ダンジョンの中なのに!
第十七階層への階段を下りた一行は、しばらく無言のまま足を進めていた。
しかし、階段を抜けた瞬間。
「……え?」
全員が足を止めた。
「これは……」
ガレスが言葉を失う。
目の前に広がっていたのは、巨大な街だった。
石造りの建物が整然と並び、中央には大きな噴水のある広場まで存在している。通り沿いには商店らしき建物もあり、宿屋と思われる建物まで確認できた。
「町……?」
セリナが呟く。
「ダンジョンの中に?」
ガレスも困惑した様子で周囲を見回した。
そんな二人とは対照的に、マドカの目は輝いている。
「観光地だ!」
「観光地ではありません」
即座にエレノアが釘を刺した。
「まだ敵が潜んでいる可能性があります。十分に警戒してください」
「でも町だよ?」
「見た目はそうですが、ここが何のために存在する場所なのか、まだ分かっていません」
エレノアは周囲を慎重に観察する。
しばらくして、眉を寄せた。
「……人の気配がありません」
「じゃあ無人?」
「はい。少なくとも、現在ここで生活している人間はいないようです」
ニコラが近くの建物を覗き込む。
「家具は残ってるね~。食器もあるし、ここ、本当に人が住んでたんじゃない?」
リゼットも別の建物へ入り、内部を確認する。
「生活していた痕跡があるわ。かなり長い間、人が暮らしていたみたいね」
「つまり?」
マドカが首を傾げる。
「昔、この場所には人がいた可能性が高いということよ」
「ダンジョンの中に町を作ったの?」
「そう考えるのが自然でしょうね」
その答えを聞いた瞬間、マドカの表情が明るくなった。
「じゃあ、見て回ろう!」
「待ってください」
エレノアがマドカの肩を掴む。
「まずは調査が先です」
「……」
「マドカ様?」
「五分だけ!」
「駄目です」
「三分!」
「駄目です」
「一分!」
「…………」
エレノアは深いため息をついた。
「……十分だけです」
「やった!」
「ただし、全員で行動してください。勝手にどこかへ行くのは禁止です」
「はーい!」
◆
それから一行は、エレノアの監視のもとで町の内部を調べ始めた。
建物の中には、古びた食器や装飾品、衣服などが残されている。どれも長い年月を経ているものの、保存状態は不思議なほど良かった。
「おお……」
マドカが店の中を覗き込む。
「これ、今でも使えそう」
その隣では、ブリジットが棚の奥にあるものを見つけていた。
「……!」
小さなぬいぐるみだった。
ブリジットの目が、ほんの少しだけ輝く。
「ブリジット?」
「なんでもありません」
「顔が嬉しそう」
「そんなことはありません」
そう言いながらも、ブリジットはぬいぐるみをそっと手に取った。
「……かわいい」
小さな声だった。
「欲しいの?」
「……はい」
マドカは店内を見回す。
「じゃあ、もらっちゃえば?」
「え?」
「誰もいないし。お店の人もいないし、ずっと置いてあるんだから、いいんじゃない?」
「駄目です!」
ブリジットが即答した。
「なんで?」
「無人だからといって、勝手に持っていっていい理由にはなりません!」
「でも、何百年も誰も来てないよ?」
「それでもです!」
ブリジットはきっぱりと言い切った。
ニコラが横から笑う。
「ブリジット、真面目だね~」
「当然です」
ブリジットは名残惜しそうにぬいぐるみを棚へ戻した。
「他人の物を勝手に持ち出すわけにはいきません」
「そっかぁ」
マドカは少し考える。
「じゃあ、お金置いていけば?」
「……お金を置いても、店主が受け取れません」
「じゃあ、借りる?」
「それも駄目です」
「厳しい!」
マドカが頬を膨らませる。
そんなマドカを見て、ブリジットは苦笑した。
「お気持ちは嬉しいです。ですが、これはここにあるべき物なのでしょう」
そして、もう一度ぬいぐるみを見る。
「……かわいいですけど」
「じゃあ、後でニコラに作ってもらおう」
「……!」
ブリジットが勢いよくマドカを見る。
「本当ですか?」
「うん!」
「……マドカ様」
「なに?」
「好きです」
「私も!」
「…………」
少し離れた場所で、その会話を聞いていたガレスが頭を抱えた。
「なんだ、この会話……」
◆
そんな穏やかな時間は、長く続かなかった。
――カチッ。
足元から、小さな音が響いた。
エレノアがぴたりと動きを止める。
「全員、止まってください」
その声に、全員が振り返った。
先ほどまでの柔らかな声音とは違う。
明確な警戒が滲んでいた。
「どうした?」
ガレスが尋ねる。
「罠です」
エレノアは地面を見つめたまま答えた。
「この町そのものが……巨大な魔法陣になっています」
「……!」
リゼットがすぐにしゃがみ込み、地面へ手をかざす。
「……本当だわ。街路そのものに魔力の流れが組み込まれている」
「起動条件は?」
セリナが尋ねる。
エレノアは周囲を見回した。
