協会長来訪
# 勇者協会長の訪問――百年間、空席だった勇者
エキドナの屋敷に設けられた応接室。
本来ならば、勇者協会とエキドナの間で、アナスイとシルヴァの所属について話し合うための場だった。
しかし、室内には普段どおりの配信機材が設置されている。今日もエキドナの配信は続いており、応接室の様子は視聴者たちへ届けられていた。
『今日は勇者協会長との会談か』
『アナスイとシルヴァの所属問題だっけ?』
『わざわざ協会長本人が来るとはねえ』
『まあ、手紙で何度もやり取りするより早いんじゃない?』
『でも、エキドナ相手にどんな話をするつもりなんだろうなw』
勇者協会長は、正面に座るリゼットとエレノア王女を見渡し、威厳を保つように背筋を伸ばした。
彼にとって、今日の訪問は決して軽いものではなかった。
エキドナは独立した組織でありながら、各地で大きな影響力を持っている。そのうえ、協会が支援している勇者二人が正式に所属したとなれば、協会としても放置できる話ではない。
協会長は、まずアナスイとシルヴァへ視線を向けた。
「では、改めて本題に入らせてもらおう。アナスイ殿、シルヴァ殿。君たちは勇者協会から支援を受け、勇者として活動している立場だ。それにもかかわらず、エキドナという独立組織に正式に所属した。こちらとしては、勇者の引き抜きに当たるのではないかと考えているのだがね」
アナスイは優雅に足を組み、扇子を開いた。
「引き抜き? 何をおっしゃっていますの? わたくしたち、勇者を辞めたなんて一言も申し上げておりませんわよ?」
『出た、アナスイの即答www』
『開幕からまったく引く気がなくて草』
『そもそも本人の意思で加入してるんだよな』
『協会長、そこから説明しないといけないのか……』
「しかし、君たちはエキドナの正式なメンバーになったのだろう?」
「ええ、そうですわ。それが何か?」
「何か、ではないだろう! 君たちは我々からEVを支給され、年俸も受け取っている。勇者としての活動を支援している我々に、事前の相談もなく別組織へ所属するというのは、いささか問題があるのではないかね?」
シルヴァは困ったように微笑みながら、静かに口を開いた。
「僕たちは今も協会から支援を受けていますし、必要があれば自国に戻って勇者としての活動もしていますよ。協会との関係を切ったつもりはありません。エキドナに所属したからといって、これまでの責任を放棄するわけでもありませんからね」
『うん、そこは大事だよな』
『辞めてないし、活動も続けてる』
『協会側が気にしてるのは所属先の問題か』
『でも、所属先が増えたら即アウトって決まりでもあるの?』
『協会長の言いたいことも分からなくはないけどね』
「それは分かっている。だが、君たちはエキドナからも装備を提供され、転移アイテムを受け取り、食事や部屋まで用意されていると聞いている。協会の支援と合わせれば、二重に支援を受けていることになるのではないか?」
「二重に支援を受けてはいけない、という決まりがあるのですかしら?」
アナスイが即座に問い返した。
「なに?」
「わたくしたちは協会から支援を受けているからこそ、協会の仕事も続けておりますわ。エキドナからの支援は、エキドナのメンバーになったことによるもの。そもそも、支援の目的も所属先も違いますでしょう?」
「しかしだな……」
「それに、エキドナの装備は非常に優秀ですのよ? わたくしたちの能力をより発揮できるように調整されておりますし、転移アイテムのおかげで移動の負担も減りましたわ。協会としても、わたくしたちが強くなることに不都合はないはずですけれど?」
協会長は言葉に詰まった。
『正論で殴るなwww』
『装備がよくなって強くなるなら、協会にも利益あるよね』
『エキドナの装備、実際にすごいからなあ』
『移動の負担が減るのも普通にありがたいだろ』
『むしろ協会は感謝してもいいんじゃないか?』
『いや、組織の管理上の問題はあるだろうけどさ』
『二人とも協会を辞めたわけじゃないんだよな』
協会長は配信画面に流れるコメントを一瞥したものの、すぐに視線を戻した。
「……分かった。君たちが勇者としての責務を放棄していないという主張は理解した。だが、エキドナという組織の影響力は無視できない。君たちのような人材が所属するとなれば、協会としても把握しておく必要があるのだ」
「でしたら、今後も僕たちが自国で活動しているか確認していただければよいのではないでしょうか。僕たちがどこに所属していようと、勇者としての役割を果たしているかどうかが重要だと思いますよ」
