勇者会議雑談1
「ちょっと、マドカ! トライアングルの今後について聞きたいんだけど!」
キシリアは、待ってましたと言わんばかりの勢いでマドカに話を振った。
トライアングルの話題が出た途端、いつもは余裕たっぷりの彼女の様子が少し変わる。本人はあくまで情報を確認したいだけ、という顔をしているが、その声には隠しきれない期待がにじんでいた。
『マドカ【エキドナ公式】:トライアングルの今後? ああ、飛空艇ライブのことかな? あれは月に一回なんだよねー。しかも二百席しかないから抽選だし、絶対に参加できるってわけじゃないんだよね』
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 月に一回しかないの!?」
キシリアは思わず身を乗り出した。
「月に一回って、あなたたち、もっと頻繁にライブを開催するつもりはないの? あれだけ人気があるんだから、もう少し回数を増やしてもいいでしょう!?」
『マドカ【エキドナ公式】:うん! でも、私たちも普段の仕事があるし、毎週ライブってわけにもいかないでしょ? ライブの準備だって必要だし、そんなに頻繁にはできないんだよねー』
「そ、それはそうかもしれないけど……!」
反論しかけたキシリアは、そこで言葉を詰まらせた。
トライアングルのメンバーにも普段の仕事がある。ライブだけをしていればいいわけではないのだと説明されれば、さすがに無理を言うわけにもいかない。
しかし、だからといって、月に一度という開催頻度をすんなり受け入れられるかは別問題だった。
「……じゃあ、二百席というのはどういうことなの? あまりにも少なすぎないかしら。トライアングルを見たい人が、全員参加できるわけじゃないのよね?」
『マドカ【エキドナ公式】:そうなんだよねー。そこは私たちも分かってるんだけど、飛空艇のライブ会場は二百席だからね。会場を大きくすれば解決するって話でもないし、今のところは抽選で参加者を決めてるんだよ』
「……なるほどね。月に一度の抽選制ライブ、か」
キシリアは腕を組み、何かを考えるように視線を落とした。
月に一度しか開催されないうえ、参加できる人数も限られている。つまり、見に行きたいと思ったところで、必ずしも現地でトライアングルを見られるとは限らないということだ。
「それって、当選した人は本当に目の前でトライアングルを見られるのよね? 配信で見るのとは違うんでしょう?」
『マドカ【エキドナ公式】:もちろん! 生のライブだから、音も迫力も違うよ! 配信でも楽しめるようにはしてるけど、現地でしか味わえないものもあるからね。会場の空気とか、直接聞く歌声とか、そういうのはやっぱり現地ならではだよ!』
「……ふ、ふーん。別に羨ましいとか、そういうわけじゃないけど?」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? キシリアさん、トライアングル好きなんでしょ? 行きたいなら抽選に応募すればいいじゃん!』
「す、好きだからこそ聞いてるんでしょうが! それに、私が応募したって当たるとは限らないじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:あははっ、確かに! そこは運だねー』
『二百席って、想像以上に狭き門じゃないか?』
『月一回なら、そりゃ倍率も上がるよな』
『現地ライブと配信で違いがあるなら、そりゃ行きたくなる』
『キシリア、めっちゃ行きたそうで草』
『いや、これはファンなら気になるだろ!』
『さっきから質問が具体的すぎるんだよなあw』
「うるさいわね! 私はただ、ファンとして必要な情報を確認しているだけよ! 参加条件も開催頻度も、ファンなら知っておきたいことでしょう!?」
『マドカ【エキドナ公式】:はいはい、そういうことにしておこうね!』
「マドカ、あんた後で覚えてなさいよ……!」
キシリアが画面の向こうのマドカを睨みつける。
しかし、マドカはまるで堪えていない様子で、楽しそうに笑っていた。
そして、ふと思い出したように、さらりと話を続ける。
『マドカ【エキドナ公式】:ただ、ふふっ……これは内緒なんだけどさ、ライブの抽選に応募するには、トライアングルのグッズを買わないとダメなんだよねー!』
「…………は?」
キシリアの表情が固まった。
『マドカ【エキドナ公式】:だって、グッズを買って応援してくれる人にも楽しんでほしいじゃん? だから購入者限定の抽選なんだよ!』
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それ、今まで言ってなかったじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? 聞かれなかったもん!』
