ジャスティスをボコる
観客参加型の鬼ごっこが終わり、競技場は再び盛り上がっていた。
「皆様、観客の方々にもご協力いただき、ありがとうございましたわ!」
実況席のガブリエルが、笑顔で手を振る。
「赤組も青組も、最後まで一生懸命でしたわね! それでは、次の競技へ参りましょう!」
競技場の中央には、先ほどのスポーツチャンバラで使われた、柔らかいスポンジ製の武器が運び込まれていた。
剣、棒、短い槍。
そして、それぞれのチームカラーに合わせた塗料が用意されている。
赤い塗料。
青い塗料。
「次は、もう一度スポーツチャンバラですの?」
ガブリエルが首を傾げた。
そのとき。
「いや、今回はちょっと違うぞ!」
マドカが、競技場の入口から顔を出した。
その後ろには、なぜかジャスティスがいる。
「……おい、マドカ」
「なに?」
「なんで俺がここにいるんだ?」
「次の競技に参加してもらうから!」
「聞いてねえぞ!?」
ジャスティスの声が競技場に響いた。
マドカは、にっこり笑って告げる。
「次の競技は――」
一拍。
「**ジャスティスを捕まえて、ボコれ! 大会!**」
「おいぃぃぃぃぃ!?」
ジャスティスの叫びが響き渡った。
観客席が、一瞬静まり返る。
そして――。
「ははははは!」
「なんだそれ!?」
「ジャスティス様、何をしたんですか!?」
大爆笑が起こった。
『急にひどい競技が始まったwww』
『ジャスティス何したんだよw』
『勇者をボコる運動会w』
『本人の許可は!?w』
「待て待て待て! 俺は何もしてねえぞ!?」
ジャスティスが慌てて両手を振る。
「これは競技会だよ?」
「その説明で納得できるか!」
「大丈夫! 武器は安全なスポンジ製だから!」
「そういう問題じゃねえ!」
マドカは笑いをこらえながら、用意された武器を指差した。
「ルールは簡単。赤組は赤い塗料、青組は青い塗料を使って、ジャスティスに自分たちの色を付けるの!」
「…………は?」
「制限時間内に、どっちの色をたくさん付けられるかで勝負!」
「ちょっと待て! 俺を的にするな!」
「えー? だって、ジャスティスなら避けられるでしょ?」
「そういう問題じゃねえだろ!」
そのやり取りを聞いていたニコラが、眠そうな顔で付け加えた。
「ちなみに~、塗料はすぐに落とせるやつだからねぇ~。怪我もしないように武器は柔らかくしてあるよ~」
「ニコラまで準備してんのかよ!?」
ジャスティスは頭を抱えた。
逃げ道は、ない。
どうやら、最初から計画されていたらしい。
「まぁ!」
ガブリエルが、目を輝かせた。
「それは大変楽しそうですわね! 赤組と青組、どちらの連携が優れているのか、見ものですわ!」
「ガブちゃん!?」
ジャスティスが実況席を振り返る。
「止めてくれよ!」
「頑張ってくださいまし、ジャスティス様!」
「応援の方向がおかしい!」
観客席から、再び笑い声が起こった。
『ジャスティス逃げてw』
『赤組も青組も本気出せー!』
『勇者狩りが始まるぞw』
『これ、コボルトたちのチームワークが試されるな』
『アナスイ:まぁ! ジャスティス様も大変ですわね。皆様、お怪我のないように頑張ってくださいまし!』
◇ ◇ ◇
競技場の中央。
ジャスティスは、スポンジ製の武器を手にしたコボルトたちに取り囲まれていた。
赤組、約五十匹。
青組、約五十匹。
合計百匹。
全員が、やる気満々だった。
「わんお!(あれが相手か!)」
「わふ!(人間一人だね!)」
「わんお!(こっちは五十匹いるぞ!)」
「わふ!(負けるわけがない!)」
「わんお……(でも、あの人、強そう……)」
「わふ!(数で押せば何とかなるよ!)」
コボルトたちは、赤組と青組それぞれの陣地で作戦会議を始めていた。
ジャスティスには、何を話しているのか分からない。
ただ、百匹のコボルトが一斉に自分を見つめ、スポンジ剣を構えている。
「…………」
ジャスティスは、ゆっくりと後ずさった。
「……本当にやるのか?」
マドカが親指を立てる。
「頑張れ!」
「お前も参加しろよ!」
「私は実況側だもん!」
「ずるいだろ!」
そこへ、ガブリエルの声が響いた。
「それでは、ルールをご説明いたしますわ!」
大型掲示板に、競技のルールが表示される。
『制限時間:三分』
『赤組は赤い塗料を付けたスポンジ武器を使用』
『青組は青い塗料を付けたスポンジ武器を使用』
『ジャスティスに命中し、色が付着すれば得点』
『制限時間終了時、より多くの塗料を付けたチームの勝利』
『顔面や急所への攻撃は禁止』
『ジャスティスも回避してよい』
「以上ですわ! ジャスティス様、準備はよろしいですか?」
「……よくねえ!」
「それでは、準備完了ですわね!」
「話を聞けえええええ!」
ガブリエルが手を掲げた。
「それでは――競技開始ですわ!」
パンッ!
