尋問
エキドナの屋敷。
「リゼットさーん、ちょっとお願いがあるんですけどー!」
そんな声とともに、屋敷へやってきたトンチンカン。
その後ろには、拘束された数人の男たちと、ひとりの見知らぬ男がいた。
「……えっと?」
リゼットは、思わず目を瞬かせた。
「何かしら、その人たちは?」
「いやー、いきなり襲われまして」
「襲われた?」
「はい。こっちは何が何だかわからないうちに襲いかかってきたんで、とりあえず捕まえたんですけど」
トンチンカンは、拘束された男たちを指差した。
「なんか、暗殺者っぽいんですよね。で、こっちの男がどうも関係ありそうなんですけど、詳しいことはさっぱりで」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。いきなりそんな人たちを連れてこられても……」
リゼットは困った顔をした。
もちろん、襲撃されたというのなら放っておくわけにもいかない。
しかし、見たところ全員知らない顔である。
何がどうなっているのか、まずはそこから説明してほしい。
「……まあ、いいわ。とりあえず事情を聞きましょうか」
リゼットは小さく息を吐き、拘束された男たちへ向き直った。
「あなたたち、どうして彼らを襲ったの?」
暗殺者たちは黙っていた。
突然捕らえられ、見知らぬ屋敷へ連れてこられたのだ。周囲の様子を観察しながら、目の前の女性が何者なのか、どの程度の実力を持っているのかを探っている。
迂闊な発言はできない。
だが、襲撃した事実を隠し通すのも難しいだろう。
「……依頼を受けたからだ」
やがて、ひとりが口を開いた。
「依頼?」
「そうだ。こいつらを襲えという依頼を受けた」
「誰から?」
リゼットは、拘束された男たちの隣にいる、もうひとりの男へ視線を向けた。
男は何も答えなかった。
「……あなたが依頼主なのかしら?」
「俺は何も知らない」
「え?」
「こいつらが何を言っているのか、俺にはわからない」
男は、あくまでも無関係な人間のような顔をしていた。
暗殺者たちの目が険しくなる。
「……おい」
「何だ?」
「ふざけるな。俺たちはあんたの依頼で動いたんだぞ」
「知らないと言っているだろう!」
「俺たちのギルドに依頼したのはあんただろうが!」
声を荒らげた暗殺者に、男はびくりと肩を震わせた。
リゼットは、そのやり取りを見ながら首を傾げた。
どうやら、この男が何かを隠しているのは間違いなさそうだ。
とはいえ、こちらは男の名前すら知らない。
いきなり連れてこられた人間たちの間で、何やら揉め始めてしまった。
「ええと……あなたたちは、今日初めて会ったの?」
リゼットが暗殺者たちに尋ねる。
「ああ。依頼を受けたのも、こいつと会ったのも今日が初めてだ」
「標的に指定された理由は?」
「知らん。依頼された仕事を遂行する。それが我々の仕事だ」
「そう……」
リゼットは少し考え込んだ。
暗殺者たちは、依頼されたという事実しか知らない。
依頼主は黙秘。
そして、襲われたトンチンカンにも心当たりはないらしい。
「……困ったわね」
『いきなり事件に巻き込まれてるw』
『リゼットさんも事情がわからないのか』
『依頼主、知らない顔してるけど暗殺者側は完全に知ってるじゃん』
『プロの暗殺者が依頼主にキレてるの草……いや、笑い事じゃないか』
配信コメントが流れていく。
リゼットは小さく息を吐くと、ふと思いついたように顔を上げた。
「……そうね。こういうときは、ニコラにお願いするのがいいかしら」
そして、屋敷の中へ声をかけた。
「ニコラー、ちょっと来てくれる?」
「ん~? なあに~?」
のんびりした声とともに、ニコラが姿を現した。
「実はね、この人たちに話を聞きたいんだけど、どうにも話してくれなくて……」
リゼットは簡単に事情を説明した。
ニコラは暗殺者たちを眺め、それから、依頼主らしき男へ目を向けた。
「へえ~。トンチンカンを襲ったんだ~?」
「そうなの。理由がわからないから、何とか聞き出したいのよ」
「ふ~ん……」
ニコラは少し考えるように首を傾げた。
それから、いつもの調子で言った。
