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落内円は落ちている  作者: 七風


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勇者会議1

今回の勇者会議は、いつもと同じ場所で開催されることになっていた。


 大陸のどこにあるのかも分からない、周囲を海に囲まれた謎の島。


 その島に建てられた会議場へ、各大陸の勇者たちが次々と姿を現す。


 彼らが利用しているのは、勇者協会から配布された特別な転移アイテムだった。


 主催者が会議の開催を通知すると、各勇者の手元にあるアイテムが反応する。参加する意思を示せば、全員が同じ島へ転移できる仕組みだ。


 今回の主催者は、色欲の勇者アナスイ。


 彼女は集まった勇者たちを見渡し、優雅に微笑んだ。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございますわ。それでは、勇者会議を始めさせていただきます」


 会議場の片隅には、配信を映す魔導具EVが設置されていた。


 勇者会議は、勇者たちの活動や各大陸の状況を共有するための場でもある。そのため、公開できる範囲の議題については、配信を通じて視聴者にも様子が伝えられていた。


 ただし、会議場の正確な場所や、勇者たちが持つ転移アイテムの詳細まで、すべて公開されているわけではない。


 今回の配信を初めて見る視聴者も多いようだった。


『今回初見なんだけど、ここってどこ?』

『勇者会議って毎回ここでやってるの?』

『大陸が違うのに、どうやって集まってるんだ?』

『今、突然人が現れたよな!?』

『転移魔法? それとも何かの魔導具?』


 コメント欄には、次々と疑問が流れていく。


 アナスイはそれらに目を向けると、会議の進行に合わせて説明を始めた。


「今回初めてご覧になる方もいらっしゃるようですわね。わたくしたちは、勇者協会から配布された転移アイテムを使って、こちらの島へ集まっておりますの」


『転移アイテム!?』

『そんな便利なものがあるのか!』

『じゃあ、この島は勇者専用の集合場所なのか?』


「ええ。開催の通知を受け取ったあと、参加する意思を示せば転移できますわ。なお、この島の正確な位置については、わたくしたちも把握しておりませんの」


『えっ!?』

『勇者協会も場所を知らないの!?』

『毎回ここに来てるのに、どこなのか分からないってこと?』

『秘密基地みたいでかっこいいなw』


「協会の人間も実際にこの島を訪れたことはありますけれど、正確な位置までは把握できていないそうですわ。もっとも、代々の勇者がここで会議を行ってきた実績もありますし、特に問題はないと判断されているようですわね」


