ゴールを空から配信
ある日の午後。
ゴールの町の上空に、六台の浮遊バイクと一台の円盤型飛行装置が集まっていた。
「皆さん、準備はいいですか?」
EVを手にしたシルヴァが、配信画面に向かって笑顔を見せる。
今回の配信者は、強欲大陸の勇者シルヴァ。
エキドナの屋敷に通うようになってから、彼もすっかり配信に慣れていた。
『シルヴァ様の配信だ!』
『今日は何をするんだ?』
『後ろの乗り物、何!?』
『またエキドナが変なこと始めてるw』
「今日はですね!」
シルヴァが胸を張った。
「エキドナの皆さんと、空からゴールの町を見て回ろうと思います!」
白い浮遊バイクに乗るマドカ。
緑色の浮遊バイクに乗るナナリー。
赤い浮遊バイクに乗るアリシア。
そして、リゼットも予備の浮遊バイクに乗っている。
シルヴァ自身も黒を基調とした機体にまたがっていた。
その隣には、もう一台。
側面に美しい薔薇の絵が描かれた、赤紫色の浮遊バイクがあった。
「まぁ……!」
アナスイは、その機体をうっとりと見つめていた。
「本当に素敵ですわ! ニコラさん、ありがとうございます!」
「うん~。薔薇の絵を入れたいって頼まれたからね~」
ニコラが、すぐ隣の円盤型飛行装置から答える。
「機体の色も、それに合わせて調整してみたよ~」
「ええ! 本当に気に入りましたわ!」
アナスイが嬉しそうに微笑んだ。
彼女は、ナナリーやジュリエットと一緒に空を飛ぶため、ニコラに特別な機体を依頼していたのである。
その後部座席には、もちろんジュリエットが乗れるスペースがある。
「わんお?(ここに乗るの?)」
赤い警備服姿のジュリエットが、後部座席を覗き込んだ。
「そうですわ! 今日はジュリエットと一緒に空の旅ですの!」
「わんおお!(やったー!)」
ジュリエットは喜び、後部座席によじ登った。
安全ベルトを装着して、準備完了。
一方、アナスイ自身は浮遊バイクに乗るのが初めてだった。
「……本当に空を飛べるのですわね?」
「もちろん~。まずはオート操縦でいこうね~」
ニコラが説明する。
「行き先と高度を設定すれば、あとは自動で飛んでくれるよ~。自分で操作したくなったら、ハンドルを握って手動に切り替えればいいからね~」
「なるほど……!」
アナスイがハンドルを握った。
「では、初めての空の旅……参りますわ!」
スイッチを押す。
フワリ。
「きゃっ!」
機体が地面から浮き上がった。
ゆっくりと。
ほんの少しずつ。
やがて、地面から数メートルの高さまで浮かび上がる。
「…………」
アナスイは、思わず息を呑んだ。
眼下に広がるゴールの町。
遠くまで続く街道。
風に揺れる草原。
そのすべてが、今までとは違う角度から見えていた。
「……すごいですわ」
その声は、いつもの堂々としたものとは少し違っていた。
「本当に、空を飛んでいますのね……!」
「わふ!(すごい!)」
後ろのジュリエットも、身を乗り出すようにして景色を眺めていた。
もちろん、安全ベルトはしっかり装着済みだ。
「ジュリエット、見てくださいまし! あちらに町が見えますわ!」
「わんお!(見える!)」
「そして、あちらには森が!」
「わふ!(森だ!)」
アナスイは感動していた。
初めての空の旅。
しかも、大切なジュリエットと一緒。
「……最高ですわ!」
思わず声が弾んだ。
その様子を見ていたマドカが笑う。
「アナスイ、楽しそうだね!」
「ええ! マドカさん、これは素晴らしいですわ!」
ジュリエットも尻尾を振っている。
どうやら、二人とも大満足らしい。
◇ ◇ ◇
「それでは、出発しましょう!」
シルヴァがEVを掲げた。
「本日はゴールの町を空から巡る、特別な配信です!」
六台の浮遊バイクと円盤型飛行装置が、一斉に動き始めた。
先頭を飛ぶのは、マドカの白いバイク。
その隣を、ナナリーの緑色のバイクが並走する。
アリシアの赤いバイクが少し後方につき、リゼットとシルヴァが左右を固める。
アナスイの薔薇の機体は、ジュリエットを乗せてゆっくりと最後尾を進んでいた。
そしてニコラの円盤型飛行装置は、全体を見渡せる位置をふわふわと移動している。
「おおおお!」
シルヴァが、思わず歓声を上げた。
「これは楽しい!」
風が頬を撫でる。
