白状
「……そいつが悪いんだ!」
真実判定リングの光と陽気な音楽を前に、スティーブはとうとう声を荒らげた。
「そいつがいるせいで、俺の次期後継者の地位が危ぶまれているんだ!」
「えっ?」
カーンは目をぱちくりさせた。
「何のことです?」
「お前だよ、お前!」
スティーブは汗だくになりながら、カーンを指差した。
「自分の価値を知らないのか!? その目だ! 我が一族に現れる、天才の証たる目! あの目を持つ者は、歴史に名を残すほどの活躍を見せる! そいつが現れた時代には、一族は大きく繁栄してきたんだ!」
「へえ……」
カーンは自分の目元に触れた。
「そうなんですか」
「そうなんですか、じゃない!」
「いや、そう言われましても……」
カーンは困ったように仲間たちを見た。
トーイとチティも、そろって微妙な顔をしている。
そもそも、三人にとって一族の後継者争いなど、知ったことではない。
自分たちはエキドナの保護を受けながら冒険者をしている。それだけだ。
カーンの目がどこかの一族にとって重要だろうが、偉大な先祖の証だろうが、今までそんなことを気にしたことすらなかった。
カーンは改めてスティーブに向き直った。
「なるほど……ごめんなさい。興味ないですね」
「なっ……!?」
スティーブの顔が引きつった。
「き、貴様……! 自分がどれほどの存在なのか、まったく理解していないのか!?」
「はい。今初めて聞きましたから」
「そういう問題じゃない!」
「そう言われましても……」
カーンは本当に困っていた。
なぜ知らない人に怒鳴られているのか、なぜ自分の目のことで後継者争いが起きるのか。
そして、どうしてこの男は、自分が暗殺者に狙われたことをまるで当然のように話しているのか。
さっぱりわからない。
その横で、マドカがすっと笑顔を消した。
「……へえ」
声は静かだった。
だが、その場の空気が一段、冷えた。
「つまり、自分の家の後継者争いに邪魔だから、私たちの仲間を襲わせたってこと?」
「そ、それは……!」
「しかも、カーン本人は何も知らなかった。あなたの家の事情なんて、何ひとつ知らなかったのに?」
スティーブの額から、さらに汗が流れ落ちた。
ニコラは隣で、にこにこと笑っている。
「へえ~。そういう理由だったんだ~。なるほどね~」
楽しそうな声だった。
楽しそうな声なのに、スティーブには少しも安心できなかった。
リゼットは何も言わない。
ただ、静かにスティーブを見ていた。
それだけで、部屋の空気が重くなる。
「……あの、皆さん?」
トンチンカンの一人が、なんとも言えない顔で周囲を見回した。
「これ、俺たちが襲われた話ですよね?」
「そうだよ」
「なんか、話がすごい方向に行ってません?」
「……まあ、そうだな」
カーンも困惑したまま頷いた。
当事者であるはずの自分が、いちばん事情を理解できていない。
一方、配信のコメント欄は、とんでもない勢いで流れていた。
『嫉妬で暗殺依頼!?』
『カーン本人が一番どうでもよさそうなの草』
『ごめんなさい、興味ないですねwww』
『マドカさんの笑顔が消えたぞ』
『リゼット様が黙ってるのが一番怖い』
『ニコラさんだけめっちゃ楽しそうなんだけど!?』
『てか、こいつらの顔、もう全世界に流れてるんだよな?』
『暗殺者稼業、廃業のお知らせ』
『依頼主のせいで人生終わりかけてる暗殺者たち』
捕らえられた暗殺者たちは、コメント欄を見ていなかった。
それでも、目の前の状況だけで十分に理解できた。
自分たちの顔は、もう隠しようがない。
依頼主に関する情報も、依頼の経緯も、これから明らかになるだろう。
これまで積み上げてきた仕事上の信用も、裏社会での立場も、すべて失う可能性がある。
そして何より――。
彼らは、エキドナを敵に回したつもりなどなかった。
知らなかったのだ。
自分たちが襲った相手が、エキドナの保護を受けている冒険者だったなどとは。
暗殺者の一人が、ゆっくりとスティーブを見た。
その目には、もはや依頼主に対する忠誠心など欠片も残っていなかった。
「……依頼主」
「な、なんだ!」
「後で、話があります」
低い声だった。
スティーブは、そこでようやく自分がどれほどの失態を演じたのか、ほんの少しだけ理解し始めた。
