脱出
## 第二十階層・脱出
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
施設全体が、大きく揺れた。
「……っ!」
ヒナタの身体が傾く。
マドカが咄嗟に手を掴んだ。
「ヒナタちゃん!」
「だ、大丈夫……」
けれど、返事をした直後だった。
ドォン!!
遠くで巨大な何かが崩れ落ちた。
続いて、天井から無数の石片が降ってくる。
「全員、走ってください!」
エレノアが叫んだ。
「施設そのものが崩れ始めています!」
「リゼット!」
「分かってる」
リゼットが周囲を見回す。
魔力の流れが乱れている。
これまで何百年もの間、無理やり維持されていた術式が、一斉に停止していた。
「……まずい」
「何が?」
「崩壊が早い」
リゼットが短く答える。
「このままだと、転移陣に着く前に通路が潰れる」
「えっ!?」
マドカの顔が引きつった。
「じゃあ急ごう!」
「うん」
神狼が先頭へ出た。
「我が道を開く」
巨大な身体が通路を駆ける。
前方から落ちてくる瓦礫を牙で弾き、崩れかけた柱を身体ごと押し退ける。
ドォン!
ドガッ!
「こっち!」
セリナが叫ぶ。
「右の通路はまだ生きています!」
「走れ!」
ガレスが続く。
一行が駆け抜けた直後――。
ズズズズズ……。
背後の天井が大きく沈んだ。
「……!」
マドカが振り返る。
「近い……!」
「振り返らないでください!」
エレノアが叫ぶ。
「前だけ見て!」
「分かった!」
マドカはヒナタの手を強く握った。
「走れる?」
「うん!」
ヒナタも必死に足を動かす。
まだ外の世界に出たばかりなのに。
振り返る暇すらない。
その後ろでは、クロードとヴァルトが石棺を担いでいた。
「……これ、やっぱり置いていかないか?」
ヴァルトが苦しそうに言う。
「駄目です!」
エレノアが即答する。
「中にいる方も連れて帰ります!」
「だよなぁ……!」
クロードが歯を食いしばる。
「交代!」
ヴァルトが石棺を押し付ける。
「早く!」
「分かった!」
クロードが受け取った。
だが、その瞬間――。
バキッ!!
石棺を支えていた床が割れた。
「うおっ!?」
クロードの身体が沈む。
「クロード!」
ヴァルトが腕を掴んだ。
石棺が大きく傾く。
「離せ!」
「何を!?」
「俺ごと落ちる!」
「嫌だ!」
ヴァルトが踏ん張る。
ブリジットも駆け寄った。
「私も支えます!」
ガレスも加わる。
「せーのっ!」
三人が力を合わせ、石棺ごと引き上げる。
「ぐっ……!」
「重い!」
ようやく床へ戻った。
「……助かった」
「礼はあとです!」
エレノアが叫ぶ。
「本当に時間がありません!」
「はい!」
再び走り出す。
だが――。
通路の先から、轟音が響いた。
ドォォォン!!
全員が足を止める。
「……嘘」
ニコラが呟いた。
前方の通路が、完全に崩れていた。
「転移陣は?」
マドカが聞く。
リゼットが目を閉じる。
「……向こう側」
「向こうって……」
「この瓦礫の先」
「…………」
マドカが固まった。
「これ、通れる?」
「普通には無理」
リゼットが瓦礫を見る。
「でも、時間は止めない」
「どうして?」
「ここで止めたら、みんなも止まる」
リゼットがマドカを見る。
「それに、施設そのものが止まったままになったら、解除した瞬間に全部まとめて来る」
「……そっか」
マドカが拳を握る。
「じゃあ、どうする?」
「壊す」
神狼が前へ出た。
「我が道を作る」
巨大な前脚が瓦礫へ叩きつけられる。
ドォン!!
岩が砕ける。
しかし――。
ガラガラガラッ!