「ニコラ、この人たちで遊んでいいから、尋問をお願いするわよ」
リゼットの言葉に、ニコラはぱっと顔を明るくした。
「この人たちで遊んでいいんだね~。面白い発明もあるし~、たのしそ~」
「……待て」
暗殺者のひとりが、思わず口を挟んだ。
「今、遊ぶと言ったか?」
「うん~。尋問だよ~?」
「その二つは同じ意味ではないだろう!」
「そうなの~?」
ニコラは不思議そうに首を傾げた。
『ニコラに任せたwww』
『リゼットさん、ちょっと困ったからってニコラに丸投げしたぞw』
『暗殺者さんたち、頑張って生きて帰ってくれ』
『発明品があるって言ったぞ……』
暗殺者たちは、ニコラの様子を注意深く観察していた。
怒っているようには見えない。
むしろ、これから面白い実験ができるとでも思っているようだった。
それが、彼らにとってはかえって不気味だった。
「じゃあ、まずはこれから試してみよっか~」
ニコラが持ってきたのは、小型の乗り物だった。
「……何だ、それは?」
「エアバイクだよ~」
「それで、何をするつもりだ?」
「ん~? 乗ってもらうの~」
「説明になっていない!」
抗議の声をよそに、ニコラは暗殺者たちを安全装置で固定していく。
怪我をしないよう、装置の調整も忘れない。
ただし、本人たちにその説明が十分に伝わっているわけではなかった。
「じゃあ、いくよ~」
エアバイクが動き出した。
「うおっ!?」
暗殺者たちの身体が一斉に引っ張られる。
エアバイクは庭を走り、彼らを安全な範囲で引き回していった。
転倒するような危険はない。
しかし、自分の意思では止められず、どこへ連れていかれるのかもわからない。
暗殺者たちは必死に体勢を整えながら、装置の構造や固定方法を確認していた。
「くっ……!」
「無理に動くな! まずは仕組みを見極めろ!」
互いに声をかけ合い、少しでも状況を把握しようとする。
そんな彼らを見て、ニコラは感心したように頷いた。
「お~。みんな、ちゃんと対応してるね~」
「感心している場合か!」
「じゃあ、もうちょっと速くしてみる~?」
「しなくていい!」
『尋問とはいったいw』
『安全設計なのに本人たちは怖いという絶妙なやつ』
『ニコラ、完全に発明品のテストを楽しんでるw』
しばらくして、エアバイクが停止した。
暗殺者たちは荒い息を整えながら、ニコラを睨んだ。
「……次は何だ?」
「次はね~、あっち~」
ニコラが指差した先には、大きなプールがあった。
ただし、水は入っていない。
中に詰まっているのは、色とりどりのスライムだった。
「……おい」
暗殺者のひとりが、嫌な予感を覚えたように呟いた。
「まさか、あれに入るのか?」
「うん~。実験用の安全なスライムプールだよ~。毒もないし、窒息もしないから安心してね~」
「安心できる要素が少なすぎる!」
「そうかな~?」
ニコラは首を傾げた。
そして、暗殺者たちはスライムプールへ放り込まれた。
ぼよんっ。
「うおっ!?」
身体が沈み、弾力のあるスライムに包まれる。
手足を動かしても、思うように進めない。
足場を探そうにも、踏み込んだ場所が沈んでしまう。
「くっ……!」
男は腕を伸ばし、プールの縁をつかもうとした。
しかし、身体がスライムに引っかかり、簡単には抜け出せない。
「落ち着け! 無理に暴れるな!」
ひとりが仲間へ声をかけた。
「まずは足場を探せ。手当たり次第に動いても無駄だ!」
暗殺者たちは互いに位置を確認しながら、どうにか脱出しようと試みる。
ニコラは、その様子を興味深そうに眺めていた。
「へえ~。ちゃんと考えて動くんだね~」
「当たり前だ!」
「うんうん。いい観察結果だね~」
「我々を何だと思っている!?」
『スライムプールwww』
『これ、見た目より大変そうだな』
『暗殺者さんたち、ちゃんと連携してるのがプロ』
『ニコラ、あとで実験ノートにまとめそう』
やがて、暗殺者たちはどうにかプールから這い出した。
全身にスライムをまとわりつかせ、疲れた様子で息を吐く。
「……次は何をするつもりだ?」
「ん~。次は神狼さんかな~」
その言葉を聞いた瞬間、庭の向こうから大きな影が現れた。
神狼である。
