↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落内円は落ちている  作者: 七風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
487/516

尋問

エキドナの屋敷。


「リゼットさーん、ちょっとお願いがあるんですけどー!」


そんな声とともに、屋敷へやってきたトンチンカン。


その後ろには、拘束された数人の男たちと、ひとりの見知らぬ男がいた。


「……えっと?」


リゼットは、思わず目を瞬かせた。


「何かしら、その人たちは?」


「いやー、いきなり襲われまして」


「襲われた?」


「はい。こっちは何が何だかわからないうちに襲いかかってきたんで、とりあえず捕まえたんですけど」


トンチンカンは、拘束された男たちを指差した。


「なんか、暗殺者っぽいんですよね。で、こっちの男がどうも関係ありそうなんですけど、詳しいことはさっぱりで」


「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。いきなりそんな人たちを連れてこられても……」


リゼットは困った顔をした。


もちろん、襲撃されたというのなら放っておくわけにもいかない。


しかし、見たところ全員知らない顔である。


何がどうなっているのか、まずはそこから説明してほしい。


「……まあ、いいわ。とりあえず事情を聞きましょうか」


リゼットは小さく息を吐き、拘束された男たちへ向き直った。


「あなたたち、どうして彼らを襲ったの?」


暗殺者たちは黙っていた。


突然捕らえられ、見知らぬ屋敷へ連れてこられたのだ。周囲の様子を観察しながら、目の前の女性が何者なのか、どの程度の実力を持っているのかを探っている。


迂闊な発言はできない。


だが、襲撃した事実を隠し通すのも難しいだろう。


「……依頼を受けたからだ」


やがて、ひとりが口を開いた。


「依頼?」


「そうだ。こいつらを襲えという依頼を受けた」


「誰から?」


リゼットは、拘束された男たちの隣にいる、もうひとりの男へ視線を向けた。


男は何も答えなかった。


「……あなたが依頼主なのかしら?」


「俺は何も知らない」


「え?」


「こいつらが何を言っているのか、俺にはわからない」


男は、あくまでも無関係な人間のような顔をしていた。


暗殺者たちの目が険しくなる。


「……おい」


「何だ?」


「ふざけるな。俺たちはあんたの依頼で動いたんだぞ」


「知らないと言っているだろう!」


「俺たちのギルドに依頼したのはあんただろうが!」


声を荒らげた暗殺者に、男はびくりと肩を震わせた。


リゼットは、そのやり取りを見ながら首を傾げた。


どうやら、この男が何かを隠しているのは間違いなさそうだ。


とはいえ、こちらは男の名前すら知らない。


いきなり連れてこられた人間たちの間で、何やら揉め始めてしまった。


「ええと……あなたたちは、今日初めて会ったの?」


リゼットが暗殺者たちに尋ねる。


「ああ。依頼を受けたのも、こいつと会ったのも今日が初めてだ」


「標的に指定された理由は?」


「知らん。依頼された仕事を遂行する。それが我々の仕事だ」


「そう……」


リゼットは少し考え込んだ。


暗殺者たちは、依頼されたという事実しか知らない。


依頼主は黙秘。


そして、襲われたトンチンカンにも心当たりはないらしい。


「……困ったわね」


『いきなり事件に巻き込まれてるw』


『リゼットさんも事情がわからないのか』


『依頼主、知らない顔してるけど暗殺者側は完全に知ってるじゃん』


『プロの暗殺者が依頼主にキレてるの草……いや、笑い事じゃないか』


配信コメントが流れていく。


リゼットは小さく息を吐くと、ふと思いついたように顔を上げた。


「……そうね。こういうときは、ニコラにお願いするのがいいかしら」


そして、屋敷の中へ声をかけた。


「ニコラー、ちょっと来てくれる?」


「ん~? なあに~?」


のんびりした声とともに、ニコラが姿を現した。


「実はね、この人たちに話を聞きたいんだけど、どうにも話してくれなくて……」


リゼットは簡単に事情を説明した。


ニコラは暗殺者たちを眺め、それから、依頼主らしき男へ目を向けた。


「へえ~。トンチンカンを襲ったんだ~?」


「そうなの。理由がわからないから、何とか聞き出したいのよ」


