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落内円は落ちている  作者: 七風


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第十九階層・限界の戦場

 第十八階層を抜けた一行は、長い階段を下っていた。


「……長いですね」


 エレノアが呟く。


「第十九階層だからな」


 ガレスが前を歩きながら答えた。


 マドカは後ろを振り返る。


「クロード、大丈夫?」


「……大丈夫だ」


 クロードの背中には、例の石棺がある。


「ヴァルトと交代する?」


「まだいい」


 クロードが苦笑した。


「昨日から何度聞かれたと思ってる?」


「五回くらい?」


「もっとだ」


 その後ろでは、ヴァルトが笑っている。


「俺はいつでも代わるぞ」


「分かってる」


「なら遠慮するな」


「……お前、意外と優しいな」


「意外は余計だ」


 そんなやり取りを続けながら、長い階段を下っていく。


 やがて、前方に巨大な扉が現れた。


「……着いたな」


 ガレスが足を止める。


 全員が武器を確認する。


 十九階層。


 ここまで来たことで、誰もがこれまでとは違う緊張を感じていた。


「開けるぞ」


 ガレスが扉へ手をかける。


 ギィィィ……。


 重い音を立てて扉が開いた。


     ◆


「……」


 その先に広がっていたのは、巨大な荒野だった。


 空は暗く、遠くには山々がそびえている。


 大地には巨大な岩が転がり、ところどころから赤い光が漏れていた。


 そして。


「……魔物」


 セリナが呟く。


 荒野の向こうに、無数の魔物が立っていた。


 グレイブハウンド。


 ロックリザード。


 サラマンダー。


 アラクネウィーバー。


 これまでの階層で出会った魔物たち。


 しかし――。


「……同じ種類なのに」


 リゼットが目を細める。


「明らかに違うわ」


 魔物たちから漏れる魔力が、これまでとは比較にならない。


「強くなっています」


 エレノアが剣を抜いた。


「しかも、かなり」


 セリナが弓を構える。


 ガレスが剣を握り直した。


「全員、気を抜くな!」


 その声が響いた瞬間。


 魔物たちが一斉に走り出した。


     ◆


「来るぞ!」


 ブリジットが盾を構える。


 グレイブハウンドが突っ込んできた。


 ドンッ!


「っ……!」


 盾と魔物が激突し、ブリジットの身体が後ろへ押される。


「重い……!」


「セリナ!」


「任せて!」


 矢が飛ぶ。


 一発。


 二発。


 三発。


 魔物の身体へ次々と突き刺さる。


 しかし、それでも止まらない。


「まだ動く!?」


「ニコラ!」


「はいは~い!」


 魔導銃が火を噴いた。


 ズパンッ!


 頭部が吹き飛ぶ。


「一体!」


 だが、その横から別の魔物が飛び込んでくる。


「カトリーヌ!」


「分かってます!」


 魔導銃から放たれた弾丸が魔物の脚を撃ち抜いた。


「今!」


 リゼットが踏み込む。


 魔法が炸裂し、魔物を吹き飛ばした。


「まず一群!」


 しかし、荒野の向こうにはまだ無数の敵がいる。


「……多すぎるでしょう」


 カトリーヌが呟いた。


「これでも一部よ」


 リゼットが答える。


「冗談でしょう?」


「残念ながら本当よ」


     ◆


 戦闘はさらに激しくなっていった。


 ブリジットが前線で攻撃を受け止める。


 ガレスとヴァルトが左右を固め、クロードも石棺を背負ったまま剣を振るう。


 セリナは高所から魔物の弱点を撃ち抜き、リゼットは戦場を駆けながら魔法を叩き込む。


 ニコラとカトリーヌは並んで魔導銃を撃ち続けていた。


「右!」


「分かってる!」


 二人の弾丸が同時に放たれ、一体のサラマンダーを撃ち抜く。


 しかし次の瞬間。


 別のサラマンダーが炎を吐き出した。


 ゴオオオオ!


「熱っ!」


 ニコラが飛び退く。


 その腕を炎が掠めた。


「ニコラ!」


「大丈夫~」


 笑ってみせるが、腕には火傷が残っている。


「大丈夫じゃないでしょう!」


 ミレイユが駆け寄る。


「動かさないで」


 淡い光が傷を包む。


「《治癒》」


 火傷が消えていく。


「……ありがとう」


「まだ戦える?」


「もちろん~」


 ニコラが魔導銃を構え直す。


「じゃあ、もう一回!」


「無理はしないでね!」


「ミレイユもね~」


「私は大丈夫よ」


 ミレイユが笑った。


 だが、その直後。


 横からロックリザードが突進してきた。


「ミレイユ!」


 ブリジットが盾を滑り込ませる。


 ガァン!


