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落内円は落ちている  作者: 七風


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485/514

ある一族の会合

 隣町の喫茶店。


トンチンカンの三人が去ったあとも、ひとりの紳士は席に残っていた。


テーブルの上には、すっかり冷めたコーヒーがある。


紳士はカップを見つめながら、先ほど出会った少年の顔を思い返していた。


「……間違いない、と思うのだが」


あの瞳。


珍しい色というだけではない。


あれは、この一族にしか現れない瞳だった。


一族の血を引く者であれば、必ずその特徴を持つ。逆に言えば、あの瞳を持つ者が一族と無関係であるはずがない。


遠い親戚に同じ特徴を持つ者がいた、という程度の話ではない。


あの瞳は、一族の血を証明するものなのだ。


そして、あの少年の名前はカーン。


紳士は懐から手帳を取り出し、古い記録に目を通した。


そこには、かつて一族から離れた女性と、その子供についての記録が残されていた。


女性は一族の者との間に子供をもうけたが、正式に一族へ迎え入れられることはなかった。


やがて女性は子供を連れて去り、その後の消息は途絶えている。


子供がどうなったのか、正確に知る者はいなかった。


「生きていたのか……」


紳士は深く息を吐いた。


だが、驚きはそれだけではなかった。


彼は喫茶店での会話を思い出す。


三人組の冒険者。


トーイ、チティ、そしてカーン。


配信をしながら活動する、まだ若い冒険者たち。


その中でもカーンは、武器の扱いから魔法、薬草の知識まで、さまざまな技能を驚くべき速さで身につけているという。


そして、彼の年齢は――。


「……まだ十二歳だというのに」


紳士は目を閉じた。


一族の血を引いている可能性が高い。


そのうえ、すでに神童と呼べるほどの才覚を見せている。


もし彼が一族の中で育っていたなら、どれほどの存在になっていたのだろうか。


いや。


今となっては、そんな仮定に意味はない。


問題は、彼が今どこにいて、誰と関わっているかだった。


紳士は手帳を閉じ、静かに立ち上がった。


「……すぐに報告しなければ」


彼は会計を済ませると、足早に喫茶店をあとにした。


---


数日後。


とある町にある、一族の屋敷。


豪奢というほどではないが、手入れの行き届いた屋敷だった。


この一族は、国全体に影響を及ぼすような大貴族ではない。


それでも、この地域では古くから一定の影響力を持ち、役所や商人たちとも繋がりがある。


地域の有力者。


それが、この一族の立ち位置だった。


その屋敷の一室に、一族の主要な者たちが集まっていた。


報告を聞くためである。


部屋の奥には一族の長をはじめとする年配の者たちが座り、その中には十九歳の青年もいた。


スティーブ。


一族の後継者候補のひとりである。


まだ正式な後継者と決まったわけではないが、年齢や立場を考えれば有力な候補だった。


「それで、隣町で見かけたという若者の話だが」


一族の長が口を開いた。


「はい。三人組の冒険者でした。配信をしながら活動しているようです」


報告に来た紳士が答える。


「そのうちのひとりが、あの瞳を持っていたのです」


部屋が静まり返った。


「……あの瞳、だと?」


「はい。見間違いではないと思います」


紳士ははっきりと答えた。


「名前はカーン。年齢は十二歳とのことです」


「十二歳!?」


思わず声を上げた者がいた。


「そんな年齢で、もう冒険者をしているのか?」


「しかも配信の記録を見る限り、ただの子供ではありません。武器の扱いも魔法も、覚えが異常に早い。薬草の知識もあり、状況判断にも優れています」


「神童、ということか……」


誰かが呟いた。


一族の長は、しばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと尋ねる。


「その瞳は、間違いなく我々の血筋に現れるものだったのだな?」


「はい」


紳士は迷わず答えた。


「この一族以外には現れない特徴です。あの少年が我々の血を引いている可能性は、極めて高いと考えます」


部屋に重い沈黙が落ちた。


一族の者たちは、その瞳が何を意味するかを知っている。


偶然では片づけられない。


そして、十二歳という若さで、すでに並外れた才能を発揮している。


もし本当に一族の血を引いているのなら、彼の存在は無視できないものになるだろう。


だが、別の問題もあった。


「……それで、その少年は今どこにいる?」


長が尋ねる。


「ゴールという場所です。トーイ、チティという二人の仲間と一緒に活動しています」