 アナスイが説明を終えると、コメント欄はさらに盛り上がった。


『勇者会議の場所、まさかの未発見の島説w』

『世界の地図にも載ってないところで会議してるのか』

『勇者だけが知ってる秘密の島、いいな』

『今回初めて見たけど、勇者会議って思ったより謎が多いんだな』


 アナスイは小さく微笑んでから、改めて会議の議題へと話を戻した。


「さて、本日の議題ですが……まずは、エキドナに関する情報を共有したいと思いますわ」


 その瞬間、キシリアがあからさまに顔をしかめた。


「……またエキドナ?」


 嫉妬の勇者キシリアは、腕を組んでアナスイを睨みつけた。


「なによ、あんたたち! すっかりエキドナの犬になったのね!」


「犬とは心外ですわね。わたくしたちは、自分の意思でエキドナに所属しているのですわ」


 アナスイは涼しい顔で答えた。


「そうそう。僕たちは自分で判断して決めたことですからね」


 シルヴァも落ち着いた様子で頷く。


「ふん。どうせ装備とか待遇に釣られたんじゃねぇのか?」


 傲慢の勇者が鼻で笑った。


「まったく、分かりやすい連中だぜ。いい装備を与えられて、居心地のいい場所まで用意されたら、そりゃ離れたくなくなるだろうな」


「……あら。エキドナのことをよくご存じなのですわね?」


 アナスイが微笑む。


「なっ……! 別に、詳しいわけじゃねぇよ!」


「そうですか。それなら結構ですわ」


 アナスイはあっさりと話を切り上げた。


『アナスイさん、さらっと煽ってて草』

『傲慢、エキドナのこと知らないのに言ってるのか?』

『装備と待遇だけで判断するのはさすがに雑ではw』

『嫉妬はなんでそんなにエキドナを気にしてるんだ?』


 コメント欄が賑わうなか、キシリアが再び口を開いた。


「そもそもアナスイ、あんた! 勇者を名乗ってる奴を見に行ったら、そのままエキドナに入り浸ってるみたいじゃない!」


「あら、わたくしの配信までご覧になっていらっしゃるのね?」


「私だってEVを持ってるわよ!」


「ふふっ。そうでしたわね」


「それに、あんたのペット自慢なんか、もうどうでもいいわ!」


「あらあら。ジュリエットのこともご覧になっていたのですわね?」


「う、うるさいわね!」


 キシリアは顔を赤くして、勢いよくそっぽを向いた。


『嫉妬、めっちゃ見てるじゃんw』

『ペット自慢まで把握してるの草』

『どうでもいいと言いながら詳しいw』

『ジュリエットかわいいから仕方ない』

『嫉妬もEV持ちだったのか』

『今回の会議、始まってからずっと嫉妬が面白いw』


 アナスイは笑みを浮かべたまま、シルヴァへ視線を向けた。


「それでは、今回の本題に入りましょうか」


「そうですね」


 シルヴァが頷いた。


 しかし、キシリアはまだ納得していなかった。


「ちょっと待ちなさいよ! 私が聞きたいのは、そんな話じゃないわ!」


 彼女は机に身を乗り出した。


「配信のこと!協会のよ! あれ、何なのよ!」


 会議場の空気が、わずかに変わった。


 先ほどまでの軽いやり取りとは違い、キシリアの表情には本気の疑問が浮かんでいる。


『ああ、協会がエキドナを訪問したときの配信か!』

『あれ、気になってた!』

『勇者協会がわざわざ訪問してたやつだよな?』

『今回初見だから分からないんだけど、何があったんだ?』

『あの賢者リゼットが出てた配信?』


 アナスイはコメント欄を一瞥し、ゆっくりと頷いた。


「ええ。その件について、わたくしとシルヴァから説明させていただきますわ」


「僕たちは、あの訪問の際に何が起きたのかを知っています。ですから、当時のリゼット様の対応も含めて、お話ししましょう」


「そうしてちょうだい! あの配信を見たけど、どういう事情なのかさっぱり分からなかったのよ!」


 キシリアが腕を組み直す。


 ほかの勇者たちも、二人へ視線を向けた。


 勇者協会がエキドナを訪問した配信。


 そこで話題になったのは、エキドナの代表であり、賢者としても知られるリゼットだった。


 彼女の対応には、協会側も戸惑っているように見えた。


 しかし、なぜ協会があのような態度を取られていたのか。その背景を知る者は、まだ多くなかった。


「まず、皆様に確認しておきたいことがありますわ」


 アナスイは、会議場にいる勇者たちを見渡した。


「賢者リゼット様が、正式な勇者として認定されていたことをご存じの方はいらっしゃいますかしら?」


「……え?」

「待て。怠惰の勇者は、ずっと空席だったはずだろう?」


 二人の勇者が、驚いたように声を上げた。


 コメント欄にも、次々と反応が流れる。


『えっ、リゼットって勇者だったの!?』

『賢者なのは知ってるけど、勇者でもあったのか?』

『怠惰の勇者って空席じゃなかったっけ?』

『あの人が正式に認定されてたってこと?』

『協会訪問の配信、そういう話だったのか!?』


 アナスイは静かに頷いた。


「ええ。賢者リゼット様は、正式な怠惰の勇者ですわ」


 会議場がざわめいた。


 そのなかで、憤怒の勇者ジークフリートだけは、何も言わずに座っていた。


 驚く様子も、質問する様子もない。


 ただ、黙って話を聞いている。


 アナスイはそのことに触れず、説明を続けた。


「約百年前、当時の王がリゼット様を正式な勇者として認定しました。しかし、その事実はリゼット様本人にも、勇者協会にも伝えられていなかったのですわ」


「百年前!?」

「本人にも知らせていなかったのか?!」

「協会にも記録がなかったということか……?」