「きゃっ!」


 衝撃で二人が吹き飛ぶ。


「ブリジット!」


 ミレイユが起き上がる。


「私は大丈夫です!」


「本当に?」


「はい!」


 ブリジットが立ち上がる。


 しかし、その肩から血が流れていた。


「……ブリジット」


「これくらい!」


「駄目です」


 ミレイユが手をかざす。


「《治癒》」


 傷が塞がる。


「これでいいです」


「ありがとうございます」


「まだ終わってませんよ」


 ミレイユが前を見る。


「行きましょう」


「はい!」


     ◆


 時間が経つほど、戦況は厳しくなっていった。


 倒しても倒しても、魔物が次々と押し寄せてくる。


「まずい!」


 ガレスが叫ぶ。


 サラマンダーの炎が荒野を走る。


 ブリジットが盾を構えるが、炎を受けた瞬間に膝をついた。


「ぐっ……!」


「ブリジット!」


 ミレイユが駆ける。


「下がって!」


「でも――」


「いいから!」


 ミレイユが治癒魔法を発動する。


 その間にも魔物が迫ってくる。


「私が止めます!」


 ミレイユが杖を掲げた。


 光の壁が展開される。


 ドォン!


 魔物の攻撃を受け止める。


「今です!」


 セリナの矢が飛ぶ。


 リゼットの魔法が重なる。


 ニコラとカトリーヌの魔導弾が続く。


 魔物が倒れた。


「……はぁっ……」


 ミレイユが息を吐く。


 だが、その顔には明らかな疲労が浮かんでいる。


「ミレイユ、大丈夫?」


 セリナが尋ねる。


「まだ大丈夫よ」


 そう答えた直後。


 背後から魔物が飛び込んできた。


「危ない!」


 セリナが弓を振り抜く。


 魔物の爪が彼女の腕を掠めた。


「っ……!」


「セリナ!」


 ミレイユが駆け寄る。


「大丈夫!」


「見せて」


「本当に大丈夫だから!」


「見せて!」


 珍しく強い声だった。


 セリナが黙って腕を差し出す。


「……《治癒》」


 傷が消えていく。


「ありがとう」


「まだ戦える?」


「ええ」


 セリナが弓を握る。


「むしろ、ここからよ」


 ミレイユが微笑んだ。


「そうね」


     ◆


 その頃。


 マドカは少し離れた場所で戦場を見つめていた。


 まだ、剣を振っていない。


 隣にリゼットがやってくる。


「行かないの?」


「うん」


 マドカは仲間たちを見る。


「みんなが頑張ってるから」


「……そう」


「ここまで強い魔物と戦えるんだね」


 マドカが嬉しそうに笑う。


「みんな、すごいよ」


 リゼットも小さく笑った。


「そうね」


 しかし、その直後。


 巨大な魔力が膨れ上がった。


「……来るわ」


 リゼットが杖を握る。


 荒野の奥から、一際巨大な魔物が姿を現した。


 これまでの魔物とは明らかに違う。


 全身を黒い岩のような外殻が覆い、四本の腕を持つ巨大な魔獣。


「……あれは」


 エレノアが息を呑む。


「私も知らない種類です」


 リゼットが呟く。


「なら――」


 ガレスが剣を構える。


「全員で倒すぞ!」


     ◆


 巨大魔獣が咆哮した。


 大地が震える。


「来る!」


 ブリジットが盾を構えた。


 巨大な拳が振り下ろされる。


 ドォォォン!


