勇者会議4
「それに、エキドナにずっといるわけではありませんのよ?」
アナスイは、ふと思い出したように付け加えた。
「わたくしは色欲大陸でも、ある程度の間引きを週に三日ほどしておりますもの」
「僕もですね。強欲大陸の問題解決を続けていますよ。エキドナに所属したからといって、自分の大陸を放っておくわけにはいきませんから」
シルヴァも当然のことのように答えた。
「まあ、仕事が終わったらエキドナに転移するんですけどね」
「わたくしもそうですわね。色欲大陸の掃除が終わったら屋敷に帰って、ジュリエットとロミオと過ごしておりますわ」
アナスイは穏やかに微笑んだ。
まるで、仕事帰りに家でペットと過ごすのが当たり前だとでも言うような口ぶりだった。
しかし――。
「……は?」
嫉妬が目を見開いた。
「ちょっと待ちなさい。今、何て言ったの?」
「色欲大陸の仕事が終わったら、ジュリエットとロミオと過ごしている、と申し上げましたけれど?」
「その前よ!」
嫉妬が机を叩いた。
「転移って言ったわよね!? エキドナに転移するって!」
「ええ、そうですわよ?」
アナスイはきょとんとした顔で頷いた。
「普通に転移してますけど……?」
「普通にじゃないわよ!!」
嫉妬の叫びが会議場に響き渡った。
傲慢も、先ほどまでの不機嫌そうな顔を忘れたように二人を見ている。
「おい、待て。転移だと……? 色欲大陸から怠惰の大陸まで、自由に移動できるってことか!?」
「はい。そういうことになりますね」
シルヴァがあっさり答えた。
「もちろん、エキドナに転移できる場所が用意されているからですが」
「いや、そういう問題じゃねえだろうが!」
傲慢が思わず声を荒らげた。
「大陸をまたいだ移動だぞ!? 普通なら移動手段も時間も必要になる! それを仕事が終わったら帰るみたいな感覚で……!」
「実際、仕事が終わったら帰っていますもの」
「だから、その感覚がおかしいって言ってんだよ!」
アナスイは不思議そうに首を傾げた。
「でも、移動に時間をかける必要がありませんもの。わざわざ遠回りする理由もありませんわよね?」
「ぐっ……!」
傲慢は言葉に詰まった。
配信画面には、驚きのコメントが次々と流れ始める。
『えっ、今さらっと転移って言った!?』
『大陸間を自由に移動できるのかよ!』
『色欲大陸で仕事して、終わったら怠惰に帰宅!?』
『移動時間を気にしなくていいって、そんなの便利どころの話じゃないだろ!』
『いやいや、普通はそんなことできないだろwww』
『エキドナ、装備どころか移動手段までおかしいw』
『ジュリエットとロミオが待ってる家に帰る感覚で大陸を移動するなwww』
『待て、これって勇者の活動範囲そのものが変わる話じゃないか?』
『傲慢が一番驚いてるの、ちょっと面白いwww』
「ま、待て。そんな転移手段があるなら、勇者協会の移動にも使えるのか?」
傲慢が、今度は真剣な表情で尋ねた。
「さあ? わたくしたちが使っているものについて、どこまで説明していいかは確認しておりませんわね」
アナスイは困ったように微笑んだ。
「ただ、少なくとも、わたくしたちはエキドナの拠点と自分の大陸を行き来できていますわ」
「僕も同じです。強欲大陸での仕事が終われば、エキドナに戻って休むこともできます。必要があれば、また自分の大陸へ向かいますよ」
「……そんなことができるなら、活動の仕方そのものが変わるじゃない」
嫉妬は額に手を当てた。
これまで彼女は、二人がエキドナに所属していると聞いて、装備や支援を受ける代わりに、組織のために働いているのだと思っていた。
だが、話はそれだけではなかった。
二人は自分の大陸で勇者としての仕事を続けながら、必要なときにはエキドナへ戻り、仲間と過ごし、また仕事へ向かっている。
しかも、その移動にかかる時間をほとんど気にしていない。
「……ねえ、アナスイ」
「はい、何でしょう?」
「あなたたちにとって、エキドナって……本当にどこか別の場所にある組織なの?」
「ええ。場所は別ですわよ?」
「そういう意味じゃないわよ!!」
嫉妬が再び叫び、会議場に笑いが広がった。
『嫉妬、そこが気になるよなwww』
『距離という概念が崩れてるw』
『いや、笑い話みたいになってるけど、かなり重大な話だぞ!』
『勇者の仕事と組織活動を両立できる理由が分かってきた』
『でも転移の仕組みはまだ謎だな』
『これ、誰でも使えるのか? それともエキドナの所属者限定?』
『そこを聞きたいけど、聞いたらまた別のとんでもない話が出てきそうwww』
『エキドナ、知れば知るほど規模が分からなくなる……』
憤怒は腕を組んだまま、静かに二人を見ていた。
「……なるほどな。単に装備を与えているだけではない、ということか」
先ほどの傲慢への言葉を思い返すように、憤怒が低く呟いた。
「エキドナは、所属する者が自分の役割を続けながら活動できる環境まで整えている。そう考えれば、二人が今までどおり勇者の仕事を続けられていることにも説明がつく」
「ええ。わたくしたちにとっては、とてもありがたいことですわ」
アナスイはそう答えた。
「ですから、エキドナに所属したからといって、自分の大陸を捨てたわけではありませんのよ」
シルヴァも頷いた。
「むしろ、以前より動きやすくなった部分もありますね。自分の仕事を続けながら、必要なときに仲間の力を借りられる。僕は、そういう関係だと思っています」
嫉妬はまだ納得しきれていない様子だったが、ひとまず椅子へ座り直した。
「……分かったわ。少なくとも、あんたたちがエキドナに入り浸ってるわけじゃないのは分かった」
「入り浸る、ですか……」
シルヴァが苦笑する。
「まあ、仲間と過ごす時間もありますけどね」
「ジュリエットとロミオも待っておりますし、ずっと家を空けるわけにもいきませんもの」
アナスイの言葉に、配信コメントがまた盛り上がった。
『結局そこに戻るのかwww』
『ジュリエットとロミオ、ちゃんと待ってるんだなw』
『大陸間転移よりペットとの時間が大事なアナスイさん』
『エキドナの説明をしてるはずなのに、最後は日常の話になるの好きw』
『でも、こういう普通の暮らしを続けられるのも転移のおかげなんだよな』
『便利な道具ってだけじゃなくて、生活まで変わってるわけか……』
こうして勇者会議では、エキドナが装備や技術を提供するだけの組織ではないことが、少しずつ明らかになっていった。
ただし、転移の仕組みや利用できる範囲については、まだ分からないことも多い。
そして、嫉妬たちには新たな疑問が生まれていた。
――エキドナは、いったいどこまでのことができる組織なのだろうか。




