勇者会議30
『マドカ【エキドナ公式】:そもそも、私たちって船旅とかしたことないんだよね』
「……は?」
プライドの声が、勇者会議場に響いた。
あまりにも唐突な発言だった。船旅をしたことがない。それだけなら、別におかしな話ではない。しかし、マドカたちの場合、これまでの移動手段を考えると、どうにも嫌な予感がする。
「いや、待て。お前、今なんつった? 船旅をしたことがねぇって?」
『マドカ【エキドナ公式】:うん。ビアンチって人がいてね。和の国に行ったときも、船旅はその人に頼んで、簡易転移装置で呼んでもらったんだよ』
「また転移かよ!」
プライドは思わず声を荒らげた。
「お前ら、そんな便利なもんがあるからって、移動のたびに転移で済ませてんのか!? いや、便利なのは分かるぜ? 船に乗って何日もかけるより早いんだろうしな。けどよ、転移ってのは行き先が大事だろうが! ちゃんと行く場所を確認して、問題がねぇって分かってから使ってんだろうな!?」
便利な移動手段があること自体を否定するつもりはない。だが、行き先もろくに確認せずに転移を繰り返しているのだとしたら、さすがに看過できなかった。
「何よ、傲慢! そんなに便利なものが嫌なら、使わなきゃいいじゃない!」
キシリアが口を挟むが、プライドはすぐさま言い返した。
「誰も嫌だなんて言ってねぇだろうが! 便利だからこそ、使い方に気をつけろって話だ! 行き先によっては入国が禁止されている場所だってあるだろ! 何も知らねぇまま飛んで、現地で問題になったらどうすんだよ!」
「プライドの言うことにも一理ある。移動先の事情を把握せずに転移を行えば、意図せず立ち入りを禁じられた場所へ入ってしまう可能性もある。転移先の安全だけでなく、その土地で定められた手続きについても、事前に確認しておくべきだろう」
ジークフリートも、今回はプライドの意見に同意した。
転移は移動時間を大幅に短縮できる便利な手段だ。しかし、どこへでも自由に移動してよいという話にはならない。移動先の事情を確認し、必要な許可を得ることは、移動手段が何であろうと変わらないはずだった。
『マドカ【エキドナ公式】:いや、和の国に行ったときは、ちゃんと入国手続きを済ませてたよ? チヨとナツメが里帰りするのに合わせて、私たちも一緒に行くことになってたから。二人に観光案内もしてもらう予定だったしね』
「……あ? そうなのか?」
プライドの勢いが、少しだけ弱まった。
『マドカ【エキドナ公式】:うん。だから、入国の許可を取らずに勝手に飛んでいったわけじゃないよ。手続きはきちんと済ませて、それからビアンチさんに転移を頼んだんだよね』
「それならば、入国手続きの問題はないということか。許可を得たうえで移動手段として転移を利用したのであれば、話は別だな。船に乗って海を渡ることと、転移によって移動することは、移動手段が異なるというだけのことだ」
ジークフリートは納得したように頷いた。
問題なのは転移そのものではない。必要な手続きを省略したり、立ち入りを認められていない場所へ無断で入ったりすることだ。事前に許可を取り、正規の手続きを済ませているのであれば、船を使わなかったこと自体に問題があるわけではない。
「いや、そりゃそうだけどよ! 最初からそう言えってんだ! こっちは手続きもせずに勝手に飛んでいったのかと思ったじゃねぇか!」
『マドカ【エキドナ公式】:あはは、ごめんごめん。そこまで説明してなかったね』
「まあ、ちゃんと許可を得ていたのなら問題ありませんわね。転移はあくまで移動手段ですもの。船で何日もかける代わりに、転移で移動時間を短縮したというだけの話ですわ」
アナスイも、落ち着いた様子で話に加わった。
「ただ、便利だからといって、どこへでも自由に入っていいというわけではありませんものね。訪問先の決まりを守り、必要な手続きを済ませる。そこさえ押さえておけば、移動手段そのものにこだわる必要はないと思いますわ」
『なるほど、ちゃんと入国の許可を取ってから転移していたんですわね』
『それなら、船に乗っていないというだけで、入国の手続きを省いたわけではないんだな』
『チヨとナツメが一緒なら、和の国での案内も頼めますし、訪問する理由もはっきりしていますものね』
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう。で、和の国に着いた場所は砂浜のすみっこだったよ』
「……砂浜のすみっこ?」
プライドは、今度は別の意味で聞き返した。
『マドカ【エキドナ公式】:うん。船に乗らずに転移したからね。海岸の端っこのほうに着いたんだよ』
「いや、着地点の説明は分かったけどよ! なんでそんな細かい場所まで覚えてんだよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:えー? だって、砂浜だったから』
あまりにもあっさりした返答だった。
