本物当てゲーム
ジャスティスを相手にしたスポーツチャンバラが終わり、競技場には再び和やかな空気が戻っていた。
「皆様、ジャスティス様もお疲れさまでしたわ!」
実況席のガブリエルが笑顔で手を振る。
「それでは、次の競技へ参りましょう!」
競技場の中央に、いくつもの魔法陣が浮かび上がった。
その周囲には、ニコラが用意した魔道具が並んでいる。
「次の競技は――**エキドナ幻影本物当てゲームですわ!**」
観客席がざわめいた。
「幻影?」
「本物当てって、どういうことだ?」
「まぁ、楽しみですわね!」
ガブリエルが手を向けると、ステージにはトライアングルwith DJニコの四人が登場した。
マドカ。
ナナリー。
アリシア。
そして、DJニコことニコラ。
四人が観客席へ手を振ると、大きな歓声が上がった。
『トライアングルだ!』
『DJニコもいるぞ!』
『この四人で何をするんだ?』
「今回、コボルトの皆様に探していただくのは、この四人の本物ですわ!」
ガブリエルの合図で、競技場に魔法陣が広がった。
パァァァッ!
次の瞬間――。
マドカが十人。
ナナリーが十人。
アリシアが十人。
ニコラが十人。
合計四十人の姿が、競技場に現れた。
「…………」
観客席が静まり返る。
「……え?」
「四十人!?」
「マドカさんが十人もいるぞ!?」
そこに立っている四十人は、全員が普通の人間と変わらない姿をしていた。
幽霊のように透き通っているわけではない。
服装も髪型も表情も、本物とそっくり。
十人のマドカが手を振れば、十人のナナリーも笑顔で応じる。
ニコラは十人とも眠たそうな顔をしているし、アリシアも十人とも楽しそうに笑っていた。
「まぁ……これは見分けがつきませんわね!」
ガブリエルも目を丸くした。
「もちろん、観客の皆様にも、どれが本物なのかは分かりませんの!」
大型掲示板に、ルールが表示される。
『参加者:コボルト全100匹』
『赤組50匹・青組50匹』
『探索対象:40人』
『マドカ10人・ナナリー10人・アリシア10人・ニコラ10人』
『各10人のうち、本物は一人。残り九人は幻影』
『幻影に触れると、その姿が透き通って消える』
『本物に触れれば発見成功』
『本物も幻影も、全力の戦闘能力は禁止。ただし、接触を避けることは可能』
「今回の競技では、赤組と青組の皆様が、同時に本物を探していただきますわ! 見事に本物へ触れたチームには得点が入りますの!」
『百匹対四十人!?』
『一度にやるのかwww』
『これは競技場が大変なことになりそう』
『本物の四人も逃げられるんだよな?』
「そのとおりですわ!」
ガブリエルが元気よく答える。
「本物の皆様も幻影の皆様も、接触を避けることはできますの! ただし、全力の戦闘能力を使うことは禁止ですわ!」
その説明を聞き、マドカが首を傾げた。
「……ねえ、これってさ」
「なに?」
ナナリーが尋ねる。
「私たち、四十人全員が一斉に逃げ回るんだよね?」
「そうなるわね」
アリシアが競技場を見渡した。
「しかも、相手はコボルト百匹……」
「ん~。楽しそうだねぇ~」
ニコラだけは、いつもどおり楽しそうだった。
「いや、ニコラ。絶対すごいことになるよ?」
「うん~。だから楽しそうなんだよ~」
「そういうことね……」
マドカは笑いながら肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
「それでは、選手の皆様に入場していただきますわ!」
競技場の入口が開いた。
赤組五十匹。
青組五十匹。
合計百匹のコボルトたちが、ぞろぞろと入ってくる。
全員、赤か青のユニフォームを着ていた。
競技場の中央に並ぶ四十人を見た瞬間、コボルトたちが固まった。
「わんお!?(何!?)」
