第十八階層・試練の間
翌朝。
一行は、第十八階層へ続く階段の前に立っていた。
「準備はいい?」
ガレスが全員を見回す。
「問題ありません」
エレノアが頷く。
「魔力も十分よ」
リゼットも軽く腕を回した。
「銃も問題なし~」
ニコラが魔導銃を掲げる。
「弾薬も大丈夫です」
隣ではカトリーヌが弾薬箱を確認していた。
「私も大丈夫」
ミレイユが微笑む。
最後にヴァルトが背負った石棺を軽く叩いた。
「……こいつも問題なし」
「寝てるだけだからね」
マドカが言う。
「問題があったら困るんだが」
クロードが苦笑した。
「では、行きましょう」
エレノアの言葉を合図に、一行は階段を下りていった。
◆
第十八階層。
階段を下りた先に広がっていたのは、これまでの階層とはまるで違う空間だった。
壁も、床も、天井も。
すべてが真っ白だった。
影すらほとんど存在せず、遠近感さえ曖昧になっている。
「……何もない」
セリナが周囲を見回す。
「それが逆に怖いわね」
リゼットも警戒しながら歩を進める。
すると突然、足元に淡い光が走った。
白い床の上に、黒い文字が浮かび上がる。
『試練を受けよ』
「来たな」
ガレスが剣を抜いた。
続けて別の文字が浮かぶ。
『己の力を示せ』
「何が出るかしら」
エレノアが身構えた。
直後。
ゴゴゴゴゴ……。
白い空間全体が低く震え始めた。
「来ます!」
エレノアが叫ぶ。
床が盛り上がり、次々と魔物が姿を現した。
狼型。
巨人型。
翼を持つ鳥型。
さらに、古びた甲冑を身につけた人型の魔物までいる。
「種類が多すぎない?」
マドカが目を輝かせる。
「図鑑みたい!」
「喜んでいる場合じゃありません!」
エレノアが叫んだ。
魔物の群れが、一斉に襲いかかってくる。
「来るぞ!」
ガレスが叫んだ。
「ブリジット!」
「任せてください!」
ブリジットが前へ出て、大盾を構える。
ドォン!
巨人の拳が盾へ叩き込まれた。
「くっ……!」
衝撃でブリジットの足が床を滑る。
その隙に狼型の魔物が横から飛び込んできた。
「させない!」
セリナの矢が狼の肩を貫く。
動きが止まった瞬間、リゼットが一気に距離を詰めた。
「そこ!」
魔力を纏った一撃が狼の首元へ叩き込まれる。
狼が吹き飛んだ。
「一体!」
しかし、休む暇はない。
背後から鳥型の魔物が急降下してくる。
「上!」
ニコラが魔導銃を向ける。
ズパンッ!
魔導弾が翼を撃ち抜き、鳥型の魔物がバランスを崩した。
「セリナ!」
「分かってる!」
セリナの矢がその胸を貫く。
魔物が白い床へ落ちた。
「次!」
カトリーヌが叫ぶ。
魔導銃を構え、甲冑の魔物へ連続して弾丸を撃ち込む。
ガンッ! ガンッ!
しかし、甲冑に阻まれる。
「硬い!」
「私が止める!」
リゼットが飛び込み、魔法で甲冑の足元を拘束した。
「今です!」
カトリーヌが狙いを定める。
「そこ!」
ズドンッ!
弾丸が甲冑の隙間へ入り込み、内部で炸裂した。
甲冑の魔物が崩れ落ちる。
「やった!」
カトリーヌが拳を握る。
だが、その直後。
「ブリジット!」
巨大な魔物の腕が、ブリジットの盾ごと彼女を吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
ドォン!
白い壁へ叩きつけられる。
「ブリジット!」
ミレイユが駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「……大丈夫、です!」
立ち上がろうとするが、足元がふらつく。
「無理しないで」
ミレイユが手をかざす。
淡い光がブリジットの身体を包んだ。
「《治癒》」
痛みが引いていく。
「……ありがとうございます」
「まだ終わってないわ。もう一度、行ける?」
「もちろんです!」
ブリジットが盾を構え直す。
その直後、今度はリゼットが魔物の爪を受けた。
「っ……!」
肩から血が流れる。
「リゼット!」
「これくらい……!」
「動かないで!」
ミレイユがすぐに駆け寄る。
「《治癒》!」
傷口が塞がる。
「助かったわ」
「お礼は後です。まだ来ます!」
ミレイユが振り返る。
すでに三体の魔物が迫っていた。
「ブリジット、正面を!」
「はい!」
「セリナ、右!」
「任せて!」
「ニコラとカトリーヌは左を!」
「了解~」
「分かりました!」
ミレイユ自身も杖を構えた。
彼女は後ろに下がるだけではなかった。
味方の状態を確認しながら、必要な場所へ動き、魔法を使い分けていく。
「セリナ、少し下がって!」
「分かった!」
セリナが退いた瞬間、その前を魔法の障壁が覆う。
ドォン!
魔物の攻撃を受け止める。
「今です!」
セリナの矢が魔物の目を貫いた。
「ありがとう、ミレイユ!」
「どういたしまして!」
次の瞬間、ブリジットが巨人の腕を盾で受け止める。
「ここから先には――」
歯を食いしばる。
「行かせません!」
巨人の足元へリゼットが潜り込む。
「今!」
ニコラとカトリーヌが同時に魔導銃を撃った。
ズパンッ! ズパンッ!