開始の合図が鳴った。
次の瞬間。
「わんおおおおお!(突撃ー!)」
「わふおおおおお!(囲めー!)」
**百匹のコボルトが、一斉にジャスティスへ殺到した。**
「うおおおおおおおお!?」
ジャスティスが飛び退く。
前方から赤組。
左右から青組。
後方にも、いつの間にかコボルトたちが回り込んでいる。
小さな身体を活かし、全員が別々の方向から迫ってきた。
「待て待て待て! 多すぎるだろ!」
ジャスティスは最初のスポンジ剣をひょいっと避ける。
ぽふっ!
空振り。
続いて青組の棒が迫る。
ひらり。
これも回避。
「わんお!?(当たらない!?)」
「わふ!?(速いよ!)」
コボルトたちが驚いた。
ジャスティスは勇者である。
相手がコボルトでも、まともに受ければ色が付く。
だからこそ、攻撃を見極め、必要最小限の動きで避けていた。
「よし! これなら――」
その瞬間。
「わんお!(今だ!)」
「わふ!(後ろから!)」
赤組の二匹が、左右から同時に飛び込んだ。
「なっ!?」
ジャスティスが片方を避ける。
しかし、もう片方のスポンジ剣が、腕にぽふっと当たった。
赤い塗料が、袖に付着する。
「…………」
ジャスティスが、自分の腕を見た。
「……赤!?」
「わんおおお!(当たったー!)」
「わふ!(赤組、先制!)」
赤組のコボルトたちが一斉に跳びはねた。
観客席が沸いた。
『赤組、先制点!』
『ジャスティス、さっそく塗られたw』
『今の連携うまいな!』
『五十匹の連携を舐めるなw』
ガブリエルも拍手する。
「まぁ! 赤組、見事な連携ですわ! ジャスティス様の隙を突き、腕にしっかりと命中させましたの!」
「くっ……!」
ジャスティスが構え直す。
「そう簡単にはいかねえぞ!」
今度は、コボルトたちが距離を取ろうとした。
しかし、ジャスティスはその隙を見逃さない。
「今度はこっちだ!」
素早く移動して、赤組の包囲を抜ける。
その動きに、コボルトたちが慌てた。
「わんお!?(逃げた!)」
「わふ!(追えー!)」
「わんお!(右に回り込め!)」
赤組が追いかける。
青組も、別方向からジャスティスを狙う。
「青組も負けていませんわ! 左右から挟み込む作戦でしょうか!」
ガブリエルの実況にも熱が入る。
ジャスティスは迫ってくる青組のコボルトを見て、少しだけ笑った。
「甘い!」
身体をひねり、スポンジ剣をかわす。
さらにもう一匹の攻撃も避ける。
ぽふっ!
ぽふっ!
二連続で空振り。
「わんおお!?(また外れた!?)」
「わふ!?(こっちも当たらない!)」
「ははっ! 悪いな!」
ジャスティスは得意げに笑った。
「伊達に勇者をやってるわけじゃないんだよ!」
その瞬間。
「わんお!(今だよ!)」
別の青組コボルトが、後ろからスポンジ剣を振った。
ぽふっ!
青い塗料が、ジャスティスの背中に付着した。
「…………」
ジャスティスが固まった。
「……青!?」
「わんおおお!(青組も命中ー!)」
「わふ!(やったー!)」
青組が大喜びする。
観客席から、さらに大きな歓声が上がった。
『背中を取った!』
『勇者様、完全に囲まれてますw』
『ジャスティス、前を避けても後ろから来るぞw』
『これが数の暴力か……!』
「まぁ! 青組も見事ですわ! ジャスティス様、前方への対応に集中したところを、背後から狙われてしまいましたの!」
ガブリエルが興奮気味に実況する。
「ジャスティス様、油断は禁物ですわよ!」
「分かってるよ!」
ジャスティスは叫んだ。
「けど、百匹相手にどうしろってんだ!」
その間にも、コボルトたちは次々と攻め込んでくる。
「わんお!(次は足元だ!)」
「わふ!(いや、腕を狙おう!)」
「わんお!?(作戦がバラバラだよ!?)」
「わふ!(とにかく当てれば勝ちだよ!)」
赤組も青組も、すっかり夢中になっていた。
ジャスティスは迫りくるスポンジ剣を避け、棒をかわし、短い槍のような武器をひょいひょいと回避していく。
時には、その場でくるりと回って攻撃を避けることもあった。
しかし、攻撃の数が多すぎた。
ひとつ避ければ、次が来る。
次を避ければ、また別方向から迫ってくる。
「うおっ!?」
ぽふっ!