「わふ!?(マドカさんがいっぱい!?)」
「わんおお!?(ナナリーさんもいっぱいだぞ!)」
「わふ!?(ニコラ博士が十人もいるんだけど!?)」
百匹のコボルトたちが、いっせいに顔を見合わせた。
そして、競技場の中央を見直す。
四十人。
どこを見ても、知っている四人の姿ばかり。
「わんお……(これは大変だ……)」
「わふ!(落ち着いて! 触れば分かるんだから!)」
「わんお!(そうか! 片っ端から触ればいいんだ!)」
「わふ!?(四十人もいるのに!?)」
「わんお!(……そうだった!)」
人間たちには、コボルトたちが一斉に鳴き始めたようにしか見えない。
しかし、本人たちは真剣そのものだった。
「まぁ! コボルトの皆様、ずいぶん驚いていらっしゃいますわね!」
ガブリエルが笑顔で実況する。
「どうやら、見た目だけでは本物を見つけられそうにありませんわ!」
『そりゃそうだw』
『百匹でも四十人は大変だろw』
『コボルトたちの作戦会議、聞いてみたいw』
赤組の先頭にいたコボルトが、一歩前へ出た。
「わんお!(よし、みんなで手分けしよう!)」
「わふ!(四人をそれぞれ探すの?)」
「わんお!(そうだ! マドカさんを探す組、ナナリーさんを探す組、アリシアさんを探す組、ニコラ博士を探す組に分かれよう!)」
「わふ!(五十匹ずつだと、どっちかのチームが有利にならない?)」
「わんお!(赤組と青組で協力するんじゃなくて、競争だよ!)」
「わふ!?(あっ、そうだった!)」
どうやら作戦は決まったらしい。
赤組と青組、それぞれが自分たちの作戦を立てている。
そして――。
「それでは、開始ですわ!」
ガブリエルの声が競技場に響いた。
パンッ!
合図と同時に、百匹のコボルトが一斉に走り出した。
「「わんおおおおおおお!(いくぞー!)」」
四十人のトライアングルwith DJニコも、一斉に散開する。
「わっ、来た!」
「みんな、捕まらないようにね!」
「ん~。こっちかな~?」
「ちょっと、ニコラ! どこ行くの!?」
マドカが笑いながら走り出す。
ナナリーも軽やかに移動し、アリシアはコボルトたちの間をすり抜けていく。
ニコラは、十人とも眠たそうな顔をしたまま、それぞれ別の方向へ動いていた。
競技場は、一瞬にして大混乱になった。
「わんおおお!(マドカさん、待ってー!)」
「わふ!(ナナリーさん、こっちだよ!)」
「わんお!?(ニコラ博士が三人こっちにいる!?)」
「わふ!?(アリシアさんも向こうに四人いるよ!?)」
赤いユニフォームと青いユニフォームが、四十人の間を駆け回る。
しかし、触れた相手が本物とは限らない。
最初にマドカへ飛びついたコボルトが、前足で服に触れた。
ぺたり。
すうっ。
マドカの姿が透き通り、そのまま消えた。
「わんお!?(ハズレ!?)」
別のコボルトも、ナナリーの腕に触れた。
すうっ。
「わふぅ……(またハズレ……)」
さらに、ニコラへ近づいたコボルトが、そっと前足を伸ばした。
ぺたり。
すうっ。
「わんおお!?(こっちも幻影!?)」
次々に、幻影が消えていく。
競技場から、驚きの声が上がった。
「おおっ! 消えた!」
「ちゃんと触らないと分からないんだな!」
「まぁ! 皆様、とても頑張っていらっしゃいますわ!」
ガブリエルが嬉しそうに実況する。
ところが、幻影だけでなく本物も逃げ回っているため、簡単には見つからない。
「わっ、そっちから来た!」
マドカが横へ避ける。
「わんお!?(逃げたー!)」
「だって、捕まったら終わりなんでしょ?」
マドカは笑いながら駆けていく。
そのすぐ隣では、別のマドカの幻影も、まったく同じように逃げていた。
「わんおお!?(どっちが本物なんだー!?)」
コボルトが両方を追いかける。
先に追いついた方へ触れる。
ぺたり。
すうっ。
