巨大ゴーレムロデオ
障害物競走が終わり、競技場では次の競技の準備が進められていた。
「皆様、次の競技は、少々変わったものになりますわ!」
実況席のガブリエルが、楽しそうに微笑む。
「今回の競技は――巨大ゴーレムロデオですわ!」
競技場の入口が開いた。
ゴゴゴゴゴ……。
地響きとともに現れたのは、人間の数倍はある巨大なゴーレムだった。
岩石と特殊金属を組み合わせた巨体。
身体には魔力を伝えるための紋様が刻まれ、背中や肩、腕には、コボルトたちがつかまるための取っ手がいくつも取り付けられている。
「おおっ! でかいぞ!」
「ニコラ博士が作ったのか!?」
「いったい、これで何をするんだ?」
観客たちがざわめく。
そこへ、製作者のニコラがやってきた。
「は~い。これ、私が作ったんだよ~」
「ニコラ、これはどういう競技なの?」
マドカが尋ねる。
「簡単だよ~。みんなでゴーレムに乗って、振り落とされないようにするの~」
「みんなで?」
「うん~。赤組も青組も、全員ねぇ~」
「…………全員?」
マドカは、百匹のコボルトを見た。
それから、巨大ゴーレムを見た。
「百匹全員で!?」
「そうだよ~」
「うわぁ……絶対すごいことになるじゃん!」
マドカは思わず笑った。
リゼットは、巨大ゴーレムを眺めながら口を開く。
「ニコラ。安全面は大丈夫なの?」
「もちろん~。落ちる場所には衝撃吸収の魔法陣を敷いてあるよ~。ゴーレムが動き回る範囲も決まっているし、落ちた子が巻き込まれないように自動停止する仕組みもあるよ~」
「そう。それならいいわ」
リゼットは頷いた。
もっとも、百匹が一斉に乗るという時点で、何が起きるかは予想しにくい。
しかし、ニコラ本人はいたって楽しそうだった。
「いっぱい乗ったほうが、絶対面白いからねぇ~」
「面白いの基準が気になるんだけど!?」
マドカが突っ込んだ。
◇ ◇ ◇
「それでは、ルールをご説明いたしますわ!」
ガブリエルが掲示板を指し示す。
『赤組・青組、全員参加』
『ゴーレムから落ちた選手は失格』
『相手を押したり、妨害したりする行為は禁止』
『制限時間は三分』
『三分終了時点で、ゴーレムに残っていた選手の人数が多いチームの勝利』
「つまり、いかにゴーレムにしがみついていられるかが勝負ですわ! もちろん、仲間同士で協力していただいても構いませんの!」
観客席が沸いた。
『百匹全員!?w』
『ゴーレムの背中、コボルトで埋まるだろw』
『これは見たい』
『赤組も青組も頑張れー!』
ガブリエルは、にこにこと笑った。
「さあ、選手の皆様! 巨大ゴーレムへ取りついてくださいまし!」
その声とともに、赤組と青組のコボルトたちが一斉に動き出した。
「わんお!(よし、乗るぞ!)」
「わふ!(場所を確保して!)」
「わんお!(背中は私たちが取る!)」
「わふ!?(肩の上、もういっぱいだよ!?)」
わらわら。
もふもふ。
わらわらわら。
百匹のコボルトたちが、巨大ゴーレムへ群がっていく。
足元からよじ登る子。
取りつけられた足場を使って肩へ上がる子。
背中の取っ手をめがけて走る子。
腕にしがみつく子。
気がつけば、ゴーレムの身体は赤と青のユニフォームで埋め尽くされていた。
「わんお!(ここ、つかみやすい!)」
「わふ!(こっちにも場所があるよ!)」
「わんお!?(尻尾が挟まった!?)」
「わふ!(ちょっと詰めてー!)」
「わんお!(そこは私が先に取った場所だよ!)」
「わふ!?(取っ手に先着順なんてあるの!?)」
ゴーレムの背中では、すでに場所取り合戦のような状態になっていた。
