勇者会議雑談10
# 第3話 リゼットの乱入と嫉妬大陸への旅
『マドカ【エキドナ公式】:色々キシリアさんのことを知れてよかったよ! 嫉妬大陸への出店の話は、改めてみんなをエキドナに招待したときにでも相談しようね!』
「そうね! そのときを楽しみにしているわ! ふふっ、エキドナの商品を嫉妬に広められるかもしれないなんて、考えただけでもワクワクするわね!」
キシリアは満足げに頷いた。
つい先ほどまで、マドカに自分の故郷を紹介することに夢中になっていたはずなのに、気がつけばエキドナの商品を嫉妬大陸に広める計画まで考え始めている。
それだけ、彼女にとってマドカやエキドナの商品は魅力的なものなのだろう。
『キシリア様、完全にエキドナの広報担当になってるwww』
『侯爵令嬢で勇者が自ら出店を誘致しようとしてるの、行動力がすごい』
『でも実際、エキドナの商品が嫉妬に来たら流行りそうだよな』
『まずはマドカちゃんを招待するところからだな!』
そんな和やかな空気の中、不意にマドカの隣から、どこか楽しげな女性の声が割り込んできた。
『リゼット【エキドナ公式】:あらあら、マドカったら。これからの計画を、わたし抜きで勝手に決めるのはやめてちょうだいな?』
「「「…………えっ?」」」
勇者会議場の空気が、一瞬にして凍りついた。
先ほどまでマドカとキシリアの会話を楽しんでいた勇者たちは、画面に映る人物を見て、そろって目を見開く。
そこにいたのは、エキドナの関係者ならば知らぬ者はいない人物。
エキドナの運営を支える、リゼットだった。
「なっ……リ、リゼット殿だと……!?」
プライドが椅子から飛び上がりそうな勢いで声を上げた。
「リゼット様が、わざわざ勇者会議にまで……!? い、いったい、いつからこちらをご覧になっていたのですか!?」
シルヴァも驚きを隠せず、思わず姿勢を正す。
その隣では、アナスイが口元に手を添え、納得したように微笑んでいた。
「まぁ……マドカちゃんが配信を見ている時点で、リゼット様もご覧になっている可能性は十分にありましたわね。エキドナの話題が出ていたのですもの」
「えっ、そうなの?」
キシリアは三人の反応を見比べ、それから画面のマドカへと視線を戻した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! まさか、リゼット様まで私たちの会話を最初から聞いていたということ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:あれ? 言ってなかったっけ? エキドナの話題になった時点で、誰かしら見てたんじゃないかなって思ってたんだけど……』
「言ってねぇよ!!」
プライドの怒鳴り声が、会議場に響き渡った。
「お前、そういう大事なことは最初から言っとけや! こっちはリゼット殿が見ているなんて思いもしなかったんだぞ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:あはは、ごめんごめん。別に隠していたつもりはなかったんだけどね?』
「隠していたつもりがなくても、伝えなきゃ分からねぇだろうが!」
『マドカ【エキドナ公式】:そっかぁ。次からは気をつけるね!』
「本当に分かってんのか、お前!?」
『マドカ【エキドナ公式】:うん!』
『絶対分かってないwww』
『マドカちゃん、悪気がないのが一番たち悪いんだよなぁw』
『プライド、さっきからツッコミ役が板についてきたな』
『いや、これはプライドが正しいw 普通は最初に言うw』
マドカのあまりにもあっけらかんとした返事に、配信のコメント欄まで笑いに包まれる。
しかし、驚いているのはプライドだけではなかった。
キシリアは顔を青くしながら、恐る恐るリゼットへと視線を向けた。
「で、では……今までの話も、全部……?」
『マドカ【エキドナ公式】:うん。嫉妬大陸の話も、キシリアさんがエキドナの商品を広めたいって話も、ちゃんと聞いていたと思うよ?』
「そ、そうなのね……!」
キシリアは背筋をぴんと伸ばした。
先ほどまでの勢いはどこへやら。エキドナの関係者に自分の故郷を熱心に紹介していたことを、運営の中心人物に最初から聞かれていたのだ。
しかも、出店の話まで持ち出してしまっている。
侯爵令嬢として、そして嫉妬の勇者として、恥ずかしいところは見せていないはずだ。そう自分に言い聞かせるように、キシリアは咳払いをした。
「……こほん! わ、私は嫉妬大陸の魅力を正しくお伝えしただけよ! 別におかしなことは言っていないわ!」
『マドカ【エキドナ公式】:うんうん! キシリアさんのおかげで、私も嫉妬に行ってみたくなったよ!』
