閉会
青組の勝利で、コボルト競技会の全競技が終了した。
「皆様、本当にお疲れさまでしたわ!」
実況席のガブリエルが、会場いっぱいに響く声で宣言する。
「赤組も青組も、最後まで素晴らしい頑張りでしたの! 勝った方も、惜しくも負けてしまった方も、どうか胸を張ってくださいまし!」
「わんお!(楽しかったー!)」
「わふ!(もう一回やりたい!)」
赤と青のユニフォームを着たコボルトたちが、尻尾を振りながら仲間同士で集まっていた。
勝った青組は大喜び。
赤組も悔しそうではあるが、仲間同士で鼻先を寄せ合ったり、互いの肩を前足で叩いたりしている。
もちろん、人間たちには何を話しているのか分からない。
それでも、楽しんでいることは十分に伝わってきた。
「さて――!」
マドカが競技場の中央へ出てきた。
「みんな、お腹空いてない?」
「わんおおお!(空いたー!)」
「わふぅ!(お肉ー!)」
ほぼ全員が一斉に鳴いた。
「まぁ!」
ガブリエルが口元に手を当てる。
「皆様、なんて正直なんですの!」
マドカは笑いながら手を叩いた。
「それじゃあ、お待ちかねのご褒美タイム!」
その言葉を合図に、競技場の床にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間。
ポンッ!
ポンッ!
ポンッ!
会場のあちこちに、次々とテーブルが現れた。
四人掛けのテーブル。
六人掛けのテーブル。
コボルトたちが集まって食べられるよう、低めに作られた大きなテーブルまである。
あっという間に、広い競技場の一角が食事会場へと変わっていった。
「おおー!」
観客から歓声が上がる。
テーブルの上には、次々と料理が運ばれてきた。
焼きたての肉。
香ばしい匂いを漂わせる大きな骨付き肉。
蒸した野菜。
肉汁たっぷりの煮込み料理。
ふかした芋。
焼きたてのパン。
そして、コボルトたちのために用意された特製のおやつ。
その中には、普段はなかなか食べられない高級肉や、甘い香りのする小さな焼き菓子まで並んでいた。
「わんおおおおお!?(すごい! こんなにいっぱい!?)」
「わふっ!(お肉が山ほどある!)」
「わんお!(おやつもあるよ!)」
コボルトたちの目が輝く。
赤組のテーブルには赤い目印。
青組のテーブルには青い目印。
料理もそれぞれのチームごとに分けられていった。
「今回は特別に、優勝した青組には追加のおやつと、ダンジョン産のお肉を好きなだけ食べられる権利がございますわ!」
ガブリエルが説明する。
「赤組にも、もちろんたくさんのお肉とおやつが用意されておりますの! ただし、優勝した青組の方が、少しだけ豪華ですわ!」
「わふおおお!(やったー!)」
青組が大喜びする。
一方の赤組は――。
「わんお……(負けたけど、お肉はある……)」
「わふ!(次は勝とう!)」
「わんお!(次こそ優勝だ!)」
悔しさはあるものの、食事を前にすれば気持ちも切り替わるらしい。
マドカはそんな様子を眺めながら、満足そうに頷いた。
「うんうん。みんな楽しそうでよかった!」
「お姉ちゃん、これだけの料理を一度に用意するのも大変だったんじゃない?」
リゼットへ尋ねる。
「準備はしてあったもの。ニコラの転送用魔道具も使ったし、問題ないわ」
「そっか!」
「それより、マドカ。あなたも食べたら?」
「そうだった!」
マドカは自分の分の料理を受け取りに走っていった。
その姿を見送り、リゼットは小さく笑った。
◇ ◇ ◇
食事が始まると、コボルトたちはチームごとのテーブルに集まって、思い思いに料理を楽しみ始めた。
「わんお!(このお肉、おいしい!)」
「わふ!(こっちの煮込みも食べてみて!)」
「わんお!?(そのおやつ、どこにあったの!?)」
「わふっ!(あっちのテーブルだよ!)」
食べる。
尻尾を振る。
また食べる。
ときどき仲間と料理を交換し、満足そうに鳴き声を上げる。
競技中の真剣な表情とは違い、今はすっかり普通のコボルトたちに戻っていた。
観客席からは、そんな光景を微笑ましく眺める人々の声が聞こえる。
