ある一族の会合
隣町の喫茶店。
トンチンカンの三人が去ったあとも、ひとりの紳士は席に残っていた。
テーブルの上には、すっかり冷めたコーヒーがある。
紳士はカップを見つめながら、先ほど出会った少年の顔を思い返していた。
「……間違いない、と思うのだが」
あの瞳。
珍しい色というだけではない。
あれは、この一族にしか現れない瞳だった。
一族の血を引く者であれば、必ずその特徴を持つ。逆に言えば、あの瞳を持つ者が一族と無関係であるはずがない。
遠い親戚に同じ特徴を持つ者がいた、という程度の話ではない。
あの瞳は、一族の血を証明するものなのだ。
そして、あの少年の名前はカーン。
紳士は懐から手帳を取り出し、古い記録に目を通した。
そこには、かつて一族から離れた女性と、その子供についての記録が残されていた。
女性は一族の者との間に子供をもうけたが、正式に一族へ迎え入れられることはなかった。
やがて女性は子供を連れて去り、その後の消息は途絶えている。
子供がどうなったのか、正確に知る者はいなかった。
「生きていたのか……」
紳士は深く息を吐いた。
だが、驚きはそれだけではなかった。
彼は喫茶店での会話を思い出す。
三人組の冒険者。
トーイ、チティ、そしてカーン。
配信をしながら活動する、まだ若い冒険者たち。
その中でもカーンは、武器の扱いから魔法、薬草の知識まで、さまざまな技能を驚くべき速さで身につけているという。
そして、彼の年齢は――。
「……まだ十二歳だというのに」
紳士は目を閉じた。
一族の血を引いている可能性が高い。
そのうえ、すでに神童と呼べるほどの才覚を見せている。
もし彼が一族の中で育っていたなら、どれほどの存在になっていたのだろうか。
いや。
今となっては、そんな仮定に意味はない。
問題は、彼が今どこにいて、誰と関わっているかだった。
紳士は手帳を閉じ、静かに立ち上がった。
「……すぐに報告しなければ」
彼は会計を済ませると、足早に喫茶店をあとにした。
---
数日後。
とある町にある、一族の屋敷。
豪奢というほどではないが、手入れの行き届いた屋敷だった。
この一族は、国全体に影響を及ぼすような大貴族ではない。
それでも、この地域では古くから一定の影響力を持ち、役所や商人たちとも繋がりがある。
地域の有力者。
それが、この一族の立ち位置だった。
その屋敷の一室に、一族の主要な者たちが集まっていた。
報告を聞くためである。
部屋の奥には一族の長をはじめとする年配の者たちが座り、その中には十九歳の青年もいた。
スティーブ。
一族の後継者候補のひとりである。
まだ正式な後継者と決まったわけではないが、年齢や立場を考えれば有力な候補だった。
「それで、隣町で見かけたという若者の話だが」
一族の長が口を開いた。
「はい。三人組の冒険者でした。配信をしながら活動しているようです」
報告に来た紳士が答える。
「そのうちのひとりが、あの瞳を持っていたのです」
部屋が静まり返った。
「……あの瞳、だと?」
「はい。見間違いではないと思います」
紳士ははっきりと答えた。
「名前はカーン。年齢は十二歳とのことです」
「十二歳!?」
思わず声を上げた者がいた。
「そんな年齢で、もう冒険者をしているのか?」
「しかも配信の記録を見る限り、ただの子供ではありません。武器の扱いも魔法も、覚えが異常に早い。薬草の知識もあり、状況判断にも優れています」
「神童、ということか……」
誰かが呟いた。
一族の長は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと尋ねる。
「その瞳は、間違いなく我々の血筋に現れるものだったのだな?」
「はい」
紳士は迷わず答えた。
「この一族以外には現れない特徴です。あの少年が我々の血を引いている可能性は、極めて高いと考えます」
部屋に重い沈黙が落ちた。
一族の者たちは、その瞳が何を意味するかを知っている。
偶然では片づけられない。
そして、十二歳という若さで、すでに並外れた才能を発揮している。
もし本当に一族の血を引いているのなら、彼の存在は無視できないものになるだろう。
だが、別の問題もあった。
「……それで、その少年は今どこにいる?」
長が尋ねる。
「ゴールという場所です。トーイ、チティという二人の仲間と一緒に活動しています」
「ゴール……?」
その名を聞いた途端、部屋の空気がまた変わった。
「待て。まさか、あのゴールか?」
「はい。エキドナと関係の深い、あのゴールです」
今度こそ、部屋に明らかな動揺が広がった。
「エキドナだと!?」
「なぜそんな場所にいる!?」
「いや、待て。本人はエキドナの者なのか? それとも、単にゴールに住んでいるだけなのか?」
質問が次々と飛び交う。
一族の者たちにとって、エキドナは軽々しく扱える名前ではなかった。
彼らは大きな勢力ではない。
