暗殺者
「よし、今日もダンジョン攻略配信、始めるぞ!」
トーイの元気な声とともに、配信が始まった。
『待ってました!』
『今日はどこまで潜るんだ?』
『トンチンカンのダンジョン回だ!』
「今日は前回よりも深いところまで行ってみたいね」
チティが笑顔で言った。
「うん。装備も準備も問題ないし、無理のない範囲で進もう」
カーンは配信カメラの向きを確認してから、仲間たちを見た。
「じゃあ、行こうか」
三人はダンジョンへと足を踏み入れた。
その少し離れた場所に、数人の男女が立っていた。
彼らは冒険者風の装備を身につけている。だが、装備の選び方も立ち居振る舞いも、一般的な冒険者とは少し違っていた。
彼らの前にいる青年――スティーブは、険しい表情で三人の背中を見つめていた。
「……あれが、カーンか」
「はい。事前に確認した情報と一致しています」
隣に立つ男が答えた。
彼らはスティーブが金を払って雇った暗殺者たちだった。
目的は、カーンの排除。
一族の血を引く可能性が高く、神童と呼ばれるほどの才能を持つ少年。
後継者候補であるスティーブにとって、将来の脅威になりかねない存在だった。
「いいか。確実に仕留めろ。余計な騒ぎは起こすな」
「承知しました」
暗殺者のひとりが短く答えた。
スティーブは頷き、三人のあとを追った。
本来なら、暗殺者たちに任せて自分は待っているつもりだった。
だが、カーンがどれほどの実力を持つのか、自分の目で確かめたいという気持ちもあった。
それに、依頼した以上、最後まで見届けるべきだと思ったのだ。
この時点では、まだ彼らは知らなかった。
自分たちが、どれほど相手を甘く見ているのかを。
---
ダンジョンの浅い階層。
三人は、現れた魔物をあっという間に片づけていた。
「次!」
トーイが剣を振るう。
魔物の攻撃を受け流し、隙を見つけて一撃を叩き込む。
その動きには、以前よりも無駄がなくなっていた。
『トーイ、動きがよくなってる!』
『師匠の特訓の成果だな!』
『剣筋が安定してきた!』
「へへっ、毎日頑張ってるからな!」
「喜ぶのはいいが、周囲を見ろ、主よ」
腰の剣から、師匠の厳しい声が響いた。
「わかってるって!」
トーイは返事をしながら、次の魔物へ向き直る。
その横では、チティが結界で仲間への攻撃を防ぎ、必要に応じて回復魔法を使っていた。
「カーン、右!」
「わかった」
カーンはすぐさま反応し、弓で魔物の動きを止める。
そのまま風魔法を使い、トーイが攻撃しやすい位置へと魔物を追い込んだ。
「ナイス、カーン!」
「どういたしまして」
三人の連携は、驚くほど滑らかだった。
誰かが指示を出す前に、互いの動きを読んでいる。
攻撃、防御、援護。
それぞれの役割が自然に噛み合っていた。
そして、攻略速度が異常だった。
魔物を倒すのに時間がかからない。
分岐路でも迷わない。
危険を察知すれば、必要な対処を即座に行う。
『え、もう次の区画?』
『進むの速すぎない?』
『普通この階層、もっと時間かかるだろw』
『トンチンカン、探索慣れしてきたなあ』
スティーブは、後方からその様子を見ていた。
「……おい。こいつら、本当にこの階層が初めてなのか?」
「事前情報では、以前にもダンジョンへ入っています。ただ、ここまでの攻略速度は想定外です」
暗殺者の男が答えた。
「想定外、ね……」
スティーブは口元を引きつらせた。
目の前では、トーイが魔物の攻撃を軽々とかわし、チティが仲間を守り、カーンが状況を判断して次々と指示を出している。
特にカーン。
まだ十二歳だというのに、戦闘中の判断が速い。
魔物の動きだけでなく、通路の形や仲間の位置まで把握しているようだった。
「……神童という話も、誇張じゃなさそうだな」
スティーブの額に汗が浮かんだ。
彼は後継者候補として、それなりの教育を受けてきた。
体力もある。剣の扱いも一通り学んでいる。
しかし、冒険者としてダンジョンに潜った経験は、ほとんどなかった。
トンチンカンの三人についていくだけで、すでに息が上がり始めていた。