プライドとしては、転移装置を使った際の到着地点に何か特別な事情でもあったのかと思ったのだが、マドカの様子を見る限り、特に深い意味はなさそうだった。
『砂浜のすみっこwww』
『着地点の説明が妙に具体的で笑う』
『ちゃんと許可を取っているなら、問題はそこじゃないんだがw』
『マドカ、砂浜のすみっこがよっぽど印象に残ったのか?』
『マドカ【エキドナ公式】:いや、ちゃんと現地の偉い人にも会ったよ? チヨとナツメのご家族にも会ったしね。二人は和の国のお城にいる偉い人の娘さんたちで、ムサシの弟子なんだよ』
「……お城の偉い人の娘?」
その言葉を聞いた瞬間、キシリアの表情がぱっと明るくなった。
先ほどまで転移や入国手続きについて話していたことなど、もう頭の片隅に追いやられてしまったらしい。彼女の興味は、マドカの話に出てきたチヨとナツメへと一気に向けられていた。
「ああ! チヨとナツメのことね! あの子たち、かわいい服を着ていたわよね! 私、あの服がすごく気になっていたのよ!」
キシリアは身を乗り出すような勢いで、マドカに問いかけた。
「ねえ、マドカ! あれってどこで手に入るの!? 和の国で売っているの? それとも、あの子たちの家で仕立てているのかしら!? あの独特な形も素敵だったし、こっちではあまり見ないデザインだったじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:えっ、そっち!? 今、転移と入国手続きの話をしてたんだけど!』
「そんなのはもう分かったわよ! ちゃんと許可を取っていたんでしょう!? だったら、今は服の話をしてもいいじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:いや、まあ、そうだけど……。和の国の服なら、ゴールにあるエキドナのショップでも取り扱ってるよ。ただ、チヨとナツメが着ていたようなものと、まったく同じとは限らないけどね』
「えっ、エキドナでも買えるの!? それなら、わざわざ和の国まで行かなくても手に入るのかしら?」
『マドカ【エキドナ公式】:うーん、そこはちょっと違うかな。和の国には身分制度があって、身分によって使える生地が決まっているんだよね。エキドナ関係者向けに扱っている高級生地の一級品と、ゴールにある一般向けのショップで売っているものは、生地のランクが違うんだよ』
「生地のランクが違う……?」
キシリアは、さっきまでの勢いを少し落として聞き返した。
『マドカ【エキドナ公式】:そう。一般向けのショップで買えるものは、生地のランクが下がってるの。エキドナ関係者なら、高級生地で仕立てた一級品も買えるんだよ』
「だったら、私はエキドナの高級生地のほうがいいわ! せっかく選べるのなら、やっぱり一番いいものが欲しいじゃない! 生地が違うなら、見た目だけじゃなくて着心地だって違うかもしれないでしょう? そういうところも、ちゃんと比べて選んでみたいわ!」
『マドカ【エキドナ公式】:まあ、そういうことなら、エキドナに来たら選んだら? 実物を見ながら選べるし、どんな生地があるのかも分かると思うよ』
「本当!? それなら、エキドナに行く楽しみが増えたわね! ああ、どんな生地があるのかしら。色も柄もいろいろあるのでしょう? チヨとナツメが着ていたような服も素敵だったけれど、私に似合うものを選ぶのも楽しそうだわ!」
どうやら、キシリアの中では、和装を手に入れるための計画が少しずつ具体的になってきたらしい。
『キシリア様、和の国の服にすっかり夢中ですわね』
『一般ショップと高級生地でランクが違うのか。それなら、実物を見て選びたくなるのも分かるな』
『キシリア様、エキドナに来たら生地選びだけで一日使いそうwww』
「おい、さっきまで入国だの転移だのって話をしてたんじゃねぇのかよ……」
プライドは呆れたように呟いた。
つい先ほどまで、転移先の安全や入国手続きについて真面目に話し合っていたはずだ。それが今では、和の国の衣装をどうやって手に入れるかという話にすっかり変わっている。
「何よ! ちゃんと話は分かったって言ってるでしょう!? それに、エキドナに行く理由がひとつ増えたんだから、いいことじゃない!」
『マドカ【エキドナ公式】:いや、まあ、そうなんだけどね。あ、そうだ。キシリアさん、もし私たちが嫉妬の国に行くことになったら、海は転移でショートカットすると思うよ』
「ええ、それは構わないわよ。転移が使えるなら、そのほうが早いでしょうしね。でも、嫉妬の国に入るときは、ちゃんと許可を取ってもらわないと困るわ。入国の手続きが必要な場所から先は、勝手に入るわけにはいかないもの」
『マドカ【エキドナ公式】:うん、もちろん。だから、嫉妬の国で「ここから先は許可が必要です」っていう場所まで転移して、そこでキシリアさんと待ち合わせするのはどうかな? そしたら、キシリアさんに案内してもらいながら、ちゃんと手続きを済ませて入れるでしょ?』