「ほ、本当!? それならよかったわ!」
キシリアの表情が、ぱっと明るくなる。
その変わり身の早さに、プライドは呆れたように肩を落とした。
「……お前、さっきまでリゼット殿に聞かれていたかもしれねぇって、あんなに慌ててたじゃねぇか」
「うるさいわね! マドカが嫉妬に興味を持ってくれたんだから、いいじゃない!」
「そういう問題かよ!」
そのやり取りを見ていたリゼットは、くすくすと楽しそうに笑った。
『リゼット【エキドナ公式】:ふふっ、面白い子達ね。マドカが気に入るのも、なんとなく分かる気がするわ』
「えへへ、そうでしょ?」
マドカは褒められたのが嬉しいのか、照れくさそうに笑った。
「みんな、個性的だけどいい人たちなんだよ! 話していると楽しいし、色々なことを教えてくれるから!」
『リゼット【エキドナ公式】:あら、そうなのね。あなたが楽しそうにしているなら、わたしとしても嬉しいわ』
柔らかな声でそう答えたリゼットは、改めて勇者たちの姿を見回した。
その視線を受け、シルヴァは丁寧に一礼する。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。リゼット様。お目にかかれて光栄です」
「わたくしも、リゼット様とこうしてお話しできるとは思っておりませんでしたわ。ご機嫌麗しゅうございます」
アナスイも優雅に挨拶を返す。
「お、おう……。俺も、リゼット殿にお会いできて光栄です」
プライドは先ほどまでの勢いを少しばかり引っ込め、どこかぎこちなく頭を下げた。
それを横目で見たキシリアは、慌てて姿勢を正す。
「わ、私もよ! 嫉妬の勇者キシリアです! 先ほどは少々騒がしくしてしまいましたが、決して失礼な意図があったわけではなくて……!」
『リゼット【エキドナ公式】:ええ、分かっているわ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ?』
「は、はい……!」
リゼットの落ち着いた態度に、キシリアはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
『マドカ【エキドナ公式】:そうだ、お姉ちゃん! 私、今度は嫉妬大陸に行ってみようかと思うんだ! キシリアさんが色々教えてくれたから、実際に見てみたくなっちゃって!』
『リゼット【エキドナ公式】:あら、いいじゃない。マドカが行くなら、わたしも一緒に行くわよ?』
『マドカ【エキドナ公式】:本当!? やったぁ!』
マドカは嬉しそうに両手を合わせた。
その反応を見たキシリアの目が、みるみる輝いていく。
「ま、待って! マドカだけじゃなくて、リゼット様まで嫉妬にいらっしゃるの!?」
『マドカ【エキドナ公式】:うん! お姉ちゃんも一緒なら、もっと楽しくなりそうだよね!』
「もちろんよ! お二人が来てくださるなら、私が責任を持って案内するわ! 嫉妬大陸の魅力を余すところなく紹介してあげる! 観光名所も、おいしいお店も、流行のファッションも、全部任せてちょうだい!」
キシリアは胸を張り、勢いよく宣言した。
先ほどまで出店の話をしていたことなど、もはや頭の片隅に追いやられているらしい。
今の彼女にとって大切なのは、自分が誇りに思う嫉妬大陸を、マドカとリゼットに直接見てもらうことだった。
『キシリア様、完全に案内役に立候補してるwww』
『マドカちゃんだけじゃなくてリゼット様まで来るとか、嫉妬大陸側の一大イベントでは?』
『侯爵令嬢で勇者の案内付きなら、そりゃ豪華な旅になりそうだな』
『キシリア様、さっきからずっと楽しそうで何よりですw』
『リゼット【エキドナ公式】:えっと……キシリア、だったわね? 案内を頼んでもいいかしら?』
「ええ、もちろんよ! 任せてちょうだい! 絶対に最高の旅にしてみせるわ!」
『リゼット【エキドナ公式】:ふふっ、頼もしいわね。よろしくお願いするわ』
リゼットは微笑みながら、快くキシリアに案内を任せた。
だが、その笑顔の裏では、すでに別のことも考え始めていた。
マドカが出かけるとなれば、事前の準備が必要になる。移動手段の確認、日程の調整、同行者の手配、訪問先への連絡。それに、エキドナの運営に関わる予定だってある。
しかも今回は、マドカだけではなく自分も同行することになった。
さらに、案内役を買って出たのは、他大陸の勇者であり侯爵令嬢でもあるキシリアだ。
簡単な観光で済むかどうか、今から考えても少々怪しい。
『リゼット【エキドナ公式】:……また仕事が増えそうなのだけど』
「えっ?」