「ゴール……?」


その名を聞いた途端、部屋の空気がまた変わった。


「待て。まさか、あのゴールか?」


「はい。エキドナと関係の深い、あのゴールです」


今度こそ、部屋に明らかな動揺が広がった。


「エキドナだと!?」


「なぜそんな場所にいる!?」


「いや、待て。本人はエキドナの者なのか? それとも、単にゴールに住んでいるだけなのか?」


質問が次々と飛び交う。


一族の者たちにとって、エキドナは軽々しく扱える名前ではなかった。


彼らは大きな勢力ではない。


地域では一定の影響力を持っているが、それはあくまで自分たちの手が届く範囲の話だ。


エキドナの関係者と正面から事を構えるなど、できれば避けたい。


いや、避けなければならない。


「落ち着け」


一族の長が低い声で告げた。


「まだ、何も起きてはいない」


騒いでいた者たちが口を閉じる。


「少年がエキドナに関係しているからといって、我々が何かをしたわけでもない。まずは事実を確認することが先だ」


「ですが、もし一族の血を引いているとわかれば、こちらから接触することになります」


「その場合も、慎重に進める必要がある」


長は厳しい表情で続けた。


「エキドナが関わっている以上、我々の都合だけで話を進めるわけにはいかん」


その言葉に、何人かが頷いた。


彼らはカーンの血筋に関心を持っている。


しかし同時に、エキドナという存在を恐れていた。


一族の後継者争いなど、向こうにとってはどうでもいい話だろう。


それなのに、こちらの都合でカーンを引き戻そうとすれば、どんな反応が返ってくるかわからない。


それが、彼らの共通した懸念だった。


---


「……エキドナ、ねえ」


会議が始まってから黙っていたスティーブが、ようやく口を開いた。


「そんなに警戒する必要がありますか?」


一族の者たちが、彼を見る。


「スティーブ。お前はエキドナのことを、どこまで知っている?」


長が尋ねた。


「もちろん、名前くらいは知っていますよ」


スティーブは肩をすくめた。


「いろいろな魔道具や、便利な道具を開発しているところでしょう? EVやモンバトでしたか。ああいうものを作っている」


彼は、たいしたことではないというように笑った。


「確かに変わった発明品を作るようですが、所詮は開発屋でしょう?」


部屋の空気が凍った。


「……スティーブ」


年配の男が、思わず声を低くする。


しかし、スティーブは気づいていない。


「いや、もちろん技術はすごいのでしょう。ですが、我々がそこまで怯える理由がありますか? こちらが礼儀を守って話をすれば、問題はないはずです」


「お前は……」


言いかけた男を、一族の長が手で制した。


長はスティーブをまっすぐ見つめた。


「お前は、エキドナをただの開発者集団だと思っているのか?」


「違うのですか?」


スティーブは不思議そうに答えた。


「便利な魔道具を作り、それを売っている。少なくとも、私が聞いているのはそういう話です」


「……そうか」


長は、それ以上すぐには何も言わなかった。


スティーブはまだ若い。


エキドナがどのような存在なのか、実際に関わった経験もなければ、その影響力を肌で感じたこともない。


彼の知識は、外から聞いた噂と、世間に流通している商品の情報に限られていた。


EVもモンバトも、確かに便利なものだ。


だが、エキドナの価値は、それだけではない。


あそこには、常識では測れない人物がいる。


その関係者が、どれほどの力を持っているのか。


一族の者たちは、詳しい事情をすべて知っているわけではない。


それでも、決して軽視してはならない相手だということだけは理解していた。


「いいか、スティーブ」


長は静かに告げた。


「我々はエキドナと敵対する理由を持たない。向こうが我々をどう見ているかもわからん。だからこそ、余計なことをするな」


「……わかりました」


スティーブは素直に頷いた。


だが、その内心では納得していなかった。


便利な道具を作る開発屋。


それが、彼の中にあるエキドナの印象だった。


一族の年配者たちが恐れるほどの存在だとは、どうしても思えなかったのである。


---


「それで、カーンという少年の扱いはどうするのですか?」


スティーブは話を戻した。


「本人が一族のことを知らないのなら、今までどおり冒険者を続けてもらえばいいでしょう」


「そう簡単には決められない」


長が答える。


「まずは、彼が本当に一族の血を引いているか確認する必要がある。そして、もしそうなら、本人がどのように生きてきたのかも調べなければならない」


「母親については?」


別の者が尋ねた。


報告に来た紳士が答える。


