勇者会議19
『マドカ【エキドナ公式】:まずさ、勘違いしないでほしいんだけど、ちょっと聞いてくれる? 私の師匠、大賢者リゼットの話だからね!』
「聞くわ!」
キシリアが勢いよく返事をした。
『マドカ【エキドナ公式】:お姉ちゃんは百年前、当時の王様に無茶な命令ばっかりされて、すっかり疲れ果ててたらしいんだよね。それで、もう面倒だから辞めちゃおうかなって思ってた時期があったんだって』
アナスイとシルヴァは、すでに知っている話ということもあって、静かに耳を傾けていた。
『マドカ【エキドナ公式】:それでね、なんか山みたいなサイズの亀がいたらしくて、お姉ちゃんがメテオでぶっ殺したんだって! その痕跡が、今では大きな湖になってるみたい!』
「……は?」
プライドの声が漏れた。
『山みたいなサイズの亀』
『ちょっと待て、山みたいなサイズ?』
『それをメテオでぶっ殺したって、サラッと言うことじゃないだろ!』
『湖ができるほどの痕跡って何なんだよ……』
「マジかよ……」
プライドは思わず呟いた。
「山ほどの大きさのモンスターを、魔法一発で倒したということか……?」
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう! で、お姉ちゃんは『そんなモンスターもうどーでもいいわ。これでとりあえず、しばらくは大丈夫でしょ。後は勝手にさせてもらうわ』って、そのまま王国を放置したらしいんだよね!』
「……国を放置するほど嫌になっていたのか」
プライドは、今度は呆れたような声を出した。
『マドカ【エキドナ公式】:うん! もう嫌になっちゃったんだろうね! そしたら当時の王様が、これは偉業だ! って、お姉ちゃんのご機嫌取りをしようとしたわけ!』
『マドカ【エキドナ公式】:そう! それが勇者認定!』
「……なるほどな。そこで勇者にして、引き留めようとしたわけか?」
プライドが納得しかけたところで、マドカはあっさり首を横に振るような調子で続けた。
『マドカ【エキドナ公式】:でも、お姉ちゃんはもう引きこもっちゃってたからね。そんな話を聞いた覚えもないし、本人はどこにも出てこない。それなのに当時の王様は、先に発表しちゃったんだよ!』
マドカは、当時の王の慌てぶりを想像するように、少し楽しそうに続けた。
『マドカ【エキドナ公式】:『リゼットが戻ってこない、どうしよう……!』って焦ったわけだね! でも、まぁ彼女は長命だしいいんじゃないですかね、って。そのまま放置!』
「いや、待て! 本人が知らないまま勇者に認定されたってことか!?」
プライドが思わず身を乗り出した。
『マドカ【エキドナ公式】:そういうこと! 勇者協会にも申請しないまま、百年!』
『百年放置www』
『王様、発表した時点で仕事した気になってないか?』
『本人不在の勇者認定、しかも協会への申請なし』
『リゼット様、知らないうちに勇者になってるのかよ!』
『山サイズの亀を倒したのが始まりなのに、オチが事務手続きの放置なの笑う』
『マドカ【エキドナ公式】:おかしいよね? なんでお姉ちゃんに勇者なんて、今更押し付けるんだろうね?』
プライドは何とも言えない顔をしていた。キシリアも、さすがにすぐには口を挟めずにいる。
『マドカ【エキドナ公式】:だったら、お姉ちゃんも好きに押し付けてもいいと思わない? 本人、まぁ私たちより弱いけど、結構強いよ? ジャスティスでいいと思うんだけど?』
「待て待て待て!」
プライドが慌てて割って入った。
「話が飛びすぎだろうが! そもそも、リゼット殿が勇者認定されていたこと自体、今日再確認するためにアナスイが開催したんだが!?」
彼は一度言葉を切り、アナスイとシルヴァを見た。
「……お前らは知ってたんだよな?」
「ええ。リゼット様の勇者認定については、以前から把握しておりますわ」
アナスイは落ち着いた様子で答えた。
「ただ、百年前の王がどのようなつもりで発表したのか、改めて聞くと随分と身勝手な話ですわね」
「勇者協会への申請もないまま百年、というのは制度上の問題ですね。今後どう扱うかは、確認が必要でしょう」
シルヴァも冷静に補足した。
「それに、ジャスティスさんを推薦する理由が、リゼット様への勇者認定の押し付け返しというのは……」
「面白いじゃない!」
キシリアが目を輝かせた。
「本人の知らないところで勇者にされるなんて、そんなことがあるのね! それならジャスティスにも可能性があるんじゃない?」
「いや、可能性の話をしている場合ではありませんわ……」
アナスイは呆れたようにため息をついた。
「そもそも、マドカさん。あなたはジャスティスさん本人の意思を確認しているのですか?」
『マドカ【エキドナ公式】:え? 勇者になりたいんじゃないの? あの子、俺は勇者だ! って言ってるし!』
「それは……まあ……」