リゼットのぽつりとした呟きに、マドカが首を傾げる。
『リゼット【エキドナ公式】:いえ、こちらの話よ。あなたが楽しそうなのは何よりだけれど、出かけるとなれば準備も必要でしょう? まったく、マドカはこういうとき、本当に話が早いんだから』
『マドカ【エキドナ公式】:えへへ……お姉ちゃん、いつもありがとう!』
『リゼット【エキドナ公式】:はいはい。お礼を言えば済むと思っているところも、相変わらずね』
『リゼット【エキドナ公式】:まあ、キシリアは視聴者がいないのもかわいそうだしね……。』
「ちょっと待って! その言い方だと、私に視聴者がいないみたいじゃない!」
キシリアは思わず声を上げた。
『リゼット【エキドナ公式】:あら? 違うのかしら?』
「ち、違わないけど! いないわけじゃないわよ! ちゃんと見てくれている人はいるんだから!」
『リゼット【エキドナ公式】:ふふっ、分かっているわ。もちろん、キシリアが頑張っていることもね』
「……え?」
思いがけない言葉に、キシリアは一瞬だけ口をつぐんだ。
『リゼット【エキドナ公式】:そもそも、四つの大陸にはエキドナのEVなどを広めてきたけれど、残りの三つの大陸では、エキドナという存在そのものを知らない人も多いでしょう?』
『マドカ【エキドナ公式】:うん。大陸によって知名度にはかなり差があるからね』
『リゼット【エキドナ公式】:だから、嫉妬大陸でエキドナが知られていないこと自体は、別に不思議でもないのよ。もちろん、キシリアが何度か配信をして、少しずつ自分のことを知ってもらおうと努力しているのは、わたしも見ていたわ』
「リゼット様……!」
キシリアの表情が、ぱっと明るくなった。
まさかリゼットが自分の配信を見ていたとは思わなかったのだろう。先ほどまでの恥ずかしさも忘れ、期待するような眼差しで画面を見つめている。
『リゼット【エキドナ公式】:視聴者が百二十人でしょう? まあ、いい方だと思うわよ?』
「百二十人!?」
キシリアは思わず聞き返した。
「ちょっと、リゼット様! そこまで具体的に把握していらっしゃるの!?」
『リゼット【エキドナ公式】:ええ。何度か見ているもの』
「そ、そう……! ちゃんと見てくださっていたのね……!」
『マドカ【エキドナ公式】:よかったね、キシリアさん! リゼットお姉ちゃん、ちゃんとキシリアさんの配信も見てたんだって!』
「ええ、ええ! それは嬉しいわよ! でも、百二十人って数字を改めて言われると、なんだか複雑なのだけど……!」
『百二十人なら十分多いと思うけどな』
『でもトライアングルの配信とかと比べると、確かに差はあるよな』
『あっちは万単位が普通だからなぁ』
『キシリア様、頑張ってるのは間違いないんだけどね』
『リゼット【エキドナ公式】:ただし、トライアングルなどの配信は、視聴者が一万人を超えることも珍しくないでしょう?』
「うっ……!」
キシリアは言葉に詰まった。
それは、彼女自身もよく分かっていることだった。
配信を続けていれば、人気のある配信者と自分の視聴者数を比べてしまうこともある。特にトライアングルのように、多くの人が当たり前のように集まる配信を見れば、どうしてもその差が気になってしまうのだ。
『リゼット【エキドナ公式】:でも、それは仕方のないことでもあるのよ。だって、あなたのことを知っている人が、まだ少ないのだもの』
「……それは、そうだけど」
『リゼット【エキドナ公式】:エキドナの商品も、配信も、まずは知ってもらわなければ始まらないでしょう? 知らないものに興味を持つのは難しいし、存在を知らなければ、そもそも見に来るきっかけもないわ』
『マドカ【エキドナ公式】:うん。だから、キシリアさんが嫉妬大陸で活動していることにも意味があると思うよ!』
「マドカ……」
『リゼット【エキドナ公式】:だからこそ、今回の嫉妬大陸にもエキドナの商品を流すという話は、代表として検討する価値があると思うわ』
キシリアの目が、再び輝いた。
「ほ、本当!? それなら、私の考えも……!」
『リゼット【エキドナ公式】:ええ。ただし、ここから先は、きちんと決めなければならないことがあるのよ』
「……決めなければならないこと?」
『リゼット【エキドナ公式】:そう。まずは出店する場所ね。嫉妬大陸のどこにお店を構えるのか。人通りの多い場所にするのか、それとも、エキドナの商品に興味を持ちそうな人が集まる場所にするのか。それによって、必要な準備も変わってくるわ』
「それなら、私が候補地を探すこともできるわよ! 嫉妬の王都には人の集まる場所も多いし、侯爵家の人脈だってあるもの!」