地域では一定の影響力を持っているが、それはあくまで自分たちの手が届く範囲の話だ。
エキドナの関係者と正面から事を構えるなど、できれば避けたい。
いや、避けなければならない。
「落ち着け」
一族の長が低い声で告げた。
「まだ、何も起きてはいない」
騒いでいた者たちが口を閉じる。
「少年がエキドナに関係しているからといって、我々が何かをしたわけでもない。まずは事実を確認することが先だ」
「ですが、もし一族の血を引いているとわかれば、こちらから接触することになります」
「その場合も、慎重に進める必要がある」
長は厳しい表情で続けた。
「エキドナが関わっている以上、我々の都合だけで話を進めるわけにはいかん」
その言葉に、何人かが頷いた。
彼らはカーンの血筋に関心を持っている。
しかし同時に、エキドナという存在を恐れていた。
一族の後継者争いなど、向こうにとってはどうでもいい話だろう。
それなのに、こちらの都合でカーンを引き戻そうとすれば、どんな反応が返ってくるかわからない。
それが、彼らの共通した懸念だった。
---
「……エキドナ、ねえ」
会議が始まってから黙っていたスティーブが、ようやく口を開いた。
「そんなに警戒する必要がありますか?」
一族の者たちが、彼を見る。
「スティーブ。お前はエキドナのことを、どこまで知っている?」
長が尋ねた。
「もちろん、名前くらいは知っていますよ」
スティーブは肩をすくめた。
「いろいろな魔道具や、便利な道具を開発しているところでしょう? EVやモンバトでしたか。ああいうものを作っている」
彼は、たいしたことではないというように笑った。
「確かに変わった発明品を作るようですが、所詮は開発屋でしょう?」
部屋の空気が凍った。
「……スティーブ」
年配の男が、思わず声を低くする。
しかし、スティーブは気づいていない。
「いや、もちろん技術はすごいのでしょう。ですが、我々がそこまで怯える理由がありますか? こちらが礼儀を守って話をすれば、問題はないはずです」
「お前は……」
言いかけた男を、一族の長が手で制した。
長はスティーブをまっすぐ見つめた。
「お前は、エキドナをただの開発者集団だと思っているのか?」
「違うのですか?」
スティーブは不思議そうに答えた。
「便利な魔道具を作り、それを売っている。少なくとも、私が聞いているのはそういう話です」
「……そうか」
長は、それ以上すぐには何も言わなかった。
スティーブはまだ若い。
エキドナがどのような存在なのか、実際に関わった経験もなければ、その影響力を肌で感じたこともない。
彼の知識は、外から聞いた噂と、世間に流通している商品の情報に限られていた。
EVもモンバトも、確かに便利なものだ。
だが、エキドナの価値は、それだけではない。
あそこには、常識では測れない人物がいる。
その関係者が、どれほどの力を持っているのか。
一族の者たちは、詳しい事情をすべて知っているわけではない。
それでも、決して軽視してはならない相手だということだけは理解していた。
「いいか、スティーブ」
長は静かに告げた。
「我々はエキドナと敵対する理由を持たない。向こうが我々をどう見ているかもわからん。だからこそ、余計なことをするな」
「……わかりました」
スティーブは素直に頷いた。
だが、その内心では納得していなかった。
便利な道具を作る開発屋。
それが、彼の中にあるエキドナの印象だった。
一族の年配者たちが恐れるほどの存在だとは、どうしても思えなかったのである。
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「それで、カーンという少年の扱いはどうするのですか?」
スティーブは話を戻した。
「本人が一族のことを知らないのなら、今までどおり冒険者を続けてもらえばいいでしょう」
「そう簡単には決められない」
長が答える。
「まずは、彼が本当に一族の血を引いているか確認する必要がある。そして、もしそうなら、本人がどのように生きてきたのかも調べなければならない」
「母親については?」
別の者が尋ねた。
報告に来た紳士が答える。
「すでに亡くなっているようです。カーンは母親に育てられたと考えられますが、一族の存在を知っているかどうかはわかりません」
「本人が知らない可能性が高い、ということか」
「はい。喫茶店で接触した際も、私のことを知っている様子はありませんでした」
長は目を閉じた。
「……ならば、まずは情報を集める。本人が一族を知らないのであれば、こちらから接触するにしても慎重に進めるべきだ」
「賛成です」
「異論はありません」
一族の者たちが同意する。
だが、スティーブだけは別のことを考えていた。
十二歳。
神童。
一族にしか現れない瞳。
そして、エキドナと関わりのある場所で暮らしている。
ひとつひとつの情報が、彼の胸の内に不安を積み重ねていく。
もしカーンが一族に迎え入れられたら?