眼下では、ゴールの町が少しずつ遠ざかっていく。
彼は思わず両手を広げた。
「すごい! これは楽しい! 僕は空の支配者になっている!」
「なってないわよ」
すぐ横から、リゼットの冷静な声が飛んできた。
「空くらい自分で飛びなさい」
「まだ無理ですよ!」
シルヴァが即座に反論する。
「僕は魔法で空中に浮かぶことはできますけど、こんな速度で自由自在に飛び回るのは難しいんです!」
「そう」
「そう、じゃないですよ! 今の僕は、この素晴らしい魔道具によって空を自由に移動できるんです!」
シルヴァが再び両手を広げた。
「これぞ、空の支配者!」
「ただの乗客でしょう?」
「リゼット様、夢がないですね!?」
マドカが吹き出した。
「あははは! シルヴァ、絶対楽しんでるでしょ!」
「ええ! こんな経験、なかなかできませんからね!」
『空の支配者www』
『乗せてもらってるだけじゃないかw』
『リゼット様のツッコミが容赦ないw』
『シルヴァ様、すごく楽しそうで草』
シルヴァはコメントを見て、さらに笑った。
「何とでも言ってください! 今の僕は、間違いなく空の支配者です!」
「じゃあ、今度は自分の力で飛んでみなさい」
「それはまだ無理ですってば!」
再び笑いが起こった。
アナスイも、そのやり取りを見ながら楽しそうに微笑んでいた。
「ふふっ。シルヴァ様は本当に楽しそうですわね」
「わんお!(あの人、元気だね!)」
「そうですわね、ジュリエット」
薔薇の描かれた機体が、青空をゆっくりと滑っていく。
初めて空を飛んだアナスイにとっても、シルヴァのはしゃぎようは少し新鮮だった。
◇ ◇ ◇
しばらく、ゴールの町を見下ろしながら飛行を続けた。
商業区。
住宅区。
工房街。
牧場。
そして、森へ続く街道。
マドカはカメラを向けながら、視聴者に景色を紹介していた。
「この道をまっすぐ進むと、森の入口に出るよ! 普段は冒険者や警備のコボルトたちが、ここを通っているんだ!」
『空から見ると、町の広さがよく分かるな』
『バイクって観光にも便利なんだな』
『ジュリエット、景色楽しんでる?』
「わんおお!(楽しんでるよ!)」
ジュリエットは嬉しそうに尻尾を振った。
ナナリーが振り返って笑う。
「ジュリエット、気に入ったみたいだね!」
「わふ!(うん!)」
アナスイも満足そうに頷いた。
「ええ。連れてきてよかったですわ!」
そのときだった。
「……ん?」
マドカが、森の奥に視線を向けた。
「ねえ、あそこ。何か見えない?」
森のさらに向こう。
切り立った岩山が連なっている。
その一角に、巨大な洞窟のような穴が開いていた。
「……あれは?」
アリシアが高度を調整して近づく。
すると、岩山の周囲に、巨大な爪痕がいくつも残されているのが見えた。
さらに、地面には大きな鱗が落ちていた。
「……ドラゴンの痕跡ですね」
シルヴァが真剣な顔になった。
「この大きさ……かなり上位の個体でしょう」
「ドラゴン?」
マドカの目が変わった。
そして。
「……レア素材じゃん」
「…………」
リゼットが目を閉じた。
「マドカ」
「なに?」
「今、何を考えたの?」
「いやぁ、だってドラゴンだよ? 鱗とか素材になりそうじゃん!」
「……そうね」
リゼットはため息をつく。
「否定はしないわ」
「でしょ!」
「ただし、巣の中に何匹いるか分からない。無闇に近づくのは危険よ」
その言葉に、シルヴァも頷いた。
「リゼット様の言うとおりです。ドラゴンは非常に危険な魔物ですから、まずは状況を確認しましょう」
「うん!」
マドカは即答した。
そして。
「じゃあ、近くまで行ってみよう!」
「話を聞いていましたか!?」
シルヴァが叫んだ。
◇ ◇ ◇
岩山の上空。
一同は距離を保ちながら、ドラゴンの巣を観察していた。
すると、巣穴の奥から巨大な影が現れた。
一匹。
二匹。
さらに、奥からもう一匹。
「……三匹か」
アリシアが呟いた。
その姿は、全長十数メートルを超える大型のドラゴンだった。
黒い鱗。
鋭い角。
巨大な翼。
口元から漏れる魔力の輝き。
どう見ても、普通の冒険者が簡単に相手にできる魔物ではない。
そのうちの一匹が、上空に浮かぶ一行に気づいた。
グルルルルル……!
