタイプ?』
「こ、コメントを拾うのは当然でしょう! せっかく皆さんが私に話しかけてくださっているのだから、きちんとお返事するのが礼儀というものよ!」
言ってから、キシリアは少しだけ頬を緩めた。
そう。これだ。
自分が話せば、誰かが返してくれる。
そして、その返事に自分がまた答えれば、さらに言葉が返ってくる。
なんて楽しいのだろう。
嫉妬大陸では、こんなふうに見知らぬ大勢と気軽に会話することなどできなかった。
だからこそ、この機会を無駄にするわけにはいかない。
「とにかく、これから私のことをしっかり覚えておきなさい! きっと気に入るはずよ!」
『自信がすごいw』
『嫌いじゃない』
『で、今日は何するの?』
『ゴール観光?』
「そう! 今日はゴールを見て回るつもりよ。私、こちらに来たばかりなの!」
『観光配信か』
『初めてのゴールなんだ』
『なんで来たの?』
「エキドナに招待されたからよ!」
『エキドナ!?』
『あのエキドナ?』
『エキドナの知り合いなのか!』
『急に大物の名前が出てきた』
「ふふん、そうよ! エキドナとは勇者会議で一緒になったの。せっかくゴールに来たのだから、案内してもらうつもりなのよ!」
『じゃあマドカとも知り合い?』
『マドカと会った?』
『エキドナとマドカって仲いいよね』
「もちろん、マドカとも仲良しよ!」
キシリアは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
ここは大事なところだ。
マドカと親しいとわかれば、視聴者だって自分に興味を持ってくれるかもしれない。
「マドカは私にとって妹みたいなものね! ふふん、あの子も私のことを頼りにしているはずよ!」
『えっ』
『妹みたいなもの?』
『マドカ、そんなこと言ってたっけ?』
『この前の勇者会議の配信見たけど……』
「な、何よ?」
『マドカ、キシリアにちょっと引いてなかった?』
『そもそもマドカって会場にいなかったよね?』
『配信で参加してたはず』
『文字でやり取りしてたよね』
「…………は?」
キシリアの笑顔が引きつった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 引いていたって何よ! そんなことなかったでしょう!?」
『いや、なんか温度差あった気がする』
『キシリアが一方的に距離詰めてるように見えたw』
『妹というより、キシリアが勝手にお姉ちゃん名乗ってる感じ?』
「か、勝手に名乗ってなんかいないわよ!!」
声が裏返った。
まずい。
ここで視聴者の印象を悪くするわけにはいかない。
キシリアは慌てて咳払いをし、できるだけ優雅な笑みを取り戻した。
「い、いいこと? マドカとはちゃんと会話したの! 私たちの間には、あなたたちにはわからない絆があるのよ!」
『どんな絆?』
『具体例お願いします』
『マドカ本人のコメント待ち』
『本人に確認したいw』
「具体例って……そ、それは……!」
言葉に詰まった。
実際、マドカと親しくなりたいとは思っている。もっと話したいし、もっと仲良くなりたい。
けれど、視聴者に説明できるほど、二人の仲が深まっているかと聞かれると――。
「……こ、これからもっと仲良くなる予定なのよ!」
『予定なんだw』
『正直でよろしい』
『これから仲良くなるなら妹というより未来の妹?』
「未来の妹って何よ!!」
キシリアは思わず机を叩きそうになり、寸前でこらえた。
違う。違うのだ。
自分は視聴者と仲良くなりたいのであって、喧嘩をしたいわけではない。
それなのに、どうしてこの人たちは、こうもいちいち引っかかることを言ってくるのか。
「と、とにかく! マドカとはこれからもっと親しくなるの! それに、ゴールを案内してもらう約束だってしているんだから!」
『おお、約束してるんだ』
『それはいいね』
『マドカが案内してくれるの?』
『本人に確認しよう』
「だから、どうしてすぐ本人に確認しようとするのよ!?」
『だって一番確実じゃん』
『キシリアの言うことを疑ってるわけじゃないよ?』
『ほんとかなーって思ってるだけ』
『それを疑ってるって言うんだよw』
「あなたたちねぇ……!」
キシリアは頬を膨らませた。
