覚悟
その日、アナスイ、シルヴァ、メアリーの3人は、リゼットの執務室に呼び出されていた。
3人はエキドナの客人として迎えられている。しかし、まだ正式な構成員ではない。エキドナには立ち入りを禁じられた区域もあり、客人である彼女たちが自由に出入りできるわけではなかった。
だが、リゼットがこれから進めようとしている計画において、事情を知らない3人は、いずれ厄介な障害になりかねない。
それならば、先に話しておくべきだろう。
そう考えたリゼットは、3人を執務室へと呼び出したのだった。
「リゼット様、どうなさったんですの?」
最初に口を開いたのはアナスイだった。
「はっ! 正式に僕を弟子と認めるという話ですか!?」
シルヴァが期待に満ちた表情で身を乗り出す。
「え? シルヴァさん、まだ弟子ではなかったんですか? 私はもう弟子として認められてますが!」
「なんですって!? メアリーさん、ずるいですよ!?」
「はいはい、落ち着いてちょうだい」
リゼットは小さく息をついた。
「まず、今日あなたたちを呼んだ理由だけれど……これからエキドナで計画していることに、あなたたちが結構大きな障害になるのよ」
「障害ですの?」
「出ていけということですか!?」
「リゼット様がそこまでおっしゃるなんて、一体……」
3人の表情から、さきほどまでの軽い雰囲気が消えていく。
「聞くからには、もう逃がさないのだけれど。いいのかしら?」
「危ないことではないんですのね?」
「犯罪行為は見逃せませんけど……」
「賢者会議案件でしょうか……」
それぞれの反応に、リゼットは苦笑した。
「あなたたちも不思議ではなかったかしら? エキドナの、普通ではない強さ」
「ええ。それは普通のダンジョンやモンスターを倒すだけでは説明できませんわね」
「確かに……」
「その秘密に触れることになるわ。だけれど、これは明確なエキドナのみの秘匿情報。覚悟がないなら、ここで去りなさい」
「そんな! 僕はもうエキドナの一員ですよ!?」
「あなたはまだ客人ね」
「ええ!?」
シルヴァが愕然とする。
「まあ、私も遊びに通っているだけと言えばそうですわね……」
メアリーも少し考えるように首を傾げた。
「メアリー、あなたは私の弟子ではあるけれど、これを世間がどう判断するかはまだわからない。だから、今までは秘匿していたわ」
「ごくり……」
シルヴァが唾を飲み込む。
「わかりましたわ。守秘義務ということですわね? そして、私たちはそれを知るということは、エキドナとして認めていただけると」
「そうなるわね」
「本当ですか!? なら聞かせてください!」
「私もエキドナに入ったつもりでしたけど」
「ナナリーの場合は、色欲聖女ではあるけれど、エキドナの籍にも入ってもらっているわ。さあ、あなたたちにその覚悟はあるのかしらね」
リゼットは3人を見渡した。
3人とも、もう後戻りするつもりはないらしい。
「では、こちらへ来てちょうだい」
リゼットは立ち上がり、執務室を出た。
3人もその後に続いていく。
向かった先は、怠惰の大陸に存在する最難関ダンジョン。
その特別な階層だった。
* * *
「リゼット様、ここは……とんでもないレベルのバケモノばかりでは!?」
目の前に広がる光景に、アナスイが思わず声を上げた。
そこにいるモンスターは、通常のダンジョンで遭遇するような相手とは明らかに違う。姿を見ただけでも、その異常な強さが伝わってくる。
「まさか……リゼット様、私たちを始末するおつもりですの!?」
「ひぃ……!」
シルヴァはアナスイの後ろに隠れるようにして、周囲を見回した。
「バカね……ここは怠惰最難関ダンジョンの特別階層。人工ダンジョンよ」
「聞いたことがありませんわ!?」
「人工ダンジョン……もしかして、新階層を発見したのですか?」
「それは、今ある三十以上の階層に加えて、ということですか?」
「んー……ゲンナイって名前、聞いたことがあるでしょう?」
「ええ。ニコラ博士の遠縁だとか」
「私も同じ認識ですわ」
「私も、なぜか画面越しにしか見たことがないですね」
「彼は、この最難関ダンジョンのダンジョンマスターよ」
「ダンジョンマスターですって!?」
3人の声が重なった。
「ダンジョンマスターがエキドナの協力者?!」
「ええ。私たちが攻略中に、このダンジョンの歴史的に価値のある場所を見つけたの。ダンジョンの中に建造された都市……ダンジョン都市とでもいうべきかしら」
「ダンジョンの中に都市……」
「そこで、ゲンナイという人物が、ダンジョンマスターになる前に都市を作った中心人物として記録に残っていた。しかも、彼は不老の存在だったのよ」
リゼットは、発見した記録の内容を説明していく。
「ダンジョン開拓の途中で死にそうになった彼は、当時のダンジョンマスターに助けられたそうね。そのときに、『七百年もダンジョンに住み続けるのは異常だ。面白いからお前がダンジョンマスターをやれ』と、押しつけられたらしいわ」
「つまり、彼はこの怠惰大陸の過去をほぼ知っている存在?」
「思った以上にすごい方ですわね」
「ですが、リゼット様。ゲンナイさんと話しましたけど、普通の人でしたよ?」
「ええ、そうね。彼はダンジョンを運営していないもの。押しつけられてから、私たちが来るまで一切何もしていなかったのだから」
「え!? ダンジョンマスターなのですよね!? 人類を試したりとかは?!」
シルヴァの疑問に、リゼットは首を横に振った。
「まず、千八百年前。このダンジョンに異常が起こり、怠惰大陸から切り離された。そして、時間の檻によって、外部の空間から認識されなくなったのよ」
