グレタ
翌日。
マドカたちは、ダンジョンから持ち帰ったものを整理するため、ニコラの家に集まっていた。
その中でも、部屋の隅に置かれた大きな石棺だけは、誰も手をつけずに残されている。
ダンジョンの最深部で発見した、謎のドワーフ。
長い眠りについているらしいことは分かっているものの、いつ目覚めるのかは誰にも分からなかった。
マドカは石棺を眺めながら、少しだけ首を傾げる。
「起きるのかな?」
「たぶんね~。生命反応はちゃんとあるから、死んではないよ~」
ニコラが魔道具を確認しながら答えた。
「そっか」
マドカは頷き、石棺へ近づく。
すると――。
カチッ。
小さな音がした。
「ん?」
石棺の蓋に刻まれた魔法陣が、淡く光り始める。
「お?」
「起動した~」
ニコラが少しだけ身を乗り出した。
光は徐々に強くなり、石棺全体へと広がっていく。
やがて、重い音を立てながら蓋がゆっくりと開いた。
中から現れたのは、一人の女性だった。
長い眠りのせいか髪は乱れているものの、その目には眠気よりも苛立ちのほうが強く浮かんでいる。
女性はゆっくりと身体を起こし、周囲を見回した。
「……ここは?」
低い声だった。
マドカが一歩前へ出る。
「おはよう」
「…………」
女性はマドカをじっと見る。
「誰だ、お前」
「マドカ」
「そうか」
それだけ言って、女性は周囲を見回した。
見慣れない家。
見慣れない道具。
見慣れない人間。
そして、部屋の中には見たこともない鍛冶道具がいくつも並んでいる。
女性の眉間に皺が寄った。
「……鍛冶場は?」
「まだないよ」
「ない?」
「うん」
「…………」
女性の顔が露骨に不機嫌になる。
「酒は?」
「あるよ~」
ニコラが答えると、女性の視線が素早く動いた。
「どこだ」
「そこ~」
ニコラが指差した先には、マドカたちが用意していた酒が置かれている。
女性は迷うことなく酒を手に取り、瓶を眺めた。
「……悪くない」
そのまま一口飲む。
「ふぅ……」
ようやく少しだけ表情が緩んだ。
マドカはその様子を眺めながら尋ねる。
「名前は?」
「グレタだ」
「グレタさん?」
「好きに呼べ」
「じゃあグレタさん」
「……勝手にしろ」
ずいぶん無愛想だ。
マドカは特に気にすることなく、グレタの身体を観察する。
するとグレタの視線が、マドカの腰へ向いた。
「……その剣」
「これ?」
マドカが腰の剣へ手を添える。
グレタは酒瓶を片手にしたまま、ゆっくりと近づいた。
「見せろ」
「いいよ」
マドカが剣を抜いて差し出す。
グレタは受け取ると、先ほどまでの気だるそうな雰囲気を消した。
刀身を眺め、刃の状態を確認し、柄を握る。
さらに魔力の流れを確かめるように、指先で刀身をなぞった。
「…………」
無言のまま、しばらく剣を見つめる。
「どう?」
「……誰が作った?」
「知らないよ」
「知らない?」
「王様からもらったんだ」
「王?」
グレタはもう一度、剣を見る。
「……なるほどな」
何かを納得したように呟いた。
「悪くない」
「ほんと?」
「素材はいい。加工も悪くない。魔力の通りも考えて作られている。少なくとも、そこらの鍛冶師が適当に作ったものではないな」
マドカは少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、いい剣なんだね」
「……ああ」
グレタは素直に認めた。
そして次に、マドカの防具へ視線を移す。
「それも見せろ」
「これ?」
「そうだ」
マドカが装備を見せると、グレタはさらに細かく確認していく。
傷の位置。
補修された跡。
留め具。
素材。
そして何より、実際に使い込まれていること。
「……お前」
「ん?」
「その装備、ちゃんと手入れしているな」
「うん。大事だから」
「そうか」
短い返事だった。
けれど、先ほどまでの冷たい目つきとは少し違っていた。
グレタはマドカを見る。
見た目だけなら、まだ子供だ。
だが、その身体に身につけている武器と防具は、子供のおもちゃではない。
実戦を知っている者の装備だ。
しかも、壊れるまで使い潰すのではなく、自分の命を預ける道具として大切に扱っている。
それを見れば、職人として相手を見る目も変わる。
「……お前、強いのか?」
「そこそこ?」
「そこそこ、ねぇ……」
グレタは呆れたように鼻を鳴らした。
「その装備を使い潰さずに戻ってきたなら、それなりにはやるんだろうな」
「ダンジョンにも行ってきたよ」
「……そうか」
グレタは少しだけ目を細めた。
「なら、鍛冶場は必要だな」
「作ってくれる?」
「まだ作るとは言ってない」
「でも必要なんでしょ?」
「必要だ」
「じゃあ作ろう」
「……お前、話を聞いているのか?」
マドカは笑った。
グレタは呆れたようにため息を吐く。
それでも、さっきまでのように追い払おうとはしなかった。
「しかし……」
グレタは改めて周囲を見回す。
「この設備は酷いな」
「酷い?」
「鍛冶をする場所としては話にならん。炉も駄目だ。冷却設備もない。素材を置く場所も足りない。魔力炉も見当たらん」
ニコラの目が輝いた。
「魔力炉って、どんなの~?」
「古代式なら説明してやる」
「ほんと~?」
「ただし、作るならそれなりの材料がいる」
「材料なら集められるよ~」
「なら話は早い」
グレタは酒を一口飲んだ。
「鍛冶場を作る」
その言葉に、マドカが笑顔になる。
「やった!」
「勘違いするな。お前のためじゃない」
「でも私の武器も作ってくれる?」
「……」
グレタは黙ってマドカを見る。
「今の剣も悪くない。だが、お前の身体能力を考えるなら、もっと合った武器を作ったほうがいい」
「ほんと?」
「ああ。あれでは、そのうちお前のほうが武器を壊す」
「じゃあお願い」
「勝手に決めるな」
そう言いながらも、グレタは少しだけ口元を緩めた。
目覚めて早々、未来は思っていたものとは違っていた。
だが――。
少なくとも、鍛冶師として退屈することはなさそうだった。
グレタはもう一度、手にした酒を飲む。
「……まあ、悪くない未来か」
その呟きを、マドカは聞き逃さなかった。
「未来?」
「なんでもない」
「ふーん?」
「気にするな」
グレタは酒瓶を掲げる。
「それより、酒をもっと持ってこい」
「いっぱいあるよ」
「ならよし」
こうして、古代から未来へとやってきた一人のドワーフは、マドカたちの拠点に加わることになった。
本人が望んでいたかどうかは――まだ、誰にも分からない。




