勇者会議31
「なあ、ちょっと気になってんだけどよ。エキドナって、そこまでの技術を持ってて、どこまで世間に公開するつもりなんだ? EVにしたってモンバトにしたって、世の中に与える影響は相当なもんだろ。便利だからって何でもかんでも広めて、悪用されたり、思わぬ問題が起きたりする危険性は考えてんだよな?」
会議の場に、少しばかり真剣な空気が流れた。
エキドナが生み出してきた技術は、人々の生活や冒険者の活動に大きな変化をもたらしている。便利になるのは喜ばしいことだが、それだけ影響力の大きな技術を世に広める以上、危険性についても考える必要がある。
そんな傲慢の問いかけに対し、配信画面の向こうにいるマドカは、きょとんとした様子で反応した。
『マドカ【エキドナ公式】:ん? 何言ってるの? モンバト、プライドさん使ってないの?』
「使ってるが!?」
即答だった。
モンバトは、冒険者にとって非常に便利な道具だ。周囲にいるモンスターの位置や種類、数を把握できる。危険を避けるにも、討伐の準備をするにも役立つ。実際に使っている傲慢が、その便利さを知らないはずもなかった。
『マドカ【エキドナ公式】:だよね? モンスターの位置も、種類も、数も分かる。冒険者にとって便利だよね? それで、何か悪いことした?』
「いや、そういう話をしてんじゃねえだろ!?」
思わず声を荒らげる。
確かにモンバトは便利だ。そこに異論はない。自分だって使っているし、冒険者にとって有用な道具であることは認めている。
だが、傲慢が聞きたいのは、モンバトが便利かどうかではない。
便利な道具を作った。それを世に広めた。それで終わり。
――本当に、それで済ませていいのかという話だ。
「お前なあ……! 俺はモンバトが便利かどうかを聞いてんじゃねえんだよ! それだけの技術を持ってるお前らが、どこまで公開するつもりなのか、危険性をどう考えてるのかって聞いてんだ!」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? でも、モンバトがあると冒険者がモンスターの位置や数を把握できるから、無駄な遭遇を避けたり、事前に準備したりできるでしょ? 知らないまま危険な場所に踏み込むより、安全に冒険できるようになるじゃない』
傲慢は口を開きかけ、いったん閉じた。
それは確かに、そのとおりだった。
モンバトによって得られる情報は、冒険者の安全に直結する。危険を事前に把握できることは、大きな利点だ。少なくとも、モンバトそのものが冒険者にとって有益な道具であることは間違いない。
「……だから、それは分かってんだよ。俺だって使ってるっつっただろうが!」
『マドカ【エキドナ公式】:うん、だから、何が問題なのかなって。便利なものを作って、みんなが使えるようにした。それで助かる人がいるなら、いいことじゃないの?』
傲慢は額に手を当てた。
こいつ、悪気があって話をそらしているわけではない。
本当に、何を問題にされているのか分かっていないのだ。
「お前……! 俺が聞いてんのは、便利な道具を作ったことが悪いかどうかじゃねえ! そんな技術を世に出すなら、それが悪用される可能性だってあるだろうが! そこまで考えてんのかって話だ!」
『マドカ【エキドナ公式】:ああ、悪用の話?』
ようやく質問の意図が伝わったらしい。
『マドカ【エキドナ公式】:それなら、もちろん考えるよ? でも、危険性があるからって、便利な技術を全部隠しておくわけにもいかないでしょ? モンバトだって、冒険者が安全に活動するために役立っているんだから』
傲慢は、すぐには返事をしなかった。
マドカの言い分も、筋が通っていないわけではない。
危険性があるからといって技術を何もかも隠してしまえば、その技術によって救われる人や、恩恵を受けられる人まで遠ざけてしまう。
だが、それと公開する範囲をどう決めるかは、また別の問題だ。
「……なるほどな。便利だから公開する、危険だから隠す。その二択じゃねえってことか」
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう。便利なところは、みんなに使ってもらいたいもの。でも、何でもかんでも無条件で公開すればいいとも思ってないよ?』
その返答を聞いて、傲慢はようやく少しだけ表情を和らげた。
少なくとも、エキドナが技術の危険性をまったく考えていない、というわけではなさそうだ。
もっとも、具体的にどこまで公開するのか。その判断基準については、まだ聞いていない。
「なら、その辺りをちゃんと聞かせろ。便利な技術を作れることと、それをどこまで世に出すかを決めることは、別の話だからな」
『マドカ【エキドナ公式】:あ、それはそうだね。じゃあ、そこはちゃんと説明するよ!』
『マドカ【エキドナ公式】:そもそもモンバトって、遊びで作ったものなんだよね!元々はニコラが作ったおもちゃでさ、モンスターのデータを魔力で吸収してカード化して、そのカードから偽物のモンスターを出して戦わせるだけの遊びだったんだよ!』
「……待ってちょうだい。今、さらっと重要なことを言わなかったかしら?」
嫉妬が眉を寄せた。
技術をどこまで公開するつもりなのか。公開による危険性をどう考えているのか。彼女が聞きたいのは、その方針だ。
ところが、マドカの説明は、想定していた方向とは少しずつ違う場所へ進んでいる。
『マドカ【エキドナ公式】:え? どこ?』
「モンスターのデータを吸収してカード化するところも、十分に気になるわよ? でも、今はそこではなくて、あなた、さっきモンバトの索敵機能について話していたでしょう?」
『マドカ【エキドナ公式】:あー! それね! あれ、ニコラがいつの間にか索敵機能を付けちゃってたんだよ!』
「……は?」
嫉妬の口から、思わず素の声が漏れた。
今、何と言ったのだろう。
モンスターをカード化して遊ぶためのおもちゃに、いつの間にか索敵機能が付いていた?
