土地がほしい
翌日。
ニコラの家に、いつもとは違う音が響いていた。
カン、カン、カン――。
金属を叩く音だ。
朝から鍛冶場にこもっていたグレタが、ひたすら槌を振るっている。
マドカはしばらくその様子を眺めていたが、やがて首を傾げた。
「グレタ、何作ってるの?」
「試してる」
「何を?」
「この炉で、どこまでできるかだ」
グレタは手を止めると、赤熱した金属を眺めた。
その表情は、あまり機嫌がよくない。
「……やっぱり駄目だな」
「駄目なの?」
「炉が小さすぎる」
即答だった。
マドカは炉を見る。
別に小さくは見えない。
少なくとも、普通の家にある鍛冶場として考えれば十分な大きさだ。
「でも、普通の鍛冶場より大きいんじゃない?」
「普通と比べてどうする」
「え?」
「良い武器を作るなら、良い設備が必要だ」
グレタは炉の周囲を指差した。
「まず炉が一つしかない。温度管理も粗い。冷却設備もまともじゃない。材料を圧縮する設備もないし、魔力の安定化装置もない」
「そんなに必要なの?」
「必要だ」
グレタは迷いなく答えた。
「何百年も前の鍛冶場なら、この程度の設備は当たり前だった」
「何百年も前のほうが凄かったの?」
「少なくとも鍛冶に関してはな」
そう言うと、グレタはため息をついた。
「今の時代は設備が退化しすぎてる」
「……ニコラの設備も?」
「研究室も狭い」
「え~?」
突然話を振られたニコラが、眠そうな顔を上げた。
「私の研究室、結構広いよ~?」
「今はな」
「今は?」
「これから物が増える」
「……」
ニコラが部屋を見回した。
すでに棚には魔道具や素材、資料が並んでいる。
新しく手に入れたダンジョンの素材まで加わったことで、置き場所はかなり苦しくなっていた。
「……確かに、ちょっと狭いかも」
「だろう?」
グレタは満足そうに頷いた。
「だから言ってるんだ。ここでは駄目だ」
「何が?」
「全部だ」
「全部?」
「鍛冶場も、研究室も、材料庫も、倉庫も足りん」
グレタは腕を組んだ。
「お前たちはこれからもダンジョンに行くんだろう?」
「うん」
「なら素材は増える。武器も作る。魔道具も増える。研究するなら設備も増やす必要がある」
「……」
「そのうち、この家では何も置けなくなるぞ」
マドカは家の中を見回した。
言われてみれば、確かにそうだった。
ニコラの研究室。
グレタの鍛冶場。
素材置き場。
みんなの生活スペース。
ヒナタの部屋。
神狼の居場所。
そしてこれから、さらに人が増える可能性だってある。
「……家を大きくすればいいんじゃない?」
「家だけ大きくしてどうする」
「え?」
「鍛冶場がいる。研究室がいる。材料庫がいる。倉庫もいる。作業場も必要だ」
グレタは一つずつ指を折っていく。
「それに、今後人が増えるなら住む場所もいるだろう」
「人が増えるの?」
「知らん」
「知らないんだ」
「お前たちのことだ。何が起きるか分からん」
グレタは呆れたように肩をすくめた。
「今いる人数だけでも、この家は十分狭いだろう」
ニコラが部屋を見回す。
「それは確かにそうだね~」
「じゃあ……拠点かな~」
「そう。拠点だ」
マドカはその言葉を聞いて、少しだけ考え込んだ。
いつの間にか、自分たちの家はただの家ではなくなっていた。
研究する人がいて。
武器を作る人がいて。
助けた人が暮らしていて。
これから何かを作っていく場所になっている。
「……土地が必要ってこと?」
「そうだ」
グレタは即答した。
「広い土地がほしい」
「どれくらい?」
「広ければ広いほどいい」
「雑だなぁ……」
「職人に必要なものを聞いてるんだろう?」
「うん」
「なら答えは簡単だ」
グレタは胸を張った。
「最高の鍛冶場を作れる土地だ」
その顔は、これまで見た中でもかなり楽しそうだった。
「グレタ、なんか嬉しそう」
「……気のせいだ」
「いや、嬉しそうだよ」
「職人だからな」
そう言ってグレタは視線を逸らした。
少しだけ耳が赤くなっている。
「じゃあ、土地を探そうか」
「探すんじゃない」
「え?」
「買う」
マドカが首を傾げた。
「買うの?」
「ああ。私たちの拠点なら、そのほうがいい」
「でも、王様から褒美でもらえるんじゃない?」
ダンジョン攻略の報告をした際、王国から褒賞についての話も出ていた。
だから、土地を褒美として与えてもらうこともできるはずだった。
だが、マドカは少し考えてから首を横に振った。
「……いや、買おう」
「なんで?」
「そのほうが後々めんどくさくなさそうだから」
「……」
ニコラが瞬きをする。
グレタも黙った。
「褒美としてもらった土地だと、後から誰かに何か言われるかもしれないじゃん」
「何か?」
「『王様から借りてるだけだ』とか、『王国の土地だから返せ』とか」
「そんなことを言う奴がいるか?」
「分かんないけど、いるかもしれない」
マドカは肩をすくめた。
「だから最初から正式に買ったことにしたい」
王家が認めた売買契約書。
土地の場所と境界。
所有者。
代金。
そして王家の印章。
「ちゃんと契約書を作ってもらって、それで買えばいいんじゃない?」
「……なるほど」
ニコラが頷いた。
「確かに、そのほうが分かりやすいね~」
「だよね」
「お前、妙なところだけ現実的だな」
グレタが呆れたように言う。