「かわいいなぁ……」
「本当に、よく訓練されているんだな」
「訓練だけで、あそこまで仲間と連携できるものなのか?」
そんな会話が聞こえたところで、ガブリエルが再びマイクを手に取った。
「皆様! お食事を楽しんでいらっしゃるところ、少々お時間をいただきますわ!」
コボルトたちの様子を映していたEVの画面が、ガブリエルの姿へ切り替わる。
「本日の競技会を通じて、コボルトたちに興味を持たれた方もいらっしゃると思いますの。ですから、ここで大切なお話をいたしますわ!」
会場が少し静かになった。
「まず、今回参加しているコボルトたちについてですわ」
ガブリエルは、赤組と青組のテーブルを示した。
「この子たちは、エキドナによって生み出され、訓練を受けた人工的なコボルトですの。人間と共に生活し、指示を理解し、仲間と協力しながら仕事をすることができますわ」
「わふ?(呼んだ?)」
説明を聞いていたコボルトが、肉をくわえたまま顔を上げた。
「ふふっ。呼んだわけではありませんわよ」
ガブリエルは笑みを浮かべ、説明を続けた。
「ただし、これはすべてのコボルトに当てはまることではございませんの。野生のコボルトは、この子たちのように人間の指示を理解し、訓練された状態で生活しているわけではありませんわ」
少しだけ、声の調子を落ち着かせる。
「野生のコボルトに近づいたり、勝手に連れ帰ったり、同じように暮らせると思って接したりするのは危険ですの。野生の魔物には野生の魔物としての習性がございます。今回の競技会を見て、すべてのコボルトが安全だと考えることのないよう、お願いいたしますわ」
観客たちも真剣な表情で頷いていた。
マドカも、EVの向こうへ向けて補足する。
「この子たちは、エキドナで暮らして、ちゃんと訓練を受けているからね。野生のコボルトとは別に考えてね!」
『なるほど』
『かわいいからって野生の魔物に近づいちゃ駄目なんだな』
『ちゃんと区別しないとな』
「はい。皆様に正しく理解していただけたなら、何よりですわ!」
ガブリエルが頷く。
そして、もう一度笑顔になった。
「それから――もう一つ、お知らせがございますの!」
会場の空気が再び変わる。
「現在、エキドナでは、この子たちの里親も募集しておりますわ!」
「里親!?」
観客席から驚きの声が上がった。
「この子たちを家族として迎え、一緒に暮らしていただく制度ですの。もちろん、コボルト自身の性格や相性、迎えるご家庭の環境などを確認したうえで決めさせていただきますわ!」
ガブリエルは、画面の向こうの視聴者にも伝わるよう、ゆっくりと説明した。
「里親になるための費用は、**金貨一枚**ですわ!」
『金貨一枚!?』
『思ったよりずっと安い!』
『いや、迎えるなら責任もあるよな』
『誰でもすぐ連れて帰れるわけじゃないんだな』
「ただし、ここで重要な点がございますの」
ガブリエルが人差し指を立てた。
「今回のコボルトたちは、かわいいだけのペットではありませんわ!」
その言葉に、観客たちが顔を上げる。
「この子たちは、ゴールの町を守る警備隊の一員でもあるのですわ。里親として迎えられた場合でも、警備の仕事がなくなるわけではございませんの」
マドカも頷いた。
「そうそう。みんな、ちゃんとお仕事をしてるからね!」
ガブリエルが続ける。
「勤務の日には、これまでどおりゴールの警備へ向かいますわ。そして仕事が終われば、家族のもとへ帰る。里親になられる方には、その生活を理解し、応援していただきたいのですわ!」
観客席から、感心したような声が上がる。
「なるほど……。ただ飼うだけじゃなくて、一緒に暮らしながら仕事を応援するのか」
「警備隊なら、勝手に仕事を辞めさせるわけにはいかないものな」
「それなら、町の人たちと一緒に暮らすことで、もっと親しくなれそうだ」
ガブリエルは嬉しそうに微笑んだ。
「そのとおりですわ! そして――」
彼女は、会場の奥に掲げられた大きな数字を指した。
『ゴール警備隊所属コボルト:1,000匹』