だが、まだ知らない。
自分が何を口にしているのか。
誰がそれを聞いているのか。
そして、この一連の出来事が、すでに配信されていることすら。
カーンは、汗だくになっているスティーブを見て、心配そうに首を傾げた。
「……あの、あなた大丈夫ですか? すごい汗ですけど」
「ふざけるなぁっ!」
突然怒鳴られ、カーンは思わず肩を跳ねさせた。
「お前、なんでそんなに恵まれた力を持ちながら、冒険者なんてやってるんだ!」
「えっ……なんでって言われても……」
カーンは困ったように頬を掻いた。
「いや、今日あなたの一族とやらのことを聞きましたし、なんて言えばいいかわからないですけど……勝手にやってればいいんじゃないです?」
「…………は?」
スティーブの顔が固まった。
「僕たちは将来、エキドナで正式にメンバーになる予定で活動してるんで。冒険者をやってるのも、そのためですし」
カーンはごく普通のことを説明するように続けた。
「だから、その一族の後継者とか、歴史に名を残すとか、そういうのは僕には関係ないですよ」
「じゃ、じゃあ本当に興味がないのか!?」
「はい?」
「お前は俺の立場を奪うこともできるかもしれないんだぞ!?」
「だから、そっちはそっちで勝手にすればいいと思いますけど……」
カーンはますます困惑した。
「僕、あなたの立場が欲しいなんて一言も言ってませんよね?」
「それは……!」
「そもそも、あなたの一族のことなんて、今日初めて聞いたんですから」
あまりにも当たり前の指摘だった。
スティーブは口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。
カーンはそんな彼を見て、ふと思い出したように付け加えた。
「あ、そういえば……母さんは、男がどっかに行ったくらいしか僕に教えてくれませんでしたね」
その言葉に、部屋の空気がわずかに変わった。
「……男?」
トーイが小さく聞き返した。
「うん。僕の父親のことだと思いますけど」
カーンは特に気にした様子もなく答えた。
「母さん、あんまり詳しく話したがらなかったんですよね。だから、ああ、父親はゴミなんだなってくらいにしか思ってませんでしたよ?」
「ゴ、ゴミ……!?」
スティーブが思わず声を裏返らせた。
「え? だって、母さんと僕を置いてどっか行ったんですよね? 詳しい事情は知らないですけど、少なくとも僕はそう聞いてましたし」
カーンは首を傾げる。
「その男があなたの一族の誰かなんでしょうけど……どーでもいいですね」
にっこり。
悪意はない。
挑発するつもりもない。
ただ、本当にどうでもいいのだ。
スティーブはわなわなと震えた。
自分たちの一族が代々受け継いできた歴史。
一族の繁栄を約束する天才の証。
その証を持つ者が現れたことで揺らぎ始めた、自分の後継者としての立場。
それらすべてが、カーンにとっては知らない誰かの家庭事情でしかなかった。
しかも、当のカーンはその目の意味すら知らず、父親についても「母さんと自分を置いていった男」という認識しか持っていない。
「お、お前……自分が何を言っているのかわかっているのか……?」
「ええ。父親がどこかの一族の人だったらしい、って話ですよね?」
「そうじゃない!」
「じゃあ、何です?」
カーンは本気でわからないという顔をした。
「……っ!」
スティーブは言葉に詰まった。
その様子を眺めながら、ニコラが口元を押さえて肩を揺らしている。
「ふふっ……あははっ。ねえ、リゼット~。この人、カーンくんが自分の後継者の座を欲しがってると思ってるんだね~」
「そのようね」
リゼットの声は静かだった。
静かすぎて、逆に怖かった。
「だけれども、本人は一度もそのような意思を示していない。そもそも、彼が自分の出生について知らなかったのだもの」
「そうだよね~。知らないものを欲しがるのは無理だもんね~」
ニコラは楽しそうに頷いた。
その隣で、マドカは笑顔を浮かべていた。
ただし、目はまったく笑っていない。
「……ねえ、スティーブさん」
「な、なんだ……」
「あなた、自分の立場が危なくなるのが嫌だったんだよね?」
「そ、そうだ!」
「それで、カーンを襲わせた」
「……っ」