「そういう問題だけではないのだが……」
「知らないわよ、そんなの」
それまで黙って話を聞いていたリゼットが、退屈そうに頬杖をついた。
「本人たちが辞めていないと言っているんだから、それでいいじゃない。二人がうちに入りたいと言ったから、わたしが入れてあげただけよ。装備も部屋も食事も、うちのメンバーなんだから用意する。それだけの話でしょう?」
「しかし、リゼット殿。組織同士の関係というものが……」
「わたしに文句を言われても困るわ。二人が自分の意思で所属しているんだから、気に入らないなら本人たちに言いなさいな」
『リゼット様、いつもどおりで安心したwww』
『代表なのに交渉そのものに興味がないw』
『面倒な話は本人たちに投げるスタイル』
『でも言ってることは間違ってないんだよな』
『協会長、三方向から正論をぶつけられてるぞ』
『そもそもリゼット様が怠惰の勇者なんだからなあ』
『それはそう』
『本人が一番その称号を気にしてなさそうなのがまたw』
協会長は、最後のコメントには気づかないまま、小さく咳払いをした。
「……分かった。この件については、引き続き確認が必要だろう。だが、もうひとつ確認しておきたいことがある」
彼はエレノア王女へ向き直った。
「エレノア王女。先ほどから気になっていたのだが、怠惰の勇者について、そちらの国ではどのように扱っているのだろうか?」
エレノアは不思議そうに首を傾げた。
「どのように、と申されましても……。怠惰の勇者はリゼット様ですけれど?」
「…………は?」
応接室が静まり返った。
リゼットは頬杖をついたまま、特に反応を示さない。
アナスイは扇子を口元に添え、シルヴァは穏やかな表情のまま協会長を見ていた。
『あっ』
『来たぞwww』
『協会長、そこから知らないのか!?』
『いや、リゼット様が怠惰の勇者なのは有名な話じゃなかったっけ?』
『国では公表されてるからな』
『協会には情報が行ってなかったってことか?』
『この人、何を確認しに来たんだ……w』
「待ってくれ。今、何と言った?」
「ですから、怠惰の勇者はリゼット様です。国の正式な記録にも残っておりますし、証明書も発行できますよ」
「いや、しかし……!」
協会長は思わず身を乗り出した。
「怠惰の勇者については、我々も長年確認を続けている! ところが、百年間、一度も申請がないのだ! 候補者の情報もなく、現在誰がその称号を持っているのかさえ分からない。だからこそ、我々は空席として扱っていたのだぞ!」
『百年間!?』
『協会長、本当に知らなかったんだ……』
『待って、百年間ずっと空席扱いだったのかよw』
『いやいや、国の記録には残ってるって今言ってたぞ』
『協会と国の連絡、どうなってるんだwww』
『視聴者からすると今さら何を言ってるんだ状態なんだけど』
『協会長だけ別の世界線にいるみたいになってるw』
「まあ。協会では空席として扱っていたのですね」
エレノアは驚くというより、ようやく事情を理解した様子だった。
「そうだ! それなのに、なぜリゼット殿が正式な勇者だという話になるのだ!?」
エレノアは少し考え込んだあと、落ち着いた声で答えた。
「百年前に、正式に認定されたからです」
「…………百年前?」
「はい。リゼット様は当時、国の危機を救う大きな功績を立てられました。その功績を認め、当時の国王と政府が怠惰の勇者として正式に認定したのです。認定の記録も、国の公文書として保管されています」
協会長は呆然とした。
「では、なぜ協会に申請がないのだ!?」
「それについては……当時の事情をご説明する必要がございますね」
エレノアは静かに息をついた。
「百年前の国王と政府は、リゼット様の功績を認める一方で、それまでリゼット様に過剰な負担を押しつけておりました。国のため、民のためと称して、難しい仕事を何度も何度もお願いしていたのです。リゼット様はその扱いに強い不満を抱かれ、やがて国王を嫌い、森へ引きこもられました」
「…………」
「政府はリゼット様の功績を国民に公表し、怠惰の勇者として認定しました。しかし、ご本人には正式な認定をお伝えしていなかったのです」
「なぜだ!?」
「認定を伝えれば、これまでの仕打ちを思い出され、さらに怒らせてしまうのではないかと恐れたのでしょうね。すでに国民には公表してしまった。けれど、ご本人に伝えるのは怖い。そんな事情から、認定だけが記録に残り、リゼット様には何も知らされないままになったのです」
協会長は片手で額を押さえた。