「ふ~ん……」


ニコラは少し考えるように首を傾げた。


それから、いつもの調子で言った。


「ニコラ、この人たちで遊んでいいから、尋問をお願いするわよ」


リゼットの言葉に、ニコラはぱっと顔を明るくした。


「この人たちで遊んでいいんだね~。面白い発明もあるし~、たのしそ~」


「……待て」


暗殺者のひとりが、思わず口を挟んだ。


「今、遊ぶと言ったか?」


「うん~。尋問だよ~?」


「その二つは同じ意味ではないだろう!」


「そうなの~?」


ニコラは不思議そうに首を傾げた。


『ニコラに任せたwww』


『リゼットさん、ちょっと困ったからってニコラに丸投げしたぞw』


『暗殺者さんたち、頑張って生きて帰ってくれ』


『発明品があるって言ったぞ……』


暗殺者たちは、ニコラの様子を注意深く観察していた。


怒っているようには見えない。


むしろ、これから面白い実験ができるとでも思っているようだった。


それが、彼らにとってはかえって不気味だった。


「じゃあ、まずはこれから試してみよっか~」


ニコラが持ってきたのは、小型の乗り物だった。


「……何だ、それは?」


「エアバイクだよ~」


「それで、何をするつもりだ?」


「ん~? 乗ってもらうの~」


「説明になっていない!」


抗議の声をよそに、ニコラは暗殺者たちを安全装置で固定していく。


怪我をしないよう、装置の調整も忘れない。


ただし、本人たちにその説明が十分に伝わっているわけではなかった。


「じゃあ、いくよ~」


エアバイクが動き出した。


「うおっ!?」


暗殺者たちの身体が一斉に引っ張られる。


エアバイクは庭を走り、彼らを安全な範囲で引き回していった。


転倒するような危険はない。


しかし、自分の意思では止められず、どこへ連れていかれるのかもわからない。


暗殺者たちは必死に体勢を整えながら、装置の構造や固定方法を確認していた。


「くっ……!」


「無理に動くな! まずは仕組みを見極めろ!」


互いに声をかけ合い、少しでも状況を把握しようとする。


そんな彼らを見て、ニコラは感心したように頷いた。


「お~。みんな、ちゃんと対応してるね~」


「感心している場合か!」


「じゃあ、もうちょっと速くしてみる~?」


「しなくていい!」


『尋問とはいったいw』


『安全設計なのに本人たちは怖いという絶妙なやつ』


『ニコラ、完全に発明品のテストを楽しんでるw』


しばらくして、エアバイクが停止した。


暗殺者たちは荒い息を整えながら、ニコラを睨んだ。


「……次は何だ?」


「次はね~、あっち~」


ニコラが指差した先には、大きなプールがあった。


ただし、水は入っていない。


中に詰まっているのは、色とりどりのスライムだった。


「……おい」


暗殺者のひとりが、嫌な予感を覚えたように呟いた。


「まさか、あれに入るのか?」


「うん~。実験用の安全なスライムプールだよ~。毒もないし、窒息もしないから安心してね~」


「安心できる要素が少なすぎる!」


「そうかな~?」


ニコラは首を傾げた。


そして、暗殺者たちはスライムプールへ放り込まれた。


ぼよんっ。


「うおっ!?」


身体が沈み、弾力のあるスライムに包まれる。


手足を動かしても、思うように進めない。


足場を探そうにも、踏み込んだ場所が沈んでしまう。


「くっ……!」


男は腕を伸ばし、プールの縁をつかもうとした。


しかし、身体がスライムに引っかかり、簡単には抜け出せない。


「落ち着け! 無理に暴れるな!」


ひとりが仲間へ声をかけた。


「まずは足場を探せ。手当たり次第に動いても無駄だ!」


暗殺者たちは互いに位置を確認しながら、どうにか脱出しようと試みる。


ニコラは、その様子を興味深そうに眺めていた。


「へえ~。ちゃんと考えて動くんだね~」


「当たり前だ!」


「うんうん。いい観察結果だね~」


「我々を何だと思っている!?」


『スライムプールwww』


『これ、見た目より大変そうだな』


『暗殺者さんたち、ちゃんと連携してるのがプロ』


『ニコラ、あとで実験ノートにまとめそう』


やがて、暗殺者たちはどうにかプールから這い出した。


全身にスライムをまとわりつかせ、疲れた様子で息を吐く。


「……次は何をするつもりだ?」


「ん~。次は神狼さんかな~」


