トンチンカン配信
「はい、というわけで! 本日のトンチンカン配信、始めます!」
トーイがカメラに向かって手を振った。
「今日は隣町までの配達クエストだ。荷物はこれ。依頼主から受取人まで、ちゃんと届けるぞ」
背負った荷物を軽く叩いて見せる。
「途中で荷物をなくしたり、壊したりしたら報酬が減るからね。みんな、気をつけてね」
チティが念を押した。
『おはトンチンカン!』
『待ってました』
『今日は配達かー』
『隣町なら街道沿いだな。最近あの辺、荷馬車が多いから気をつけろよ』
『カーン、今日も薬草採取する?』
「おはよう。街道の脇に薬草があれば、状態を見て採取するつもりだよ。もちろん、配達に支障が出ない範囲でね」
カーンが穏やかに答える。
「よし、それじゃ出発!」
トーイが歩き始める。
『今日も元気だなあ』
『登録から半年だっけ? 最初の頃から見てると、ずいぶん冒険者らしくなったよな』
『期待の新人トンチンカン』
「新人って言われるのも、そろそろ微妙な気がするんだけどなあ」
「まだDランクでしょ?」
「チティ、それはそうだけどさ!」
「登録して半年なら、まだ新人でいいんじゃないかな」
カーンまで加わり、トーイが二人を振り返った。
「お前ら、そっち側なのかよ!」
『トンチンカンのいつもの光景』
『仲良しでよろしい』
「……おい、主よ」
腰に吊るした剣から声がした。
「なんだよ、師匠」
「出発して早々に騒ぐな。周囲への注意がおろそかになる」
「いや、今のは二人が――」
「言い訳をするな。前方、右手の茂み。何かが動いたぞ」
トーイの表情が変わった。
すぐに足を止め、視線を茂みに向ける。
チティもカーンも、余計なことは言わなかった。
「……小型の魔物かな?」
カーンが周囲を観察する。
「足跡があるね。街道から少し外れてる。こっちに向かってきてるわけじゃなさそうだけど」
「なら、荷物を守れる位置で対処しよう。トーイ、前に出すぎないでね」
「わかってる!」
トーイは剣を抜いた。
茂みから飛び出してきたのは、小型の魔物が二匹。
一匹がトーイに向かって突進する。
「そこだ!」
トーイは正面から力任せに受け止めるのではなく、半歩だけ軸をずらして攻撃をかわした。魔物の体勢が崩れたところへ剣を振るう。
一撃で仕留めることはできなかったが、相手の動きを止めるには十分だった。
「トーイ、左!」
「見えてる!」
もう一匹が横から回り込もうとする。
その進路を、チティのバリアが塞いだ。
魔物が透明な壁にぶつかり、動きを止める。
「はい、こっちは通行止めね!」
その隙にカーンが弓を構えた。
狙いを定め、矢を放つ。
矢は魔物の急所を正確に捉え、相手を倒した。
『おお、連携いいな』
『チティのバリア、出すタイミングがうまい』
『カーン弓も使えるのか』
『最初の頃より明らかに動きがよくなってる』
「ありがとう。バリアは、早すぎても遅すぎても仲間の動きを邪魔することがあるからね」
チティはそう答えながら、トーイの様子を確認した。
「トーイ、怪我は?」
「大丈夫!」
「ならいいけど、あとでちゃんと確認するからね」
「はいはい」
「返事は一回!」
『チティ先生w』
『回復役のチェックは大事』
トーイが剣を鞘に収める。
「よし、問題なし! さすが俺たち!」
「主よ」
「……なんだよ、師匠」
「最後の一撃、少々大振りだったな」
「倒したじゃん!」
「相手が弱かったからだ。今の動きを強い魔物相手にやれば、反撃を受けるぞ」
トーイは一瞬だけ口を尖らせたが、すぐに剣を見下ろした。
「……次は気をつける」
「うむ。反省できるならよい」
『師匠、今日も容赦ない』
『でもこういうところがトーイの強さなんだよな』
『ちゃんと聞いてるのが偉い』
「コメント欄まで師匠の味方かよ!」
トーイがぼやくと、チティが笑った。
「だって、師匠の言ってることは正しいもの」
「チティまで!」
「ふふっ」
その横で、カーンは倒した魔物と周囲の草を確認していた。
「この辺り、薬草が生えてるね。踏まれたものもあるけど、こっちは状態がいい」
「採取していくの?」
