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落内円は落ちている  作者: 七風


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協会長とマドカ

# 怠惰の勇者、協会の認定を断る――勇者になりたがらない者たち


『おおおお! マドカちゃん、いった!』

『ムサシ師匠、受け止めた!?』

『いや、今の一撃を正面から止めるのかよ!』

『この二人の立ち合い、迫力ありすぎるwww』

『ガイルさん、配信ありがとうございます!』

『Sランク冒険者の修行風景を普通に見られるの、冷静に考えてすごいな』

『マドカちゃん、笑ってるけど攻撃めちゃくちゃ鋭いぞ!』

『ムサシさんも楽しそうだなw』

『ほぼ互角じゃないか、これ!?』


EVの画面には、エキドナの拠点にある訓練場が映し出されていた。


配信を行っているのは、ムサシの弟子であるガイルだ。


画面の中央では、マドカとムサシが互いに得物を構え、激しい立ち合いを繰り広げている。


「ガハハハ! どうした、マドカ! いつもの勢いはどうしたんじゃ!」


「あるよ! あるけど、ムサシ師匠が強すぎるんだって!」


マドカは笑顔で答えながら、ムサシの攻撃を受け流した。


すかさず踏み込み、反撃を繰り出す。


ムサシもまた、豪快な動きでそれを受け止めた。


得物がぶつかり合う音が響き、二人は互いに距離を取る。


『いや、今のを受け止めるのか!』

『マドカちゃんの反撃、かなり速かったぞ!』

『ムサシさん、全然押し負けてないw』

『この二人、どこまで本気なんだ……』

『ガイルさん、カメラの位置いいですね!』

『現地で見てる人が羨ましい』

『エキドナの日常、レベルが高すぎるんだよなあ』

『マドカちゃん、これで十三歳なんだよね?』

『年齢を考えると余計におかしいwww』


「ガハハハ! そうじゃ、その調子じゃ! 今の踏み込みはよかったぞ!」


「でしょ! でも、まだまだいくよ!」


マドカは再び地面を蹴った。


今度は正面からの一撃ではない。ムサシの間合いへ踏み込みながら、直前で軌道を変えて攻撃を仕掛ける。


ムサシは一瞬だけ目を細めた。


「ほう!」


その攻撃を受け止め、すぐさま反撃へと移る。


マドカも引かない。


二人は間合いを詰めては離れ、互いの動きを読み合いながら、次々と攻防を繰り返していく。


『今の動き、すごくない!?』

『マドカちゃん、師匠の攻撃にちゃんと対応してる』

『ムサシさんが相手だからこそ、マドカちゃんも本気で楽しんでる感じがする』

『これ、勝ち負けより立ち合いそのものを楽しんでるんだろうな』

『ガイルさんの解説も聞きたいw』

『いや、今は撮影に集中してくれwww』


その頃、エキドナの拠点から帰ろうとしていた勇者協会長は、玄関へ向かう廊下を歩いていた。


リゼットとの話し合いは、協会長が期待していた結果にはならなかった。


正式な認定を伝え、協会として支援を申し出たものの、本人はまったく必要としていない。


最難関ダンジョンを攻略した実績を持ち、レベル999に達しているという規格外の人物が、勇者という肩書には興味がないと断言したのだ。


「……本当に、何なのだ。あの組織は」


思わず独り言が漏れる。


そのとき、廊下の先から、男の豪快な笑い声が響いてきた。