「恐らく、この中心広場です」
「つまり、町を歩き回ること自体が罠だったってこと?」
「おそらく。一定範囲を移動した侵入者を、中心へ誘導する仕組みだったのでしょう」
エレノアが立ち上がる。
「全員、広場から離れてください」
その瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地面が大きく揺れ始めた。
「遅かったか!」
ガレスが剣を抜く。
石造りの建物が次々と崩れ、道路には大きな亀裂が走った。その亀裂は街の中心へ向かって広がり、地面そのものが大きく隆起していく。
そして。
崩れた建物の下から、巨大な何かが姿を現した。
「……ゴーレム?」
マドカが見上げる。
現れたのは、石で作られた巨大な人型の兵器だった。
十メートルを超える巨体。
四本の腕。
全身には古代文字が刻まれ、その身体には町を構成していた石材と同じものが使われている。
「町そのものを守る守護兵器ね」
リゼットが目を細めた。
「大きいな……」
ガレスが剣を構える。
「全長十メートルはあるぞ」
ブリジットも盾を構えた。
「私が受けます!」
その前へ出ようとした瞬間。
「待って」
マドカが一歩前に出る。
「これ、私がやる」
「マドカ様?」
「時間停止!」
――ピタッ。
世界が止まった。
巨大なゴーレムも。
仲間たちも。
崩れ落ちる石も。
すべてが完全に静止する。
静寂の中、マドカだけがゆっくりと歩き出した。
「……」
改めてゴーレムを見上げる。
「大きいなあ」
ぺち。
拳で石の身体に触れる。
「硬い」
ぺちぺち。
「でも……」
マドカが、にやりと笑った。
「止まってるなら関係ないよね」
ゴーレムの背後へ回り込み、身体を観察する。
腕の関節。
脚部。
胸部。
そして頭部。
内部に魔力核があることも確認できた。
「ここかな」
マドカは武器を構える。
「それっ!」
――ガキン!
「……硬い」
もう一度。
――ガキン!
「うーん」
少しだけ考える。
そして。
「じゃあ、全部まとめて!」
マドカの身体から、一気に力が膨れ上がった。
「零刻!」
――ドォォォン!!
瞬間。
停止していた時間が動き出す。
ゴーレムの身体に、無数の亀裂が走った。
――バキバキバキッ!!
巨大な石の身体が崩れ、轟音とともに地面へ倒れ込む。
「…………」
全員が呆然と立ち尽くした。
やがてニコラが、ゆっくりと魔導記録機を下ろす。
「またやったね~」
「うん!」
マドカは満足そうに笑った。
◆
ゴーレムの残骸を調べると、エレノアがその頭部に刻まれた古代文字を読み始めた。
「これは……」
「何か分かった?」
「はい。この町は、古代文明の冒険者たちが休息するために作られた施設だったようです」
「冒険者の町?」
リゼットが周囲を見回す。
「だから生活設備が残っていたのね」
「恐らく、長期間ダンジョンを探索する冒険者たちのための拠点だったのでしょう」
エレノアはさらに文字を読み進める。
そして、一枚の大きな石板の前で足を止めた。
「……ここに、この先について書かれています」
「何て?」
「『第十八階層、試練の間』」
「試練?」
マドカが首を傾げる。
「普通の階層じゃないの?」
「どうやら違うようです」
エレノアが石板を読み上げる。
「『資格なき者は、先へ進むことなかれ』」
「…………」
ガレスが苦笑する。
「資格か。嫌な言葉だな」
「嫌な予感しかしません」
セリナも周囲を警戒する。
そんな二人とは対照的に、ニコラは楽しそうに笑った。
「試練って、なんだか楽しそう~」
「マドカ様がいれば大丈夫でしょう」
ブリジットも当然のように頷く。
「そう簡単にはいかないでしょうね」
リゼットだけは、石板を見ながら慎重に呟いた。
そして当のマドカはというと。
「試練って、何するのかな?」
楽しそうに笑っていた。
その瞬間。
――カチッ。
「…………」
全員の動きが止まる。
「マドカ様」
エレノアが静かに声をかけた。
「動かないでください」
「うん」
「今度こそ、絶対に動かないでください」
「分かった」
エレノアは慎重にマドカの足元を確認する。
「おそらく、足元の床板が作動式の罠になっています。そのまま動かずに――」
「これ、落ちる?」
「おそらく落下式の仕掛けだと思います。ですから、そのまま――」
ガコン。
「――あっ」
床が開いた。
「マドカ様ぁぁぁぁぁ!?」
「また落ちたー!」
マドカの姿が、あっという間に穴の中へ消えていく。
残された一行は、しばらく無言でその穴を見つめた。
エレノアが額を押さえる。
「……私が説明した直後ですよ……?」
第十七階層。
古代文明の冒険者たちが築いた町を攻略し、守護兵器を打ち破った一行。
その先には、いよいよ「試練の間」と呼ばれる第十八階層が待っている。
――そしてもちろん。
最後まで、マドカは平常運転だった。