低い唸り声が響く。
そして。
ドラゴンが翼を広げた。
「来ます!」
シルヴァが叫んだ。
だが、マドカたちは落ち着いていた。
「三匹かぁ。レア素材が三匹分!」
「マドカ、数えるのは倒してからにしなさい」
リゼットが苦笑する。
「はーい!」
そのとき、アナスイが後部座席を振り返った。
「ジュリエット、少しの間、ニコラさんと一緒にいてくださいまし」
「わんお?(アナスイは?)」
「わたくしも、少しお仕事をしてまいりますわ!」
アナスイは薔薇の描かれた浮遊バイクをニコラの円盤型飛行装置へ寄せた。
ジュリエットを安全に移動させ、ニコラのそばへ預ける。
「ニコちゃん、ジュリエットをお願いしますわ!」
「は~い。安全装置もあるし、こっちは任せて~」
「わんお!(いってらっしゃい!)」
ジュリエットはニコラの隣に座り、空中に浮かぶ円盤から戦場を見下ろした。
アナスイは再び自分のバイクへ戻る。
そして、腰に携えていた剣を抜いた。
刀身に魔力が走る。
赤紫色の光が剣を包み込み、刃の周囲に魔法陣が浮かび上がった。
「さて……わたくしも、勇者として働かせていただきますわ!」
アナスイの表情が変わる。
華やかな笑顔はそのままに、目つきだけが戦士のものになっていた。
彼女は浮遊バイクをオート操縦へ切り替えると、自ら空中へ跳んだ。
魔法剣の力で身体を加速させ、迫ってくるドラゴンへ向かう。
「はあっ!」
閃光。
ドラゴンの翼の付け根へ、鋭い斬撃が走った。
竜が苦しげに咆哮する。
「まずは一撃ですわね!」
アナスイは空中で姿勢を整え、再び剣を構えた。
『アナスイさんも参戦!?』
『魔法剣かっこいい!』
『さすがSランク勇者!』
そして――。
「僕も負けていられませんね!」
シルヴァが両手を広げた。
周囲の空気が変わる。
地上の湖から、森の中を流れる川から、膨大な水が引き寄せられていった。
「集まれ――!」
水が空中で渦を巻く。
細長い身体。
巨大な頭部。
鋭い牙。
やがて、巨大な水の大蛇が姿を現した。
「いけぇぇぇぇ!」
シルヴァの声とともに、水蛇が飛び出した。
ドラゴンの一匹へ真正面から突撃する。
ドォォォン!!
巨大な水流が竜の身体を包み込み、そのまま岩山へと押し戻した。
「よし!」
シルヴァが拳を握る。
「これなら動きを止められます!」
「相変わらず派手ね」
リゼットが感心したように呟いた。
「ええ! 見せ場ですからね!」
シルヴァは満面の笑みだった。
しかし、その直後。
別のドラゴンがシルヴァへ向かって急降下してきた。
「うわっ!?」
シルヴァは慌てて水蛇を操る。
水の尾が竜の進路を塞ぎ、間一髪で直撃を防いだ。
「危ないじゃないですか!」
「ドラゴンに文句を言っても仕方ないでしょう!」
アリシアが笑いながら、赤いバイクを旋回させた。
彼女は魔力弾を連続して放ち、ドラゴンの注意を引く。
その隙に、ナナリーが緑のバイクで高度を上げた。
「マドカ、右側が空いたよ!」
「了解!」
白いバイクが急加速する。
マドカはドラゴンの頭上を飛び越え、すれ違いざまに剣を振るった。
鋭い斬撃が竜の背中を走る。
さらに――。
「こちらも忘れないでくださいまし!」
アナスイが反対側から飛び込んだ。
魔法剣が光る。
連続する斬撃が、ドラゴンの動きを封じていく。
シルヴァの水蛇がその巨体を押さえ込み、マドカとアナスイが左右から攻撃を加えた。
ついに一匹目のドラゴンが地面へ落下する。
ドォォォン!!