「わんおおお!?(また違ったー!)」
その間に、本物のマドカは反対側へ逃げ切った。
『wwwww』
『本物も幻影も逃げてるから分からないw』
『コボルトたち、完全に翻弄されてるぞw』
『マドカ十人に追いかけっこさせるなw』
◇ ◇ ◇
競技場の別の場所では、青組のコボルトたちがナナリーを追いかけていた。
「わふ!(ナナリーさん、待ってー!)」
「ふふっ。頑張ってくださいね!」
ナナリーが軽やかに走る。
コボルトたちは必死に追いかけ、少しずつ距離を詰めた。
「わんお!(今だ!)」
三匹が一斉に手を伸ばす。
ぺたり。
すうっ。
触れたナナリーが消えた。
「わんおお……!(また幻影……!)」
三匹がしょんぼりと耳を下げる。
だが、次の瞬間。
別のナナリーが、すぐ近くを通り過ぎた。
「わふ!?(いたー!)」
今度こそと飛びつく。
ぺたり。
しかし、また消えた。
「わんおおおお!?(何人いるのー!?)」
コボルトたちは、すっかり混乱していた。
その様子を見て、ガブリエルが笑いながら実況する。
「まぁ! 青組の皆様、ナナリーさんを追いかけていらっしゃいますけれど、なかなか本物に触れられませんわね!」
『消えたwww』
『そっちも幻影かw』
『百匹でも苦戦してるぞ!』
そのとき、競技場の反対側で歓声が上がった。
「わんおおおお!(本物だー!)」
赤組のコボルトが、アリシアの腕に触れていた。
今度は透き通らない。
アリシア本人だった。
「正解!」
アリシアが笑顔で頷いた。
発見を示す魔法陣が光り、掲示板に赤組の得点が加算される。
「まぁ! アリシアさんの本物を発見しましたわ!」
ガブリエルが拍手した。
「赤組、見事な発見ですわね!」
『おおおお!』
『本物発見!』
『コボルト、よく見つけた!』
アリシアは、正解したコボルトの頭をそっと撫でた。
「見つけてくれてありがとう!」
「わんおお!(やったー!)」
コボルトは嬉しそうに飛び跳ねた。
そしてアリシアは、競技エリアの外へ移動する。
本物が一人見つかったため、残りは三人。
幻影も含めた人数は、一人分だけ少なくなった。
しかし、まだまだ大混乱は続く。
◇ ◇ ◇
ニコラを追いかけていたコボルトたちは、別の意味で混乱していた。
「わんお!(ニコラ博士を見つけよう!)」
「わふ!(こっちにいるよ!)」
「わんお!?(こっちにもいるぞ!?)」
「わふ!?(そっちにもいる!?)」
競技場のあちこちに、ニコラがいる。
あるニコラは手を振っている。
あるニコラは欠伸をしている。
あるニコラは、眠そうに首を傾げていた。
「ん~?」
その仕草まで、そっくりだった。
「わんお……(どれが本物なの……)」
一匹のコボルトが、目の前のニコラへそっと近づく。
「わんお!(触るね!)」
ぺたり。
すうっ。
「わふぅ……(またハズレ……)」
そのすぐ隣にいたニコラが、のんびりと手を振った。
「こっちだよ~」
「わんお!?(本当!?)」
コボルトが駆け寄る。
ニコラは、すっと横へ動いた。
「わんおお!?(逃げたー!)」
追いかける。
もう一度手を伸ばす。
ぺたり。
すうっ。
「わんおおお!?(また幻影!?)」
観客席は大爆笑だった。
『ニコラ十人、ややこしすぎるw』
『全部眠そうなのが余計に困るw』
『本物はどこだw』
ガブリエルも、思わず口元を押さえて笑った。
「まぁ! ニコラさんの幻影に、すっかり翻弄されていらっしゃいますわ!」
それでも、コボルトたちは諦めない。
赤組と青組が協力するわけにはいかないが、同じチームの仲間同士で連携し、別々のニコラを追いかけていく。
一匹が逃げ道をふさぐ。
もう一匹が反対側から近づく。
さらに別の一匹が、正面から手を伸ばす。
「わんお!(今だ!)」
三匹が一斉に飛びついた。
ぽふっ!
すうっ!