「すでに亡くなっているようです。カーンは母親に育てられたと考えられますが、一族の存在を知っているかどうかはわかりません」


「本人が知らない可能性が高い、ということか」


「はい。喫茶店で接触した際も、私のことを知っている様子はありませんでした」


長は目を閉じた。


「……ならば、まずは情報を集める。本人が一族を知らないのであれば、こちらから接触するにしても慎重に進めるべきだ」


「賛成です」


「異論はありません」


一族の者たちが同意する。


だが、スティーブだけは別のことを考えていた。


十二歳。


神童。


一族にしか現れない瞳。


そして、エキドナと関わりのある場所で暮らしている。


ひとつひとつの情報が、彼の胸の内に不安を積み重ねていく。


もしカーンが一族に迎え入れられたら?


もし、その才能が認められたら?


自分よりも若く、何も知らない少年が、突然後継者候補として扱われるようになったら?


「……そんなことが、あってたまるか」


スティーブは心の中で呟いた。


彼は後継者候補として努力してきた。


一族の中で認められるため、知識を身につけ、周囲との関係を築き、自分の立場を固めてきた。


それなのに、カーンは何も知らないまま、すでに人並み外れた才能を持っている。


しかも、エキドナという後ろ盾まであるかもしれない。


スティーブは、エキドナをただの開発屋だと思っていた。


だからこそ、そこに対する警戒は薄い。


一方で、カーンの才能に対する警戒は、誰よりも強くなっていた。


「私も、一族のためにできることを考えておきます」


スティーブは穏やかな表情で告げた。


「うむ。頼んだぞ」


長は頷いた。


会議は、そのまま終わりへと向かった。


一族の者たちは、カーンの血筋を確認し、本人の意思を尊重しながら慎重に進めるつもりだった。


だが、スティーブの考えは違っていた。


彼にとってカーンは、まだ何もしていないにもかかわらず、自分の立場を脅かしかねない存在だった。


そして、その少年を守るかもしれないエキドナについても、彼は正しく理解していなかった。


---


会議が終わったあと。


ひとりになったスティーブは、自室で配信記録を見ていた。


画面に映っているのは、トーイ、チティ、カーンの三人。


まだ幼さの残るカーンは、仲間たちと自然に笑い、楽しそうに冒険を続けている。


「……こいつが、十二歳?」


スティーブは画面を覗き込んだ。


年齢を聞かなければ、もっと上だと思ったかもしれない。


武器を扱い、魔法を使い、仲間を支える。


しかも、配信で見せる判断力は、同年代の子供とは思えない。


神童。


一族の者たちがそう呼ぶのも理解できる。


「ふん……」


スティーブは鼻を鳴らした。


「才能があるからって、それが何だ?」


言葉とは裏腹に、目は画面から離れなかった。


カーンは一族のことを知らない。


自分がどんな血筋なのかも知らない。


後継者争いなど、考えたこともないだろう。


仲間と一緒に暮らし、冒険者として活動し、自分たちの生活を楽しんでいる。


その様子が、スティーブにはひどく気に入らなかった。


自分はこれまで、一族の中で生きてきた。


後継者候補として見られ、周囲の期待に応えようとしてきた。


それなのに、何も知らずに生きている少年が、たったひとり現れただけで、自分の未来が揺らぐかもしれない。


「……冗談じゃない」


スティーブは配信を止めた。


そして、しばらく考え込んだあと、静かに呟いた。


「エキドナだって、どうせ便利な道具を作る連中だろう。そんなものを怖がって、何もできないなんて馬鹿らしい」


彼はまだ知らない。


エキドナが、単に便利な道具を作るだけの存在ではないことを。


そして、カーンが暮らす場所に、どれほど多くの人々や存在が関わっているのかも。


今の彼にとって、重要なのはただひとつ。


カーンが、自分の立場を脅かすかもしれないということだった。


「……まずは、あいつのことをもっと調べる」


スティーブは椅子から立ち上がった。


まだ、具体的な計画はない。


しかし、カーンが一族に迎え入れられる可能性を、黙って見過ごすつもりはなかった。


一族の者たちが慎重に動こうとしている一方で、後継者候補の青年は、すでに別の方向へと考えを進め始めていた。


カーンはまだ知らない。


自分の瞳が一族の血を証明するものであることも。


十二歳の神童として、一族の者たちから注目され始めていることも。


そして、エキドナを軽く見ている青年が、自分を排除する可能性を考え始めていることも。


カーンの日常は、今日も仲間たちとともに続いている。


だが、その裏側では、静かに歯車が回り始めていた。

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