「おい、少し速度を落とせないのか……?」
思わず口にした言葉に、暗殺者の男が怪訝そうな顔をした。
「彼らに聞こえます」
「わかっている!」
スティーブは声を抑えた。
帰りたい。
そんな考えが、ほんの一瞬だけ頭をよぎった。
だが、ここまで来てしまった。
カーンがどれほどの存在なのか、自分の目で確かめるために。
そして、今さら何もせずに帰れば、暗殺者を雇った意味もなくなる。
「……問題ない。休憩する場所はあるんだろう?」
「はい。少し先にセーフティエリアがあります」
「なら、そこで一度休めばいい」
スティーブはそう言って、自分を納得させた。
その判断が、取り返しのつかない失敗につながるとも知らずに。
---
しばらく進むと、広めの空間が現れた。
魔物が侵入しないよう保護された、セーフティエリアだ。
「よし、ここで休憩しよう!」
トーイが剣を収めた。
「さすがに少し疲れたな」
「そうだね。ここなら落ち着いて休めるよ」
チティは周囲を確認しながら、荷物を下ろした。
カーンも頷き、配信カメラを設置する場所を調整した。
『休憩タイム!』
『ご飯かな?』
『トーイは絶対寝るw』
「なんでわかるんだよ!」
トーイがコメントに向かって叫ぶ。
「いや、トーイは疲れたら寝るでしょ」
チティが笑った。
「うるせえ! 休憩中に寝るのは合理的だろ!」
「はいはい。じゃあ、料理ができるまで寝てていいよ」
「よっしゃ!」
トーイは壁際に移動すると、敷物を広げて横になった。
そして、ものの数分で寝息を立て始めた。
『早すぎるwww』
『切り替えがプロ』
『戦闘中との落差よw』
「本当に寝ちゃった……」
チティは苦笑しながら、荷物から調理道具を取り出した。
「じゃあ、私はご飯を作るね」
彼女はセーフティエリアの一角に結界を張り、調理を始めた。
結界は外からの侵入を完全に拒むためのものではないが、少なくとも不用意に近づく者がいれば気づきやすい。
「カーン、そっちはお願いしてもいい?」
「うん。カメラを確認しておくよ」
カーンは配信カメラの前に座り、レンズや固定具を丁寧に拭き始めた。
『カーン、機材の手入れまでしてるw』
『配信者の鑑』
『こういうところ、妙にしっかりしてるよな』
「だって、冒険の記録だからね。途中で映らなくなったら困るでしょ」
カーンはそう答え、カメラの角度を微調整した。
しかし、手を動かしていても、意識のすべてを機材に向けているわけではなかった。
通路から聞こえる足音。
遠くで反響する物音。
セーフティエリアの入口付近に漂う、わずかな気配。
カーンは、それらをひとつひとつ拾っていた。
彼は最初から、後ろに誰かがついてきていることに気づいていた。
ただし、今のところは敵意が明確ではない。
冒険者が同じ階層を進んでいるだけという可能性もある。
だから、騒ぎ立てずに様子を見ていたのだ。
「……よし。これで大丈夫かな」
カーンはカメラを拭き終え、レンズを元の位置へ戻した。
それから、さりげなく入口へ視線を向ける。
表情は穏やかなまま。
けれど、いつでも動けるように、身体の重心はわずかに変わっていた。
---
セーフティエリアの入口から少し離れた場所。
スティーブたちは、岩陰に身を潜めていた。
「……ここまで来るのに、どれだけ走らせるんだ、あいつらは」
スティーブは荒い息を整えながら、額の汗を拭った。
「冒険者の移動速度としては、かなり速い部類でしょう」
「かなりどころじゃないだろう……」
スティーブは恨めしそうにセーフティエリアの方を見た。
あれだけの速度でダンジョンを攻略しておきながら、三人はまだ余裕がありそうだった。
トーイは昼寝。
チティは料理。
カーンは配信カメラの手入れ。
「……くそ。こいつら、本当に何なんだ」
スティーブは歯噛みした。
その横で、暗殺者たちは冷静に様子を観察していた。
「今なら、三人が分散しています」
ひとりが小声で告げる。
「剣士は眠っています。治癒役は料理に集中している。少年は機材の手入れをしています」