その言葉を聞いた瞬間、庭の向こうから大きな影が現れた。


神狼である。


「む、我と遊ぶだと? いいだろう!」


神狼は実に楽しそうな声を上げた。


暗殺者たちの表情が固まった。


「……遊ぶ?」


「そうだ! 人間たちよ、我の背に乗るがよい!」


「いや、我々は――」


「遠慮はいらぬ!」


神狼は返事を待たず、暗殺者たちを背中に乗せた。


そして、勢いよく走り出した。


「うおおおおおっ!?」


庭を駆け抜け、跳ね、方向を変え、再び走る。


神狼にとっては、人間たちと遊んでいるだけだ。


だが、乗せられた側にとってはたまったものではない。


暗殺者たちは振り落とされないよう必死に身体を支えながら、周囲を観察していた。


神狼の動きは速い。


しかし、こちらを傷つけるつもりはないようだった。


少なくとも、今のところは。


一方、依頼主らしき男は、神狼が近づいてくるのを見て逃げようとした。


「ま、待て! 俺は関係ないだろう!」


その瞬間。


神狼の口が伸び、男の服をがぶりとくわえた。


「うわあああああっ!?」


男はそのまま庭を引きずられていった。


「待て! 待ってくれ! 俺は何もしていない!」


「む? この人間はよく動くな! 面白いぞ!」


神狼は楽しそうだった。


男はまったく楽しくなかった。


暗殺者たちは神狼の背中から、その光景を見ていた。


「……自業自得だな」


「同感だ」


短い会話だった。


そこに同情の色はなかった。


『依頼主らしき男、完全に巻き添えで草』


『いや、暗殺者たちから見たら巻き添えじゃないんだよなあ』


『自分だけ逃げようとした結果がこれ』


神狼との時間が終わると、ニコラは次の場所へ案内した。


「じゃあ、次はボール遊びだよ~」


そこには、コボルトたちが集まっていた。


彼らは柔らかいボールを手にして、楽しそうに待っている。


「わんお!」


コボルトたちは暗殺者たちを見ると、嬉しそうに尻尾を振った。


「お、やる気満々だね~。じゃあ、みんな、よろしくね~」


「わん!」


元気よく返事をしたコボルトたちが、それぞれボールを構えた。


暗殺者たちは、その様子を警戒しながら観察していた。


相手は小柄な魔物だ。手にしているボールも柔らかそうで、当たったところで大したダメージにはならないだろう。


ならば、避けるのは難しくない。


そう判断した直後、最初のボールが飛んできた。


暗殺者のひとりが、軽く身体をひねって回避する。


「わふっ!」


コボルトが嬉しそうに鳴いた。


次の瞬間、別のコボルトが投げたボールが、男の避けた先へ飛んでくる。


「なっ!?」


ぽすっ。


肩にボールが当たった。


「わんお!」


コボルトたちが一斉に尻尾を振る。


どうやら、こちらがどちらへ避けるのかまで予測して投げているらしい。


暗殺者たちは、すぐに連携を取り始めた。


だが、コボルトたちは人間の言葉を理解している。彼らが相談して避け方を変えれば、それに合わせて投球の方向まで変えてくる。


「……こいつら、こちらの動きを読んでいるぞ!」


「くっ、避けた先にまで……!」


ぽすっ。ぽすっ。ぽすっ。


「わん! わんお!」


コボルトたちは楽しそうだ。


一方、暗殺者たちは真剣そのものだった。


『コボルトの投球精度どうなってんのw』


『これ、普通に訓練として優秀なのでは?』


『暗殺者の回避能力を潰していくコボルトたち』


『柔らかいボールなのに逃げ場がないw』


暗殺者たちは疲労を感じ始めていた。


攻撃を受けても痛みはほとんどない。


だが、いつ飛んでくるかわからないボールに備え続けるのは、想像以上に神経を使う。


そして、ようやく終わったと思ったところで。


「次は猫さんたちだよ~」


ニコラがそう告げた。


「……猫?」


暗殺者たちが顔を上げる。


そこへ、数十匹の猫が現れた。


にゃあ。


にゃーん。


みゃう。


猫たちは警戒する様子もなく、暗殺者たちの周囲へ集まってきた。


一匹が膝に飛び乗る。


別の一匹が腕に前足をかける。


さらに一匹が、疲れた男の肩へとよじ登った。


「……」


暗殺者たちは動きを止めた。


どうすればいいのかわからない。


敵の襲撃なら対処できる。


罠なら仕組みを探れる。


だが、膝に乗ってきた猫をどうすればいいのか。


「……おい」


ひとりが小声で仲間に尋ねた。