「む、我と遊ぶだと? いいだろう!」
神狼は実に楽しそうな声を上げた。
暗殺者たちの表情が固まった。
「……遊ぶ?」
「そうだ! 人間たちよ、我の背に乗るがよい!」
「いや、我々は――」
「遠慮はいらぬ!」
神狼は返事を待たず、暗殺者たちを背中に乗せた。
そして、勢いよく走り出した。
「うおおおおおっ!?」
庭を駆け抜け、跳ね、方向を変え、再び走る。
神狼にとっては、人間たちと遊んでいるだけだ。
だが、乗せられた側にとってはたまったものではない。
暗殺者たちは振り落とされないよう必死に身体を支えながら、周囲を観察していた。
神狼の動きは速い。
しかし、こちらを傷つけるつもりはないようだった。
少なくとも、今のところは。
一方、依頼主らしき男は、神狼が近づいてくるのを見て逃げようとした。
「ま、待て! 俺は関係ないだろう!」
その瞬間。
神狼の口が伸び、男の服をがぶりとくわえた。
「うわあああああっ!?」
男はそのまま庭を引きずられていった。
「待て! 待ってくれ! 俺は何もしていない!」
「む? この人間はよく動くな! 面白いぞ!」
神狼は楽しそうだった。
男はまったく楽しくなかった。
暗殺者たちは神狼の背中から、その光景を見ていた。
「……自業自得だな」
「同感だ」
短い会話だった。
そこに同情の色はなかった。
『依頼主らしき男、完全に巻き添えで草』
『いや、暗殺者たちから見たら巻き添えじゃないんだよなあ』
『自分だけ逃げようとした結果がこれ』
神狼との時間が終わると、ニコラは次の場所へ案内した。
「じゃあ、次はボール遊びだよ~」
そこには、コボルトたちが集まっていた。
彼らは柔らかいボールを手にして、楽しそうに待っている。
「わんお!」
コボルトたちは暗殺者たちを見ると、嬉しそうに尻尾を振った。
「お、やる気満々だね~。じゃあ、みんな、よろしくね~」
「わん!」
元気よく返事をしたコボルトたちが、それぞれボールを構えた。
暗殺者たちは、その様子を警戒しながら観察していた。
相手は小柄な魔物だ。手にしているボールも柔らかそうで、当たったところで大したダメージにはならないだろう。
ならば、避けるのは難しくない。
そう判断した直後、最初のボールが飛んできた。
暗殺者のひとりが、軽く身体をひねって回避する。
「わふっ!」
コボルトが嬉しそうに鳴いた。
次の瞬間、別のコボルトが投げたボールが、男の避けた先へ飛んでくる。
「なっ!?」
ぽすっ。
肩にボールが当たった。
「わんお!」
コボルトたちが一斉に尻尾を振る。
どうやら、こちらがどちらへ避けるのかまで予測して投げているらしい。
暗殺者たちは、すぐに連携を取り始めた。
だが、コボルトたちは人間の言葉を理解している。彼らが相談して避け方を変えれば、それに合わせて投球の方向まで変えてくる。
「……こいつら、こちらの動きを読んでいるぞ!」
「くっ、避けた先にまで……!」
ぽすっ。ぽすっ。ぽすっ。
「わん! わんお!」
コボルトたちは楽しそうだ。
一方、暗殺者たちは真剣そのものだった。
『コボルトの投球精度どうなってんのw』
『これ、普通に訓練として優秀なのでは?』
『暗殺者の回避能力を潰していくコボルトたち』
『柔らかいボールなのに逃げ場がないw』
暗殺者たちは疲労を感じ始めていた。
攻撃を受けても痛みはほとんどない。
だが、いつ飛んでくるかわからないボールに備え続けるのは、想像以上に神経を使う。
そして、ようやく終わったと思ったところで。
「次は猫さんたちだよ~」
ニコラがそう告げた。
「……猫?」
暗殺者たちが顔を上げる。
そこへ、数十匹の猫が現れた。
にゃあ。
にゃーん。
みゃう。
猫たちは警戒する様子もなく、暗殺者たちの周囲へ集まってきた。
一匹が膝に飛び乗る。
別の一匹が腕に前足をかける。
さらに一匹が、疲れた男の肩へとよじ登った。
「……」
暗殺者たちは動きを止めた。
どうすればいいのかわからない。
敵の襲撃なら対処できる。
罠なら仕組みを探れる。
だが、膝に乗ってきた猫をどうすればいいのか。
「……おい」
ひとりが小声で仲間に尋ねた。
「どうする?」
「……知らん」