「周囲への警戒も薄いように見えます」
別の暗殺者が続けた。
スティーブはセーフティエリアを見つめた。
たしかに、今ならいけるかもしれない。
戦闘中に仕掛けるより、ずっと簡単だ。
相手は休憩中。
しかも、十二歳の少年を排除するだけ。
「……あれ、これまずいのでは?」
スティーブは小さく呟いた。
攻略速度を見たときから、嫌な予感はしていた。
思っていたより強い。
いや、強いという言葉だけでは足りない。
三人の連携も、判断力も、自分が想定していたものをはるかに超えている。
このまま続けて、本当に大丈夫なのだろうか。
だが、ここまで来てしまった。
暗殺者を雇い、わざわざダンジョンまでついてきた。
今さら引き返せば、依頼を果たせないばかりか、余計な費用をかけただけになる。
「……いや、ここまで来たんだ」
スティーブは自分に言い聞かせた。
「今なら、まだ何とかなるはずだ」
彼は暗殺者たちへ視線を向けた。
「やるなら今だ。カーンを仕留めろ」
「承知しました」
暗殺者たちは静かに動き始めた。
誰も気づいていない。
そう、彼らは思っていた。
---
セーフティエリア。
チティは鍋をかき混ぜながら、鼻歌を歌っていた。
「もう少しでできるからねー」
返事はない。
トーイは熟睡中だ。
「……トーイ、できたら起こすからね」
チティは微笑み、火加減を調整した。
そのとき、結界の端がかすかに揺れた。
ほんのわずかな変化。
普通なら、気のせいで済ませてしまう程度のものだった。
だが、チティは手を止めた。
「……ん?」
結界に意識を向ける。
誰かが近づいている。
それも、ただ通りかかっただけではない。
チティは鍋から手を離し、静かに立ち上がった。
一方、カーンはすでに気づいていた。
カメラを拭く手を止め、入口の方へ顔を向ける。
足音が複数。
気配を殺そうとしているが、完全ではない。
しかも、その動きには迷いがない。
こちらへ向かっている。
カーンは小さく息を吐いた。
「……やっぱり来たか」
呟きは、配信カメラのマイクに拾われていた。
『ん?』
『カーン、今なんて?』
『誰か来た?』
カーンはコメント欄を見ず、カメラの位置をそっと確かめた。
レンズは、入口の方を向いている。
映像も音声も正常。
そして、配信は――まだ続いている。
カーンは、視聴者に向けていつもの穏やかな声で話しかけた。
「みんな、ちょっと静かにしていてね」
『え?』
『どうした?』
『何かあったのか?』
その直後。
入口から、武器を手にした男たちが姿を現した。
彼らは一直線にカーンへ向かってくる。
「カーン! 危ない!」
チティが叫ぶ。
眠っていたトーイも、師匠の声で目を覚ました。
「主よ、起きろ!」
「ん……なんだよ……」
トーイは目をこすりながら身体を起こし、入口の様子を見て、すぐに表情を変えた。
「……おいおい。休憩中だぞ?」
暗殺者たちは答えない。
先頭の男が、カーンに向けて刃を振り下ろした。
だが――。
カーンは、すでにその場から動いていた。
刃が空を切る。
「……え?」
男の声が漏れた。
カーンは攻撃を避けた勢いのまま、男の腕を押さえ、体勢を崩す。
武器が床に落ちた。
「人の休憩時間に、何の用ですか?」
カーンの声は、驚くほど落ち着いていた。
その背後では、チティの結界が広がり、トーイが剣を手に立ち上がっていた。
「おい、カーン。こいつら、知り合いか?」
「知らないよ」
カーンは答えた。
「でも、話を聞く必要はありそうだね」
そして、カメラのレンズが、襲撃者たちの姿を正面から捉え続けていた。
襲撃者たちは、まだ気づいていない。
自分たちの姿も、声も、カーンに襲いかかった瞬間も。
そのすべてが、配信を通じて記録されていることに。
岩陰にいたスティーブは、セーフティエリアの異変を見て顔色を変えた。
「……おい、何をしている!?」
その声もまた、静かなダンジョンの通路に響いていた。
そして、配信カメラは――その声まで拾っていた。




