会場参加型 コボルト鬼ごっこ
巨大ゴーレムロデオが終わり、競技場では次の競技の準備が進められていた。
百匹のコボルトたちは、地面に降りると、それぞれ仲間のもとへ戻っていく。
「わんお……(すごい揺れだった……)」
「わふ!(でも楽しかったね!)」
「わんお!(次は絶対に落ちないぞ!)」
そんな会話を交わしながら、尻尾を振っている。
その様子を見ていたガブリエルが、実況席で進行表を確認した。
「皆様、先ほどの巨大ゴーレムロデオはいかがでしたか? あれほどたくさんのコボルトが一斉にしがみついている姿、とっても迫力がありましたわね!」
『もふもふの大群が揺れてるのすごかったw』
『最後まで残った子たち、すごい!』
『ニコラ博士、次は何を作るんですかw』
「ふふっ。それは私も気になりますわ!」
ガブリエルは楽しそうに笑った。
そして、次の競技の案内を確認する。
「あら? 次は観客の皆様にも参加していただく競技ですのね!」
その言葉に、観客席がざわめいた。
「観客も参加できるのか?」
「何をするんだろう?」
「まさか、私たちもコボルトと一緒に走るのかしら?」
ガブリエルが説明を始める。
「次の競技は――**観客参加型、コボルト鬼ごっこですわ!**」
大きな歓声が上がった。
◇ ◇ ◇
競技場の中央に、赤と青の二つのエリアが設けられた。
その周囲には、柔らかなマットが敷かれ、外側には観客が入れない安全区域が確保されている。
係員が説明板を掲げた。
『赤組応援団:観客十五名』
『青組応援団:観客十五名』
『赤組応援団は、青組のコボルトを捕まえる』
『青組応援団は、赤組のコボルトを捕まえる』
『制限時間:三分』
『捕まったコボルトは、その場で待機』
『捕まえた人数に応じて、応援するチームに得点』
つまり、赤組に賭けた観客は、赤組の勝利を目指して青組のコボルトを捕まえる。
青組に賭けた観客は、その逆だ。
もちろん、参加は希望者のみ。
すでに賭けている観客の中から、それぞれ十五名が選ばれることになった。
「まぁ! これは面白そうですわね!」
ガブリエルが目を輝かせる。
「自分が応援するチームの勝利のために、観客の皆様がコボルトを捕まえるお手伝いをするのですわ!」
『人間対コボルトの鬼ごっこ!?』
『十五人ずつって、結構な人数だなw』
『コボルト、絶対速いだろw』
『賭けたチームのために頑張れー!』
そして、参加者が集められた。
赤組の応援団には、男性も女性もいる。
青組の応援団も同じだ。
全員が、それぞれ赤か青の腕章をつけている。
「皆様、今回の競技では、コボルトを乱暴につかんだり、押し倒したりすることは禁止ですわ!」
ガブリエルが注意事項を読み上げた。
「コボルトの腰につけられた目印のリボンに、手で触れれば捕獲成立ですの! 捕まったコボルトは、その場で待機してくださいまし!」
さらに、観客側も安全のため、走る方向や競技エリア内のルールを守らなければならない。
「コボルトの皆様も、全力で逃げて構いませんわ! ただし、競技場の外へ出てはいけませんの!」
ルールを聞いた参加者たちは、互いに顔を見合わせた。
「……本当に捕まえられるかな?」
「相手はコボルトだぞ。森のモンスターを退治している子たちだろう?」
「でも、私が賭けたのは赤組なの。ここは頑張らないと!」
それぞれ気合いを入れている。
◇ ◇ ◇
その一方。
コボルトたちは、競技場の反対側で説明を受けていた。
「わんお!?(今度は人間が鬼なの!?)」
「わふ!(そういうことみたい!)」
「わんお!(捕まったら動けなくなるのか!)」
「わふ!(じゃあ、絶対に捕まらなければいいんだね!)」
「わんおお!(よし、逃げ切るぞ!)」
コボルトたちは真剣そのものだった。
今回は、マラソンと違って二足歩行の制限はない。
つまり、四足で走っても構わない。
「わんお!(四本足で走ってもいいんだよね!?)」
「わふ!(ルールに書いてないから大丈夫!)」
「わんおお!(よっしゃあ!)」
何匹かが、さっそく四足になって地面を蹴っている。
どうやら、自分たちの走力を最大限に活かすつもりらしい。
もっとも、人間側には意味が分からない。
ただ、かわいらしいコボルトたちが、競技場の中で元気よく鳴いているようにしか見えなかった。
「まぁ! 皆様、やる気十分ですわね!」
ガブリエルが笑顔で実況する。
「それでは、参加者の皆様も位置についてくださいまし!」
赤組の応援団十五名が、青組のコボルトたちを見つめる。
青組の応援団十五名も、赤組のコボルトたちを見据えた。
両陣営の間には、緊張感が漂っている。
「よし、絶対に捕まえるぞ!」
「賭けたからには、赤組に勝ってもらわないとな!」
「青組、覚悟しなさい!」
人間たちも真剣だ。
対するコボルトたちも、尻尾を振りながら身構えている。
「わんお!(来るぞ!)」
「わふ!(散らばろう!)」
「わんお!(捕まりそうになったら、仲間に知らせるんだ!)」
「わふ!(了解!)」
作戦会議は完了したらしい。
ガブリエルが、実況席から大きく手を振った。
「それでは――観客参加型コボルト鬼ごっこ、開始ですわ!」
パンッ!