だが、コメント欄に並ぶ言葉を見ているうちに、ふと気づく。
この人たちは、自分の話を聞いてくれている。
からかってはくるけれど、無視しているわけではない。質問もしてくれるし、自分の返事を待ってくれる。
それどころか、もっと話を聞こうとしてくれているのだ。
「……ま、まあ、いいわ。今はまだ、私とマドカの仲を完全には理解できていないようね」
『お、落ち着いた』
『急に大人の余裕を出してきたw』
『さっきまで怒ってたのに』
『切り替えが早い』
「うるさいわね! 私は最初から落ち着いているわよ!」
『落ち着いてる人はそんなに怒らないw』
『でもマドカと仲良くなりたいのは本当なんだね』
『じゃあゴールでいっぱい思い出作ればいいじゃん』
『マドカとも仲良くなれるといいね』
キシリアは、画面を見つめた。
今度のコメントには、からかうような響きだけではなく、素直な応援も混じっていた。
「……ふ、ふん。言われなくても、そのつもりよ!」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「私は嫉妬大陸のファッションリーダー、キシリア! 一度決めたことは必ずやり遂げる女なの! マドカとも、あなたたちとも、これからもっと仲良くなってみせるわ!」
『おお、宣言した』
『応援してる』
『その意気だ!』
『まずはゴール観光を楽しんでw』
「ええ、任せなさい!」
キシリアは胸を張った。
よし。少しは印象をよくできたはずだ。
そう思った、その直後。
『ところでキシリアって、怒ってるときのほうがコメント増えてない?』
「…………は?」
『確かにw』
『普段より生き生きしてる』
『煽り耐性ゼロのお嬢様』
『これは人気出るかもしれない』
「誰が煽り耐性ゼロのお嬢様よーーーっ!!」
配信に響き渡るキシリアの叫び。
コメント欄は、たちまち笑いと草の文字で埋め尽くされた。
『今日一番の声量w』
『この子、ずっと見ていられるな』
『観光よりコメントとの戦いが面白い』
『次の配信も見に来ようかな』
「ちょ、ちょっと! あなたたち、私の配信はゴールの魅力を伝えるためのものなんだからね!? 私をからかうための配信じゃないのよ!」
『はいはいw』
『わかってるわかってる』
『ゴールの魅力、期待してます!』
『キシリアの魅力もね』
「……っ!」
キシリアは一瞬、言葉を失った。
そして、顔をそらしながら、小さく咳払いをする。
「……ふ、ふん。ようやくわかってきたじゃない。私の魅力は、これからたっぷり教えてあげるわ!」
『照れた?』
『今ちょっと照れたよね?』
『かわいい』
「照れてないわよ!!」
またしてもコメント欄が沸いた。
――なんだか、調子が狂う。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ、もっと話したい。
もっと自分を知ってほしい。
そして、いつかこの人たちが、自分の名前を聞いたときに「ああ、あのキシリアね!」と笑ってくれるようになったら。
それは、きっと素敵なことだ。
キシリアは画面に向き直り、今度こそ優雅に微笑んだ。
「さあ、それじゃあゴールの街を見て回りましょう! 私がどんな場所を見つけるのか、楽しみにしていなさい!」
『はーい』
『案内よろしく!』
『マドカに会えたら教えてね』
『妹さんの話も待ってますw』
「だから、妹じゃなくて……っ! もう、その話はあとよ!!」
キシリアは勢いよく配信画面を切り替え、ゴールの街へと歩き出した。
その表情には、まだ少し悔しさが残っている。
けれど、それ以上に、今まで感じたことのない高揚感があった。
自分の言葉に返事が来る。
自分の話を聞いてくれる。
そして、自分が言い返せば、また返事が返ってくる。
こんなに賑やかな会話ができるのなら、もっと多くの人と話してみたい。
「……ふふん。いいわ。まずはこのゴールで、私の魅力を知らしめてあげる!」
『その意気だ!』
『でもマドカとの仲は確認するからねw』
『キシリア、次も見るよー』
「だから、そこは確認しなくていいのよーーーっ!!」
ゴールに響く、嫉妬の勇者の声。
こうしてキシリアの初配信は、本人の想定とは少し違う方向へと盛り上がっていくのだった。