しかも、その機能は現在、冒険者たちがモンスターの位置や種類、数を把握するために使っている、あのモンバトの機能ではないか。
『マドカ【エキドナ公式】:いや、私も最初は「は?」ってなったよ! なんでおもちゃにそんな機能が付いてるの!? って。でも、実際に使ってみたら便利すぎない? って話になって、そのまま正式採用されたんだよね!』
「ちょっと待ちなさい」
嫉妬はこめかみを押さえた。
「つまり、あなたたちは冒険者の安全を守るために索敵装置を開発したわけではなく、遊び道具を作っていたら、いつの間にか索敵機能が付いていたということ?」
『マドカ【エキドナ公式】:そういうこと! おかしなこともあるもんだよね!』
「おかしなこと、で済ませないでちょうだい!」
嫉妬の声が会議室に響いた。
彼女が知りたかったのは、エキドナが技術をどこまで公開するつもりなのか、その判断基準と危険性への認識だった。
それなのに、話を聞けば聞くほど、肝心の技術が生まれた経緯からして想像と違う。
「遊び道具を開発していたら、モンスターの位置や種類、数まで把握できるようになった? しかも、それが便利だからという理由で正式採用? あなたたち、本当に何を作っているのよ……!」
『マドカ【エキドナ公式】:でも、結果的に冒険者が助かってるんだから、いいことじゃない?』
「結果がいいことと、開発の経緯が理解できることは別問題でしょう!」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? でも、最初から便利なものを作ろうとして失敗するより、遊びで作ったものが便利になったほうがお得じゃない?』
「そういう問題でもないわ!」
嫉妬の言葉には、もはや最初の質問とは別種の切実さが混じっていた。
モンバトが冒険者の役に立っていることは分かる。危険なモンスターの存在を事前に把握できるのは、間違いなく大きな利点だ。
だが、それが偶然の産物に近い形で生まれたというのなら、話は変わってくる。
少なくとも、エキドナが技術を生み出すとき、最初から社会的な用途を想定しているとは限らないらしい。
会議の参加者たちからも、何とも言えない反応が広がった。
そんな中、傲慢が口を開いた。
「……なあ、ニコラってのは、どうして遊び道具に索敵機能を付けようと思ったんだ?」
今度は傲慢も、純粋に理由が気になっていた。
いくらニコラが発明好きだとしても、モンスターをカードにして戦わせるおもちゃと、周囲のモンスターを探知する機能は、普通なら別々に開発するものだろう。
ところが、マドカは少し考えたあと、あっさりと答えた。
『マドカ【エキドナ公式】:うーん……ニコラだし?』
「いや、答えになってねえだろ!?」
傲慢が即座に突っ込む。
『マドカ【エキドナ公式】:いや、だってニコラだもん! 面白そうだから付けてみたとか、そんな感じじゃないかな?』
「そんな理由で、冒険者の活動を大きく変える機能が生まれてたまるものかしら……!」
嫉妬は深々とため息をついた。
しかし、マドカはそこで、何かを思い出したように声を上げた。
『マドカ【エキドナ公式】:あっ、でもニコラって、眠いときに開発してると、いつの間にかすごいものができてることがあるんだよね!』
「……待ってちょうだい。今度は何の話なの?」
『マドカ【エキドナ公式】:いや、ニコラって集中するとすごい勢いで作業するんだけど、眠くなってくると、もう早く終わらせて寝ようとするんだよ。そこからさらに作業を高速化するんだけど、結局そのまま寝ちゃうの!』
「……は?」
傲慢と嫉妬の反応が、見事に重なった。
『マドカ【エキドナ公式】:それで、次に起きたときには、なんか完成してるんだよね!』
「なんか完成してる、ではないでしょう!?」
嫉妬が思わず声を張り上げた。
「本人が眠くなって作業を高速化した挙げ句、そのまま寝てしまったのに、目が覚めたら発明品が完成しているということ? どういう開発工程なのよ、それは!」