「千八百年前……」
「それが、二年ほど前にいきなり出現した。その千八百年間、誰もダンジョンに入れなかったわ」
「では……ダンジョンマスターになったゲンナイさんは、千八百年もの間、お一人で?」
「そうね。そして、私たちがゲンナイの記録に気づいた。彼は寂しかったのよ。誰も来ないダンジョンで、千八百年間ずっと発明を続けていたそうね。そして、私たちと出会った」
3人は言葉を失った。
その名前は知っていた。ニコラ博士の遠縁とされ、画面越しに見かけることもあった人物。
しかし、その裏にそんな歴史があったとは、想像もしていなかったのだ。
「彼はゲンナイ・ヒラガ。二千五百年前にこの世界に現れた異世界人よ。ゲンナイの一族は発明を何千年としてきた。その子孫がニコラということになるわね」
「遠縁というか、先祖ですわ?!」
「ニコラ博士の天才な頭脳は、その蓄積?!」
「へー、すごいですね!」
それぞれ驚き方は違ったが、ゲンナイという人物への認識が大きく変わったのは間違いなかった。
「そして、ダンジョンマスターというのは、好きにこのダンジョンをいじれる。だけど、今の強さは千八百年、誰も来なかった弊害でモンスターが異常な共食いをしたり、特殊個体が現れたりした結果なのよ」
「確かに、強欲よりも強力なモンスターばかりです!」
「でも、戻さないんですの? ダンジョンマスターなら可能なのでは?」
「まず、私たち賢者の時代より、今の世界全体が弱すぎるのよ。何か世界で危機があったとしたら? ここが一番レベリングできる場所だと、私は思うわ」
「強者を作るためのダンジョン……」
「なるほど。正常なレベルにして難易度を下げられては困るということですわね?」
「ええ。そして私たちエキドナは、ゲンナイに新階層を作ってもらって、自分のレベルに合わせたモンスターを作成して記憶。そのモンスターのデータを再生して、いつでも戦えるようにしている。これがエキドナの秘匿よ」
3人は、ようやくエキドナの強さの一端を理解した。
単に強いモンスターを倒しているだけではない。自分たちに必要な相手を用意し、何度でも戦える環境を整えているのだ。
「それは、エキドナがダンジョンを異常化させて、スタンピードも可能にできると同意ですの?」
アナスイが、真剣な表情で問いかける。
「やる意味ある? ダンジョンマスターが不老とはいえ、人間なのよ? 押しつけられただけの人なんて、殺したくないに決まってるじゃない。今の三十までのモンスターデータは、過去のダンジョンマスターが設定したもの。彼に罪なんてあるのかしら?」
「無理やりダンジョンマスターにされたっていうのだとしたら、かわいそうです……」
「悪事なんてするつもりもないということですか」
「ええ、そういうことね。彼は久しぶりに会えた、話の通じる私たち。そして、同郷の異世界人の転生者、マドカを筆頭に仲良くなっただけ」
「マドカさんが転生者? それはジャスティスと同じということです?」
「これは面倒だから、エキドナ内で止めているだけね。視聴者なんかに言う義務あるの?」
「なるほど。確かに、あのEV、モンバト、ヒロバトは、この世界では考えられない知識で作られていたものです! 納得ですね!」
「そして、それを言う義務……確かにないですわね」
「ジャスティスさんは自分からばらしてますが、それは?」
「あの子、目立つの好きでしょう? 私たちとは関係なく勝手に行ってるのは別に構わないわ。ちなみにナナリーも転生者よ」
「ナナリー様もですの!?」
「ええ。前世でも歌手のようなことをしていたし、配信のようなもので国中で有名だったらしいわね」
「納得ですわ!」
3人の反応を見て、リゼットは満足そうに微笑んだ。
「あなたたちが本当にエキドナに関わりたいと思っているなら、転生者とかの話は広めないでほしいわね。ただ、エキドナ内では誰でも知っていること。エキドナの屋敷の中では、好きに話を聞いてもいいわ」
「新しい知識! 楽しそうです!」
「リゼット様、ナナリー様の秘密、絶対漏らしませんわよ」
「ええ。それで、ダンジョンを利用してのエキドナの異常な強さ。あなたたちはズルだと思うかしら?」
「んー、ズルというか、すべてが腑に落ちたという感想ですね。エキドナの皆さんは、賢者の私よりも強いんですもの」
「修行環境が整っているというのは、確かに私たち勇者がかなわないはずですわ」
「平和的なダンジョンマスターに協力してもらえるなら、助けてもらうべきかなと僕も思います」
「ふふ、あなたたちは素直ね。かわいいわ。では、正式にあなたたち3人をエキドナとしてスカウトするわ。そして、私たちを利用しなさい? あなたたちが強くなるために」
「ありがたくお受けさせていただきますわ」
「僕もです! これは、リゼット様が警戒して僕たちに話さなかったのもわかりますし」
「私はもうエキドナのつもりだったんですけどね! もちろん、このことは内緒です!」
「ええ。あなたたちが断ったら、私、悲しくて引きこもってしまうわ?」
リゼットの冗談に、3人も思わず笑みを浮かべた。
「ふふ、リゼット様。私たちはエキドナとして、これからもあなた方とともに楽しく過ごしたいですわ」
「ええ! 僕もです!」
「聞かなくてもいいですよ!」
最後のメアリーの言葉に、リゼットはくすりと笑った。
「では、私たちの計画。まずは今度の飛空艇計画の会議に行きましょうか」
秘密を共有した3人は、正式なエキドナの仲間として、リゼットの後に続く。
そして、彼女たちはまだ知らない。
次に待ち受けている会議が、ダンジョンの秘密とはまた違った意味で、エキドナらしいものになるということを。