 傲慢も、さすがに驚いたように眉をひそめた。


「待て待て。正式に認定したのに、百年間も本人が知らなかったってことか?」


「そうですわ」


 アナスイははっきりと答えた。


「そして、リゼット様ご本人がその事実を知ったのは、一か月ほど前のこと。エレノア王女から知らされたときが初めてだったそうですわ」


「一か月前!?」


 キシリアが思わず声を上げる。


「じゃあ、協会がエキドナを訪問したときに初めて知ったわけじゃないのね?」


「ええ。そこは誤解しないでくださいませ。リゼット様は、協会の訪問より前に、ご自身が正式な勇者であることを知っていらっしゃいましたわ」


 シルヴァも補足した。


「ただし、知ったのは一か月ほど前です。百年間も知らされていなかったのですから、勇者として活動していなかったことを責めるのは筋違いでしょう」


『いや、それはそうだろ……』

『百年間知らせてない側に問題があるのでは?』

『本人が知らないのに勇者として活動しろって無理だろw』

『賢者リゼット、いきなり勇者だと言われても困るよな』

『協会も記録を確認してなかったのか?』


 傲慢は腕を組み、納得がいかない様子で唸った。


「そりゃ、事情は分かった。だが、正式な勇者なんだろう? だったら、何かしてもいいんじゃねぇのか?」


「配信をご覧になっていらっしゃらなかったのですか?」


 アナスイは、少し不思議そうに首を傾げた。


「リゼット様は、エキドナとして動く可能性もあるとおっしゃっていましたわ」


「エキドナとして、か?」


「ええ。怠惰の大陸で何か問題が起きた場合、エキドナが独自に解決へ向かう可能性がある、ということです」


 シルヴァが落ち着いた声で説明した。


「つまり、勇者協会の指示を受けて動くとは限りませんが、怠惰の大陸で何かあれば、エキドナが自分たちの判断で対処することはあり得る、ということですね」


「なによ。ほったらかしってわけじゃないのね!」


 キシリアの表情が、ぱっと明るくなった。


「えらいじゃない! 自分のところで何かあったら、ちゃんと解決するつもりなんじゃない!」


「……ずいぶんと評価が変わりましたわね」


「う、うるさいわね! やることをやるっていうなら、それはそれでいいでしょう!」


 キシリアは再びそっぽを向いた。


『嫉妬、エキドナのことになると忙しいなw』

『でも自分の大陸を守る意思があるなら、それでいいってことか』

『協会の命令に従うかどうかと、問題を解決するかどうかは別だよな』

『リゼット様、最初から自分のやり方で動くつもりなのか』


 傲慢は、まだ少し不満そうに顔をしかめていた。


「まあ、それで賢者リゼットが怠惰の勇者ってわけだな?」


「ええ。そうなりますわね」


 アナスイは頷いた。


「賢者であり、エキドナの代表であり、正式な怠惰の勇者でもある。それがリゼット様ですわ」


「しかし、協会も今後の対応を考えたほうがいいんじゃねぇか?」


 傲慢が再び口を開いた。


「普通、勇者を認定したなら城に確認するなり、記録を照合するなりするだろう? 百年も気づかなかったってのは、さすがにおかしいだろ」


「それは、わたくしもそう思いますわ」


 アナスイは静かに同意した。


「勇者協会としても、今回の件を踏まえて、認定記録や連絡体制を確認する必要があるでしょうね。ただし、リゼット様ご本人に責任を求めるのは筋違いですわ」


「本人は知らなかったんですからね」


 シルヴァも頷いた。


「知らされていない以上、勇者としての活動を求められても対応のしようがありません。まず確認すべきだったのは、認定した側と、その記録を管理する側でしょう」


「……それだけ怠惰が平和だったのでは?」


 シルヴァが、ふと考え込むように口を開いた。


「もちろん、これだけで断定はできません。ただ、怠惰の大陸では、勇者協会が動かなければならないほどの大きな危機が、長いあいだ表面化していなかった可能性もあります」


「それに、エキドナもあるわけだな」


 傲慢が呟いた。


「ええ。リゼット様が勇者協会の仕事をしていなかったとしても、エキドナが独自に問題へ対処していた可能性はありますわ」


 アナスイは、落ち着いた口調で続けた。


「ですから、今回の件は、単にリゼット様が勇者だったという話ではありません。勇者の認定と記録、そして各大陸の平和を誰がどのように守っているのか。それらを改めて考える機会でもあると思いますの」


 会議場に、静かな沈黙が落ちた。


 百年間、勇者協会が把握していなかった怠惰の勇者。


 その人物は、すでに独自の組織を率い、大陸の問題に対処できる立場にある賢者リゼットだった。


 本人が勇者としての責任を果たすかどうか。


 勇者協会が彼女に何を求めるのか。


 そして、百年間も認定の事実が伝えられなかったことを、協会はどう受け止めるのか。


 その答えは、まだ出ていなかった。


 しかし、傲慢はここまでの話を聞いても、どこか納得していないようだった。


「ふん。結局、エキドナの連中が何をしているかなんて、実際のところ分からねぇだろうが。装備がいいだの、待遇がいいだの、そんなものに惹かれて集まっているだけかもしれねぇぞ」


 その言葉に、アナスイの笑みがわずかに薄くなった。


 シルヴァも、静かに傲慢へ視線を向ける。


 そして――。


「ふ……傲慢、お前無能か?」


 それまで一言も発していなかった憤怒が、初めて口を開いた。


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