「ガハハハ! まだまだじゃな、マドカ!」


協会長は足を止めた。


聞き覚えのある声だった。


「……ムサシ殿?」


玄関の扉を開けると、外にある訓練場から声が聞こえてきた。


協会長は何気なく、手元のEVを確認した。


ちょうど配信中の映像が表示されている。


画面に映っていたのは、ムサシとマドカの立ち合いだった。


「……これは」


協会長は思わず画面を見つめた。


そして、顔を上げた。


訓練場の中央では、まさに映像と同じ光景が繰り広げられていた。


画面の中の二人と、目の前の二人。


協会長は交互に視線を動かし、思わず立ち止まった。


配信では何度も見ている。


だが、実際に本人たちの立ち合いを目の当たりにするのは初めてだった。


『おお! マドカちゃん、また踏み込んだ!』

『ムサシさん、今の攻撃を片手で止めたぞ!?』

『二人とも笑ってるのがすごいw』

『本当に互角に近いな』

『マドカちゃんの反応速度、どうなってるんだ』

『この立ち合い、何度見ても飽きない』

『協会長もこれを直接見たら驚くだろうなw』


「ガハハハ! よし、ここじゃ!」


ムサシが一気に間合いを詰める。


マドカも即座に反応し、正面からその攻撃を受け止めた。


乾いた音が訓練場に響き渡る。


二人の動きはほとんど同時に止まった。


互いの得物を押し合うような形になり、数瞬の静寂が流れる。


そして、二人は同時に後ろへ跳んだ。


「よし、ここまでじゃ!」


ムサシが得物を下ろし、豪快に笑った。


「ガハハハ! いやあ、楽しかったわい! やはりマドカとの立ち合いは気が抜けん!」


「私も楽しかった! ムサシ師匠、やっぱり強いね!」


マドカも笑顔で応じた。


『終わったー!』

『いやー、いい立ち合いだった!』

『ほぼ互角って言っていいんじゃないか!?』

『ムサシさんもマドカちゃんも強すぎる』

『これがエキドナの日常ですか……』

『協会長、帰るの忘れてない?w』

『玄関でずっと見てそうwww』


協会長は、EVの画面と訓練場を交互に見ながら、しばらく言葉を失っていた。


ムサシは、協会長が知る限りでも非常に優れた剣士だ。


そのムサシと、マドカがほぼ互角に渡り合っていた。


「……なるほど。これは、映像で見るのとは違うな」


協会長は小さく呟いた。


そして、訓練を終えたマドカへと近づいていった。


「すまない。少し話をしてもいいだろうか?」


「うん? なに?」


マドカは汗を拭きながら振り返った。


「君、マドカ君だろう?」


「そうだけど?」


「君はSランク冒険者で、最難関ダンジョンもクリアしたそうじゃないか」


「ああ、うん。まあ、結果的にそうなっただけかなー」


マドカは、さほど気にした様子もなく答えた。


「Sランクとか、どうでもいいし」


「……どうでもいいって!?」


協会長は思わず声を上げた。


『出たwww』

『またどうでもいいって言われたw』

『協会長、今日は何回驚くんだw』

『マドカちゃん、肩書に興味なさすぎる』

『最難関ダンジョンをクリアしてSランクになっても、本人は通常運転w』


「だって、Sランクになったからって、私の生活が急に変わるわけじゃないでしょ? 冒険者として活動することはあるけど、それだけで何か特別なことをしなきゃいけないわけでもないし」


