迷子保護
隣町へ向かう街道を、トーイたちは再び歩いていた。
「いやー、山賊まで出てくるとは思わなかったな」
「でも、コボルト警備兵が来てくれて助かったね」
チティがそう言うと、カーンも頷いた。
「これなら配達にも大きな遅れは出なさそうだね。隣町まで、あとどれくらいかな」
カーンが地図を確認していると、道の先から小さな声が聞こえてきた。
「……うぅ……」
三人は足を止めた。
街道脇の草むら。そのそばに、小さな女の子が一人で立っている。
周囲をきょろきょろと見回し、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「どうしたんだ?」
トーイが声をかける。
女の子は三人を見ると、少しだけ安心したような顔をした。
「……ゴールに行ってみたいけど迷っちゃった……ここどこ……」
「ゴールは誰か大人と行こうな!」
トーイは思わずそう答えた。
「うん……」
女の子はしょんぼりと頷いた。
「えっと、まずは名前を教えてくれる?」
チティが優しく尋ねる。
「ジェシカ……」
「ジェシカちゃんだね。何歳かな?」
「六歳!」
ジェシカは元気よく答えた。
「そっか、六歳か。それで、ジェシカちゃん。お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」
チティが尋ねると、ジェシカは首を横に振った。
「ひとりで来たの……」
「一人で?」
三人は顔を見合わせた。
「どこの子かわかる?」
トーイが尋ねる。
「どうしようか。このまま一人にしちゃ危ないぞ?」
カーンが周囲を見回した。
街道には馬車も通る。魔物が現れる可能性もあるし、さっきのように山賊が出ることだってある。
六歳の子供を一人で放っておくわけにはいかなかった。
「ジェシカちゃん、どこから来たの?」
「えっと……あっちの町……」
女の子は街道の先を指さした。
「冒険者ギルドでお姉ちゃんが働いてる」
「冒険者ギルド?」
カーンが確認する。
「うん……お姉ちゃん、受付のお仕事してるの」
三人は再び顔を見合わせた。
「……ちょうどいいじゃん」
トーイが言った。
「俺たちも隣町に向かってるんだ。ギルドまで連れていけば、お姉さんに会えるよな?」
「そうだね。お姉さんが受付嬢なら、そこで事情を説明できるよ」
カーンも賛成する。
「でも、ジェシカちゃん。ゴールに行きたかったんだよね?」
チティが目線を合わせて尋ねた。
「うん……」
「どうして行きたいのかは、あとでお姉さんと一緒にお話ししようね。今は一人で歩くのは危ないから、私たちと一緒に町まで行こう」
「……いいの?」
「もちろん!」
トーイが笑顔で答えた。
「ただし、勝手にどこかへ行かないこと。約束できるか?」
「うん!」
ジェシカは元気よく頷いた。
『迷子の保護か』
『小さい子を一人にするわけにはいかないな』
『トンチンカン、引率クエスト追加』
『配達に迷子の護衛まで増えたw』
「引率クエストって、そんな依頼受けてないからな!」
トーイがコメントに突っ込む。
「でも、依頼じゃなくても困ってる人は助けないとね」
チティが言った。
「そのとおり。配達先もジェシカちゃんのお姉さんがいる町だから、進む方向は同じだよ」
カーンが地図をしまう。
「じゃあ、出発しよう。ジェシカちゃんは街道の真ん中を歩かないようにね。僕たちの間にいてくれるかな?」
「うん!」
ジェシカはトーイとチティを交互に見て、それからカーンの隣へ歩いていった。
「……あれ? 俺の隣じゃないの?」
「トーイは剣を持ってるから、ちょっと怖いのかもね」
チティが笑う。
「えっ、俺?」
「ふふ。マスターよ我はかっこいい剣。怖がられているのはお主では?」
腰の剣が声を上げた。
「いや。しゃべる剣の方が怪しいだろ!」
『剣にまで反応するトーイ』
『ジェシカちゃん、判断が的確かもしれん』
『わんお警備兵の次はしゃべる剣かw』
「師匠は怖くないぞ!」
「……主よ。今は女の子を安心させることに集中しろ」
「はい……」