巨人が大きく揺らぐ。
セリナの矢が首元へ突き刺さり、リゼットの魔法が足を止めた。
最後にブリジットが盾を叩きつける。
「これで――!」
巨人が倒れた。
「……はぁ……」
全員が息を吐く。
だが、まだ終わっていなかった。
白い空間の奥から、さらに魔物が現れる。
「嘘でしょう……」
セリナが弓を構え直す。
「第二波です!」
エレノアが叫んだ。
「全員、気を抜かないでください!」
「まだやるの!?」
カトリーヌが悲鳴を上げる。
「やるしかないわね」
リゼットが苦笑する。
「マドカ、どうする?」
セリナが尋ねた。
マドカは少し考えたあと、剣を構えた。
「まだ大丈夫!」
「……本当に?」
「うん。みんなが頑張ってるから、私も頑張る!」
マドカが笑う。
そして、仲間たちと一緒に走り出した。
今度は一人ではない。
ブリジットが受け止め、セリナが射抜き、リゼットが翻弄する。
ニコラとカトリーヌが火力を叩き込み、ミレイユが傷ついた仲間を支え続ける。
エレノアが全体を見ながら指示を飛ばし、ガレスたちも要所を支える。
激しい戦闘が続いた。
何度も負傷し、そのたびにミレイユが回復する。
そして最後の魔物が倒れた。
「……終わった?」
マドカが息を切らしながら尋ねる。
床に文字が浮かび上がった。
『第一試練、完了』
「第一……?」
リゼットが嫌な顔をした。
直後、新たな文字が浮かぶ。
『第二試練』
「やっぱり……」
セリナがため息をつく。
『力だけでは足りぬ』
白い床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
その中心に、三つの扉が現れる。
「これは……知恵を試す試練ですね」
エレノアが魔法陣へ近づいた。
「三つの扉のうち、二つは罠でしょう」
ガレスが尋ねる。
「見分けられるか?」
「もちろんです」
エレノアはしゃがみ込み、魔法陣の文字を確認する。
魔力の流れを追い、扉の周囲に刻まれた古代文字を一つずつ調べていく。
「……なるほど」
「分かった?」
マドカが覗き込む。
「はい」
エレノアが立ち上がった。
「左です」
「本当に?」
「ええ。古代王国式の試練では、正解の扉だけ魔力の流れが逆になっています」
エレノアが左の扉を指差す。
「王家の古代遺跡教育を信じてください」
マドカが嬉しそうに笑った。
「エレノア、かっこいい!」
「ありがとうございます」
エレノアは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
扉が開く。
正解だった。
◆
その先には、巨大な魔法兵器が待ち構えていた。
古代王国の技術によって造られたと思われる、巨大な機械兵器。
その姿を見た瞬間、カトリーヌとニコラの目が輝いた。
「ニコラ」
「うん」
「これ……」
「うん」
「すごく欲しい」
「私も~」
二人が同時に魔法兵器へ近づこうとする。
「待て」
ガレスが止めた。
「お前ら、戦闘中だぞ?」
「分かってるよ~」
「分かっています!」
「だったら何でそんなに嬉しそうなんだ」
魔法兵器が低い音を響かせた。
ゴォン……。
「起動します!」
エレノアが叫ぶ。
魔法兵器の腕が持ち上がった。
次の瞬間、巨大な魔力砲が放たれる。
ドォォォン!!
「ブリジット!」
「はい!」
大盾が光を受け止める。
「ぐっ……!」
衝撃で身体が押し込まれる。
「私も!」
ヴァルトが隣へ並び、大盾を重ねる。
クロードが石棺を背負ったまま前へ出た。
「俺も支える!」
「石棺を背負ったままで大丈夫なのか!?」
「大丈夫だ!」
その間にセリナが兵器の関節へ矢を撃ち込む。
「動きが止まった!」
「そこね!」
リゼットが魔法を叩き込み、魔法兵器の動きを鈍らせる。
ニコラとカトリーヌが同時に魔導銃を構えた。
「カトリーヌ、右!」
「了解!」
「三、二、一――」
「撃つ!」
ズドンッ!!
二発の魔導弾が同時に命中し、装甲が大きく砕ける。
「核が見えた!」
エレノアが叫ぶ。
「マドカ様!」
「うん!」
マドカが前へ飛び出す。
魔法兵器が腕を振り下ろす。
その直前。
「時間停止!」
――世界が止まった。
マドカだけが動く。
巨大な兵器の前へ立ち、その胸部に露出した核を見る。
「これだね」
剣を構える。
「じゃあ――」
一閃。
――ドン!
核が砕けた。
時間が動き出す。
巨大な魔法兵器が、その場で崩れ落ちた。
『試練、完了』
静寂が戻る。
「……終わった?」
マドカが首を傾げる。
『第十九階層への道を開く』
奥の扉がゆっくりと開いた。
「よし」
ガレスが剣を納める。
ヴァルトは石棺を背負い直した。
「次だな」
クロードが肩を回す。
「交代するか?」
「まだいい」
その一方で、ニコラとカトリーヌは魔法兵器の残骸を見つめていた。
「……これ」
「持って帰れるよね?」
「たぶん」
「楽しみ~」
エレノアが二人を見る。
「くれぐれも、王城を爆破しないでくださいね」
「しないよ~」
「たぶん」
「カトリーヌさん!?」
笑い声が響く。
だが、その先に待つ第十九階層は、これまでの試練とは比べものにならないほど過酷なものになる。
一行はまだ、それを知らなかった。
そして――。
マドカが腰に提げた新しい剣も、まだその力を見せてはいなかった。