「ぐあっ!」


 ブリジットが吹き飛ばされた。


「ブリジット!」


 ミレイユが駆け寄る。


「大丈夫です!」


「無理しないで!」


「まだ……立てます!」


 ミレイユが治癒魔法をかける。


 その間にリゼットが魔法を放つ。


「《束縛》!」


 魔力の鎖が魔獣を縛る。


「セリナ!」


「分かってる!」


 矢が飛ぶ。


 ニコラとカトリーヌが撃つ。


 ガレスとクロードが左右から斬り込む。


 ヴァルトが正面から攻撃を受け止める。


 しかし。


 魔獣は止まらなかった。


「嘘……!」


 カトリーヌが後ずさる。


「効いてない!?」


「効いてる!」


 リゼットが叫ぶ。


「でも、再生してる!」


 傷口から黒い魔力が噴き出し、瞬く間に肉体が修復されていく。


「だったら!」


 リゼットが杖を掲げた。


「全員、下がって!」


 全員が一斉に後退する。


 空が暗くなる。


 大地が震えた。


「……また、あれ?」


 マドカが目を輝かせる。


「そうよ」


 リゼットが笑った。


「今度は少しだけ本気でいくわ」


「リゼット……」


 エレノアが息を呑む。


「無理をしては――」


「大丈夫」


 リゼットが空を見上げる。


「これで終わらせる」


 杖を振り下ろす。


「――《天蓋崩壊》!」


 空から巨大な光が落ちた。


 轟音。


 荒野全体が白い光に包まれる。


 魔物たちが次々と消えていく。


 大地が砕け、巨大なクレーターが生まれる。


「…………」


 しばらく、誰も動かなかった。


 やがて光が消える。


「……倒した?」


 カトリーヌが呟く。


 しかし。


 クレーターの中心で、巨大魔獣がゆっくりと立ち上がった。


「……嘘でしょう」


 リゼットの顔から笑みが消える。


 魔獣の身体には無数の傷がある。


 だが。


 まだ立っている。


「リゼット!」


 ミレイユが駆け寄る。


「大丈夫!?」


「……魔力を使いすぎたわ」


 リゼットが膝をつく。


「回復を――」


「お願い」


 ミレイユがすぐに治癒魔法をかける。


「《魔力回復》……《治癒》……」


 淡い光がリゼットを包む。


「……ありがとう」


「まだ動かないで」


「でも――」


「今度は私が支えるから」


 ミレイユが立ち上がる。


 その前に、巨大魔獣が迫っていた。


「……来る」


 セリナが弓を構える。


 ブリジットが盾を構える。


 ニコラとカトリーヌが銃を構える。


 全員が限界に近い。


 それでも退かなかった。


 マドカが静かに前へ出る。


「……もういいよ」


 全員が振り返る。


「マドカ?」


 セリナが尋ねる。


 マドカは仲間たちを見る。


 傷だらけの身体。


 荒い呼吸。


 それでも誰も倒れていない。


 ミレイユも、杖を握ったまま立っている。


「みんな、頑張ったね」


 マドカが微笑んだ。


「じゃあ――」


 腰に提げていた剣へ手を伸ばす。


「ここからは、私の番」


 剣を抜く。


 その刀身に、青白い雷光が走った。


「……?」


 ガレスが目を見開く。


「その剣……」


 マドカが剣を掲げる。


「これね」


 雷鳴が響く。


 バチッ、と小さな火花が散る。


「名前をつけたんだ」


 マドカは嬉しそうに笑った。


「エクスカリバー!」


「……エクスカリバー?」


 エレノアが聞き返す。


「そう!」


 マドカが頷く。


「有名な剣なんだよ!」


 ニコラが魔導記録機を構えた。


「新武器~?」


「うん!」


 カトリーヌが目を輝かせる。


「どんな能力なんですか?」


「それは――」


 マドカが剣を握り直した。


 雷が一気に刀身へ集まり始める。


 バチバチバチッ!


 荒野全体に雷鳴が響き渡る。


「私も、やってみたかったんだ!」


 マドカが剣を振り上げる。


「えくす……!」


 雷が空へ伸びる。


「かりばぁぁぁぁぁ!!」


 轟雷が大地を貫いた。


 ドォォォォォン!!


 巨大な雷の刃が荒野を走り、巨大魔獣を真正面から飲み込んでいく。


 光と雷鳴が視界を埋め尽くした。


     ◆


 やがて。


 荒野に静寂が戻った。


 巨大魔獣は跡形もなく消えている。


「…………」


 誰も言葉を出せない。


 最初に口を開いたのはニコラだった。


「……記録、ばっちり~」


「そこ!?」


 カトリーヌが叫ぶ。


「いや、これは記録しないと駄目でしょう」


 ニコラが真顔になる。


「王様に見せたら絶対驚くよ~」


「……私もそう思います」


 エレノアが呆然としたまま頷いた。


 リゼットはマドカの持つ剣を見る。


「……エクスカリバー」


「うん!」


「とんでもない名前をつけたわね」


「かっこいいでしょ?」


「……まあ、そうね」


 マドカが満足そうに笑う。


「やっぱりエクスカリバーは強い!」


 ガレスが遠い目をした。


「……俺たちがあれだけ苦戦した意味は?」


「ありませんでしたね」


 クロードが答える。


「言うな」


 ヴァルトが真顔で肩を叩いた。


「悲しくなる」


 その横では、ミレイユが苦笑している。


「でも……助かりました」


 マドカが振り返る。


「うん」


「私たちだけでは、最後は厳しかったですから」


 ミレイユがそう言うと、セリナも頷いた。


「ええ。ありがとう、マドカ」


 ブリジットも笑う。


「本当に助かりました」


「どういたしまして!」


 マドカは嬉しそうに答えた。


 そして。


 焼け焦げた荒野の向こうに、一つの階段が現れていた。


「……あれが」


 エレノアが呟く。


「第20階層への階段ですね」


 全員がその先を見る。


 十九階層。


 長い戦いが終わった。


 その先に待っているのは――。


 まだ、誰も知らない。


「……行こう」


 ガレスが言った。


 クロードが石棺を背負い直す。


「もう少しだな」


「次は俺が交代する」


 ヴァルトが手を伸ばす。


「頼む」


 クロードが石棺を渡す。


 マドカが笑った。


「20階層には何があるかな?」


 誰も答えなかった。


 ただ。


 誰もいないはずの第20階層の奥で。


 何かが、静かに彼らの到着を待っていた。


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