「どうする?」


「……知らん」


猫は、膝の上で丸くなった。


ごろごろごろ。


男は視線を落とした。


そして、ほんの少しだけ指を動かした。


猫の頭に触れる。


ふわふわだった。


「……柔らかいな」


思わず漏れた言葉だった。


別の男の腕にも猫が乗っていた。


そちらは、手の甲に頭をすり寄せている。


「……お前、ずいぶん人懐っこいな」


男は小さく呟き、そっと頭を撫でた。


猫は気持ちよさそうに目を細めた。


ごろごろごろ。


張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩んだ。


彼らは依然として捕らえられたままだ。


周囲への警戒も、完全には解いていない。


それでも、膝の上で丸くなる猫の温もりを感じている間だけは、ほんの少しだけ気が抜けてしまった。


「……かわいいな」


別の男が、ぽつりと呟いた。


『あああああ、猫には勝てないw』


『プロの暗殺者も猫の前では無力』


『この時間だけ平和すぎる』


『猫さんたち、最高の仕事をしている』


『いや、尋問中なんだよな?w』


そこへ、依頼主らしき男が苛立った声を上げた。


「おい! お前たち、何をのんびりしている!」


猫を撫でていた暗殺者のひとりが、ゆっくりと顔を上げた。


「……今くらい黙っていろ」


「なっ!?」


「こちらは、あんたのせいでこんな目に遭っているんだ。少し黙っていろ」


「き、貴様……!」


「猫が驚くだろう」


男はそう言って、再び猫へ視線を戻した。


依頼主らしき男は言葉を失った。


『猫優先www』


『依頼主より猫のほうが大事』


『この男、どんどん孤立していくな』


猫たちは、そんな人間たちの事情など気にしていなかった。


ただ、好きな場所で丸くなり、撫でられ、気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。


やがて猫たちが満足して離れていくと、暗殺者たちはすぐに周囲への警戒を取り戻した。


「……さて」


ひとりが静かに立ち上がった。


「次は何をするつもりだ?」


ニコラは、少し離れた場所に目を向けた。


「ん~。そろそろおやつの時間かな~」


そこへ、マドカがやってきた。


手にはトレイがある。


コーヒーゼリー、プリン、ムース、小さなケーキ。


どれも丁寧に盛りつけられていて、見た目にもおいしそうだった。


「みんな、新作のコーヒーを使ってデザートを作ってみたよ」


マドカがテーブルへトレイを置く。


「ありがとう、マドカ」


リゼットが微笑んだ。


「わあ、プリンもあるんだ~」


ニコラは嬉しそうに覗き込んだ。


「うん。コーヒーの風味をいろいろ試してみたの。ゼリーは少し苦めにして、プリンとムースは甘さを調整してあるよ」


「へえ~。おいしそうだね~」


「よかったら、みんなで食べてみて」


マドカはそう言って、リゼットたちの前にデザートを並べていった。


暗殺者たちは、その様子を黙って見ていた。


おいしそうだ。


それは間違いない。


コーヒーの香りが漂い、つやつやしたゼリーや、なめらかなプリンが目に入る。


だが、自分たちは拘束された状態だ。


目の前で甘いものを並べられたところで、食べられるわけがない。


「じゃあ、いただきましょうか」


リゼットがスプーンを手に取った。


「いただきまーす」


トンチンカンたちも、それぞれ好きなデザートを手に取る。


ニコラはコーヒーゼリーをひと口食べた。


「ん~。おいしい~。ちょっと苦くて、ちょうどいいね~」


「本当? よかった」


マドカも嬉しそうに笑った。


「こっちのプリンもおいしいわね。コーヒーの香りがちゃんと残っているわ」


リゼットも、満足そうに頷く。


その光景を、暗殺者たちは黙って眺めていた。


「…………」


「…………」


誰も何も言わない。


だが、ひとりの視線がコーヒーゼリーへ向いた。


別の男は、プリンを見ていた。


そして、すぐに視線を逸らした。


「……」


「……どうしたの~?」


ニコラが気づいて、にこにこと尋ねた。


「食べたいの~?」


「……別に」


「そうなの~?」


「そうだ」


「ふ~ん。おいしいのにね~」


ニコラは、もうひと口プリンを食べた。


暗殺者の眉がぴくりと動いた。


『ニコラ、わざとやってるだろwww』