アナスイは、返す言葉に困ったように口を閉じた。
『マドカ【エキドナ公式】:本人がやる気ならいいんじゃない? Sクラスにならなきゃいけないんでしょ? まずはそこからだね!』
『勇者になる前にSクラス!』
『目標ができたな、ジャスティス!』
『リゼット様の百年前の勇者認定と、ジャスティスの未来がつながるのか?』
『いや、そもそもリゼット様に確認しろw』
憤怒の勇者は、しばらく黙って話を聞いていた。
「……なるほどな」
低い声で、ぽつりと呟く。
「勇者という地位が、本人の望みとは無関係に与えられることもある……か」
彼は何かを考えるように目を伏せた。
プライドは腕を組み、考え込んでいた。
勇者とは何なのか。
強さを示す称号なのか。誰かの期待に応える役目なのか。それとも、本人が望んで背負うものなのか。
少なくとも、マドカにとっては、肩書きよりも本人が何をしたいかのほうが大事らしかった。
『マドカ【エキドナ公式】:まぁ、今はアナスイとシルヴァがレベル300近くになってるかな。私で630。まぁ、お姉ちゃんで999、ムサシも999だね!』
「…………は?」
プライドの顔が固まった。
憤怒の勇者も、わずかに目を見開く。
「……ふ」
その口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
『レベル999!?』
『カンストじゃねえか!?』
『リゼット様だけじゃなくてムサシも!?』
『いや待て、マドカも630って言ったぞ!?』
『アナスイとシルヴァも300近いのかよ!』
『俺たちが今まで聞いてたレベルの基準、どこ行った!?』
『999って本当に存在する数字だったんだ……!』
コメント欄では、999という数字に異様な盛り上がりを見せていた。
その一方で、プライドは完全に黙り込んでいた。
「…………」
何か言いたそうではある。だが、口を開いても言葉が出てこないらしい。
そこへ、キシリアが勢いよく食いついた。
「ちょっと、あんたらああ! 何!? 秘密の修行でもしたわけ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:ふふ! ずっとダンジョンから帰れませんでした、ってだけだよね! モンスターハウスに監禁して!』
「……思い出したくないですわ……」
アナスイが、心底嫌そうな声を漏らした。
「死ぬ思いでずっと潜り続けましたからね……。多分、一週間ほどですかね。転移で食事だけ運ばれてきて、それを食べろと」
シルヴァも遠い目をしていた。
「私はお風呂だけは許してもらいましたわ……」
『マドカ【エキドナ公式】:あと、ニコラの一週間寝なくても働ける、やばい栄養剤でなんか頑張ってたね!』
「お前ら、どんだけだよ……」
プライドがようやく絞り出した言葉は、それだった。
強くなるための修行というより、もはや過酷な労働環境の告発である。
キシリアはしばらく考え込んでいたが、やがてマドカに向かって身を乗り出した。
「マドカ! 私も強くはなりたいけど、もっと軽いメニューないの!?」
『マドカ【エキドナ公式】:んー……キシリアさんって、イラつくと八つ当たりしそうだしなぁ』
「なっ!?」
『マドカ【エキドナ公式】:うちの修行って、基本的にダンジョンにずっと籠もってるだけだもん。慣れると飽きるし、今なんて三十層のソロもぬるすぎて、やる気になんないんだよね』
「三十層をソロで……ぬるい……?」
キシリアの声が震えた。
彼女が想像していた修行と、エキドナで行われている修行には、どうやら大きな隔たりがあるらしい。
「そもそも、皆さんは素材集めのために、わざわざ潜っているだけですわ」
アナスイが、少しだけ気を取り直して説明した。
「飛空艇の材料集めついでに、僕たちはダンジョンで自給自足生活をしているようなものですね」
シルヴァも頷く。
『マドカ【エキドナ公式】:そうそう! エキドナって素材は全部自分たちで集めるから、労働時間以外は元手タダで作ってるからね!』
『素材を自力調達するのは分かる』
『でも、そのついでにレベル999になるのは分からない』
『飛空艇の材料集めって、そんな気軽な用事だったっけ?』
『自給自足生活のスケールがおかしいんだよ!』
『修行という名の素材回収、素材回収という名の地獄』
『キシリア、今ならまだ引き返せるぞ……!』
「…………」
プライドは再び黙り込んだ。
自分が強さを追い求めてきた時間は、いったい何だったのか。
いや、そもそもエキドナの連中は、強くなること自体を目的にしているわけではないのかもしれない。
素材が欲しいからダンジョンに潜る。必要だから戦う。ついでにレベルが上がる。
その結果が、レベル999。
「……ふざけてんのか、あいつら……」
プライドの呟きは、誰に向けたものなのかも分からなかった。