キシリアは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「……あら。それなら、私がそこで待っていればいいのね? あなたたちが海を渡る時間は省けるし、入国の手続きはきちんと済ませられるし、そのあとは私が案内してあげられる……そういうことなのね!」
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう。転移で移動すること自体は問題ないんだし、必要な手続きがあるところでは、ちゃんとキシリアさんに合流できればいいかなって』
「まあ! それなら話が早いじゃない! いいわね、それ! せっかく嫉妬の国まで来るのなら、私が案内してあげるわよ! どこを見たいのか、何に興味があるのか、事前に教えてくれれば考えておくわ。あなたたちが来るときには、私もきちんと準備しておくから!」
キシリアの顔には、先ほどまでとは違う、弾むような笑みが浮かんでいた。
ただ許可を出すだけではなく、自分が出迎え、案内する。その形なら、彼女自身も訪問に関われる。マドカの提案は、キシリアにとっても納得しやすいものだったらしい。
「なるほど。移動時間を短縮しつつ、入国に必要な手続きは現地で適切に行うわけか。それなら、転移の利便性を活かしながら、訪問先の規則も守れる。合理的な方法だな」
ジークフリートも、満足そうに頷いた。
「最初からそういう話をしてりゃ、俺だってここまで騒いでねぇんだよ! 転移で飛ぶのはいい。だが、入国が必要な場所なら、ちゃんとそこで手続きを済ませる! それだけの話だろうが!」
『マドカ【エキドナ公式】:うんうん。だから、ちゃんとキシリアさんに案内してもらえるように、待ち合わせの場所を決めておけばいいんだよね』
「ええ、任せてちょうだい! あなたたちが来るときは、私がきちんと案内してあげるわ!」
『キシリア様、案内役になれるのがうれしそうで何よりw』
『これなら入国手続きの話もすっきりまとまったな』
『転移で海をショートカットして、国境ではキシリア様と合流。分かりやすい!』
「……ったく。最初からそういう話だって分かってりゃ、俺も無駄に心配しなくて済んだんだよ」
プライドは、まだ少し不満そうに腕を組んだ。
しかし、話そのものには納得しているようだった。転移を使うことが問題なのではない。必要な手続きを省かず、訪問先の決まりを守ること。それが確認できたなら、あとは当人たちが予定を調整すればいい。
「それで、和の国の服の話に戻るけれど……」
キシリアは、まるで何事もなかったかのように話題を戻した。
「エキドナに行ったら、高級生地の一級品を選べるのよね? だったら、どんな色や柄があるのか、ちゃんと見せてもらわないと! せっかくなら、チヨとナツメが着ていた服とはまた違った、自分に似合うものも探してみたいわ!」
『マドカ【エキドナ公式】:うん、だから、エキドナに来たときにゆっくり選べばいいと思うよ。生地を見て、気に入ったものを選んでね』
「ええ、そうするわ! ふふっ、楽しみが増えたわね!」
『キシリア様、嫉妬の国の案内だけじゃなくて、エキドナでの生地選びまで楽しみにしてるw』
『和の国の服がきっかけで、エキドナにも行きたくなっちゃったんだな』
『マドカ、案内の約束と生地選びの話が一気にまとまったね』
「……お前ら、話が決まるのが早ぇんだよ」
プライドは深々とため息をついた。
もちろん、具体的な日程が決まったわけではない。嫉妬の国への訪問も、エキドナでの買い物も、これから予定を調整する必要がある。それでも、必要な手続きをどうするか、誰が案内するか、和装をどこで選ぶかという話は、ひとまずまとまった。
「いや、訪問する目的が明確であることは悪いことではない。あとは必要な許可と準備を整えればよいだろう。移動手段にこだわる必要はないが、訪問先の決まりを守ることは忘れてはならないな」
ジークフリートは冷静にそうまとめた。
『マドカ【エキドナ公式】:そういうこと! 転移は便利だから使うけど、行き先の確認も必要な手続きも、ちゃんとするよ』
「ええ、分かってるわ! それに、あなたたちが来るなら、私が案内するんだから! そのときは、遠慮せずに行きたい場所を言いなさいよ!」
『マドカ【エキドナ公式】:はいはい。そのときは頼りにしてるねー』
「なによ、その返事! ちゃんと頼りにしなさいよね!」
勇者会議場には、またしても笑い声が広がった。
船旅をしたことがないという話から始まった会話は、転移による移動と入国手続きの確認へと進み、和の国の衣装、さらには嫉妬の国での待ち合わせと案内の話にまで発展していた。
移動手段が何であれ、訪問先の許可と必要な手続きを忘れてはいけない。その点はきちんと確認された。そして、キシリアも自分が案内役になれると分かって、すっかり乗り気になっている。
最後まで話を聞いていたプライドには、ひとつだけ確かなことがあった。
――便利な転移手段があるのはいい。だが、こいつらの会話は、どこへ飛んでいくのかまるで予測できねぇ。