トーイが素直に返事をすると、ジェシカは少しだけ笑った。
その様子を見て、チティも安心したように微笑む。
「よかった。じゃあ、みんなで隣町まで行こうね」
三人はジェシカを囲むように歩き始めた。
配達の荷物はまだ無事。目的地も変わらない。
ただし、今度は小さな女の子を安全に送り届けるという役目が加わった。
カーンは街道の先と周囲を確認し、チティはジェシカの歩調に合わせ、トーイは前方に注意を向ける。
「そういえば、ジェシカちゃん。お姉さんの名前はわかる?」
カーンが尋ねた。
「うん! アンジェお姉ちゃん!」
「アンジェさんだね。町に着いたら、そのお姉さんを探そう」
「うん!」
ジェシカは今度こそ、安心した様子で頷いた。
『ちゃんとギルドに連れていくの大事』
『このまま無事に到着してくれ』
『トンチンカン保護者モード』
『配達クエスト、無事に終わるといいな』
「よし、みんな。引き続き安全第一で行こう!」
トーイの声に、チティとカーンも頷いた。
ジェシカを連れた三人の配信は、そのまま街道の先へと続いていった。
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隣町に到着したトーイたちは、まず配達先へ荷物を届けた。
依頼を無事に終えた三人は、その足でジェシカを連れて冒険者ギルドへ向かった。
「ここが冒険者ギルドだよ」
カーンが建物を指さす。
「お姉ちゃん、いるかな?」
「受付のお仕事をしているんだよね。中に入って探してみよう」
チティがジェシカの手を取って、ギルドの扉を開けた。
中には冒険者たちの姿があり、受付では職員が忙しそうに仕事をしていた。
「あっ!」
ジェシカが声を上げた。
「お姉ちゃん!」
受付にいた女性が顔を上げる。
「ジェシカ!? あなた、今までどこに……!」
アンジェは受付から飛び出してきた。
「よかった……! いなくなったって聞いて、どこへ行ったのかと思ったわ!」
ジェシカを抱きしめ、何度も無事を確かめる。
「ごめんなさい……」
「もう、一人で遠くへ行っちゃ駄目でしょう!」
アンジェは叱りながらも、妹が無事だったことに心底ほっとしているようだった。
「すみません。街道で一人になっているところを見つけたので、保護して連れてきました」
カーンが説明する。
「あなたたちが……! 本当にありがとうございます!」
アンジェは三人に深々と頭を下げた。
「いえいえ。俺たちもちょうどこっちの町に来るところだったからな!」
トーイが笑顔で答える。
「配達の途中だったんですけど、ジェシカちゃんを一人にしておくわけにもいかなかったので」
チティが補足した。
「配達の途中に……そうでしたか。皆さんには本当にお世話になりました」
アンジェは改めて礼を言い、それからジェシカに向き直った。
「それで、ジェシカ。どうして一人で出かけたの?」
「……ゴールに行ってみたかったの」
「ゴール?」
アンジェが目を丸くした。
「どうしてまた、そんな遠くへ?」
ジェシカは少し恥ずかしそうに指先を合わせた。
「配信で見たの……アナスイさん」
「ああ! アナスイさんの配信ね」
アンジェはすぐに納得したような声を上げた。
「ジュリエットちゃんと遊んでいるところを見たの?」
「うん!」
ジェシカの顔がぱっと明るくなった。
「ジュリエットちゃん達コボルトさん、すっごく強いんだよ! それに、アナスイさんと楽しそうだったの!」
「それで、自分もコボルトと一緒に暮らしたくなったの?」
「うん……!」
ジェシカは勢いよく頷いた。
「わたしもコボルトさんと一緒に遊びたい! 強いし、かっこいいし……!」
「なるほどね……」
アンジェは妹の頭を撫でた。
「配信を見て憧れちゃったのね」
『なるほど、そういう理由かw』
『アナスイさんのファンだった』
『ジュリエットと遊んでるのを見たら、そりゃ羨ましくなるか』
『でも六歳でゴールまで一人で行くのは危ないぞw』
「でもね、ジェシカ」
アンジェは少しだけ真面目な顔になった。