猫は、膝の上で丸くなった。
ごろごろごろ。
男は視線を落とした。
そして、ほんの少しだけ指を動かした。
猫の頭に触れる。
ふわふわだった。
「……柔らかいな」
思わず漏れた言葉だった。
別の男の腕にも猫が乗っていた。
そちらは、手の甲に頭をすり寄せている。
「……お前、ずいぶん人懐っこいな」
男は小さく呟き、そっと頭を撫でた。
猫は気持ちよさそうに目を細めた。
ごろごろごろ。
張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩んだ。
彼らは依然として捕らえられたままだ。
周囲への警戒も、完全には解いていない。
それでも、膝の上で丸くなる猫の温もりを感じている間だけは、ほんの少しだけ気が抜けてしまった。
「……かわいいな」
別の男が、ぽつりと呟いた。
『あああああ、猫には勝てないw』
『プロの暗殺者も猫の前では無力』
『この時間だけ平和すぎる』
『猫さんたち、最高の仕事をしている』
『いや、尋問中なんだよな?w』
そこへ、依頼主らしき男が苛立った声を上げた。
「おい! お前たち、何をのんびりしている!」
猫を撫でていた暗殺者のひとりが、ゆっくりと顔を上げた。
「……今くらい黙っていろ」
「なっ!?」
「こちらは、あんたのせいでこんな目に遭っているんだ。少し黙っていろ」
「き、貴様……!」
「猫が驚くだろう」
男はそう言って、再び猫へ視線を戻した。
依頼主らしき男は言葉を失った。
『猫優先www』
『依頼主より猫のほうが大事』
『この男、どんどん孤立していくな』
猫たちは、そんな人間たちの事情など気にしていなかった。
ただ、好きな場所で丸くなり、撫でられ、気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
やがて猫たちが満足して離れていくと、暗殺者たちはすぐに周囲への警戒を取り戻した。
「……さて」
ひとりが静かに立ち上がった。
「次は何をするつもりだ?」
ニコラは、少し離れた場所に目を向けた。
「ん~。そろそろおやつの時間かな~」
そこへ、マドカがやってきた。
手にはトレイがある。
コーヒーゼリー、プリン、ムース、小さなケーキ。
どれも丁寧に盛りつけられていて、見た目にもおいしそうだった。
「みんな、新作のコーヒーを使ってデザートを作ってみたよ」
マドカがテーブルへトレイを置く。
「ありがとう、マドカ」
リゼットが微笑んだ。
「わあ、プリンもあるんだ~」
ニコラは嬉しそうに覗き込んだ。
「うん。コーヒーの風味をいろいろ試してみたの。ゼリーは少し苦めにして、プリンとムースは甘さを調整してあるよ」
「へえ~。おいしそうだね~」
「よかったら、みんなで食べてみて」
マドカはそう言って、リゼットたちの前にデザートを並べていった。
暗殺者たちは、その様子を黙って見ていた。
おいしそうだ。
それは間違いない。
コーヒーの香りが漂い、つやつやしたゼリーや、なめらかなプリンが目に入る。
だが、自分たちは拘束された状態だ。
目の前で甘いものを並べられたところで、食べられるわけがない。
「じゃあ、いただきましょうか」
リゼットがスプーンを手に取った。
「いただきまーす」
トンチンカンたちも、それぞれ好きなデザートを手に取る。
ニコラはコーヒーゼリーをひと口食べた。
「ん~。おいしい~。ちょっと苦くて、ちょうどいいね~」
「本当? よかった」
マドカも嬉しそうに笑った。
「こっちのプリンもおいしいわね。コーヒーの香りがちゃんと残っているわ」
リゼットも、満足そうに頷く。
その光景を、暗殺者たちは黙って眺めていた。
「…………」
「…………」
誰も何も言わない。
だが、ひとりの視線がコーヒーゼリーへ向いた。
別の男は、プリンを見ていた。
そして、すぐに視線を逸らした。
「……」
「……どうしたの~?」
ニコラが気づいて、にこにこと尋ねた。
「食べたいの~?」
「……別に」
「そうなの~?」
「そうだ」
「ふ~ん。おいしいのにね~」
ニコラは、もうひと口プリンを食べた。
暗殺者の眉がぴくりと動いた。