開始の合図が鳴った。
次の瞬間。
百匹のコボルトたちが、一斉に走り出した。
「わんおおおお!(逃げろー!)」
「わふ!(散開! 散開!)」
赤いユニフォームと青いユニフォームが、競技場の中を駆け回る。
そして、人間たちも走り出した。
「待てー!」
「こっちにいた!」
「そっちは任せたわ!」
赤組に賭けた観客は、青いユニフォームのコボルトを追いかける。
青組に賭けた観客は、赤いユニフォームのコボルトを追う。
競技場は、一瞬にして大混乱になった。
「まぁぁぁ! 始まりましたわ!」
ガブリエルが身を乗り出す。
「赤組の応援団が青組の選手を追いかけていますわ! 青組の応援団も、赤組の選手へ向かって走っていますの! これは大変な鬼ごっこになりそうですわね!」
観客席から歓声が上がる。
『人間がコボルトを追ってるw』
『待って、コボルトが速いwww』
『そりゃ森のモンスターを追いかけてる子たちだからなw』
『頑張れ応援団!』
最初に動いたのは、青組の小柄なコボルトだった。
赤組に賭けた男性が、目印のリボンを狙って手を伸ばす。
「待てー!」
「わんお!(捕まるもんか!)」
コボルトは、ひょいっと横へ跳んだ。
男性の手が空を切る。
「あっ!」
コボルトはそのまま四足で走り出した。
タタタタタッ!
「速っ!?」
男性が目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「わんお!(待たないよ!)」
コボルトは振り返って一声鳴くと、軽々とコースの障害物を避けて走り抜けた。
その姿に、観客席から笑いが起きる。
『わんお!(待たないよ!)』
『最後の人、翻訳できるのかw』
『あの足の速さ、反則だろw』
もちろん、コメントは視聴者の想像だ。
実際のコボルトは、ただ楽しそうに鳴きながら逃げているだけだった。
「まぁ! 青組の選手、見事に逃げ切っていますわ! 赤組応援団の方、頑張ってくださいまし!」
ガブリエルが声援を送る。
◇ ◇ ◇
一方、別の場所では。
青組に賭けた女性が、赤組のコボルトを追いかけていた。
「待って、待って! お願い、少しだけ止まって!」
「わんお!?(止まったら捕まるよ!?)」
コボルトは後ろを振り返りながら走る。
女性は必死に手を伸ばす。
あと少し。
あと少しで、リボンに届きそうだった。
「捕まえた!」
その瞬間。
コボルトが、すっと身を低くした。
女性の手が空を切る。
「ええっ!?」
コボルトはそのまま女性の横を通り抜け、反対方向へ走っていった。
「わんお!(あぶなかった!)」
女性は、思わず立ち止まった。
「……かわいいのに、速い……!」
その場で苦笑する。
観客席から、温かな笑い声が起きた。
『今の、見事な回避w』
『赤組の子、動きがうまいな』
『かわいさと速さを両立してるw』
『人間側、結構大変そうだなw』
ガブリエルも楽しそうに笑った。
「まぁ! 今の回避は見事でしたわね! ですが、まだ始まったばかりですの! 観客の皆様、諦めずに頑張ってくださいまし!」
◇ ◇ ◇
開始から一分。
まだ、捕獲されたコボルトは少なかった。
人間側は、必死に走っている。
しかし、コボルトたちはすばしっこい。
相手が手を伸ばす直前に方向を変えたり、仲間の後ろへ隠れたり、コースの端を使って回り込んだりしている。
「わんお!(右から来るよ!)」
「わふ!(了解!)」
「わんお!(今のうちに反対側へ!)」
「わふ!(よし!)」
コボルト同士の連携も見事だった。
一匹が追われている間に、仲間が別の方向へ走って注意を引く。
追いかける側は、どのコボルトを狙えばいいのか分からなくなる。
