勇者協会
# 第1話 勇者協会からの手紙
勇者協会の執務室。
机の上には、各地から届いた報告書や冒険者の昇格申請、魔物の討伐記録などが山のように積まれていた。
その山の向こうで、勇者協会長は一台のEVを手にしていた。
画面に映っているのは、エキドナの配信である。
もともと、エキドナという組織については協会でも把握していた。独立した組織でありながら、各地で大きな影響力を持ち、一般的な冒険者や魔法使いとは比較にならない力を持つ者たちが集まっている。
問題は、その活動内容が協会の管理下にないことだった。
「……また、とんでもないことをやっているな」
協会長は画面を眺めながら、思わず呟いた。
配信では、エキドナのメンバーたちが新しい装備について話し合っていた。高性能な装備を惜しげもなく仲間に与え、転移魔法を利用して各地を行き来し、食事や宿泊場所まで提供しているらしい。
それだけでも十分に異例だったが、協会長が特に注目したのは、画面に映る二人の人物だった。
赤い装備を身につけた女性と、青を基調とした装備を身につけた青年。
どちらも見覚えがある。
「……アナスイ殿とシルヴァ殿ではないか?」
二人は勇者協会が支援している勇者だった。
協会からEVを支給され、年俸を受け取り、それぞれの国で必要な活動を続けている。協会としても実績のある二人であり、今後も勇者として活躍してもらうつもりでいた。
ところが、配信の中で二人はエキドナの仲間たちとごく自然に会話を交わしている。
まるで以前からそこにいたかのように馴染んでいるうえ、新しい装備まで受け取っていた。
協会長は画面を凝視した。
「待て……。どういうことだ?」
配信の音声が聞こえてくる。
「この装備、以前のものよりずっと扱いやすいですわね。魔力の通りもよくなっていますし、剣を振ったときの感覚もまるで違いますわ」
アナスイの弾んだ声に続き、シルヴァも穏やかに答えた。
「僕のほうもいい感じですよ。水魔法との相性もよくなっていますし、これなら今まで以上に戦いやすそうですね」
「当然だろ。調整にはかなり手間をかけたからな」
装備を作った技術者がそう答えると、二人は素直に礼を述べた。
協会長の眉間に皺が寄った。
「……なぜ、我々の支援対象が、エキドナから装備を受け取っているのだ?」
もちろん、別の組織から装備を受け取っただけなら、ただちに問題になるわけではない。
しかし、配信を見ている限り、二人は単なる協力者という雰囲気ではなかった。
ほかのメンバーと同じように扱われ、今後も一緒に活動することが当然であるかのように振る舞っている。
協会長は画面の端に流れるコメントにも目を向けた。
『アナスイもシルヴァもすっかり馴染んでるな!』
『新装備かっこいいのじゃ』
『もう正式メンバーみたいなものだなw』
『エキドナ、仲間への支援が手厚すぎる』
「正式メンバー……?」
協会長は、その言葉を聞き逃さなかった。
配信は続いていたが、彼はすぐにEVを操作して別の画面を開いた。協会の所属者記録を確認する。
アナスイ。登録あり。
シルヴァ。登録あり。
二人とも、勇者協会の支援対象として現在も登録されている。
退会の届け出はない。活動停止の報告もない。年俸の支払いも継続している。
「辞めたという報告は受けていない。だが、エキドナに正式に所属したということなら……」
協会長は腕を組んだ。
「これは、こちらとしても確認しなければならんな」
エキドナは、協会が直接管理する組織ではない。
その組織が協会の支援対象者を受け入れ、独自の装備や生活環境まで提供している。しかも、配信で見る限り、その支援の規模は相当に大きい。
協会長はEVを机に置いた。
「……引き抜きではないのかね?」
誰もいない執務室に、彼の呟きだけが響いた。
もちろん、まだ事実関係は分からない。
二人が自分の意思で所属したのか。協会との関係をどう考えているのか。今後も勇者として活動する意思があるのか。
それらを確認する必要がある。
協会長は机の上に積まれた書類の中から、新しい便箋を取り出した。
「まずは、本人たちに説明を求めよう」
そうして、勇者協会からアナスイとシルヴァ宛ての手紙が送られることになった。
*
数日後。
エキドナの屋敷では、アナスイとシルヴァのもとに一通の手紙が届けられていた。
差出人は勇者協会。
封蝋には、協会の正式な紋章が押されている。
アナスイは封筒を手に取り、差出人を確認すると、目に見えて不機嫌そうな顔になった。
「……あら。勇者協会からですわ」
隣にいたシルヴァが、手元の作業を止めた。
