古代鍛冶場
「マドカ様ぁぁぁぁぁ!?」
エレノアの声が、第十七階層に響き渡った。
床に開いた大きな穴。その底へ、マドカは見事なまでに落ちていった。
「うわー!」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「マドカ様! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫ー!」
かなり下から、元気な返事が返ってくる。
ガレスが額を押さえた。
「……本当に丈夫だな、あいつ」
「感心している場合ではありません!」
エレノアが慌てて穴を覗き込む。
「私たちも下へ行きましょう!」
「そうね」
リゼットが魔法を発動する。
「《浮遊》」
一行はゆっくりと、穴の底へ降りていった。
◆
「おー……」
先に降りていたマドカが、辺りを見回していた。
そこに広がっていたのは、巨大な地下施設だった。
壁には古びた金属製の工具が並び、中央には巨大な炉が設置されている。その周囲には鉱石を加工するための設備や、いくつもの作業台まで残されていた。
「ここ……」
ニコラの目が輝く。
「すごい」
カトリーヌも隣で設備を眺めていた。
「……これ、魔力炉?」
「たぶん」
「ニコラ、見て」
「うん?」
「この導線。今の魔道具とは構造が違う」
「ほんとだ。魔力の流し方そのものが違うね」
二人は顔を見合わせると、そのまま完全に自分たちの世界へ入っていった。
「おーい」
マドカが手を振る。
「二人とも帰ってきてー」
「ちょっと待って~」
「あと少しだけ!」
「…………」
エレノアが苦笑する。
「カトリーヌさん、すっかりニコラさんの助手ですね」
「助手じゃないよ」
カトリーヌが即答した。
「共同研究者!」
「カトリーヌ~、そこ取って」
「はいはい」
「……助手にしか見えませんが」
「エレノア、聞こえてるからね?」
カトリーヌが振り返る。
「ちゃんと共同研究者だから」
「はいはい」
「今、絶対信じてないでしょ」
そんなやり取りをよそに、ニコラは古代の魔力炉を夢中で調べ続けていた。
◆
その奥に、一つだけ異様なものがあった。
巨大な石棺だった。
「……何でしょう」
ブリジットが警戒しながら近づく。
リゼットも慎重に魔力を探った。
「待って」
「どうした?」
ガレスが尋ねる。
「生命反応がある」
「生きている?」
「ええ」
マドカが石棺の前にしゃがみ込む。
「誰か寝てるんだ」
「みたいですね」
エレノアが石棺の表面を確認する。
「古代文字です」
「なんて書いてあるの?」
マドカが尋ねる。
エレノアは文字を一つずつ読み解いていく。
「……『寝る。起こすな』」
「…………」
「…………」
あまりにも簡潔な文章に、一行が黙り込む。
「……それだけ?」
マドカが首を傾げた。
「それだけです」
「分かりやすいね」
「分かりやすいですが、妙に怖いですね……」
エレノアが苦笑する。
すると、ニコラとカトリーヌが同時に振り向いた。
「寝てるの?」
「起きてないの?」
「そうみたいです」
二人が石棺へ駆け寄る。
「誰が入ってるんだろう」
「これだけの設備があるなら……」
リゼットが石棺を調べる。
「ドワーフね」
「!」
ブリジットが驚く。
「ドワーフ?」
「しかも、かなり古い時代のドワーフよ」
リゼットがさらに魔力を確認する。
「休眠魔法で生命を維持しているわ。おそらく、この状態のまま何百年、あるいはそれ以上眠っている」
「起こすことは?」
エレノアが尋ねる。
「可能でしょう」
「では――」
「待って」
リゼットが首を横に振った。
「まだダンジョンの中よ」
全員が黙る。
「今起こして、もし何かあったら危険です。古代のドワーフが何者なのかも分からない以上、ここで起こす理由はないわ」