「い、いや、君はもうすでに勇者になる資格があるんだよ!?」


協会長は、なんとか話を続けようとした。


「Sランクであり、最難関ダンジョンの攻略という実績もある。君ほどの実力と実績があれば、勇者として認められる条件を十分に満たしているはずだ!」


「んー……」


マドカは少し考えたあと、あっさりと言った。


「勇者って、パシリなんでしょ?」


「…………は?」


「だって、あっちに行け、こっちに行けって呼び出されて、困っている人がいたら助けに行って、問題が起きたら対応して。そういうのが勇者なんじゃないの?」


「そ、それは……世界の平和を守るために必要な役割であって……!」


「私、忙しいからさ。そういうの無理」


マドカは困ったように笑った。


「というか、十三歳に何やらせるつもり? 私、一応公爵令嬢なんだけど?」


「はっ……。た、確かに……!」


協会長は言葉に詰まった。


マドカはまだ十三歳。


しかも、公爵家の令嬢である。


すでにSランク冒険者として実績を積んでいるとはいえ、勇者になれば各地からの要請や、協会との連絡、危機への対応など、さまざまな責任が生じる。


本人が望んでいないのに、その役割を背負わせることが本当に正しいのか。


協会長は、思わず考え込んでしまった。


『正論すぎるw』

『十三歳に世界中を走り回れって言うのか問題』

『マドカちゃん、公爵令嬢でもあるからね』

『勇者の仕事、実質なんでも屋みたいになってるからなあ』

『協会長、何も言い返せないw』


「それにさ」


マドカは、ふと思い出したように続けた。


「エキドナには、全部の大陸に転移できるメアリーちゃんがいるじゃん。行こうと思えば、どこの大陸にだって行けるんだよね」


「あ、ああ……。確かに、彼女の転移能力は非常に優れていると聞いている」


「でしょ? だったら、何かあったらエキドナのみんなが動くこともできるし、私たちだって行こうと思えば行けるんだよ」


マドカは軽く肩をすくめた。


「いつか勝手に観光ついでに、やばそうな敵を倒してるかもよ?」


「観光ついでに……?」


協会長は、思わず聞き返した。


「うん! 面白そうな場所があったら行ってみたいし、そこで何か危ないことが起きてたら、ついでに解決するかもしれないじゃん!」


『観光ついでwww』

『世界の危機が旅行のオプション扱い』

『メアリーちゃんの転移能力、便利すぎる』

『エキドナ、行動範囲が広すぎるんだよな』

『勇者の任務より自由行動のほうが向いてそうw』

『でも実際、それで解決しそうなのが怖い』


協会長は、額に手を当てた。


怠惰の勇者であるリゼットは、協会の認定も支援も必要としていない。


そして、Sランク冒険者で最難関ダンジョンを攻略したマドカも、勇者になることに興味がない。


それどころか、エキドナには大陸間の移動を可能にする転移能力まである。


協会が各地の危機を把握し、人員を手配し、移動手段を確保する。その一連の手続きにかかる時間を考えると、エキドナはあまりにも自由だった。


「……惜しいな」


協会長は、ぽつりと呟いた。


「惜しい?」


マドカが首を傾げる。


「リゼット殿もそうだが、ここには、それほどの勇者になる強さを持ちながら、誰も勇者になろうとしない者たちがいる。これほどの実力者が協会の正式な勇者として活動してくれれば、世界の平和にとって大きな力になるのだが……」


「んー……」


マドカは少し考えたあと、にやりと笑った。


「まあ、お姉ちゃんは一応、後継者を決めているっていうか……」


「…………え?」


協会長の顔が上がった。


「い、いるのかね!?」


「いるよ?」


「だ、誰だ!? それほどの人物がいるのなら、ぜひ協会としても話を――」


「まあ、まだAランク冒険者だけどね」


「Aランク……?」


「うん。勇者になりたいって、うるさい奴がいるし。お姉ちゃん、そいつに押し付けようと思ってるみたいだけどね」


「押し付け……!?」


協会長の声が裏返った。


『押し付けるwww』

『勇者の後継者ってそんな決め方でいいのかw』

『Aランクってことは、まだSランクじゃないんだな』


「まあ、そのうち代わるんじゃない?」


マドカは何でもないことのように言った。


「な、名前は……?」


協会長は、思わず身を乗り出した。


マドカは少しだけ間を置き、楽しそうに微笑んだ。


「ふふ。ジャスティス。覚えておくといいよ」


「……ジャスティスか」


協会長は、その名前をゆっくりと繰り返した。


Aランク冒険者で、勇者になりたがっている人物。


リゼットが後継者として考えているらしいが、マドカの話しぶりでは、本人の希望をそのまま叶えてもらえるかどうかは怪しい。


それでも、少なくともエキドナには、勇者という立場を望んでいる者がいるらしい。


「……なるほど。覚えておこう」


協会長は真剣な顔で頷いた。


『ジャスティスwww』

『あの自称勇者か!』

『本人は勇者になる気満々なんだよなw』

『ついにリゼット様の後継者候補に!?』

『いや、本人が聞いたら大喜びするだろw』

『でもまだAランクなんだよな?』

『リゼット様、面倒な仕事を押し付ける気満々で草』

『ジャスティス、頑張れ……!』

『夢が叶う日も近いのか……?』

『なお、本人の知らないところで話が進んでいる模様w』

『ジャスティス、協会長に名前を覚えられたぞw』

『本人が知ったら喜びそう』

『AランクからSランク、そして勇者か……』

『まさか、エキドナの中で勇者になりたがってるのがジャスティスだけ?』

『リゼット様の後継者候補、今後が気になるなw』


その頃、当のジャスティスは、この会話が行われていることなど知る由もなかった。


今日もどこかで、勇者になるための修行や冒険に励んでいるのだろう。


一方、協会長はマドカに礼を告げ、玄関へと向き直った。


リゼットは勇者の肩書に興味がない。


マドカも勇者になるつもりがない。


だが、ジャスティスという人物は、勇者になりたがっているらしい。


「……今度は、そのジャスティスという人物についても調べてみる必要がありそうだな」


協会長はそう呟き、エキドナの拠点を後にした。


帰り道、彼の頭の中には、今日出会った者たちの姿が次々と浮かんでいた。


圧倒的な実力を持ちながら、勇者という肩書を必要としない者たち。


そして、その肩書を望み、いつか怠惰の勇者の後継者になるかもしれない人物。


勇者協会長の仕事は、どうやらまだまだ増えそうだった。

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