「待て……。では、国は正式に認定しておきながら、本人にすら伝えていなかったということか?」
「はい」
「そして、協会にも報告していなかった?」
「そのようです。当時の政府は、リゼット様が協会へ申請されれば、過去の扱いについて問題にされることを恐れたのでしょう。結局、国の記録だけを残し、協会への報告は行わなかったのです」
「そんな馬鹿な……!」
『百年前の役人、何してんの!?w』
『認定したのに本人に伝えてないの、意味が分からんwww』
『しかも協会にも報告してないって、隠す気満々じゃん』
『いや、当時の政府としては怒らせたくなかったんだろうけどさ……』
『結果、百年越しに問題が発掘されてて草』
『国民は知ってたのに協会長だけ知らなかったのか』
『協会長、ここまで何も知らないまま来たのか……』
『リゼット様本人まで知らなかったのが一番ひどいw』
コメントが流れる中、協会長は恐る恐るリゼットへ視線を向けた。
「……リゼット殿。失礼ながら、あなたは百年前から正式な怠惰の勇者だったということなのか?」
「さあ? 知らないわよ、そんなの」
「…………え?」
「わたし、そんな称号をもらった覚えはないもの。エレノアから聞いて初めて知ったのよ」
協会長は口を開けたまま固まった。
「認定された本人が、知らなかった……?」
「そうよ。百年前に勝手に決めて、勝手に公表して、勝手に黙っていたんでしょう? わたしに言わなかったのは、当時の国の都合じゃない」
リゼットは面倒くさそうに手を振った。
「それで、今さら協会が知らなかったと言われても、わたしにどうしろというのよ。わたしは何も隠していないわ」
『本人も知らなかったのは知ってたけど、改めて聞くとひどい話だなw』
『勇者本人に知らせずに百年放置って何なんだよ』
『リゼット様が怒ってないのが不思議なくらいだわ』
『いや、怒るより面倒くさがってるだけではw』
『この人、称号そのものに興味ないからなあ』
『だからこそ、余計な仕事を押しつけられるのが一番嫌なんだろうな』
「いや、しかし……。勇者協会としては、正式な認定を受けた勇者を把握し、必要な支援を行う責任が……」
「そうなの?」
リゼットが首を傾げた。
そして、何かを思い出したように、協会長へ視線を戻す。
「そういえば、ひとつ聞きたいのだけれど」
「……な、何だろうか?」
「勇者協会って、怠惰の勇者には何も支援していないようなのだけれど。それはどうなのかしら?」
「…………は?」
今度こそ、協会長は完全に言葉を失った。
リゼットは淡々と続ける。
「アナスイとシルヴァにはEVを支給して、年俸も払っているのでしょう? 勇者として活動するための支援をしているわけよね。それなのに、正式な怠惰の勇者であるわたしには、何ひとつないみたいだけれど」
『あっ、そこに話が行ったwww』
『協会長、今度はそっちから攻められるぞw』
『そりゃそうだよな。正式な勇者なら支援の対象なんじゃないの?』
『本人がいらないって言ってるのが救いなのか災いなのかw』
『でも、協会の制度としてどうなってるのかは気になる』
『引き抜きの話をしに来たら、百年分の未対応を突きつけられるの草』
「い、いや、それは……! そもそも、こちらはあなたが正式な勇者だと把握していなかったのだ!」
「そう。なら、今は把握したのでしょう?」
「そ、それはそうだが……!」
「申請がなければ支援しないの? それとも、正式に認定されていても、協会が知らなければ勇者として扱わなくていいのかしら?」
「制度上の手続きというものがあってだな……!」
「ふうん」
リゼットは興味がなさそうに相槌を打った。
「まあ、わたしは別に何もいらないわよ。今さら協会から何かもらおうとも思っていないし、勇者として活動するために、あなたたちに何かを頼むつもりもないわ」
そこで一度言葉を切り、協会長をまっすぐ見つめる。
「ただ、あなたが勇者協会の立場を持ち出して、アナスイとシルヴァの支援がどうこうと言うから、こちらも聞いているだけよ。自分たちが支援している勇者が別の組織からも支援を受けるのは問題だと言うのなら、正式な勇者であるわたしを百年間放置していたことについては、どう説明するつもりなのかしら?」
「………………」
協会長は何も言えなかった。
アナスイは扇子を閉じ、楽しそうに微笑んだ。
「まあ。協会長、先ほどはわたくしたちの所属について、ずいぶん厳しいお話をされていましたわよね?」
「アナスイ殿、今はその話では……!」
「ええ、ですから、今はリゼット様のお話ですわ。正式な勇者なのに、百年間何の支援も受けていなかった。これは協会として、どのようにお考えなのかしら?」