「憧れるのはいいことだけど、一人で遠くまで行っちゃ駄目よ。途中で迷子になったら、今日みたいに困るでしょう?」
「……うん」
「それに、コボルトさんは遊ぶためだけにいるわけじゃないのよ」
「お仕事もしてるの?」
「そう。ゴールの町を守ってくれている、立派な警備兵さんたちなの」
アンジェの説明に、カーンが頷いた。
「そうですね。コボルトたちは普段、警備の仕事もしていますから」
「でも、金貨一枚で里親になれるって配信で聞いたことがあるわ。それは本当なの?」
アンジェが三人に尋ねた。
「うん。里親になることはできるぜ」
トーイが答えた。
「ただし、金貨一枚を払えばずっと一緒にいられる、ってわけじゃないんだ」
「どういうこと?」
「コボルトたちは警備兵として働いてるからな。仕事がある日は、ずっと里親と一緒にいるわけじゃないんだ」
「そうなんですね……。それなら、会いたいときにいつでも一緒にいられるわけではないのね」
アンジェは考え込んだ。
「そうだね。コボルトたちは週に四日、朝九時から夕方五時まで仕事をしているよ」
カーンが勤務時間を補足する。
「ただ、仕事が終われば町に帰ってくるし、ゴールまでも近いんだ。コボルトなら、ここから走って十分くらいで通えると思うよ」
「ち、近くない!?」
アンジェが思わず声を上げた。
「なんで!? 普通に歩いたら三時間はかかるわよ!?」
「まぁ、コボルトだしな」
トーイが平然と答えた。
『まぁ、コボルトだしなwww』
『説明になってるようでなってないw』
『三時間が十分になるのかよ』
『足が速いってレベルじゃねえぞw』
『ジェシカちゃん、仕事中以外は毎日会えるな』
「……いや、やっぱり納得できないわ!」
アンジェは驚いたまま首を振った。
「もちろん、ジェシカちゃんが一人で行ける距離という意味ではありませんよ」
カーンが付け加えた。
「ゴールに行くなら、必ず大人と一緒に行かないとね」
「うん! 今度はお姉ちゃんと一緒に行く!」
ジェシカは元気よく頷いた。
「そうね。今度はちゃんと相談してからにしましょう」
アンジェは妹を抱き寄せた。
「それに、里親になるなら、お世話のことも考えないといけないわね。コボルトさんにもお仕事があるんだから」
「うん……でも、わたし、コボルトさんと仲良くなりたい!」
「その気持ちは大切にしていいと思うよ」
カーンが優しく言った。
「ただ、相手にも都合があるからね。お互いに無理なく一緒に暮らせるように考えよう」
「わかった!」
ジェシカは嬉しそうに頷いた。
その様子を見て、アンジェもようやく笑顔になった。
「……それにしても、あなたたちには本当に助けられたわね」
アンジェが三人に向き直る。
「ジェシカを連れてきてくれて、本当にありがとう。皆さんが見つけてくれなかったら、どうなっていたことか……」
「気にしなくていいよ。配達もちゃんとやるしな!」
トーイが背負っていた荷物を軽く叩く。
「それじゃ、俺たちはそろそろ戻ろうか」
カーンが言った。
「そうだね。ジェシカちゃんも、今度はお姉さんと一緒にゴールへ行ってね」
チティが笑顔で手を振る。
「お兄ちゃんたち、ありがとう!」
ジェシカは満面の笑みで手を振り返した。
『いい話だった』
『ジェシカちゃん、今度はちゃんと大人と行こうな』
『アナスイさんのファンが増えたなw』
『トンチンカン、配達と迷子の保護お疲れさま!』
トーイはコメントを見て、得意げに笑った。
「よし! 配達完了、迷子も無事に送り届けた! 今日の仕事は上出来だな!」
「迷子は荷物じゃないでしょ」
チティがすかさず突っ込む。
「わかってるって!」
「主よ。最後まで気を抜くな」
「師匠、今くらい褒めてくれてもいいじゃん!」
『いつものトンチンカンだw』
賑やかな声がギルドに響く。
こうして、トンチンカンの配達クエストは無事に完了した。
ジェシカは姉のアンジェと一緒に、いつかゴールを訪れる日を楽しみにしていた。
今度は一人で出かけず、ちゃんとお姉ちゃんに相談すること。
それが、今日の小さな冒険でジェシカが学んだことだった。