「後で揉めるの嫌だもん」
「それは分かる」
グレタも否定はしなかった。
「なら、そうすればいい」
こうして、マドカたちは再び王城へ向かうことになった。
◇
「土地を買いたい?」
王は目の前の少女を見ながら、少し意外そうな顔をしていた。
「はい」
マドカは頷いた。
「できれば、王家が正式に認めた売買契約にしてほしいです」
「褒賞として与えることもできるぞ?」
「それだと、後で面倒そうなので」
「面倒?」
「所有権とか……そのへんです」
王はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「なるほどな。確かに、長く使うつもりなら正式な所有権を持っていたほうがいい」
「ですよね!」
「では、土地を探そう」
王は地図を広げた。
そして、いくつかの場所を指で示していく。
「王都の近辺はすでに土地が埋まっている。空いている場所もあるが、価格は高い」
「高いのは困ります」
「だろうな」
王は苦笑した。
「だが、王国の北東部まで行けば話は変わる」
地図の端。
王都からかなり離れた場所だった。
「ここだ」
「……広いですね」
「広いだけだ」
「だけ?」
「長い間、ほとんど利用されていない土地だ。人も少ない。開発もされていない。交通も悪い」
「じゃあ、安い?」
「安い」
即答だった。
「王国としても、持っていても利益がほとんどない土地だ。むしろ管理の手間がかかる」
「じゃあ、そこください」
「即決か」
「安いなら」
マドカは地図を覗き込む。
「ここ、どれくらい広いんですか?」
「かなり広い」
「じゃあ、ここで」
「本当にいいのか? 王都から遠いぞ」
「転移装置を置けばいいんじゃない?」
「……」
王が黙った。
ニコラも黙った。
グレタも黙った。
マドカだけが首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
王が額に手を当てた。
「お前たちは、本当に何者なんだ?」
「普通の冒険者です」
「普通の冒険者は自分たちの土地に転移装置を設置しようとは考えん」
「そうなの?」
「そうだ」
ニコラが横で笑っている。
「でも、あったら便利だよ~」
「そうだよね」
「……もう好きにしろ」
王は諦めたように息を吐いた。
その後、王国側で土地の調査が行われた。
結果として提示された金額は、マドカが想像していたよりも遥かに安かった。
「……これでいいんですか?」
「先ほども言ったが、ほとんど価値のない土地だからな」
「でも、こんなに広いのに?」
「広いからといって価値があるとは限らん」
王は地図を見る。
「人が住んでいない。開発されていない。王都からも遠い。現在の王国にとっては、使い道のない土地だ」
「じゃあ、買います」
「分かった」
王は正式な契約書を用意させた。
土地の範囲。
所有権。
売買価格。
王国の承認。
そして、王家の印章。
すべてが記された書類に、マドカはしっかりと目を通した。
内容を確認したうえで署名し、正式に契約が成立する。
最後に渡された契約書には、王家の印章が押されていた。
「これで、その土地はお前たちのものだ」
「ありがとうございます!」
マドカは契約書を大事そうに受け取った。
「これで安心だね」
「何がだ?」
「ちゃんと買った証拠があるから」
王は少しだけ笑った。
「……なるほど。案外、賢い使い方をするものだな」
「後で揉めるの嫌なので」
「その考え方は悪くない」
王はそう言って頷いた。
◇
王城を出たあと。
マドカたちは、購入した土地の話をしながら歩いていた。
「広い土地か~」
ニコラが楽しそうに言う。
「研究室も大きくできるね~」
「鍛冶場もだ」
グレタはすでに未来の光景を思い描いているらしい。
「魔力炉を複数置く。冷却設備も作る。材料庫も必要だ。作業場も――」
「グレタ、楽しそう」
「……職人だからな」
「またそれ言った」
マドカが笑う。
グレタは少しだけ顔を背けた。
「とにかく、これでようやくまともな仕事ができる」
「じゃあ、すごい武器作れる?」
「当然だ」
「エクスカリバーより?」
その言葉に、グレタが少しだけ目を細めた。
「……あれ以上を作れとは言わん。だが、今より良いものは作れる」
「おお!」
マドカの目が輝いた。
「じゃあ、お願い!」
「酒を用意しろ」
「それは必要なの?」
「必要だ」
「なんで?」
「職人だからな」
「それ便利な言葉になってない?」
ニコラが笑った。
三人の声が、王都の道に響く。
まだ誰も知らない。
ただ「土地がほしい」という理由で購入したこの場所が、これから少しずつ形を変えていくことを。
家ができる。
鍛冶場ができる。
研究所ができる。
倉庫ができる。
人が集まり、設備が増え、必要なものがさらに増えていく。
そしていつか。
誰かがこう言うことになる。
――これ、もう家じゃなくない?
けれど今のマドカたちは、そんな未来など知る由もなかった。
「よーし!」
マドカは拳を握る。
「新しい家、楽しみだね!」
「家じゃない」
グレタが即座に訂正した。
「最高の鍛冶場を作るんだ」
「私は最高の研究室~」
「私は?」
マドカが二人を見る。
「……最高の家?」
「そうだな」
グレタは少しだけ笑った。
「まずは、そこからだ」