『リゼット【エキドナ公式】:ふふっ、そうね。あなたに協力してもらえるなら、現地の情報を集めるうえでも助かるわ』
「任せてちょうだい!」
キシリアは勢いよく胸を張った。
しかし、リゼットの話はそこで終わらなかった。
『リゼット【エキドナ公式】:それから、必要な商品の数も考えなければならないわね。どの商品を、どれくらい用意するのか。最初から大量に用意しても、売れなければ在庫を抱えることになるでしょう? 逆に、せっかくお客さんが来てくれたのに、商品が足りなくなっても困るわ』
『マドカ【エキドナ公式】:そうだね。EVだけじゃなくて、モンバトやヒロバトの商品も扱うなら、それぞれどれくらい需要があるのか考えないと』
「ええ。そこは私も協力するわ! 嫉妬大陸で何が流行りそうか、実際に暮らしている私なら、ある程度は予想できるもの!」
『リゼット【エキドナ公式】:それは心強いわね。ただ、もうひとつ忘れてはいけないことがあるの』
「まだあるの!?」
キシリアは思わず声を上げた。
『リゼット【エキドナ公式】:もちろんよ。エキドナは運営こそわたしたちが行っているけれど、商品を実際に作っているのは、わたしたちだけではないのだから』
「……あっ」
『リゼット【エキドナ公式】:そう。下請けの職人たちが、それぞれの仕事を受け持って、商品を作ってくれているの。こちらが新しい出店を決めたからといって、必要な商品がすぐに用意できるとは限らないわ』
『マドカ【エキドナ公式】:商品によって作っている職人さんも違うし、今受けている注文だってあるからね。新しいお店を出すなら、どれくらい追加で作れるのか、ちゃんと確認しないと』
『なるほど、運営が決めれば即座に商品が増えるわけじゃないのか』
『職人さんにも予定があるもんな』
『お店を出すって、場所と商品を用意すれば終わりじゃないんだな』
『売れるかどうかだけじゃなくて、安定して商品を供給できるかも重要か』
キシリアは、少しだけ真剣な表情になった。
「つまり、私が場所を用意して、エキドナが出店すると決めても、商品を作る職人たちの都合も確認しなければならないということね?」
『リゼット【エキドナ公式】:そのとおりよ。わたしたちは運営側として、職人たちと相談しながら、無理のない形で進めなければならないわ。新しい出店のために、今までのお客さんへの供給が滞ってしまっても困るでしょう?』
「……確かに、それはそうね」
キシリアは納得したように頷いた。
ただエキドナの商品を嫉妬大陸に持ち込みたい。それだけなら、勢いで話を進めることもできただろう。
けれど、実際に商品を届けるとなれば、現地の事情だけでなく、エキドナ側の事情も考えなければならない。
「分かったわ! まずは私が嫉妬大陸で出店に向いている場所や、どんな商品が求められそうかを調べておくわ。そのうえで、エキドナ側の準備ができるかどうか、改めて相談しましょう!」
『リゼット【エキドナ公式】:ええ、それなら話を進めやすいわね。最初から大きなお店を構えることだけを考えず、小さく始める方法もあるでしょうし』
『マドカ【エキドナ公式】:うん! せっかくなら、嫉妬大陸のみんなにもエキドナの商品を知ってもらいたいもんね!』
「そうよ! 私だって、ただ商品を持ってきて売ればいいなんて思っていないわ! 嫉妬大陸の人たちにエキドナを知ってもらって、気に入ってもらって、それからもっと広めていきたいのよ!」
キシリアは、いつもの自信に満ちた表情を取り戻した。
視聴者数の差は、確かに気になる。けれど、今はその差を嘆いている場合ではない。
自分がエキドナの商品を知り、その魅力を広めるきっかけを作れるのなら、まずはそこから始めればいいのだ。
『リゼット【エキドナ公式】:ふふっ、いい心がけね。では、具体的な話は、マドカが嫉妬大陸を訪れるときにでも、改めて相談しましょう』
『マドカ【エキドナ公式】:うん! そのときはよろしくね、キシリアさん!』
「もちろんよ! 二人とも、私が最高の旅にしてみせるわ!」
『リゼット【エキドナ公式】:……ええ。旅の準備に加えて、出店の検討まで増えそうだけれど……まあ、順番に片づけていきましょう』
『マドカ【エキドナ公式】:お姉ちゃん、よろしくね!』
『リゼット【エキドナ公式】:はいはい。まったく、あなたは本当に……』
リゼットの呆れたような声に、マドカは楽しそうに笑った。
こうして、嫉妬大陸への訪問とエキドナ商品の展開について、具体的な相談は後日に持ち越されることになった。
まだ出店が決まったわけではない。けれど、現地を知るキシリアと、運営を担うリゼット、そしてエキドナをよく知るマドカが話し合うための第一歩は、確かに踏み出されたのだった。




