勇者会議21
「……すまないな、マドカ。改めて詫びさせてほしい」
憤怒の勇者が、静かにそう切り出した。
『マドカ【エキドナ公式】:え? 何? おじさん、どしたのさ?』
あまりにも唐突な謝罪だった。
プライドもキシリアも、アナスイもシルヴァも、何が始まったのか分からず困惑している。
「本当は、ここではなく直接お会いしたかったのだが……お前の言葉を読んで、このままでは駄目だと思ったのだ」
『マドカ【エキドナ公式】:ふーん? 憤怒さんが999かもしれないってこと? それとも、何かあるの?』
「ふふ……」
憤怒の勇者は、わずかに笑った。
「俺の名はジークフリート。かつて、リゼット様直属の騎士団に所属していた男だ」
一拍置いて、彼は続ける。
「お前の師であるムサシ様は、その騎士団の団長になられた方だ」
「「「「「は!?」」」」」
会議室に、驚愕の声が重なった。
「憤怒がリゼット殿の部下だった!?」
プライドが、思わず声を張り上げた。
「あらま……それは驚きですね」
アナスイも目を丸くしている。
「強いとは思っていましたが……まさか、そんな過去があったとは」
シルヴァも驚きを隠せない。
「ちょっと、なんなのよおおおお! 今日は何なの!? 次から次へと、とんでもない話ばっかりじゃない!」
キシリアは頭を抱えた。
『マドカ【エキドナ公式】:なるほど……お姉ちゃん案件だね……』
「その通りだな」
ジークフリートは否定しなかった。
「当時の騎士団では、俺たちはそれぞれが単独で任務をこなせるほどの実力を持っていた。ムサシ様と俺、そしてもう一人……アーサーという男だ」
彼は懐かしむように、少しだけ目を細めた。
「その三人は、かつての時代に剣聖と呼ばれていた」
『マドカ【エキドナ公式】:あー! だからさっき、剣聖っぽいって言ったとき、なんか反応してたんだ!』
「そうだ。お前にそう言われて、当時のことを思い出したのだ」
『マドカ【エキドナ公式】:それで?』
マドカは、余計な口を挟まず先を促した。
「ある任務で、俺はドラゴンを討伐した。だが……ドラゴンは死の間際、俺に呪いをかけたのだ」
ジークフリートの声が、少しだけ低くなる。
「竜人となり、死ななくなる。いや……死ねなくなる呪いだった」
誰も口を挟まなかった。
「姿も変わり、もはや人間とは言えぬ存在になった。俺は怖かったのだ」
彼は自分の手を見つめるように、視線を落とした。
「こんな化け物になった俺を、騎士団の仲間たちは受け入れてくれるだろうか。リゼット様は……ムサシ様は、今までと同じように俺を見てくださるだろうか」
わずかな沈黙が落ちる。
「答えを聞くのが怖かった。だから俺は、自分が死んだことにしたのだ」
『…………』
コメント欄からも、しばらく勢いが消えた。
『死んだことにした……?』
『仲間に拒絶されるのが怖くて、姿を消したのか』
『憤怒の勇者って、そういう過去だったのか……』
ジークフリートは、静かに息を吐いた。
「俺は、逃げたのだ。仲間を信じることもできず、自分から関係を断ち切った。そのまま長い年月を過ごし……今に至る」
そして、彼は再びマドカの言葉を思い返すように、EVへと視線を向けた。
「お前は言ったな。自分たちが死ねば、リゼット様はまた一人で生きていかなければならない。だから、少しでも長く一緒にいられるよう、999を目指すのだと」
『マドカ【エキドナ公式】:うん』
「……俺は、リゼット様のそばにいる資格がないと思い込み、勝手に姿を消した。だが、お前たちは大切な者を一人にしないために、共に生きる道を探している」
ジークフリートは、まっすぐにEVを見つめた。
「だからこそ、今度こそ逃げてはならぬと思ったのだ。マドカ……俺は、リゼット様に、そしてムサシ様に、直接謝罪したい」