「わあっ! どっちを追えばいいの!?」
「こっちにもいるぞ!」
「待って、青組はあっち!」
「赤組も逃がさないで!」
人間側は、すっかり大忙しだった。
ガブリエルも目を輝かせながら実況している。
「これは予想以上ですわ! コボルトの皆様、普段の警備で培った連携を見せてくださっていますの! 観客の皆様も、なかなか苦戦していらっしゃいますわね!」
『これ、普通の人間じゃ捕まえられないだろw』
『コボルトたちが本気出してるw』
『逃げ方までうまいの草』
『人間側も頑張れー!』
しかし、そのとき。
「わんお!?(あっ! こっち、行き止まりだ!)」
一匹のコボルトが、競技エリアの端へ追い詰められた。
前方には安全柵。
後ろには、赤組に賭けた観客が二人。
左右にも、一人ずつ回り込んでいる。
「よし、逃げ道はないぞ!」
男性が声をかける。
「わんお……!(うそぉ……)」
コボルトは、左右を見た。
そして。
ぺたん。
その場に座った。
「…………え?」
追いかけていた女性が、思わず足を止めた。
コボルトは、ちょこんと前足を上げた。
「わんお……(降参……)」
もちろん、人間には意味が分からない。
ただ、追い詰められたコボルトが、ちょこんと座って前足を上げている。
「……まぁ!」
女性が思わず声を上げた。
「かわいい……!」
「ええっ!? 今、捕まえるところだったんだぞ!?」
「だって、こんなにかわいいのよ!?」
男性も、思わず苦笑した。
ルール上、目印のリボンに触れれば捕獲成立。
女性がそっと手を伸ばし、リボンに触れた。
ぺたり。
捕獲を示す札が付けられる。
「わんおぉ……(捕まっちゃった……)」
コボルトは、しょんぼりと耳を下げた。
しかし、すぐに顔を上げて、捕まえた女性へ前足を振った。
「わんお!(おめでとう!)」
女性は目を丸くした。
「まぁ……! 捕まったのに、手を振ってくれたわ!」
観客席から拍手が起きた。
「おめでとう!」
「最初の捕獲だ!」
『ついに捕まった!』
『最後の抵抗が座り込みなのかわいすぎるw』
『捕まえた人、嬉しいだろうな』
ガブリエルも嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ! 最初の捕獲ですわ! 赤組の応援団、見事に青組の選手を捕まえましたの!」
そして掲示板に、捕獲数が表示された。
『赤組応援団:1匹』
『青組応援団:0匹』
「赤組が一歩リードですわ!」
◇ ◇ ◇
その後も、競技場では追いかけっこが続いた。
赤組の応援団が、青組のコボルトを一匹捕まえる。
青組の応援団が、赤組のコボルトを二匹捕まえる。
さらに赤組が一匹。
青組が一匹。
捕獲数は、少しずつ増えていった。
しかし、コボルトたちは簡単には捕まらない。
「わんお!(こっちだよ!)」
「わふ!?(あっ、そっちに行くの!?)」
「わんお!(今だ! 反対側へ!)」
「わふ!(逃げ切った!)」
追いかける人間たちも、決して手を抜いてはいなかった。
赤組に賭けた男性は、ようやく青組のコボルトの進路を読んだ。
「よし、今だ!」
横から回り込む。
コボルトが方向を変える。
そこへ、別の参加者が待ち構えていた。
「捕まえた!」
ぺたり。
リボンに触れた。
「わんおお……!(やられたぁ……!)」
コボルトが耳を下げる。
しかし、追いかけた男性も、すっかり息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……。君、速すぎるだろ……!」
「わふ!(頑張ったね!)」
コボルトは、男性の足元で尻尾を振った。