上からさらに瓦礫が落ちてきた。
「神狼!」
「構うな!」
神狼が吠える。
「走れ!」
「でも!」
「我を信じろ!」
その声に、マドカが一瞬だけ目を見開く。
そして頷いた。
「……うん!」
全員が動き出す。
神狼が崩れる瓦礫を押さえ込む。
ブリジットがヒナタを守りながら進む。
セリナが落下地点を見極める。
ガレスとヴァルトが道を作り、クロードが石棺を担ぐ。
ミレイユは走りながら全員の状態を確認していた。
「マドカちゃん!」
「なに!?」
「ヒナタちゃん、少し顔色が悪い!」
マドカが隣を見る。
「ヒナタちゃん、大丈夫!?」
「……うん」
ヒナタは息を切らしながら頷く。
「大丈夫……!」
その直後。
足元が大きく揺れた。
「きゃっ!」
ヒナタが倒れかける。
マドカが抱き止めた。
「もう少し!」
リゼットが叫ぶ。
「転移陣が見える!」
「本当!?」
前方。
崩れた通路の向こうに、淡い光が見えた。
転移陣だ。
けれど――。
その光が、明滅している。
「……リゼット?」
「まずい」
「え?」
「転移陣の出力が落ちてる」
リゼットの表情が変わる。
「あと一度、大きく揺れたら消えるかもしれない」
「じゃあ――」
マドカが転移陣を見る。
「急がないと!」
「そういうこと」
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
今までとは比べものにならない揺れが起きた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
「転ぶな!」
天井が裂ける。
巨大な亀裂が走った。
「走って!」
エレノアが叫ぶ。
「全員、転移陣へ!」
神狼が最後の瓦礫を吹き飛ばす。
「今だ!」
マドカがヒナタの手を引く。
「行こう!」
「うん!」
二人が転移陣へ飛び込む。
続いてブリジット。
セリナ。
リゼット。
ニコラ。
カトリーヌ。
ミレイユ。
ガレス。
クロード。
ヴァルト。
エレノア。
「石棺!」
クロードとヴァルトが最後の力を振り絞る。
「持っていけ!」
石棺が転移陣へ滑り込む。
その直後――。
天井が崩れた。
「神狼!」
マドカが叫ぶ。
巨大な瓦礫が神狼へ迫る。
神狼はそれを睨みつけた。
「……遅い」
前脚で叩き砕く。
だが、次の瓦礫が落ちる。
さらにその後ろから、壁そのものが崩れてくる。
「神狼、早く!」
ヒナタが叫んだ。
「我は最後でよい!」
「でも!」
「こやつ」
神狼がヒナタを見る。
「我を待つな」
「……!」
「先に行け」
ヒナタの顔が青ざめる。
「嫌……!」
マドカがヒナタの肩に手を置いた。
「大丈夫」
「でも……!」
「神狼は絶対に来るよ」
マドカは笑った。
「だよね?」
神狼が口元を僅かに上げる。
「当然だ」
そして――。
神狼が跳んだ。
巨大な身体が瓦礫を飛び越え、最後の瞬間に転移陣へ飛び込む。
「今!」
リゼットが叫んだ。
転移陣が強烈な光を放つ。
その直後。
ドォォォォォン!!
施設が完全に崩れ落ちた。
白い光が、一行を包み込む。
――そして。
風が吹いた。
草の匂い。
暖かな日差し。
どこまでも広がる青空。
「…………」
ヒナタは立ち尽くしていた。
銀色の髪が風に揺れている。
しばらく、何も言えなかった。
ただ空を見上げている。
「……きれい」
ぽつりと呟く。
マドカが隣に立った。
「うん」
そして笑う。
「これから、いっぱい見られるよ」
ヒナタは空を見上げた。
何百年もの間、見られなかった世界。
もう、時間を止める必要はない。
もう、誰かが来るのを待ち続ける必要もない。
隣にはマドカがいる。
神狼もいる。
そして、新しくできた仲間たちがいる。
ヒナタは、ほんの少しだけ笑った。
「……帰ってきた、のかな」
マドカが頷く。
「うん」
そして、ヒナタの手を握った。
「一緒に帰ってきたんだよ」
ヒナタはもう一度、空を見上げた。
長い長い時間の果てに。
ようやく少女は、止まっていた時間から歩き出した。