『マドカ【エキドナ公式】:私も最初はそう思ったよ! でも、ニコラ本人に聞いても、最後のほうはどうやって作ったか、そこまで細かく覚えてないんだよね!』
「本人も覚えていないの!?」
今度こそ、嫉妬は言葉を失った。
開発者本人が、自分の発明品をどう作ったのか、細部を覚えていない。
もちろん、完成したものを見れば、どんな機能があるのか調べたり、動作を確認したりすることはできるのだろう。
だが、そもそもの開発経緯が、眠気に負けそうな天才が作業速度を上げ、最後には寝落ちするというものなのだ。
聞けば聞くほど、頭が痛くなってくる。
「……つまり、ニコラは眠くなると作業を急いで、その結果、本人も細かい工程を覚えていない発明品ができることがある、と?」
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう! もちろん、全部がそうってわけじゃないよ? ちゃんと覚えてるものもあるからね!』
「その補足で安心できると思っているのかしら……?」
すると、それまで話を聞いていたシルヴァが、穏やかな口調で口を開いた。
「……ああ、そういうことでしたら、僕も分かる気がします。そういう時、ありますよねー」
「「「あるの!?」」」
傲慢と嫉妬、そしてその場にいた何人かの視線が、一斉にシルヴァへ向いた。
シルヴァは、特に驚く様子もなく続けた。
「ええ。集中して作業を続けていると、気が付けばかなり時間が経っていて、早く終わらせようと普段より手を速めることもありますから。終わったあとで振り返ると、細かい手順を一つひとつ思い出せないことも、確かにありますね」
『マドカ【エキドナ公式】:でしょ!? ニコラだけじゃないんだよ!』
「いや、そこに同意を求められても困るんだが!?」
傲慢が思わず突っ込んだ。
「集中して作業を進めた結果、細かい手順を思い出せないことと、作業を高速化した挙げ句に寝落ちして、目が覚めたら発明品が完成していることは、同じ話じゃねえだろ!?」
「そうですね。僕の場合は、少なくとも寝ている間に何かが完成しているという話ではありませんから」
シルヴァは落ち着いて答えた。
「そこはちゃんと区別していますよ」
「区別する以前の問題なのよ……!」
嫉妬が頭を抱えた。
シルヴァは至って真面目に、作業に集中しているとそういうこともある、と共感してくれている。
しかし、今の話で問題になっているのは、ニコラが眠気に負けそうになると作業を高速化し、そのまま寝落ちしてしまうこと。そして、本人も細かい作り方を覚えていない発明品が、いつの間にか完成していることなのだ。
そこに「ありますよねー」と賛同されても、嫉妬としては、どこから突っ込めばいいのか分からない。
『マドカ【エキドナ公式】:まあ、でも、ニコラの発明ってそういうこともあるからさ! モンバトの索敵機能も、もしかしたらそんな感じで付いたのかもしれないね!』
「もしかしたら、で済ませないでちょうだい!!」
嫉妬の叫びが、再び会議室に響き渡った。
傲慢は深く息を吐き、額に手を当てる。
技術をどこまで公開するつもりなのか。その危険性をどう考えているのか。
最初は、そこを確認するつもりだった。
ところが今は、エキドナの発明がどのような経緯で生まれているのかという、さらに根本的な問題に直面している。
しかも、当のエキドナ側は、どうやらこれを特別おかしなことだとは思っていないらしい。
「……分かった。とりあえず、ニコラの開発工程については、別途確認が必要そうだな」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? でも、ちゃんと完成してるんだから大丈夫だよ!』
「完成していることと、作った本人が工程を把握していることは別問題だ!!」
今度は傲慢の声が、会議室に響き渡った。