幻影が消えた。
「わんおおお!?(三人がかりでもハズレ!?)」
そのすぐ横を、本物のニコラが通り過ぎていった。
「ん~。惜しかったねぇ~」
「わんおおお!?(今、喋った!?)」
コボルトたちは一斉に振り返った。
しかし、目の前にはニコラが二人。
どちらも、同じように笑っている。
「…………」
「わふ……(もう分からない……)」
◇ ◇ ◇
競技開始から二分。
競技場には、まだ多くの幻影が残っていた。
しかし、コボルトたちも少しずつ正解を出し始めている。
赤組は、アリシアに続いてマドカの本物も発見。
青組は、ナナリーの本物を見つけることに成功していた。
残る本物は、ニコラだけ。
もっとも、ニコラの幻影はまだ何人も残っている。
「まぁ! ここまできましたわね!」
ガブリエルが掲示板を確認する。
「赤組が二人、青組が一人、本物を発見しておりますわ! 最後のニコラさんを見つけられるのは、どちらのチームでしょうか!」
コメント欄も盛り上がっていた。
『赤組がリード!』
『青組もまだチャンスあるぞ!』
『最後のニコラが難関すぎるw』
『ニコラ本人も絶対楽しんでるだろw』
そして、そのニコラ本人は――。
競技場の端で、三匹のコボルトに囲まれていた。
「わんお!(今度こそ本物だ!)」
「わふ!(逃げ道をふさいだよ!)」
「わんお!(さあ、触るぞ!)」
ニコラは、にこにこと笑った。
「ん~。捕まっちゃうかな~?」
コボルトたちが一斉に前足を伸ばす。
ぺたり。
すうっ。
消えた。
「…………」
三匹が固まった。
「わんおおおお!?(また幻影かよー!?)」
観客席が大爆笑に包まれた。
ガブリエルも、笑いながら実況する。
「まぁ! ニコラさん、最後まで簡単には捕まってくださいませんわね!」
そのとき。
競技場の中央にいたコボルトが、ふと立ち止まった。
そして、あるニコラをじっと見つめる。
そのニコラは、他のニコラと同じように眠そうに笑っていた。
しかし、目の前で仲間が幻影を追いかけているのを見て――。
「ふふ~。みんな、頑張ってるねぇ~」
ほんの少しだけ、嬉しそうに笑った。
「…………」
コボルトが、そっと近づく。
「わんお……(今度こそ……)」
前足を伸ばす。
ぺたり。
透き通らない。
「…………」
コボルトが目を見開いた。
「わんおおおおおおお!(本物だー!)」
ついに、ニコラ本人を発見した。
発見を示す魔法陣が光り、掲示板に青組の得点が加算される。
「まぁ! ニコラさんの本物も発見されましたわ!」
ガブリエルが大きく拍手した。
観客席から、割れんばかりの歓声が上がる。
『ついに見つけたー!』
『青組、最後の一人を発見!』
『百匹で探すからこその総力戦だったなw』
ニコラは、正解したコボルトの頭をそっと撫でた。
「よく見つけたねぇ~」
「わんおおお!(やったー!)」
コボルトは、嬉しさのあまり、その場でぴょんぴょん跳ねた。
そして、競技終了の合図が鳴る。
◇ ◇ ◇
「皆様、お疲れさまでしたわ!」
ガブリエルが満面の笑みで締めくくる。
「赤組は三人、青組は一人。本物を見つけた数では、赤組の勝利ですわ!」
観客席から拍手が起こった。
ただし、青組も最後まで諦めず、ニコラを見つけることに成功していた。
「わんお!(やったね!)」
「わふ!(最後に見つけられてよかった!)」
赤組と青組のコボルトたちは、互いに前足を合わせて喜んでいる。
人間側には、ただ鳴きながら喜んでいるようにしか見えない。
しかし、百匹が一斉に四十人を追いかける競技は、観客たちにとっても大変な盛り上がりとなった。
「まぁ! 本当に楽しい競技でしたわね!」
ガブリエルは、四人へ視線を向けた。
「マドカさん、ナナリーさん、アリシアさん、ニコラさん、ご協力ありがとうございましたわ!」
「どういたしましてー!」
マドカが手を振る。
「みんな、すごかったね!」
ナナリーも笑顔で頷いた。
「百匹に追いかけられるのは、なかなか迫力がありましたね」
「ふふっ。次もやってみたいかも!」
アリシアが楽しそうに笑う。
ニコラも、いつもどおりのんびりと頷いた。
「今度は、もう少し幻影を増やしても面白そうだねぇ~」
「増やさないで!」
マドカが即座に突っ込む。
競技場に、また笑い声が起こった。
こうして、エキドナ幻影本物当てゲームは大盛況のうちに終了した。
赤組も青組も、百匹全員が力を合わせて挑戦した、まさにコボルト競技会ならではの一戦だったのだ。