『ニコラ、わざとやってるだろwww』
『目の前で食べるのは反則w』
『暗殺者さんたち、さっきまでの尋問よりつらそう』
『マドカの新作デザート、普通に食べたい』
『あげるとは一言も言ってないの草』
暗殺者たちは、もちろん食べ物を警戒していた。
毒が入っている可能性もある。
何らかの仕掛けがあるかもしれない。
そもそも、こちらに食べ物を与える義理などないだろう。
理屈では理解している。
理解しているのだが。
「……うまそうだな」
ひとりが、ぼそりと呟いた。
「おい」
隣の男が小声で注意した。
「わかっている。口に出しただけだ」
「聞こえているよ~?」
ニコラが笑顔で言った。
「……」
男は、気まずそうに口を閉じた。
依頼主らしき男も、ちらちらとデザートを見ていた。
だが、こちらは食欲どころではない。
自分の立場が悪くなっていることを、本人が一番よく理解していた。
暗殺者たちは自分に怒りを向けている。
リゼットは依頼の理由を知ろうとしている。
ニコラは、のんびりとデザートを楽しみながら、次に何をするか考えている。
そして、配信はまだ続いている。
男は胃のあたりが重くなるのを感じた。
「……もういいだろう。いつまでこんなことを続けるつもりだ」
ニコラはスプーンを置き、少し考えた。
「ん~。じゃあ、次はこれかな~」
彼女が取り出したのは、小さなルーレットだった。
「……まだあるのか」
暗殺者のひとりが、疲れた声で呟いた。
「うん~。簡単なゲームだよ~」
ニコラがルーレットを回した。
カラカラカラ……。
やがて、針が止まる。
「えっと~。襲撃が失敗した理由を、自分の口で説明する~」
暗殺者たちは互いに顔を見合わせた。
「……こちらの警戒が足りなかった。対象の実力と、周囲の連携を正しく評価できていなかった」
ひとりが淡々と答えた。
「うんうん。ちゃんと分析できてるね~」
「これで終わりか?」
「次もあるよ~」
再びルーレットが回る。
「配信を見ている人たちに、謝罪する~」
暗殺者たちの表情が、わずかに険しくなった。
「……我々は、配信されていることを知らなかった」
「でも、映ってるよ~」
「それはわかっている!」
男は一度息を吐き、カメラへ視線を向けた。
「……襲撃を行ったことについては謝罪する。だが、これ以上の情報を話すつもりはない」
「そっか~。じゃあ、次ね~」
ニコラは気にした様子もなく、ルーレットを回した。
カラカラカラ……。
針が止まる。
「依頼主の問題点を、率直に言う~」
暗殺者たちは、ゆっくりと依頼主らしき男を振り返った。
男は嫌な予感を覚えた。
「お、おい。何だ、その目は……」
「自分の立場が悪くなると、依頼した事実まで隠そうとする」
暗殺者のひとりが、淡々と口にした。
「依頼主として、信用に値しない」
「なっ……!」
「こちらは契約に従って動いた。にもかかわらず、あんたは自分だけ逃げようとした。少なくとも、今後あんたから依頼を受けることはないだろう」
「貴様ら……!」
男は顔を赤くした。
だが、暗殺者たちは視線を逸らさなかった。
ニコラは、そんなやり取りを見ながら楽しそうにルーレットを回していた。
「じゃあ、次は依頼主さんもやってみよっか~」
「俺はいい!」
「え~。もう止まったよ~」
カラカラカラ……。
針が止まる。
「神狼さんに、もう一度遊んでもらう~」
「なっ!?」
男が振り返った先には、神狼がいた。
「む? また我と遊ぶのか!」
「いや、違う! 違うからな!」
「そうかそうか! では、行くぞ!」
「待てえええええっ!」
神狼が嬉しそうに走り出した。
男の悲鳴が、庭に響き渡る。
暗殺者たちは、それを見送った。
「……」
「……」
「……まあ、あれは仕方ないな」
「同感だ」
『依頼主さん、二周目www』
『名前も知られてないのに神狼には覚えられてそう』
『暗殺者たち、まったく同情してないw』
『ニコラのルーレット、絶対ろくな目がない』
しばらくして、男が戻ってきた。
服は乱れ、髪はぼさぼさ。
本人は、もう何も言う気力がないようだった。
ニコラは満足そうに頷いた。
「うん~。いろいろ試せたね~」
「……ニコラ」