『目の前で食べるのは反則w』


『暗殺者さんたち、さっきまでの尋問よりつらそう』


『マドカの新作デザート、普通に食べたい』


『あげるとは一言も言ってないの草』


暗殺者たちは、もちろん食べ物を警戒していた。


毒が入っている可能性もある。


何らかの仕掛けがあるかもしれない。


そもそも、こちらに食べ物を与える義理などないだろう。


理屈では理解している。


理解しているのだが。


「……うまそうだな」


ひとりが、ぼそりと呟いた。


「おい」


隣の男が小声で注意した。


「わかっている。口に出しただけだ」


「聞こえているよ~?」


ニコラが笑顔で言った。


「……」


男は、気まずそうに口を閉じた。


依頼主らしき男も、ちらちらとデザートを見ていた。


だが、こちらは食欲どころではない。


自分の立場が悪くなっていることを、本人が一番よく理解していた。


暗殺者たちは自分に怒りを向けている。


リゼットは依頼の理由を知ろうとしている。


ニコラは、のんびりとデザートを楽しみながら、次に何をするか考えている。


そして、配信はまだ続いている。


男は胃のあたりが重くなるのを感じた。


「……もういいだろう。いつまでこんなことを続けるつもりだ」


ニコラはスプーンを置き、少し考えた。


「ん~。じゃあ、次はこれかな~」


彼女が取り出したのは、小さなルーレットだった。


「……まだあるのか」


暗殺者のひとりが、疲れた声で呟いた。


「うん~。簡単なゲームだよ~」


ニコラがルーレットを回した。


カラカラカラ……。


やがて、針が止まる。


「えっと~。襲撃が失敗した理由を、自分の口で説明する~」


暗殺者たちは互いに顔を見合わせた。


「……こちらの警戒が足りなかった。対象の実力と、周囲の連携を正しく評価できていなかった」


ひとりが淡々と答えた。


「うんうん。ちゃんと分析できてるね~」


「これで終わりか?」


「次もあるよ~」


再びルーレットが回る。


「配信を見ている人たちに、謝罪する~」


暗殺者たちの表情が、わずかに険しくなった。


「……我々は、配信されていることを知らなかった」


「でも、映ってるよ~」


「それはわかっている!」


男は一度息を吐き、カメラへ視線を向けた。


「……襲撃を行ったことについては謝罪する。だが、これ以上の情報を話すつもりはない」


「そっか~。じゃあ、次ね~」


ニコラは気にした様子もなく、ルーレットを回した。


カラカラカラ……。


針が止まる。


「依頼主の問題点を、率直に言う~」


暗殺者たちは、ゆっくりと依頼主らしき男を振り返った。


男は嫌な予感を覚えた。


「お、おい。何だ、その目は……」


「自分の立場が悪くなると、依頼した事実まで隠そうとする」


暗殺者のひとりが、淡々と口にした。


「依頼主として、信用に値しない」


「なっ……!」


「こちらは契約に従って動いた。にもかかわらず、あんたは自分だけ逃げようとした。少なくとも、今後あんたから依頼を受けることはないだろう」


「貴様ら……!」


男は顔を赤くした。


だが、暗殺者たちは視線を逸らさなかった。


ニコラは、そんなやり取りを見ながら楽しそうにルーレットを回していた。


「じゃあ、次は依頼主さんもやってみよっか~」


「俺はいい!」


「え~。もう止まったよ~」


カラカラカラ……。


針が止まる。


「神狼さんに、もう一度遊んでもらう~」


「なっ!?」


男が振り返った先には、神狼がいた。


「む? また我と遊ぶのか!」


「いや、違う! 違うからな!」


「そうかそうか! では、行くぞ!」


「待てえええええっ!」


神狼が嬉しそうに走り出した。


男の悲鳴が、庭に響き渡る。


暗殺者たちは、それを見送った。


「……」


「……」


「……まあ、あれは仕方ないな」


「同感だ」


『依頼主さん、二周目www』


『名前も知られてないのに神狼には覚えられてそう』


『暗殺者たち、まったく同情してないw』


『ニコラのルーレット、絶対ろくな目がない』


しばらくして、男が戻ってきた。


服は乱れ、髪はぼさぼさ。


本人は、もう何も言う気力がないようだった。


ニコラは満足そうに頷いた。


「うん~。いろいろ試せたね~」


「……ニコラ」


静かな声が響いた。


リゼットだった。


「もう遊びは終わりにしなさい」