「君まで……!」
シルヴァも穏やかな口調で続ける。
「僕たちは協会を辞めたわけではありませんし、勇者としての活動も続けています。それでも所属先が増えたことを問題にされるのでしたら、協会の制度について確認する必要はあると思いますよ。リゼット様の件も含めて、ですね」
「いや、私は別に、リゼット殿を責めるつもりなど……!」
「だったら、わたしを責める必要もないでしょう?」
リゼットはあっさりと言い放った。
「二人がうちに入りたいと言ったから入れただけ。わたしが勇者協会から二人を奪おうとしたわけでもない。二人は今も勇者として活動している。これで何か問題があるのかしら?」
「…………いや、だが……」
「それとも、わたしが怠惰の勇者だから、二人をエキドナに所属させてはいけないという決まりでもあるの?」
「そんな決まりはない!」
「なら、いいじゃない」
リゼットは話は終わりとばかりに、背もたれに身を預けた。
「あなたたちの制度の話は、あなたたちで整理しなさいな。わたしは知らないわよ。百年前の国の話まで、わたしに責任を押しつけないでちょうだい」
エレノアが静かに頷く。
「国の正式な認定記録は残っております。必要であれば、勇者証明書も発行できます。リゼット様が怠惰の勇者であることに、疑いの余地はございません」
「……証明書まであるのか?」
「もちろんです。国が正式に認定した記録がございますから」
『証明書も用意済みなの、準備がいいなw』
『協会長、逃げ道がどんどん塞がっていく』
『いや、逃げ道というか事実確認してるだけなんだけどw』
『国の公文書まであるなら、もう疑いようがないだろ』
『リゼット様は最初からずっと「知らないわよ」なのが強いw』
『本人が一番この話を終わらせたがってる』
協会長は、ゆっくりと椅子に背を預けた。
訪問する前、彼はエキドナに対して強気に出るつもりだった。
勇者協会の支援を受けている二人が、協会の管理外にある組織へ所属した。その問題について説明を求め、必要ならば今後の活動についても話し合うつもりだったのだ。
ところが、話を進めるうちに、協会が百年間把握していなかった正式な勇者が目の前にいることが判明した。
しかも本人は認定されたことすら知らず、今さら支援が欲しいわけでもないという。
『協会長、今日いちばんの被害者になってるwww』
『引き抜きの話をしに来たら、百年間の未対応を突きつけられた男』
『国も協会も連携取れてなさすぎるだろw』
『視聴者はみんな知ってたのに、協会長だけ知らなかったのが今日最大のオチ』
『リゼット様、最初から最後まで面倒くさそうなのが最高』
『勇者っていったい……』
協会長はコメントを見て、深く息を吐いた。
「……分かった。アナスイ殿、シルヴァ殿。君たちが勇者としての責務を果たしている限り、所属そのものを一方的に問題視するのは難しいだろう。今回の件については、協会内部でも制度を確認する必要がある」
「最初からそうおっしゃればよろしかったのですわ」
アナスイは満足そうに微笑んだ。
「それから、リゼット殿。怠惰の勇者としての正式な記録については、ぜひ確認させていただきたい。協会としても、百年間の空白をそのままにするわけにはいかないので……」
「好きになさいな。ただし、わたしに面倒な仕事を持ってくるのはやめてちょうだい」
「……努力しよう」
「努力じゃなくて、約束してほしいのだけれど?」
「…………善処する」
「はあ。もういいわ」
リゼットは露骨に興味を失った様子で、エレノアのほうを向いた。
「エレノア、証明書はもう発行できるのよね?」
「はい。すでに準備を進めておりますので、すぐにお渡しできます」
「なら、それを渡して終わりにしましょう。わたしはもう帰りたいわ」
「リゼット様、ここはリゼット様のお屋敷ですから、帰るというのも少々妙ですが……」
「自分の部屋に戻るのよ。こんな話、いつまで続くか分かったものじゃないでしょう?」
協会長は、反論する言葉を見つけられなかった。
配信画面には、なおも大量のコメントが流れ続けている。
『証明書を見たら、またひと騒動ありそうだなw』
『百年前の記録が出てくるの、まだ序章なんじゃないのか?』
『協会長、次は何を知らされるんだろう』
『今日の会談、協会長の胃が心配だわw』
『リゼット様が部屋に戻ったら会談終了しそうなの草』
そして協会長は、まだ知らなかった。
国の正式な証明書を目にしたとき、自分がもう一度、今度こそ本当に言葉を失うことになるのを。




