最終戦 王冠奪取
ダメージ競争は、最後の一匹まで熱戦が続いた。
赤組が高い数値を出せば、青組も負けじと記録を更新する。
力自慢のコボルトは強烈な一撃を叩き込み、魔法が得意なコボルトは小さな身体からは想像できないほどの魔力を放った。
なかには、標的の足元へ潜り込んで下から攻撃するコボルトまでいた。
「わんお!(ここなら当たりやすい!)」
「わふ!?(その発想はなかった!)」
もっとも、攻撃する場所によって数値が増えるわけではないのだが。
『謎の工夫を始めたw』
『真面目にやってるのにかわいいw』
『あと何匹!? 接戦すぎる!』
そして――最後のコボルトの攻撃が終わった。
巨大な標的の上に、赤組と青組の合計スコアが表示される。
数字が何度か点滅し、最終結果が確定した。
『赤組:4,126』
『青組:4,119』
「……七点差!?」
マドカが思わず声を上げた。
「まぁ! わずか七点差ですわ!」
実況席のガブリエルも、目を輝かせて拍手する。
「赤組の勝利ですわ! 青組も最後まで素晴らしい攻撃を見せてくださいましたの!」
「わんおおお!(やったー!)」
「わふぅ……!(あと少しだったのに……!)」
喜ぶ赤組と、悔しそうに地面を叩く青組。
しかし、青組のコボルトたちはすぐに顔を上げた。
「わふ!(次は勝つよ!)」
「わんお!(そうだね!)」
その様子を見たマドカが、嬉しそうに笑った。
「いいねー! みんな本気だ!」
「ええ。見ているこちらも楽しいですわね」
ガブリエルも頷く。
「そして――いよいよ、最後の競技ですわ!」
◇ ◇ ◇
競技場の中央に、巨大な建造物が二つ運び込まれた。
「……ん?」
マドカが首を傾げる。
「何あれ?」
二つの建造物は、どちらもかなり大きい。
太い柱。
何段にも重なった足場。
登りやすそうな坂道。
途中に設けられたトンネル。
ぶら下がった縄や輪。
さらには、飛び移るための小さな台や、ゆらゆらと揺れる橋まである。
全体の形は――。
「……キャットタワー?」
マドカが呟いた。
猫が遊ぶための巨大な遊具を、そのまま何十倍にも大きくしたような建造物だった。
「まさにそのような発想で作りました~」
ニコラが眠そうに説明する。
「コボルトたちが登ったり、飛び移ったり、隠れたりできるようにしてみたんだよ~」
「隠れたり?」
「うん~。妨害ありだからね~」
「……あっ」
マドカが納得した。
それぞれの建造物の頂上には台座があり、その上に立派な王冠が置かれていた。
赤組側には赤い宝石をあしらった王冠。
青組側には青い宝石をあしらった王冠。
どちらもコボルトの頭に合わせた、小さなサイズだ。
「最後の競技は――」
ガブリエルが、いつも以上に楽しそうな声を上げた。
「**コボルト王冠争奪戦ですわ!**」
観客席から歓声が上がる。
『王冠争奪戦!?』
『最後にふさわしい競技きた!』
『キャットタワーみたいなの登るのかw』
『妨害ありって今言った!?』
ガブリエルは二つの建造物を順番に指し示した。
「ルールは簡単ですわ! 赤組と青組、それぞれ五十匹ずつ、全員が参加いたしますの!」
掲示板にルールが表示される。
『赤組:50匹』
『青組:50匹』
『各チームは自陣の建造物の頂上を目指す』
『頂上の王冠を頭に被ったコボルトが出た時点で、そのチームの勝利』
『相手チームへの妨害あり』
『ただし、武器による攻撃や危険な魔法は禁止』
『建造物から落下した場合も安全な魔法クッションで保護』
「つまり、どれだけ仲間を頂上へ送り込み、どれだけ相手を妨害できるか――それが勝負ですわ!」
「なるほど……」
クリスティーナが建造物を見上げる。
「登るのが得意な子だけでは駄目なのね。仲間を守る子、相手を止める子、状況を見て動く子。それぞれの役割が重要になりそうですわ」
「うんうん!」
マドカも頷く。
「五十匹全員で協力するんだね!」
リゼットは赤組と青組のコボルトたちを眺めた。
「さて、どういう作戦を立てるのかしら」
当のコボルトたちは――すでに、真剣な顔で向かい合っていた。
「わんお!(頂上まで行けばいいんだね!)」
「わふ!(ただ登るだけじゃ駄目だよ! 相手も止めないと!)」
「わんお!(前に出る子と、守る子を分けよう!)」
「わふ!(上から相手を邪魔するのもありだよね!)」
人間たちには、元気な鳴き声が飛び交っているようにしか聞こえない。
しかし、その身振りからも、かなり真剣に作戦を相談していることは分かった。
「まぁ! 両チームとも、やる気十分ですわね!」
ガブリエルが笑顔で宣言する。
「それでは――最終競技、開始ですわ!」
合図と同時に。
「わんおおおおお!(行くぞー!)」
「わふぅぅぅ!(負けないぞー!)」
百匹のコボルトが、一斉に走り出した。
◇ ◇ ◇
まず動いたのは、赤組だった。
十匹ほどが建造物の正面へ駆け込み、足場を次々と登り始める。
別のコボルトたちは、左右に分かれて別ルートへ。
さらに数匹は、青組側の建造物へ向かっていた。
「わんお!(正面は任せて!)」
「わふ!(右側から回り込むよ!)」
赤組が最初から複数のルートを使っている。
対する青組も、すぐに動いた。
「わふ!(正面を止めて! 横から来る子にも注意!)」