チティが尋ねる。
「うん。依頼の荷物は無事だし、少しだけなら時間にも余裕があるからね。これは初級の回復薬に使える薬草だよ」
カーンは必要な分だけを丁寧に摘み、残りはそのままにしておく。
「全部採らないんだね」
「根こそぎ採ると、次に生えてこなくなることがあるから。必要な分だけにしておくほうがいいんだ」
『さすがカーン』
『採取の基本だな』
『その葉っぱ、裏側も確認するといいぞ。似た草が混じってることがある』
カーンはコメントを確認し、摘み取った葉を裏返した。
「本当だ。似ているけど、葉脈が少し違うね。教えてくれてありがとう。これは別の種類だ」
「コメントからも勉強してるのか」
トーイが感心したように言う。
「知らないことを教えてもらえるのはありがたいよ。実際に確認できることなら、自分でも確かめたいしね」
「カーンらしいね」
チティが微笑んだ。
三人は採取した薬草を整理し、改めて街道を進み始めた。
半年間の修行と実戦経験は、三人を着実に成長させていた。
前を見て戦うトーイ。仲間を守り、必要なときには回復するチティ。戦闘も採取もこなし、知識を広げていくカーン。
配信の向こう側でも、三人の成長を見守る視聴者たちがコメントを交わしていた。
『こういう普通の冒険者配信、好きだわ』
『ちゃんと成長してるのが見られるのいいよな』
『隣町まで何事もなく着きますように』
『フラグ立てるなw』
「ん? 最後のコメント、何?」
トーイが画面を覗き込む。
「気にしなくていいんじゃないかな」
カーンが笑顔で言った。
「そうそう。配達を終わらせて、帰りにギルドへ報告すればおしまい。今日は平和にいこうね」
チティの言葉に、三人はいつもどおり歩いていく。
配信は順調だった。
だが、隣町への道のりはまだ続いている。
街道を進むことしばらく。
「この先、少し道幅が狭くなるね」
カーンが地図を確認しながら言った。
「荷馬車がすれ違うのは難しそうだな。こういうところは、向こうから来る相手にも注意しないと」
「了解。チティ、荷物は大丈夫?」
「うん。固定できてるよ。何かあってもすぐ動けるようにしておくね」
『こういう確認ができるの、ちゃんとしてるよな』
『新人向けのお手本配信』
『この先は見通し悪いから注意な』
「ありがとう。確かに、あの曲がり角の先が見えないね」
カーンが答えた、そのときだった。
「止まれ!」
街道の先から男の声が響いた。
木陰や岩陰から、武器を持った男たちが次々と姿を現す。
「荷物を置いていけ! 命が惜しけりゃ抵抗するな!」
「……山賊か」
トーイが剣の柄に手をかけた。
「配達中なんだけどなあ。こういうのって、依頼の時間が遅れたらどうなるんだろ」
「今はそこを心配してる場合じゃないでしょ」
チティが呆れたように返す。
カーンは山賊たちの人数と立ち位置を素早く確認した。
「前に四人、後ろに二人。逃げ道を塞ぐつもりみたいだね。後ろの二人は、僕たちが引き返さないか見てる」
「じゃあ、手早く片づけよう!」
トーイが剣を抜いた。
『お、対人戦だ』
『相手の人数をちゃんと見てる』
『配達物を守れー!』
「主よ。先ほどの魔物よりは、多少は頭を使う相手だぞ」
「わかってるって、師匠!」
山賊の一人が斧を振りかぶって突っ込んでくる。
トーイは真正面から受け止めず、攻撃をかわして相手の体勢を崩す。そのまま剣の腹で腕を打ち、武器を落とさせた。
別の男が横から迫る。
「そこは通さないよ!」
チティがバリアを展開。男の進路を遮った隙に、カーンが弓を構える。
「武器を捨てて。まだ引き返せるよ」
警告を無視して男が突っ込んできたため、カーンは矢を放った。矢は男の武器を弾き飛ばし、攻撃を止める。
後方の二人が逃げようとした瞬間、カーンが初級の風魔法を使った。
吹き抜ける風に足を取られ、二人がよろめく。
「逃がさないよ」
「くそっ、ガキどもが!」
「ガキでも冒険者だからな!」
トーイが言い返し、残った山賊へ向かう。
剣の師匠の指導で身につけた動きは、以前よりずっと無駄が少ない。相手の攻撃を見て、かわし、武器を弾き、確実に戦闘能力を奪っていく。