「協会からですか? 何かあったのでしょうかね?」
「さあ? どうせ、面倒な話ではありませんこと?」
そう言いながらも、アナスイは封を切った。
中に入っていたのは、二人のエキドナ所属について説明を求める文書だった。
エキドナに正式に所属した経緯。
勇者協会との契約や支援について、今後どのように扱うつもりなのか。
勇者としての活動を継続する意思があるのか。
そして、協会に相談なく所属先を増やしたことについて、どのように考えているのか。
読み進めるにつれて、アナスイの表情が険しくなっていった。
「……何ですの、これは」
「どれどれ?」
シルヴァも文書を受け取り、内容を確認した。
「なるほど。僕たちがエキドナに所属したことについて、説明を求めているんですね」
「説明も何も、わたくしたちは勇者を辞めたわけではありませんわ。今も協会から支援を受けていますし、自国での活動も続けています。それなのに、まるで何か問題を起こしたかのような書き方ですわね」
「協会としては、僕たちが別の組織に所属したことを気にしているのでしょうね。エキドナは独立した組織ですし、協会からすれば把握しておきたいこともあるのでしょう」
「それは分かりますわ。でも、わたくしたちがどこに所属するかまで、いちいち許可を取らなければならないのかしら?」
アナスイは文書を机に置いた。
「そもそも、エキドナに入ったのはわたくしたち自身の意思ですわ。リゼット様に無理やり誘われたわけでも、協会を辞めるように説得されたわけでもありませんもの」
「そうですね。僕たちがエキドナに所属したいと思い、リゼット様がそれを認めてくださった。それだけの話ですからね」
「ええ。それに、エキドナから装備や部屋、食事などの支援を受けていることについても、何か後ろめたいことがあるわけではありませんわ。わたくしたちはエキドナのメンバーなのですから、メンバーとして扱われているだけですもの」
シルヴァは少し考え込んだ。
「とはいえ、協会からの支援も受け続けていますからね。こちらが何も説明しなければ、協会側が勝手に誤解する可能性はあります。勇者としての活動を続けていることは、きちんと伝えておいたほうがいいかもしれませんね」
「……それはそうですわね」
アナスイは腕を組んだ。
「ですが、手紙で何度もやり取りするのは面倒ですわ。こちらの事情を説明しても、向こうが納得するまで文書を送ってくる可能性がありますもの」
「そうですね。それなら、一度直接話したほうが早いかもしれません」
「ええ。協会長本人に来てもらいましょう。わたくしたちが勇者を辞めたわけではないことも、エキドナに所属したのが自分たちの意思であることも、直接説明すれば済む話ですわ」
二人は顔を見合わせた。
問題は、協会長を呼び出すにしても、どこまで話を広げるべきかということだった。
アナスイは、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「……そういえば、リゼット様のこともありますわね」
「リゼット様、ですか?」
「ええ。以前、怠惰の勇者についてお話しされていたでしょう? 国では正式に認定されているのに、ご本人は百年前に認定されたことすら知らなかった、と」
「そうでしたね。国の記録には残っているそうですが、勇者協会には伝わっていない可能性がある、というお話でしたね」
「もし協会が怠惰の勇者を把握していないのであれば、今後また面倒なことになるかもしれませんわ。リゼット様が正式な勇者であることを、国の証明書で明らかにしておけばよいのではありませんこと?」
シルヴァは頷いた。
「なるほど。国の正式な証明書があれば、少なくともリゼット様が怠惰の勇者であることについて、余計な疑いを持たれることはなくなりますね」
「でしょう? 協会長が来る前に用意しておけば、話も早いはずですわ」
「それなら、エレノア王女にお願いするのがよさそうですね。国の正式な記録に基づく証明書ですから、王女に発行していただくのが確実でしょう」
「ええ。では、まずエレノア王女のところへ参りましょう」
*
エレノアは屋敷の一室で書類に目を通していた。
そこへアナスイとシルヴァが訪れると、二人の表情から何かあったことを察したらしい。
「お二人とも、どうかなさいましたか?」
アナスイは、勇者協会から届いた手紙を差し出した。
「勇者協会から、わたくしたちのエキドナ所属について説明を求める文書が届きましたの。どうやら、協会長は一度こちらへ来て、直接話をしたいということのようですわ」