今度は、赤い塗料がズボンに付いた。
「赤組、三度目の命中ですわ!」
『足にも付いたw』
『ジャスティス、どんどんカラフルになってるw』
さらに。
ぽふっ!
青い塗料が袖に付着。
ぽふっ!
赤い塗料が背中に追加。
ぽふぽふっ!
左右から、ほとんど同時に攻撃が命中した。
「うおおおおお!? ちょっと待て! 色が増えてるぞ!」
ジャスティスの服には、赤と青の塗料があちこちに付いていた。
もう、どちらの色が多いのか、遠くからでは分からなくなりつつある。
「わんおおお!(もっとだ!)」
「わふ!(あと少し!)」
「わんお!(赤組、押し切るぞ!)」
「わふ!(青組も負けない!)」
コボルトたちの攻撃は止まらない。
もちろん、使っているのは柔らかなスポンジ武器だ。
攻撃が当たるたびに、ぽふっ、ぽすっ、と気の抜ける音が鳴る。
それでも、ジャスティスにとっては大変だった。
「いや、痛くはないんだけどさ! 数が多いんだよ!」
ジャスティスは笑いながらも、必死に逃げ回った。
そして、ついに――。
ぽふっ!
ぽふぽふっ!
赤と青の武器が、同時にジャスティスの胸元と腕に命中した。
「…………」
ジャスティスが立ち止まった。
全身に、赤と青の塗料。
袖にも。
背中にも。
ズボンにも。
胸元にも。
もはや、どちらのチームが優勢なのか分からないほど、派手に色が付いていた。
「…………これ、どう判定するんだよ?」
マドカが、掲示板を確認する。
「うーん。赤と青、ほぼ同じくらい?」
「ほぼ同じくらいって何だよ!?」
ニコラが、のんびりと提案した。
「じゃあ、あと三十秒だけ延長する~?」
「しない!」
ジャスティスが即答した。
しかし、ガブリエルはすでにマイクを手に取っていた。
「まぁ! 大変な接戦ですわね! 残り三十秒、追加で勝負をつけることにいたしますわ!」
「ガブちゃん!?」
観客席から大歓声が上がった。
『延長きたwww』
『ジャスティス逃げてw』
『赤組も青組も最後の追い込みだ!』
『ジャスティス、頑張れ!』
ジャスティスは、ゆっくりと顔を覆った。
「……俺、勇者なんだけどな……」
その足元で、赤組と青組のコボルトたちが、一斉に構え直す。
「わんお!(最後の勝負だ!)」
「わふ!(絶対に勝つ!)」
そして――。
「わんおおおおおお!(突撃ー!)」
百匹のコボルトたちが、再びジャスティスへ殺到した。
「うおおおおおおおおおお!?」
競技場は、最後の大混乱に包まれた。
◇ ◇ ◇
追加の三十秒が終了した。
ジャスティスは、ようやく解放された。
全身には赤と青の塗料がたっぷりと付着している。
本人は無事だ。
だが、服は見事に二色に染まっていた。
「……はぁ……はぁ……」
ジャスティスが息を整える。
「……もう、勘弁してくれ……」
その周囲では、コボルトたちが嬉しそうに尻尾を振っていた。
「わんお!(楽しかった!)」
「わふ!(またやりたいね!)」
「わんお!(次はもっと当てるぞ!)」
「わふ!(今度こそ、私たちが勝つ!)」
赤組も青組も、満足そうだった。
もちろん、ジャスティス以外は。
「まぁ! 皆様、本当に素晴らしい競技でしたわ!」
ガブリエルが笑顔で締めくくる。
「赤組も青組も、見事な連携を見せてくださいましたわね! そしてジャスティス様、百匹ものコボルトを相手に、最後までよく頑張ってくださいましたわ!」
「……ありがとう、ガブちゃん……」
ジャスティスは、力なく笑った。
「……でも次は、せめて十匹くらいにしてくれ……」
マドカが肩を叩く。
「大丈夫! 次もよろしくね!」
「よろしくしたくねえよ!」
競技場は、またしても大爆笑に包まれた。
こうして――。
コボルト競技会の名物となる、ジャスティス捕獲チャンバラ大会は、大盛況のうちに終了したのだった。




