協会長再来訪
# 怠惰の勇者、協会の認定を断る――配信中の再訪問
エキドナの拠点、応接室。
数日前、勇者協会長が訪問してから、再び数日が経過していた。
この日もエキドナでは、いつもどおり配信が行われていた。
応接室に設置されたカメラが、ソファに座るリゼットたちと、その向かいに座る人物を映し出している。
画面の中にいたのは、先日も訪問した勇者協会長だった。
『あれ? 協会長、また来たの?』
『おお、再訪問だ!』
『前回の話、まだ続きがあったのかw』
『リゼット様、今日もソファでくつろいでるw』
『この人、前回帰るときめっちゃ疲れてなかった?』
『今回は何を持ってきたんだろう』
『まさか追加の書類じゃないよな?』
協会長は、配信中であることを承知しているのか、カメラをちらりと見たあと、改めてリゼットへ向き直った。
「リゼット殿。本日は、先日の件について正式な回答をお持ちしました。国の記録を確認した結果、あなたが怠惰の勇者として正式に認定されていることは間違いありません。協会としてもその事実を確認し、今後は必要な支援を含めて、正式な対応を進めたいと考えています」
「そう。ご苦労さま。それで、何の話だったかしら?」
「……怠惰の勇者についてです」
「ああ、そんな話もあったわね」
『忘れてたwww』
『本人の関心がなさすぎる』
『協会長、頑張れ……』
『正式な回答を持ってきたのに、話の入口で躓いてるw』
『そもそもリゼット様、勇者の肩書に興味ないからなあ』
協会長は小さく咳払いをした。
「まず、あなたが国から正式に認定されている以上、協会としてもその立場を確認する必要があります。勇者に対する支援や情報提供についても、今後は――」
「いらないわよ」
「……はい?」
「だから、いらないって言っているの。協会からの認定なんてなくても、怠惰にエキドナがある限り、私たちのやることは一緒でしょう?」
リゼットはソファに深く腰掛けたまま、面倒そうに手を振った。
「そもそも私、勇者なんてどーでもいいのよ。国から正式に認定されているから何? 別に頼んでないのよね」
『出たwww』
『リゼット様、初手から強い』
『国の正式認定を「だから何?」で流す女』
『百年前に勝手に認定されて、本人に知らせてなかったんだっけ』
『そりゃ本人も思い入れないよなw』
『協会長、もう顔が困ってるぞ』
「だ、だが! 勇者というのは世界平和のために、その力を振るう存在であって!」
協会長は気を取り直して声を張った。
「個人の意思だけでなく、国や世界の平和を守るという責務がある! 正式な勇者であるならば、その役割を自覚してもらわなければ困るのだ!」
「怠惰で何かあったら、お祭り好きなエキドナのメンバーが勝手に処理しにいくわね。それじゃダメなの?」
「…………え?」
『お祭り好きwww』
『否定できないのがひどい』
『問題発生! エキドナ出動! 理由:面白そうだから!』
『世界平和がついでみたいになってるw』
『いや、実際それで解決してきたんだよなあ』
『協会長、そこは知らないのか?』
リゼットは、協会長の反応を見て眉をひそめた。
「何よ、その顔。まさか、私たちが何もしていないとでも思っているの?」
「い、いや、そういうわけではないが……。協会としては、各地で起きる問題を把握し、勇者の活動状況を確認している。だが、エキドナの活動については、把握しきれていない部分も多くてな」
「だったら、配信を見ていればいいでしょうに」
『正論すぎるw』
『協会長、今まさに配信で説明されてます』
『情報収集に最適な公式配信』
『協会の資料より配信のほうが情報量ありそう』
「配信は見ている! だが、すべての活動を把握できているわけではない!」
「そう。じゃあ、ひとつ教えてあげるわ。あなた、最難関ダンジョンが出現したのは知っているでしょう?」
協会長の表情が引き締まった。
「ああ。もちろんだ。あのダンジョンは各国でも大きな問題になった。協会でも情報を集め、攻略状況を確認していた。だが、攻略が極めて困難で、安易に冒険者を送り込めるものではなかったはずだ」
「その出現したダンジョンを最初にクリアしたの、私を含めたエキドナなのだけれど?」
「なっ……!?」
協会長は思わず前のめりになった。
『えっ、そこ知らなかったの!?』
『最難関ダンジョンの初攻略、エキドナだよ!』
『配信でも見てたら分かりそうなものだけどw』
『協会長、情報収集してるって言ったよね?』
『報告書と現場の情報が繋がってないパターンか?』
『いや、初耳だったらそりゃ驚くか……』
『リゼット様、さらっととんでもない実績を出すなw』
「ま、待ってくれ! あの最難関ダンジョンを、君たちが最初に攻略したというのか!?」
「ええ。知らなかったの?」
「攻略されたという情報は把握している! しかし、まさかエキドナが……!」
「あなた、エキドナの配信を見ているんでしょう? 少しは映像をちゃんと見なさいな」
リゼットは呆れたようにため息をついた。
「私だって、いつもぼーっとここにいるわけではないのよ? 伊達にレベル999まで上がっているわけじゃないの。舐めないでちょうだいな」
「レ、レベル999……!?」
協会長の声が裏返った。
『レベル999を改めて聞いてもやばいw』
『そういえばリゼット様、普通に規格外なんだった』