「……うん。君も頑張ったね……」
男性は思わず笑った。
勝負をしているはずなのに、いつの間にか相手を応援したくなってしまう。
それが、コボルトたちの不思議な魅力だった。
ガブリエルは、そんな光景を見て微笑んだ。
「ふふっ。捕まえる側も逃げる側も、一生懸命ですわね! 残り時間はあと一分ですわ! 皆様、最後まで頑張ってくださいまし!」
コメント欄は、応援と笑い声でいっぱいだった。
『人間側も頑張ってるw』
『捕まったコボルトが尻尾振ってるの、癒やされる』
『赤組もっといけー!』
『青組も負けるな!』
『アナスイ:ジュリエット、最後まで気を抜いてはいけませんわよ!』
そして、そのコメントが流れた直後。
ジュリエットが、競技場の中央で走っていた。
「わんお!(まだ捕まってないよ!)」
小さな身体で、右へ左へと駆け回る。
赤いユニフォームが、ひらひらと揺れていた。
青組に賭けた観客が、ジュリエットを追いかける。
「待ってー!」
「わんお!?(まだまだ!)」
ジュリエットは、するりと相手の横を抜けた。
観客が手を伸ばす。
しかし、リボンには届かない。
「もう少し……!」
観客は、笑いながら走り続ける。
ジュリエットも、楽しそうに走っていた。
◇ ◇ ◇
そして、残り十秒。
競技場のあちこちで、最後の追い込みが始まった。
「あと少しですわ! 皆様、最後まで頑張ってくださいまし!」
ガブリエルが声を張り上げる。
赤組の応援団は、青組のコボルトを一匹追い詰めた。
青組の応援団も、赤組のコボルトを追いかけている。
「わんお!(捕まるかー!)」
「わふ!(待ちなさーい!)」
「わんお!?(そっちにも人間がいる!?)」
最後まで、競技場は大混乱だった。
そして――。
「終了ですわ!」
ガブリエルの合図で、競技が終了した。
人間たちは足を止め、コボルトたちも走るのをやめた。
息を切らしている者。
しょんぼりしている者。
捕まらずに逃げ切り、得意げに胸を張っているコボルト。
それぞれの表情が、競技場に広がっていた。
係員が捕獲数を確認する。
赤組の応援団が捕まえた青組のコボルトは、十三匹。
青組の応援団が捕まえた赤組のコボルトは、十二匹。
わずか一匹差。
「結果が出ましたわ!」
ガブリエルが掲示板を指し示す。
「赤組応援団、十三匹! 青組応援団、十二匹ですわ!」
観客席から歓声が上がった。
「赤組の勝利ですわ!」
『赤組おめでとう!』
『青組も惜しかった!』
『人間もコボルトも頑張ったなw』
『捕まった子たちも最後までかわいかった』
赤組に賭けた参加者たちは、互いに喜びを分かち合っていた。
青組の参加者たちは悔しそうにしながらも、笑顔でコボルトたちを見送っている。
捕まったコボルトたちも、仲間のもとへ戻ると、嬉しそうに尻尾を振った。
「わんお!(みんな、お疲れさま!)」
「わふ!(次は勝つよ!)」
「わんお!(今度はもっと逃げ切る!)」
人間たちには、何を話しているのか分からない。
でも、みんなが元気で、楽しそうなのは伝わってきた。
ガブリエルは、満面の笑みで締めくくった。
「皆様、本当にお疲れさまでしたわ! 観客の皆様にもご協力いただいて、とても楽しい競技になりましたの!」
競技場から、温かな拍手が響く。
コボルトたちは、赤と青のユニフォームを着たまま、仲間同士で寄り添っていた。
その姿を見て、ガブリエルは小さく微笑んだ。
「……まぁ。こういう競技も、とても素敵ですわね」
勝負は真剣。
けれど、最後にはみんなが笑顔になる。
ゴールの街のコボルト競技会は、今日も和やかな盛り上がりを見せていた。