「でも、カーンはそんな立場を欲しがっていなかった。あなたの一族のことも知らなかった。そもそも、あなたの存在すら知らなかった」
マドカはそこで一度言葉を切った。
「……それなのに、私たちの仲間を襲わせたんだね?」
スティーブの額から、また汗が流れ落ちた。
「ち、違う! 俺はただ……!」
「ただ?」
「…………」
続きが出てこない。
何を言っても、自分の身勝手な都合で無関係な相手を襲わせたという事実は変わらないのだ。
トンチンカンの面々は、そろって微妙な顔をしていた。
「……なあ」
トーイがカーンに小声で話しかける。
「お前、ほんとに何も知らなかったんだな」
「うん。目のことも一族のことも、今日初めて聞いたよ」
「なんか……大変なんだね…」
「いや、僕が何かしたわけじゃないんだけど……」
カーンは首を傾げたままだった。
自分が何かとんでもない事件の中心にいるらしいことは理解できる。
だが、肝心の事情がさっぱりわからない。
チティも困ったように二人を見ていた。
三人の会話は、あまりにも平和だった。
一方、配信のコメント欄は平和とは程遠い。
『父親はゴミwww』
『カーンの家庭内認識が辛辣すぎる』
『いや、母親と子供を置いていったならそう思われても仕方ないのでは……?』
『一族の秘宝みたいな扱いの目なのに、本人の認識が「どーでもいい」なの草』
『スティーブが一人で勝手に追い詰められていく』
『カーン、後継者の座なんて一ミリも欲しがってないぞ』
『むしろエキドナのメンバーになることのほうが大事なのか』
『そりゃ保護してくれてる相手だしな』
『マドカさんの笑顔が怖いです』
『リゼット様、静かなのに圧がすごい』
『ニコラさん、絶対楽しんでるだろw』
「……あ、そうだ」
ニコラが、何かを思い出したように手を叩いた。
「ねえ、スティーブくん。これ、配信中だけど……あなたの一族、大丈夫~?」
「…………は?」
スティーブは、ぽかんと口を開けた。
ニコラはにこにこと笑いながら、さらに続ける。
「というか、暗殺者さんたちも、世界中の視聴者さんが見てるよ~?」
「「「…………え?」」」
その瞬間、暗殺者たちの顔から血の気が引いた。
「う、嘘だろ……?」
「俺らの顔が……バレてる……?」
「待て……じゃあ、さっきからのやり取りも……全部……?」
彼らは互いの顔を見合わせた。
暗殺者として活動するうえで、顔や身元を知られないことには細心の注意を払ってきた。
依頼人との接触も最小限に抑え、余計な情報を漏らさず、仕事の痕跡を残さない。
それがプロとしての基本だった。
なのに。
「ど、どうすればいいんだ……」
一人が頭を抱えた。
「俺たち、もう仕事できないんじゃ……?」
「顔が割れたどころか、依頼の失敗まで世界中に知られたんだぞ……」
「しかも、相手はエキドナの保護対象……」
「やめろ、今それを言うな……!」
暗殺者たちは、これまでとは別の意味で絶望し始めていた。
一方、スティーブはようやく配信の意味を理解したらしい。
「ま、待て……配信だと……? 今の話が、世界中に……?」
「うん、そうだよ~」
ニコラはあっさり答えた。
「カーンくんが一族のことを知らなかったって話も、お父さんのことも、スティーブくんが後継者の座を心配して暗殺者さんたちを雇ったことも~。ぜ~んぶ、見られてるね~」
「そ、そんな……!」
スティーブの顔が真っ青になった。
ニコラはそんな彼を見て、楽しそうに首を傾げる。
「それじゃあ、とりあえず暗殺者さんたちは王都に輸送するね~。依頼のこともあるし、あとはちゃんとしたところで調べてもらおうね~」
「ま、待ってくれ!」
スティーブが慌てて声を上げた。
「俺もなのか!?」
マドカが、すっと視線を向ける。
「……いや、暗殺者と一緒に行動してる時点でアウトなんじゃないの?」
「そ、そんな!」
スティーブは必死に首を振った。
「俺の一族と揉めるかもしれないんだぞ!? 俺は南の領地をまとめる一族の人間なんだ!」
「へえ~?」
ニコラが目を輝かせた。
「どの程度の規模なの~?」
「南の領地をまとめている子爵家だ……!」
その言葉を聞いた瞬間、トーイが「あっ」と声を上げた。
「……あはは!」
そして、なぜか笑い始めた。
「え、何がおかしいんだ!?」