チティは前衛の動きを妨げない位置を保ち、必要な場所にだけバリアを張った。反撃を受けかけたトーイを守り、軽い傷を負った仲間にはすぐ回復魔法を使う。
カーンは弓と魔法を使い分け、相手の逃走経路を塞ぐ。
戦闘が終わるまで、さほど時間はかからなかった。
街道に倒れた山賊たちを見回し、トーイが剣を鞘に収める。
「よし、全員確保!」
「怪我は?」
「俺は大丈夫。カーンは?」
「問題ないよ。チティのおかげだね」
「二人とも、無事ならよかった」
チティはほっと息をついた。
『三人とも落ち着いてたな』
『連携がいい』
『山賊の武器も回収しとこう』
『こいつら、常習犯かもしれんぞ』
カーンが武器をまとめながら答える。
「そうだね。街道で人を襲っているなら、町の衛兵か冒険者ギルドに引き渡したほうがいいと思う」
「でも、ここから隣町までまだ距離があるぞ?」
トーイが山賊たちを見下ろす。
「全員連れて歩くのは大変だよね」
チティも困った顔をした。
カーンは配信画面に流れるコメントを確認していた。
『街道の警備隊に連絡できないか?』
『この辺ならコボルト警備兵が巡回してるはず』
『さっきの場所、道標があっただろ。場所を伝えれば来てくれるんじゃね?』
「コボルト警備兵か。それならお願いできるかもしれないね」
カーンが答えたところで、街道の向こうから馬車の車輪が転がる音が聞こえてきた。
ガラガラ、ゴトゴト。
やってきたのは、小さな檻をいくつも積んだ荷馬車だった。
御者台に座っているのは、制服と帽子を身につけたコボルトの警備兵。
「わんお!」
コボルト警備兵は三人を見ると、片手を上げた。
「お、来てくれたんだ!」
トーイが手を振り返す。
「わふ?」
コボルト警備兵は地面に転がされた山賊たちを見て、それから三人を見上げた。
「山賊だよ。街道で襲ってきたんだ。武器はまとめてあるし、全員確保してる」
カーンが説明する。
「わんわんお!」
「そうそう。人数は六人。ほかに仲間がいるかどうかは、まだ確認中」
「わふ、わんお!」
コボルト警備兵は何度か頷き、馬車を降りると、手慣れた様子で山賊たちを檻へ誘導し始めた。
「え、今ので通じたの?」
トーイが思わず尋ねる。
「わんお!」
コボルト警備兵は胸を張った。
「いや、通じたのはわかるけどさ!」
『わんおwww』
『この警備兵、言葉は通じてるから大丈夫』
『コボルト警備兵きたー!』
『檻付き馬車、仕事が早い』
『トンチンカンもすっかり地元の冒険者だな』
チティは檻の扉がきちんと閉まったのを確認し、ほっとした。
「これなら安心だね。あとは警備隊に任せられる」
「わんわんお!」
コボルト警備兵は親指を立てるような仕草をした。
「うん、頼んだよ!」
トーイが笑顔で返す。
「わんお!」
「……本当に何を話してるのか、わかってるんだよね?」
チティが小声で聞いた。
「わふ?」
コボルト警備兵が振り向く。
「いや、なんでもないよ!」
チティは慌てて首を振った。
『チティ、失礼だぞw』
『わふ? で全部解決する警備兵』
『仕事は完璧だから問題なし』
カーンは警備兵に軽く頭を下げた。
「引き受けてくれてありがとう。僕たちは配達の途中だから、先へ進むね」
「わんお!」
「じゃあ、頼むな!」
トーイが声をかける。
「わんわんお!」
コボルト警備兵は元気よく返事をし、檻を積んだ馬車を走らせていった。
ガラガラ、ゴトゴト。
山賊たちの乗った馬車が遠ざかる。
三人はその後ろ姿をしばらく見送った。
「……よし、これで解決!」
トーイがパンと手を叩いた。
「配達、再開しよう!」
「今度こそ寄り道しないでね」
チティが笑う。
「薬草の確認はもう終わったから大丈夫だよ」
カーンも地図をしまった。
『いってらっしゃい』
『配達がんばれー』
『次回、トンチンカン山賊を拾う』
『拾わねえよw』
「拾わないからな!」
トーイはコメントに突っ込みながら歩き始めた。
チティとカーンも続く。
配信は途切れることなく、いつもの調子で続いていく。
三人の冒険は、まだまだこれからだった。