「え~、もう終わり~?」


「十分でしょう?」


リゼットが手をかざした。


次の瞬間。


暗殺者たちも、依頼主らしき男も、全員の身体が床へ押さえつけられた。


「ぐっ……!」


「な、何だ……!?」


強烈な重力が身体にのしかかる。


身動きが取れない。


抵抗しようとしても、身体を起こすことすらできなかった。


「ここからは、きちんとお話を聞く時間よ」


リゼットは、先ほどと変わらない穏やかな口調で告げた。


「あなたたちは、依頼された以上のことは知らないようね」


「……ああ」


暗殺者のひとりが苦々しく答えた。


「なら、依頼主さんに聞くしかないわね」


リゼットは、依頼主らしき男へ視線を向けた。


「どうしてトンチンカンを狙ったの?」


「……知らない」


男は、顔を背けた。


「そう。まだ答えるつもりはないのね」


リゼットが困ったように息を吐く。


そのとき。


「あ、そうだ~」


ニコラが、ぽん、と手を叩いた。


「これ、遊びで作ったんだけど~」


彼女はポケットから小さな指輪を取り出した。


何の変哲もない、簡素な指輪だった。


「……何だ、それは?」


男が警戒した声で尋ねる。


「嘘をつくと光って、音楽が鳴る指輪だよ~」


「……は?」


「試作品なんだけどね~。ちゃんと動くか、まだ確認してなかったんだ~」


ニコラは、のんびりした調子で指輪を眺めた。


「せっかくだから、試してみよっか~」


「ま、待て! そんなもの、信用できるわけがないだろう!」


「そうなの~? じゃあ、簡単な質問からね~」


ニコラは男の手を取り、指輪をはめた。


そして、にこりと笑った。


「あなたは、今日、暗殺者さんたちにトンチンカンを襲うよう依頼したの~?」


「していない!」


ピカッ!


指輪が光った。


同時に。


♪~♪~♪~♪


場違いなほど陽気な音楽が鳴り響いた。


「…………」


男は固まった。


暗殺者たちも、リゼットも、トンチンカンも、音楽を鳴らし続ける指輪を見つめた。


そして。


『wwwwwwww』


『光ったあああああ!』


『音楽wwwww』


『嘘発見器、まさかの陽気なBGM付きwww』


『さっきまでの尋問、全部前座だったのか!?』


配信コメントが一気に流れた。


「な、何だこれは!? 壊れている! こんなもの、信用できるわけがない!」


男は必死に叫んだ。


「ん~? じゃあ、もう一回聞くね~」


ニコラは首を傾げた。


「あなたは、今日、初めて暗殺者さんたちに会ったの~?」


「……そうだ!」


ピカッ!


♪~♪~♪~♪


「…………」


今度こそ、男は言葉を失った。


暗殺者たちの視線が、冷たく突き刺さる。


「……そうか」


ひとりが低い声で呟いた。


「やはり、最初から我々を切り捨てるつもりだったのか」


「違う! これは何かの間違いだ!」


「では、なぜ光った?」


「それは……!」


「我々は今日、あんたから依頼を受けた。それは間違いない。なのに、あんたは自分だけ無関係だと言い張る」


男の声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。


「……ふざけるな」


男は顔を青くした。


リゼットが静かに口を開く。


「もう、嘘をついても意味がないわ」


「……」


「あなたがトンチンカンを狙った理由を教えてちょうだい」


指輪は、もう光っていなかった。


陽気な音楽も止まっている。


それでも、男はしばらく口を開かなかった。


逃げ道はない。


暗殺者たちにも見放された。


自分の嘘は、配信を通じて大勢の人々に見られている。


そして目の前には、すべてを見透かすような目をしたリゼットがいた。


「……わかった」


男は、ようやく声を絞り出した。


「……話す。俺が、トンチンカンを狙った理由を……」


トンチンカンは、静かに男を見つめていた。


自分たちを狙った理由。


それは、いったい何なのか。


男は一度目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。


「俺は……」


その先の言葉が、屋敷にいる全員の注目を集めた。


そして、配信カメラは、その瞬間も逃さず映し続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。