「……そうですね」
エレノアも頷く。
「ダンジョン攻略が終わるまでは、このまま保護するのが安全でしょう」
「うん」
マドカが石棺を撫でる。
「じゃあ連れていこう」
「…………」
ガレスが石棺を見る。
「これを?」
「これを」
リゼットが答える。
「……重さは?」
「かなり」
「だよな」
そのとき、後方にいたSランクPTのクロードが前へ出た。
「俺が担ぐ」
「クロード、大丈夫?」
ヴァルトが尋ねる。
「まあ、やってみるさ」
クロードが石棺を持ち上げる。
「……っ!」
ズンッ。
なんとか肩へ担ぎ上げる。
「思ったより重いな」
「少し軽くします」
リゼットが魔法をかける。
「《重量軽減》」
石棺が淡く光った。
「これで三分の一くらいにはなったわ」
「三分の一……」
クロードが肩を回す。
「これならいける」
「無理はするなよ」
ヴァルトが声をかける。
「ダンジョンはまだ先がある」
「分かってる」
ガレスも頷いた。
「クロード、きつくなったら言ってくれ」
「了解」
こうして、古代ドワーフを眠らせた石棺は、SランクPTのクロードが背負うことになった。
ただし、本人が寝ていることを考えると、誰も大きな音を立てようとはしなかった。
◆
しばらく進んだところで、ヴァルトが口を開いた。
「交代する」
「もう?」
「お前だけに任せる気はない」
「助かる」
クロードからヴァルトへ、石棺が引き継がれる。
ヴァルトはそれを軽々と背負った。
「……」
マドカがじっと見つめる。
「何?」
「すごいね」
「何が?」
「ドワーフ背負って普通に歩いてる」
「…………」
ヴァルトが苦笑した。
「俺だって好きで背負ってるわけじゃない」
「でも似合ってるよ」
「褒められてる気がしないな」
その後ろから、ニコラが魔道具カメラを向ける。
「記録しておこう~」
「やめろ」
「歴史的瞬間だよ?」
「何の歴史だ」
カトリーヌが横から覗き込む。
「でも、記録としては面白いかも」
「カトリーヌまで……」
「大丈夫。ちゃんと格好よく撮るから」
「そういう問題じゃない」
◆
やがて一行は、その日の探索を一度止められそうな場所を見つけた。
簡易的な安全地帯らしく、周囲には魔物の気配もない。
エレノアが慎重に周辺を確認する。
「ここなら休めそうです」
「よし」
ガレスが腰を下ろす。
「今日はここで休もう」
クロードとヴァルトも、石棺をゆっくりと地面へ下ろした。
「ふう……」
「お疲れ様」
マドカが二人に声をかける。
「明日は私も――」
「担がないからな」
クロードが即答した。
「えー」
「絶対に駄目だ」
「なんで?」
「お前が持ったら、そのまま走り出しそうだからだ」
「…………」
「図星か?」
「ちょっとだけ」
全員が笑った。
その横で、石棺の中のドワーフはまだ眠っている。
静かに。
深く。
古代から続く眠りを、今も変わらず続けていた。
◆
「明日は第十八階層ですね」
エレノアが地図を広げる。
「ええ」
リゼットが頷いた。
「ここから先は、今までより明らかに危険になるでしょうね」
ガレスが剣の状態を確認する。
「なら、今日はしっかり休もう」
その横では、ニコラが銃の整備をしている。カトリーヌも隣で魔道具を調整していた。
「明日は新しい弾、試してみようか」
「また爆発しない?」
「たぶん」
「たぶん!?」
マドカが笑う。
「明日も楽しみだね!」
誰も答えなかった。
ただ、全員が第十八階層へ続く階段を見つめていた。
そこから先に何が待っているのかは、まだ誰にも分からない。
そして、この地下施設で眠り続ける古代ドワーフが、なぜここに残されていたのかも。
ダンジョン攻略は、まだ終わっていない。