静かな声が響いた。
リゼットだった。
「もう遊びは終わりにしなさい」
「え~、もう終わり~?」
「十分でしょう?」
リゼットが手をかざした。
次の瞬間。
暗殺者たちも、依頼主らしき男も、全員の身体が床へ押さえつけられた。
「ぐっ……!」
「な、何だ……!?」
強烈な重力が身体にのしかかる。
身動きが取れない。
抵抗しようとしても、身体を起こすことすらできなかった。
「ここからは、きちんとお話を聞く時間よ」
リゼットは、先ほどと変わらない穏やかな口調で告げた。
「あなたたちは、依頼された以上のことは知らないようね」
「……ああ」
暗殺者のひとりが苦々しく答えた。
「なら、依頼主さんに聞くしかないわね」
リゼットは、依頼主らしき男へ視線を向けた。
「どうしてトンチンカンを狙ったの?」
「……知らない」
男は、顔を背けた。
「そう。まだ答えるつもりはないのね」
リゼットが困ったように息を吐く。
そのとき。
「あ、そうだ~」
ニコラが、ぽん、と手を叩いた。
「これ、遊びで作ったんだけど~」
彼女はポケットから小さな指輪を取り出した。
何の変哲もない、簡素な指輪だった。
「……何だ、それは?」
男が警戒した声で尋ねる。
「嘘をつくと光って、音楽が鳴る指輪だよ~」
「……は?」
「試作品なんだけどね~。ちゃんと動くか、まだ確認してなかったんだ~」
ニコラは、のんびりした調子で指輪を眺めた。
「せっかくだから、試してみよっか~」
「ま、待て! そんなもの、信用できるわけがないだろう!」
「そうなの~? じゃあ、簡単な質問からね~」
ニコラは男の手を取り、指輪をはめた。
そして、にこりと笑った。
「あなたは、今日、暗殺者さんたちにトンチンカンを襲うよう依頼したの~?」
「していない!」
ピカッ!
指輪が光った。
同時に。
♪~♪~♪~♪
場違いなほど陽気な音楽が鳴り響いた。
「…………」
男は固まった。
暗殺者たちも、リゼットも、トンチンカンも、音楽を鳴らし続ける指輪を見つめた。
そして。
『wwwwwwww』
『光ったあああああ!』
『音楽wwwww』
『嘘発見器、まさかの陽気なBGM付きwww』
『さっきまでの尋問、全部前座だったのか!?』
配信コメントが一気に流れた。
「な、何だこれは!? 壊れている! こんなもの、信用できるわけがない!」
男は必死に叫んだ。
「ん~? じゃあ、もう一回聞くね~」
ニコラは首を傾げた。
「あなたは、今日、初めて暗殺者さんたちに会ったの~?」
「……そうだ!」
ピカッ!
♪~♪~♪~♪
「…………」
今度こそ、男は言葉を失った。
暗殺者たちの視線が、冷たく突き刺さる。
「……そうか」
ひとりが低い声で呟いた。
「やはり、最初から我々を切り捨てるつもりだったのか」
「違う! これは何かの間違いだ!」
「では、なぜ光った?」
「それは……!」
「我々は今日、あんたから依頼を受けた。それは間違いない。なのに、あんたは自分だけ無関係だと言い張る」
男の声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「……ふざけるな」
男は顔を青くした。
リゼットが静かに口を開く。
「もう、嘘をついても意味がないわ」
「……」
「あなたがトンチンカンを狙った理由を教えてちょうだい」
指輪は、もう光っていなかった。
陽気な音楽も止まっている。
それでも、男はしばらく口を開かなかった。
逃げ道はない。
暗殺者たちにも見放された。
自分の嘘は、配信を通じて大勢の人々に見られている。
そして目の前には、すべてを見透かすような目をしたリゼットがいた。
「……わかった」
男は、ようやく声を絞り出した。
「……話す。俺が、トンチンカンを狙った理由を……」
トンチンカンは、静かに男を見つめていた。
自分たちを狙った理由。
それは、いったい何なのか。
男は一度目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……」
その先の言葉が、屋敷にいる全員の注目を集めた。
そして、配信カメラは、その瞬間も逃さず映し続けていた。