『マドカ【エキドナ公式】:ジークさんは後悔してるって言ってたね?』
マドカの声は、いつものように気さくだった。けれど、その言葉には確かな真剣さがあった。
『マドカ【エキドナ公式】:ジークさんの話は、賢者会議の配信でも名前が出てたから、本当だと思うよ。でもさ……それは今、生きてるムサシとお姉ちゃんにちゃんと伝えよう?』
ジークフリートは黙って、EVの画面を見つめていた。
『マドカ【エキドナ公式】:生きてたってだけで嬉しいでしょ、普通。あの二人は何人と知り合っても、みんな死んでいったんだからさ』
プライドも、キシリアも口を挟まなかった。
『マドカ【エキドナ公式】:もう一人でいさせたら、つらいでしょ? 直接昔話でもすればいいじゃない』
ジークフリートの表情が、わずかに揺れた。
『マドカ【エキドナ公式】:あの人たち、ほぼ死なないし、姿も変わらないから、あなたと同じっていうのもなんだけど……』
マドカは少し考えるように間を置いた。
『マドカ【エキドナ公式】:まぁさ、一度エキドナに来たら?』
「……エキドナに」
ジークフリートが、ぽつりと繰り返した。
『マドカ【エキドナ公式】:うん! 昔のことを謝りたいなら、直接会って話せばいいじゃん。五百年も三百年も生きてる人たちなんだよ? 今さら一回会いに行ったくらいで、何かが遅すぎるなんてことないと思うけどな!』
「……俺は、許してもらえるだろうか」
その声には、長い年月を生きてきた勇者とは思えないほどの不安が滲んでいた。
『マドカ【エキドナ公式】:それは私が決めることじゃないよ。でも、ムサシもお姉ちゃんも、あなたが生きてたって知ったら、まずそこを喜ぶんじゃないかな?』
マドカは、少しだけ笑った。
『マドカ【エキドナ公式】:だって、ずっと死んだと思ってた仲間が生きてたんだよ? 私だったら、嬉しいけどな!』
「…………」
ジークフリートは、何も答えなかった。
五百年もの間、彼は自分が化け物になったと思い込み、仲間の前から姿を消した。
拒絶されることを恐れ、確かめることすらできず、後悔を抱えたまま生き続けてきた。
だが、マドカはごく当たり前のことを言っている。
生きていたなら、会いに行けばいい。
謝りたいなら、直接謝ればいい。
もう二度と会えないと思っていた相手が、今もどこかで生きているのだから。
「……ふ」
ジークフリートは、いつものように小さく笑った。
しかし、その声は先ほどまでとは少し違っていた。
「そうだな。俺は……会いに行くべきなのだろうな」
『マドカ【エキドナ公式】:うん! じゃあ、来るときは連絡してね! お姉ちゃんにもムサシにも、ちゃんと話を通しておくから!』
「……ありがとう、マドカ」
その一言には、今まで誰にも言えなかった思いが込められているようだった。
『マドカ【エキドナ公式】:えへへ、どういたしまして!』
あまりにもいつも通りの返事に、キシリアが思わず声を上げた。
「ちょっと待ちなさいよ! 今の話、そんな簡単に決めちゃっていいの!? 憤怒の勇者が実はリゼットの元部下で、しかも三人の剣聖の一人だったってことでしょ!?」
「……そうだな」
プライドも、複雑な表情で頷いた。
「それに、三百年前に死んだと思われていた男が、今も生きていたって話だ。普通なら、もっと大騒ぎになるだろうが……」
「でも、マドカさんの言うことは分かりますわ」
アナスイは穏やかに微笑んだ。
「謝罪したい相手が今も生きているのなら、会って話す。それが一番ですもの」
「ええ。あとは、ご本人たちがどう受け止めるかですね」
シルヴァも頷いた。
ジークフリートは、ゆっくりと顔を上げた。
五百年ぶりに、かつての仲間と向き合う。
その一歩を踏み出すためのきっかけは、思いがけず、遠く離れた場所から届いた少女の言葉だった。