もし、その才能が認められたら?
自分よりも若く、何も知らない少年が、突然後継者候補として扱われるようになったら?
「……そんなことが、あってたまるか」
スティーブは心の中で呟いた。
彼は後継者候補として努力してきた。
一族の中で認められるため、知識を身につけ、周囲との関係を築き、自分の立場を固めてきた。
それなのに、カーンは何も知らないまま、すでに人並み外れた才能を持っている。
しかも、エキドナという後ろ盾まであるかもしれない。
スティーブは、エキドナをただの開発屋だと思っていた。
だからこそ、そこに対する警戒は薄い。
一方で、カーンの才能に対する警戒は、誰よりも強くなっていた。
「私も、一族のためにできることを考えておきます」
スティーブは穏やかな表情で告げた。
「うむ。頼んだぞ」
長は頷いた。
会議は、そのまま終わりへと向かった。
一族の者たちは、カーンの血筋を確認し、本人の意思を尊重しながら慎重に進めるつもりだった。
だが、スティーブの考えは違っていた。
彼にとってカーンは、まだ何もしていないにもかかわらず、自分の立場を脅かしかねない存在だった。
そして、その少年を守るかもしれないエキドナについても、彼は正しく理解していなかった。
---
会議が終わったあと。
ひとりになったスティーブは、自室で配信記録を見ていた。
画面に映っているのは、トーイ、チティ、カーンの三人。
まだ幼さの残るカーンは、仲間たちと自然に笑い、楽しそうに冒険を続けている。
「……こいつが、十二歳?」
スティーブは画面を覗き込んだ。
年齢を聞かなければ、もっと上だと思ったかもしれない。
武器を扱い、魔法を使い、仲間を支える。
しかも、配信で見せる判断力は、同年代の子供とは思えない。
神童。
一族の者たちがそう呼ぶのも理解できる。
「ふん……」
スティーブは鼻を鳴らした。
「才能があるからって、それが何だ?」
言葉とは裏腹に、目は画面から離れなかった。
カーンは一族のことを知らない。
自分がどんな血筋なのかも知らない。
後継者争いなど、考えたこともないだろう。
仲間と一緒に暮らし、冒険者として活動し、自分たちの生活を楽しんでいる。
その様子が、スティーブにはひどく気に入らなかった。
自分はこれまで、一族の中で生きてきた。
後継者候補として見られ、周囲の期待に応えようとしてきた。
それなのに、何も知らずに生きている少年が、たったひとり現れただけで、自分の未来が揺らぐかもしれない。
「……冗談じゃない」
スティーブは配信を止めた。
そして、しばらく考え込んだあと、静かに呟いた。
「エキドナだって、どうせ便利な道具を作る連中だろう。そんなものを怖がって、何もできないなんて馬鹿らしい」
彼はまだ知らない。
エキドナが、単に便利な道具を作るだけの存在ではないことを。
そして、カーンが暮らす場所に、どれほど多くの人々や存在が関わっているのかも。
今の彼にとって、重要なのはただひとつ。
カーンが、自分の立場を脅かすかもしれないということだった。
「……まずは、あいつのことをもっと調べる」
スティーブは椅子から立ち上がった。
まだ、具体的な計画はない。
しかし、カーンが一族に迎え入れられる可能性を、黙って見過ごすつもりはなかった。
一族の者たちが慎重に動こうとしている一方で、後継者候補の青年は、すでに別の方向へと考えを進め始めていた。
カーンはまだ知らない。
自分の瞳が一族の血を証明するものであることも。
十二歳の神童として、一族の者たちから注目され始めていることも。
そして、エキドナを軽く見ている青年が、自分を排除する可能性を考え始めていることも。
カーンの日常は、今日も仲間たちとともに続いている。
だが、その裏側では、静かに歯車が回り始めていた。