「この女……!」
キシリアのこめかみがぴくりと動いた。
月に一度、二百席限定、しかも抽選。
その条件だけでも十分に狭き門だというのに、まさかグッズの購入まで必要だったとは。最初に説明してくれていれば、話はもっと違ったはずである。
『マドカ【エキドナ公式】:ふふふっ。キシリアさん、嫉妬の人だからトライアングルのグッズなんて持ってないんじゃない? それじゃ抽選に応募できないねー?』
「はぁ!? 誰が持ってないって言ったのよ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:えっ、持ってるの!?』
「……っ! そ、それは……!」
キシリアは勢いよく言い返したものの、その先が続かなかった。
持っているのか、持っていないのか。
ここで素直に答えれば、マドカに何を言われるか分かったものではない。かといって、持っていないと答えれば、今度はグッズを持っていないことを散々からかわれるに決まっている。
どちらを選んでも面倒なことになる。
そんな状況に陥ってしまったキシリアを見て、マドカの笑い声が弾けた。
『マドカ【エキドナ公式】:あはははっ! キシリアさん、もしかしてトライアングルのグッズ欲しいの!? 欲しいなら普通に買えばいいのに!』
「う、うるさいわね! 別にあんたたちのグッズが欲しいわけじゃないんだから!」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? じゃあ、ライブにも行かなくていいってこと?』
「行きたいに決まってるでしょうが!!」
会議室にキシリアの声が響き渡った。
『マドカ【エキドナ公式】:あっ、言っちゃった!』
「~~~~っ!! マドカ、あんた絶対わざとでしょ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:ふふっ、どうだろうねー?』
『嫉妬さん、完全にファンじゃねえかw』
『グッズ買ってないって決めつけたら逆効果で草』
『今の「行きたいに決まってるでしょうが!!」は本音すぎるw』
『これ、グッズ持ってるかどうかで話が変わってくるぞw』
『キシリア様、ライブに行きたいのは隠せてませんよ!』
「視聴者まで好き勝手言わないでちょうだい!」
キシリアは顔を赤くしながら、マドカを睨みつけた。
どうしてこうなったのか。
最初はトライアングルの今後について、少し情報を聞きたかっただけなのだ。それがいつの間にか、ライブに行きたいことを大勢の前で宣言させられる羽目になっている。
完全にマドカのペースだった。
『マドカ【エキドナ公式】:まあまあ! グッズはいつでも買えるからね! ライブに来たいなら、ちゃんと応募してねー!』
「……言われなくても、そのつもりよ!」
キシリアはきっぱりと言い切った。
しかし、その直後。
彼女はふと何かに気づいたように目を細め、再びマドカへと質問を投げかけた。
「……ねえ、マドカ。グッズって、今どれくらい種類があるの?」
『マドカ【エキドナ公式】:えっ、気になる?』
「気にならないわけないでしょうが!!」
今度は、マドカが答える前からキシリアの声が響いた。
『マドカ【エキドナ公式】:あははっ! やっぱり気になってるんじゃん!』
「ファンなら当然でしょう!? どんな商品があるのか確認することの、何がおかしいのよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:はいはい、そうだねー! グッズの話はまた今度、詳しく教えてあげるよ!』
「今教えなさいよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:えー、だって……あ、そうだ! そういえば、新しいバンドは始まるかもしれないねー!』
「……え?」
キシリアの動きが止まった。
つい先ほどまでグッズの話をしていたはずなのに、突然飛び出してきた新しい話題。
しかも、バンド。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ちょっと待ちなさいよ、マドカ! 新しいバンドって何よ!? 今、そんな話が出てきたわよね!? どういうことなの、詳しく説明しなさい!」
『マドカ【エキドナ公式】:ん? エジソンたちが楽器を作ってるんだよ。まだ正式に活動するって決まったわけじゃないけどね!』
「だったら私を入れなさいよ! 絶対人気が出るわよ!?」
あまりにも早かった。
新しいバンドの話が出たと思ったら、キシリアはもう自分の加入を要求していた。