『協会長、今日は何回驚くんだ』
『勇者の肩書よりレベルのほうが説得力ある』
『これで本人は勇者なんてどうでもいいという』
『世界の危機を処理できる人が、認定に興味ないの強すぎる』
協会長は、しばらく言葉を失っていた。
目の前の女性は、勇者として認められたいわけでも、協会から褒められたいわけでもない。
それでも、最難関ダンジョンの攻略を成し遂げている。
しかも、その活動は協会の指示によるものではなく、エキドナの判断で行われていたというのだ。
「……だが、協会としては正式な勇者に対して、装備や情報、各種支援を提供する責任がある。たとえば、こちらのEVも――」
協会長は手元の端末を示した。
「勇者の活動を支えるため、協会から提供しているものだ。こうした支援を通じて、より円滑な活動を――」
「それ、私たちの商品なんだけれども?」
「…………え?」
「EVよ。あなたが今持っているそれ。エキドナの商品でしょう?」
『wwwwwww』
『そこを突くのかwww』
『協会長の支援物資、エキドナ製』
『自社製品を支援してもらう必要はないw』
『しかも協会はその商品を使ってエキドナの配信を見てるんだよな』
『完全に話が一周してるw』
『協会長、持ってる端末を見てみよう』
協会長は自分のEVを見下ろした。
「い、いや、それは確かにそうだが……! 協会が提供しているのは、活動に必要な装備や情報へのアクセスを支えるためであって……」
「私たちは自分たちで作ったものを使えるし、必要な情報も自分たちで集められるわ。支援なんてなくても、関係なく動くのよ」
リゼットはあっさりと言い切った。
「別に、協会が支援すること自体を否定しているわけじゃないわ。必要としている人たちに支援をするのは、好きにすればいいのよ。ただ、私には必要ない。それだけの話でしょう?」
「…………」
『言ってることは正しいんだよな』
『支援制度そのものを否定してないのがポイント』
『必要な人には必要。でもリゼット様には必要ない』
『協会長、反論できない』
『エキドナは自前で全部揃えられるからなあ』
『むしろ協会のほうがエキドナの製品を使ってる』
協会長は、深く息を吐いた。
「……では、今後もエキドナの一員として活動を続けるということか?」
「そうよ。今さら何を確認しているの?」
「勇者としての活動についても、協会からの指示を受けるつもりはない、と?」
「ええ。そもそも、指示されて動くつもりなんてないもの。何か面白そうなことがあれば、みんなが勝手に動くでしょうし。私も必要なら動くわ」
「だが、それでは協会との連携が――」
「連携したいことがあるなら、そのときに話を持ってきなさいな。内容次第では協力してあげるわ。けれど、勇者に認定したから協会の指示に従え、なんて言われても困るのよね。私はあなたたちに頼んで勇者になったわけじゃないのだから」
『協会の命令系統に入るつもりはない、と』
『でも必要なら協力するんだな』
『完全拒絶じゃなくて、必要なら話は聞く』
『リゼット様らしいw』
『協会長、ここは交渉するしかないぞ』
協会長は手元の書類に目を落とした。
協会として正式に認定し、支援を提供すれば、勇者としての活動をより円滑にできる。そう考えて訪問したのだ。
しかし、リゼットは支援を必要としていない。
そして、勇者という肩書によって活動方針を変えるつもりもない。
「……わかった。協会としての正式な記録は整えよう。今後、何か大きな問題が起きた際には、情報共有などをお願いしたい」
「情報共有くらいなら、内容次第ね。面倒な書類を山ほど送ってきたりしないなら、考えてあげるわ」
「……努力しよう」
『書類の量が協力条件になってるw』
『協会長、まずは書類を減らそう』
『世界平和のために必要なのは、簡潔な書類だった』
『協会長の新たな課題:リゼット様に面倒がられないこと』
『難易度高すぎるだろw』
「それじゃあ、話は終わりね? 私、まだ休んでいたいのだけれど」
「……ああ。今日は時間を取らせてすまなかった」
「本当よ。次からは、もっと簡潔にお願いするわね」
リゼットはそう言うと、再びソファに深く腰掛けた。
協会長は立ち上がり、配信カメラへ一瞬だけ視線を向けたあと、応接室を後にした。
扉が閉まる。
数秒の沈黙のあと、コメント欄が一気に流れ始めた。
『協会長、お疲れさまでしたwww』
『認定しに来たのに、本人に必要ないって言われる回』
『最難関ダンジョン初攻略、レベル999、自社製EV』
『情報量が多すぎる』
『でもリゼット様、協会を敵に回したいわけじゃないんだよね』
『必要なら協力する。ただし勝手に指図するな』
『これが怠惰の勇者か……』
『勇者の肩書があってもなくても、結局やることは変わらないんだな』
リゼットは流れるコメントをちらりと見た。
「……何よ。私は最初から、必要ないって言っているだけでしょう?」
『はいwww』
『それが全部なんですw』
『リゼット様、今日も通常運転』
『協会長、次は書類を減らしてから来ような』
リゼットは小さくため息をつき、ソファでくつろぎ直した。
勇者協会が正式に認定しようと、支援を申し出ようと、エキドナの活動は変わらない。
怠惰の大陸で何かが起きれば、面白そうだと感じたメンバーたちが動き出す。
そして、必要であればリゼットも動く。
ただ、それだけのことだった。