「一匹目!」
マドカが叫んだ。
「まだ二匹いますわよ!」
アナスイが返す。
「分かってるって!」
その直後、二匹目のドラゴンが大きく翼を広げた。
口元に膨大な魔力が集まっていく。
「ブレスです!」
シルヴァが叫ぶ。
だが、リゼットは慌てなかった。
「ニコラ、周囲の安全をお願い」
「は~い」
円盤型飛行装置の周囲に、巨大な防御結界が広がった。
ニコラとジュリエット、そして配信装置が安全圏に入る。
「これで大丈夫~」
「わんお!?(みんな、すごかった……!)」
ジュリエットが目を輝かせている。
その間にも、ドラゴンがブレスを放った。
巨大な光線が空を貫く。
しかし――。
「遅いわね」
リゼットが片手を上げた。
空間に魔法陣が展開され、ブレスの軌道が歪む。
光線は一行から逸れ、誰もいない岩山へと突き刺さった。
轟音。
岩壁が吹き飛び、巨大な煙が上がる。
「……リゼット様、やっぱりとんでもないですね」
シルヴァが呆然と呟いた。
「感心している暇があるなら、次をお願い」
「はい!」
シルヴァは再び水を操った。
巨大な水蛇が空中を駆ける。
今度はドラゴンの首から胴体へと巻きつき、動きを封じた。
「今ですわ!」
アナスイが剣を構える。
魔法剣に込められた力が一気に高まり、赤紫色の光が刃を包み込んだ。
「参ります!」
一閃。
続いて、マドカの斬撃。
さらにアリシアの魔力弾が命中する。
ドラゴンの巨体が大きく傾いた。
最後に、リゼットの魔法が炸裂した。
ズドォォォン!!
二匹目のドラゴンも地面へ落ちた。
「二匹目!」
「残り一匹ですわね!」
アナスイは剣を構え直す。
最後のドラゴンは、仲間が次々と倒されたことで警戒したらしい。
大きく旋回し、巣穴へ向かって逃げようとしていた。
「逃がしませんよ!」
シルヴァが手を掲げる。
水蛇が一気に伸び、ドラゴンの前方へ回り込んだ。
その隙に、ナナリーが進路を塞ぐ。
アリシアも反対側から接近。
ドラゴンは方向転換しようとした。
そこへ――。
「はい、終わり!」
マドカが一気に距離を詰めた。
一閃。
リゼットの魔法が重なる。
アナスイの魔法剣が最後の一撃を加えた。
巨大な竜が地上へ落下する。
ドォォォン!!
静寂。
数秒後。
「……終わった?」
シルヴァが呟いた。
「終わったわね」
リゼットが答える。
「…………」
シルヴァはEVを見つめた。
配信はもちろん、ずっと続いていた。
『三匹とも倒した!?』
『アナスイさんも強い!』
『シルヴァの水蛇、迫力ありすぎ!』
『これ本当に空の観光配信だったよなw』
マドカは満足そうにドラゴンを見下ろした。
「よし!」
そして。
「じゃあ、素材を回収しよう!」
「結局、それが一番楽しみなのね……」
リゼットが苦笑した。
「だってレア素材じゃん!」
「まあ、それはそうね」
アナスイも剣を収めながら頷く。
「これほどのドラゴンなら、魔法剣の研究にも役立ちそうですわ!」
シルヴァも目を輝かせた。
「鱗に牙、爪、魔石……。これだけの素材があれば、いろいろ研究できますね!」
「でしょ!」
マドカが笑った。
「グレタもニコラも喜びそう!」
◇ ◇ ◇
戦闘が終わり、一同はニコラの円盤型飛行装置のそばへ戻った。
「みんな、お疲れさま~」
ニコラが笑顔で迎える。
「わんおお!(みんな、すごかった!)」
ジュリエットは嬉しそうに尻尾を振っていた。
アナスイはジュリエットのそばへ寄り、優しく頭を撫でる。
「お待たせしましたわ、ジュリエット」
「わふ!(かっこよかった!)」
「ふふっ。ありがとうございますわ!」
アナスイは心底嬉しそうだった。
初めての空の旅。
初めての浮遊バイク。
そして、空中でのドラゴン討伐。
予想していた観光とはまるで違ったが、忘れられない体験になった。
一方、シルヴァはEVの画面を見ながら、満面の笑みを浮かべていた。
「皆さん! 今日の配信、いかがでしたか!」
『最高だった!』
『シルヴァ様も普通に強かった!』
『アナスイさんの魔法剣もすごい!』
『でも、最初は空の観光だったよなw』
「ええ! 僕もそう思います!」
シルヴァは元気よく答えた。
「ですが、エキドナではこういうこともあるんです!」
「いや、普通はないからね?」
マドカが即座に突っ込む。
「えっ?」
「ドラゴンの巣を見つけたら毎回倒す、みたいなことにはならないから!」
「……そうなんですか?」
「そうだよ!」
アナスイが上品に笑う。
「でも、今回の素材は本当に素晴らしいですわね。わたくしも参加できてよかったですわ!」
「そうそう!」
マドカが頷く。
「また一緒に飛ぼうね!」
「ぜひ!」
アナスイが嬉しそうに答えた。
こうして。
空からゴールを案内するはずだった配信は――。
Sランク勇者二人も加わった、ドラゴン三匹の討伐と希少素材の大量回収という大騒ぎへ変わったのだった。