「現在、ゴールの町で警備に携わっているコボルトは、全部で千匹おりますの!」
「千匹!?」
観客席がざわめいた。
「今回、競技会に参加しているのは、その中から集まった百匹ですわ。つまり、この子たちのほかにも、たくさんの仲間が日々ゴールの治安を守ってくれているのですの!」
画面には、普段の警備活動をしているコボルトたちの映像が映し出された。
町の門で周囲を確認するコボルト。
街路を巡回するコボルト。
夜の見張りを担当するコボルト。
困っている住民を見つけて、担当者のもとへ案内するコボルト。
そして、町の外で魔物の気配を察知し、仲間たちへ知らせるコボルトたち。
競技会で見せたかわいらしい姿だけではない。
彼らは日々、ゴールの町を守る仕事をしているのだ。
「この子たちがいるからこそ、私たちは安心して町で暮らせますの」
ガブリエルの声が、穏やかに会場へ響いた。
「ですから、皆様。どうか忘れないでくださいまし。コボルトたちは、かわいいだけの存在ではございませんわ。私たちの暮らしを守ってくれる、大切な仲間なのですの!」
観客席から、自然と拍手が広がっていった。
マドカも笑顔で頷く。
「いつも町を守ってくれて、ありがとう!」
その言葉に、コボルトたちが一斉に顔を上げた。
「わんお!?(ありがとうって言われた!?)」
「わふ!(聞こえた!)」
「わんおおお!(こちらこそ、いつも応援ありがとう!)」
尻尾が、あちらこちらでぶんぶんと揺れ始める。
ただし、当のコボルトたちは再び食事へ戻るのも早かった。
「わふ!(このお肉もおいしい!)」
「わんお!(おかわり!)」
「……ふふっ」
リゼットが小さく笑う。
「感謝の気持ちは、ちゃんと伝わったみたいね」
「うん!」
マドカが頷く。
「これからも、みんなでゴールを守っていこうね!」
「わんおおお!(任せて!)」
赤組も青組も、元気いっぱいに鳴いた。
◇ ◇ ◇
その後も食事会は続いた。
優勝した青組は、特製のおやつを囲んで大はしゃぎ。
赤組も負けじと肉を食べ、次の競技会への意気込みを語り合っていた。
観客たちも、コボルトたちの姿を眺めながら、それぞれ食事や会話を楽しんでいる。
そして、帰り際。
会場の出口には、専用の引き換え窓口が設置されていた。
「皆様、お帰りの際はこちらへお立ち寄りくださいまし!」
ガブリエルが案内する。
「今回の競技会で勝利チームを予想し、見事的中された方には、記念のコボルトぬいぐるみと、配当金をお渡しいたしますわ!」
窓口の係員が、引き換え券を確認しながら手続きを進めていく。
「こちらが記念のぬいぐるみです。配当金はこちらでございます」
「おお! 本当に当たった!」
青組の勝利を予想していた観客が、嬉しそうにぬいぐるみを抱えた。
別の客は、受け取った配当金を確認して満面の笑みを浮かべる。
「よかった……! 青組に賭けておいて正解だった!」
『ぬいぐるみももらえるのか!』
『勝った人は二重に嬉しいなw』
『外れたけど、コボルトたちを見られたから満足!』
もちろん、予想が外れた人たちにも、競技会の記念品を購入できる売店が用意されていた。
赤組と青組、それぞれのユニフォームを着たコボルトのぬいぐるみ。
王冠を被ったコボルトのぬいぐるみ。
そして、寝転がってお腹を見せているコボルトのぬいぐるみまである。
「……これ、欲しい」
マドカが売店を見つめる。
「あなた、主催側でしょう?」
クリスティーナが苦笑した。
「だってかわいいんだもん!」
「わかる~」
ニコラまで頷く。
「この寝てる子、いいね~」
「ニコラ、作った側なのに!?」
マドカの声に、周囲から笑いが起こった。
こうして、コボルト競技会は大盛況のうちに幕を閉じた。
競技で活躍したコボルトたち。
それを応援した観客たち。
そして、町の暮らしを陰から支えている、千匹の警備コボルトたち。
この日、ゴールの住民たちは改めて実感することになった。
かわいくて、頼もしくて、少し食いしん坊な彼らがいるからこそ――。
今日もゴールの町には、安心して暮らせる日常があるのだと。