エレノアは文書を受け取り、内容を確認した。
「なるほど……。アナスイ様とシルヴァ様が勇者としての活動を続けていることについて、協会側が確認したいのですね」
「そういうことですわ。ただ、手紙で何度もやり取りするのは面倒ですので、協会長を直接呼ぶことにしましたの」
「それがよろしいかもしれませんね。お二人が勇者としての責務を果たしているのであれば、直接説明するのが一番でしょう」
シルヴァが穏やかに続けた。
「それと、もうひとつお願いがあるんです。リゼット様が正式な怠惰の勇者であることを示す、国の証明書を発行していただけませんか?」
「リゼット様の勇者証明書、ですか?」
「はい。国の正式な記録に残っているのであれば、証明書があったほうがよいと思いまして。協会長がいらっしゃる前に用意できれば、今後の話も進めやすいでしょうから」
エレノアはすぐに頷いた。
「もちろんです。怠惰の勇者であることは間違いありませんからね。国の正式な記録に基づいて、証明書を発行いたしましょう」
「ありがとうございますわ。これで余計な誤解も避けられるはずですわね」
「記録を確認し、正式な形式で作成しておきます。協会長がいらっしゃる前には用意できるでしょう」
エレノアはそう答え、証明書の発行に必要な手続きを進めるため、侍従へ指示を出した。
アナスイとシルヴァは礼を述べ、エレノアの部屋をあとにした。
*
その後、二人はリゼットのもとへ向かった。
リゼットはソファに寝そべりながら、手元のEVで配信の様子を確認していた。二人が入ってくると、面倒そうに顔を上げる。
「何よ。二人そろって、どうしたの?」
アナスイが勇者協会からの手紙について説明すると、リゼットは最後まで聞いたあと、露骨に嫌そうな顔をした。
「……はあ? わたし、そんな話に付き合わなきゃいけないの?」
「協会長は、わたくしたちがエキドナに所属した経緯について、説明を求めているようですわ。勇者を辞めたわけではないことも含め、直接お話ししたほうが早いと考えていますの」
「本人たちが辞めていないと言っているんだから、それでいいじゃない。どうしてわざわざ呼びつけてまで話をする必要があるのよ」
「それはそうなのですが、協会側としても確認しておきたいのでしょうね。手紙で何度もやり取りするより、直接話したほうが早く済むと思いますよ」
「面倒くさいわね……」
リゼットはソファに深く沈み込んだ。
「それで、何かほかにもあるの?」
「はい。リゼット様が正式な怠惰の勇者であることを証明する書類を、エレノア王女に発行していただくことになりましたわ」
「……ああ、あの話ね」
リゼットは興味がなさそうに頷いた。
「別に、わたしはそんなものがなくても困らないのだけれど」
「ええ、もちろん存じておりますわ。ただ、協会長がいらっしゃるのであれば、国の正式な証明書があったほうが話が早いと思いまして」
「好きになさいな。わたしは知らないわよ、そんなの」
「ありがとうございますわ」
「お礼を言われるようなことじゃないでしょう……」
リゼットは小さくため息をついた。
そして、しばらく考えるように天井を見つめたあと、ふと思い出したように口を開いた。
「……それで、その協会長はいつ来るの?」
「まだ正式な日程は決まっておりませんが、こちらから招待状を送ればよいかと」
「なら、呼び出しなさいな」
あまりにもあっさりとした言葉に、アナスイとシルヴァは顔を見合わせた。
「協会長を、ですか?」
「そうよ。手紙を何通も送らせたり、何度も説明させたりするのは面倒でしょう? だったら、本人をここへ呼んで、一度で済ませればいいじゃない」
リゼットは片手をひらひらと振った。
「アナスイとシルヴァの所属の話も、怠惰の勇者の話も、本人が来ればまとめて説明できるでしょう。わたしは余計な仕事を増やしたくないの。さっさと終わらせなさいな」
「承知いたしましたわ。では、勇者協会長をエキドナへ招待いたします」
「ええ。頼むわね」
リゼットはそれだけ言うと、再びソファに横になった。
「……まったく。どうしてわたしの知らないところで決められた称号のせいで、今さら面倒な話をしなきゃいけないのよ」
その呟きに、アナスイは苦笑し、シルヴァは困ったように微笑んだ。
こうして、勇者協会長をエキドナへ招待することが決まった。
協会長はまだ知らない。
自分がアナスイとシルヴァの所属問題を確認するために訪れるその場所で、百年間空席だと思っていた怠惰の勇者について、思いもよらない事実を突きつけられることになるのを。