青いユニフォームのコボルトたちが赤組の進路を塞ぐ。
足場に飛び乗ろうとした赤組の一匹が、青組のコボルトに前方を塞がれた。
「わんお!?(通してよ!)」
「わふ!(ここは通さないよ!)」
赤組は別の足場へ飛び移ろうとする。
だが、そこにも青組が待ち構えていた。
右へ行けば塞がれる。
左へ行けば先回りされる。
正面から登ろうとすれば、上の足場から降りてきたコボルトに道を塞がれる。
「わんおおお!?(どこにも行けない!?)」
赤組のコボルトが困惑する。
一方、青組側の建造物でも、同じような攻防が始まっていた。
青組が登ろうとすれば、赤組が横から邪魔をする。
赤組が足場を確保すれば、青組がその前へ回り込む。
誰かが登り始めたと思えば、仲間が下から別の道を開く。
そして、頂上に近づいたコボルトがいると――。
「わふ!(あそこに一匹いるよ!)」
「わんお!(止めろー!)」
複数のコボルトが一斉に追いかける。
最後の一段へ飛び乗ろうとしたコボルトが、相手に行く手を塞がれ、くるりと方向転換した。
そのまま足場を踏み外し――。
ぽよんっ。
地面の魔法クッションへ、柔らかく着地した。
「わんお……(もう少しだったのに……)」
『落ち方までかわいいw』
『妨害の密度がすごいw』
『上に行くほど大渋滞になってるぞ!』
ガブリエルも興奮した様子で実況する。
「まぁ! 下から登るだけでは、なかなか頂上までたどり着けませんわ! 妨害する側も、相手の動きをよく見ておりますの!」
その時だった。
青組側の建造物の中ほど。
ほかのコボルトたちが正面で激しく競り合っている間に、一匹の青組コボルトが、誰にも注目されない小さな通路へ入っていった。
そこは、足場の裏側に作られた狭い通路。
途中には低いトンネルがあり、その先には揺れる橋がある。
正面から登るよりも時間はかかるが、人が少ない。
「わふ……(こっちなら、邪魔されにくい……)」
青組のコボルトは、身を低くしてトンネルをくぐる。
橋が揺れる。
足場が狭い。
それでも、四本の足を器用に使って進んでいった。
やがて、上の足場へ。
そこでも赤組のコボルトたちが見張っていたが、正面での攻防に気を取られている。
青組の一匹は、足場の隅を通り抜け――さらに上へ。
「わふ!(あと少し……!)」
だが。
頂上の一段下まで来たところで、赤組のコボルトに見つかった。
「わんお!?(青組がいる!)」
「わふ!?(見つかった!?)」
赤組が飛びかかるように進路を塞ぐ。
青組は右へ。
赤組も右へ。
左へ回ろうとする。
やはり塞がれる。
残る道は――。
青組のコボルトが、足場の端にある小さな輪を見た。
それは、隣の柱へ渡るために設けられた吊り輪だった。
「わふ!(これだ!)」
輪に前足をかけ、身体を振る。
ぶらんっ。
そのまま隣の足場へ飛び移った。
「わんおおお!?(そっちに行った!?)」
赤組が慌てて追いかける。
青組はその隙に、最後の足場へ駆け上がった。
そして――。
頂上の台座に置かれた青い王冠を、前足で持ち上げる。
「わふっ!(取った!)」
頭へ乗せる。
ちょこん。
小さな王冠が、青いユニフォームの頭に収まった。
一瞬、会場が静まり返った。
次の瞬間――。
「青組、勝利ですわああああ!」
ガブリエルの声が、競技場いっぱいに響き渡った。
「まぁ! なんという見事な突破ですの! 正面で仲間が妨害を引き受けている間に、別ルートから頂上へ! 最後は吊り輪を使って、相手の包囲を抜けましたわ!」
青組から歓声が上がる。
「わふおおおお!(やったー!)」
「わんお!(青組、勝ったー!)」
一方、赤組は一瞬だけ呆然としていた。
「わんお……!?(いつの間に!?)」
「わふ……!(正面に気を取られすぎた……!)」
王冠を被った青組のコボルトは、頂上で胸を張った。
……と言っても、小さな王冠が頭の上で少し傾いている。
「わふ!(勝ったよ!)」
その姿に、観客席から笑い声と拍手が起こった。
『最後の最後で青組が勝った!』
『作戦勝ちだw』
『正面の大乱戦が完全に囮だったのか!』
『王冠ちょっとずれてるのかわいいw』
『赤組もめちゃくちゃ頑張った!』
マドカは、楽しそうに手を叩いた。
「すごーい! 最後の子、よくあそこから行けたね!」
「ええ。仲間が妨害に集中している状況を、うまく利用しましたわね」
リゼットも満足そうに頷いた。
「力だけでなく、作戦と周囲を見る力も必要な競技だったということね」
ニコラは巨大な建造物を見上げる。
「ん~。こういうの、コボルトたちが気に入ったなら、あとで遊べるようにしてもいいかもね~」
「えっ、これ常設するの!?」
マドカが振り返る。
「安全装置も入ってるし~。使わないときは訓練用にもできるよ~」
「それはいいかも!」
マドカはすぐに笑顔になった。
こうして――。
コボルト競技会、最後の競技は青組の勝利で幕を閉じた。
赤組も青組も、互いに全力を尽くした。
競技場には、勝った喜びと負けた悔しさ、そして何よりも、最後まで走り回ったコボルトたちの楽しそうな鳴き声が響いていた。
そして、いよいよ。
待ちに待った表彰と――ご褒美の時間がやってくるのだった。