スティーブが睨みつける。
トーイは笑いをこらえながら、マドカを指差した。
「いや、だってさ! マドカって、公爵家令嬢じゃ~ん!」
「まぁね!」
マドカはあっさり頷いた。
「…………は?」
スティーブの動きが止まった。
「え、えっと……公爵家……?」
「そうそう。ノイティス家の長女だよ」
マドカは、まるで今日の天気でも話すような調子で答えた。
「で、ノイティス家の長女が所属しているエキドナに喧嘩を売っちゃったわけだけど……」
そこで、マドカはにっこりと笑った。
「大丈夫?」
「…………」
スティーブの口が、ゆっくりと開いた。
閉じた。
もう一度、開いた。
「こ、公爵家……?」
声が震えていた。
「ノイティス家の……長女……?」
「うん」
「マ、マドカ・ノイティス……?」
「そうだよ!」
マドカは元気よく答えた。
「…………はっ……」
スティーブの顔から、さらに血の気が引いた。
南の領地をまとめる子爵家。
その家の後継者候補である自分が、嫉妬に駆られて暗殺者を雇った。
そして、その暗殺者たちが襲った相手は、エキドナの保護下にある冒険者。
しかも、その仲間には公爵家の令嬢がいる。
よりにもよって、その令嬢が所属している組織に、自分は喧嘩を売ってしまったのだ。
「…………」
スティーブは口をぱくぱくさせた。
「……お、俺は……ただ……」
「うん?」
マドカが首を傾げる。
「ただ?」
「…………」
言葉が出ない。
ニコラはとうとう耐えきれなくなったらしい。
「あははははっ! ねえ、マドカ~! この子、自分の家の後継者争いを心配してたのに、気づいたら公爵家の令嬢に睨まれてるよ~!」
「ニコラ、笑いすぎ!」
「だって~!」
リゼットは相変わらず静かだった。
だが、その視線はスティーブから一度も外れていない。
「……身分の問題だけではないわね。彼らはエキドナの保護下にある冒険者よ。その彼らに対して、あなたは暗殺者を差し向けた。あなたの家がどのような立場であろうと、まずはその責任について説明していただく必要があるわよ?」
「…………っ」
スティーブは息を呑んだ。
そうだ。
公爵家の令嬢がいたから問題なのではない。
エキドナの保護対象を襲った。
それ自体が問題なのだ。
そして、目の前の人々は、どうやらそのことを一切譲るつもりがない。
「……あの」
カーンが、そっと手を挙げた。
全員の視線が集まる。
「僕、まだよくわかってないんですけど……」
「うん、カーンくん。どうしたの~?」
ニコラがにこにこと尋ねる。
「結局、この人は僕の目が理由で、僕たちを襲わせたんですよね?」
「そういうことだね~」
「……でも、僕はその目が何なのか知らなかったし、一族のことも知らなかったんですよね?」
「そうだね~」
「じゃあ、なんで僕たちを襲う必要があったんでしょう?」
今度こそ、誰もすぐには答えなかった。
カーンは本当に不思議そうな顔をしていた。
「だって、普通に話してくれればよかったんじゃないですか? 僕、聞かれたら答えますし……知らないことは知らないって言いますけど」
「……っ!」
スティーブは顔を歪めた。
その言葉が、彼にとっては何よりも耐えがたかった。
カーンには、最初から争う意思などなかった。
後継者の座を奪うつもりもなかった。
一族の繁栄など、知りもしなかった。
それなのに、スティーブは勝手に恐れ、勝手に嫉妬し、勝手に暗殺者を雇った。
その結果が、これだった。
配信のコメント欄は、もはや祭りのような騒ぎになっていた。
『子爵家VS公爵家www』
『いや、そもそも身分以前にエキドナに喧嘩売ってるんだよなあ』
『マドカ、普段は気さくなのに仲間を襲われると怖い』
『カーンが一番まともなこと言ってる』
『話せばよかっただけなのに、暗殺者を雇った男』
『暗殺者の皆さん、顔バレに続いて依頼主の身分まで判明』
『スティーブ、今日一日で人生がひっくり返ってない?』
『いや、自分でひっくり返したんだよ』
そして、スティーブはようやく悟り始めていた。
自分が恐れていたのは、カーンが将来、自分の立場を奪うことだった。
だが、今この瞬間。
自分の未来を本当に危うくしているのは、カーンではない。
自分自身の行動だったのだ。