『マドカ【エキドナ公式】:ええっ!? キシリアさん、楽器できるの?』
「そ、それは……これから覚えればいいでしょうが!」
『マドカ【エキドナ公式】:えっ、まだできないの!?』
「大事なのは才能と華よ、才能と華! 私がステージに立てば、観客なんて一瞬で夢中になるんだから!」
キシリアは胸を張った。
楽器ができるかどうかなど、今は些細な問題だと言わんばかりである。
「そもそも、最初から完成された状態で参加できる人間ばかりとは限らないでしょう!? やる気があって、努力するつもりがあって、ステージに立つだけの華がある! それなら十分に候補として検討する価値があるはずよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:うーん……メンバーは、シルヴァ、アナスイ、ジャスティス、ヒナタ、ガブちゃんの予定なんだよね』
「……は?」
『マドカ【エキドナ公式】:だから、今のところ枠がないね!』
「ちょっと待ちなさいよ! 私の枠は!?」
『マドカ【エキドナ公式】:ないね!』
「即答するんじゃないわよ!!」
キシリアが机を叩く勢いで叫ぶと、会議室に笑いが広がった。
まだ正式に始まるかどうかも分からないバンドに、すでにメンバー候補が決まっている。
しかも、キシリアの入る余地はないという。
本人からすれば、あまりにも納得のいかない話だった。
「おいおい、まだ正式に始まるかどうかも決まってねぇんだろ? 先走りすぎじゃねぇか?」
プライドが呆れたように笑いながら口を挟んだ。
「うるさいわね! 人気が出てから加入しようとしたって遅いでしょうが! 最初から私を入れておけば、話題性だって抜群なのよ! 結成前からメンバーとして名前が出ていれば、それだけで注目を集められるでしょう!?」
「いや、そもそもお前、楽器ができねぇんだろ?」
「これから覚えるって言ってるでしょうが! 歌だってダンスだって、やれば何とかなるわよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:あははっ! やる気はすごいね!』
「笑ってないで検討しなさいよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:だって、シルヴァはベース、ジャスティスはドラム、ガブちゃんはキーボードで、ヒナタがボーカル。アナスイも参加する予定だから、どう入れるか難しいんだよねー』
「だったら私もボーカルをやるわ! ヒナタと二人で歌えばいいでしょう!?」
『マドカ【エキドナ公式】:おおっ、ツインボーカル! それは考えてなかったね!』
「でしょう!? ほら、私が入ったほうが絶対にいいじゃない!」
さっきまで楽器の経験がないことを問題にされていたはずなのに、いつの間にかキシリアはボーカルの席を要求していた。
しかも、ヒナタと二人で歌うという具体的な案まで出している。
どうやら本人の中では、加入するかどうかという段階は、すでに通り過ぎてしまったらしい。
『マドカ【エキドナ公式】:でも、ヒナタがどう思うか聞かないとね! あと、そもそもバンドを正式に始めるかどうかもまだ分からないし!』
「そこは今すぐ決めなさいよ! 私はやる気満々なんだから!」
『バンド結成前から加入希望者が来てて草』
『キシリア様、行動が早すぎるw』
『ツインボーカルは普通に見てみたい』
『本人が一番乗り気なの面白すぎるだろ』
『楽器経験ゼロからのバンド加入、展開が早いw』
『これ、楽器を覚えるところから配信したら人気出そう』
『むしろ練習配信から始めたら、それだけで企画になりそうだな』
「ほら! 視聴者だって見たいって言ってるじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:あははっ、確かに面白そう! でもキシリアさん、まずはヒナタたちと相談だね!』
「……絶対に加入してみせるわ。覚悟しておきなさい、マドカ!」
キシリアは腕を組み、すっかり新バンドへの参加を決めた顔で宣言した。
もはや、まだ正式に始まるかどうかすら決まっていないという事実は、彼女の頭からきれいに抜け落ちているようだった。
『マドカ【エキドナ公式】:うんうん! じゃあ、楽器の練習から頑張ってねー!』
「そこからなの!?」
再び会議室に笑い声が響いた。
トライアングルのライブについて聞き始めたはずが、気がつけばグッズの話を経由し、新バンドへの加入を宣言するところまで来てしまった。
しかもキシリアは、まだ楽器を弾けない。
それでも本人は、すでにステージに立つ未来を思い描いているらしい。
その勢いだけは、誰にも止められそうになかった。