ただし、相手を押して落とすのは禁止。
誰かが取りつこうとしていれば、仲間が前足を貸して引き上げる。
その結果、なぜか赤組と青組のコボルトが互いに協力しながら、巨大ゴーレムをよじ登っていた。
観客席から笑い声が起こる。
「まぁ! 皆様、とても賑やかですわね!」
『乗る前からぎゅうぎゅうw』
『赤組と青組、協力してて草』
『勝負はどうしたw』
『全員乗ったらゴーレムの姿が見えなくなりそう』
実際、ゴーレムの上半身は、すでにコボルトたちで覆われていた。
肩に赤組。
背中に青組。
腕にも赤と青が交互に取りついている。
頭の上にまで、ちゃっかり二匹が並んでいた。
「わんお!(ここが一番高い!)」
「わふ!(景色がいいね!)」
「わんお!?(いや、落ちたらどうするんだよ!?)」
「わふ!(そのときは、そのとき!)」
あまりにも気楽な会話だった。
もちろん、人間たちに意味は分からない。
ただ、巨大ゴーレムに小さなコボルトたちがびっしりと張りついている。
それだけで、観客席はすっかり和やかな空気になっていた。
「かわいいー!」
「頑張ってねー!」
「赤組も青組も、落ちないようにね!」
◇ ◇ ◇
「まぁ! 準備が整ったようですわね!」
ガブリエルが実況席から身を乗り出した。
「それでは、巨大ゴーレムロデオ――開始ですわ!」
ニコラが操作盤を押した。
ゴーレムの目が光る。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な腕が動いた。
その場で一歩。
ドンッ!
まだ、普通の歩行だった。
「わんお?(あれ? 普通だぞ?)」
「わふ!(これならいけそう!)」
「わんお!(楽勝だな!)」
百匹のコボルトたちが、少しだけ余裕を見せる。
そして――。
ゴーレムが突然、走り出した。
ドォォォォォン!
「「「わんおおおおおおおおおおおおおおお!?」」」
競技場が震えた。
巨大な足が地面を蹴る。
一歩。
二歩。
三歩。
そのたびに、ゴーレムの身体が激しく上下に揺れた。
背中。
肩。
腕。
頭。
そこら中に取りついていたコボルトたちの身体が、一斉に跳ね上がる。
「わんお!?(うわあああ!)」
「わふ!?(思ったより速いよ!?)」
「わんおお!(取っ手! 取っ手ー!)」
「わふ!(絶対に離すなー!)」
ガブリエルが目を輝かせた。
「まぁぁぁ! 始まりましたわ! 巨大ゴーレムが、ものすごい勢いで走り出しましたの!」
観客席から、大歓声が上がる。
ゴーレムは競技場の中を走り回りながら、突然方向を変えた。
グルンッ!
急旋回。
ドンッ!
大きく跳躍。
ガクンッ!
急停止。
「わんおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
百匹のコボルトたちの声が、一斉に響き渡った。
背中に取りついていたコボルトが、隣の子とぶつかる。
肩にいた子が、慌てて取っ手をつかみ直す。
腕の外側にいた子が、身体を大きく揺らしながら、何とかしがみついていた。
「わんお!(落ちるな! 絶対に落ちるな!)」
「わふ!(分かってるよ!)」
「わんお!?(なんでこんなに揺れるんだ!?)」
「わふ!(ゴーレムだからだよ!)」
「わんおお!?(答えになってないよ!)」
人間側には、百匹が必死にしがみつきながら鳴いているようにしか見えない。
だが、その光景は壮絶だった。
何しろ、ゴーレムが走るたびに、赤と青のもふもふが一斉に揺れるのである。
まるで、巨大な毛玉が走り回っているようだった。
『wwwww』
『ゴーレムがもふもふに覆われてるw』
『赤と青が上下左右に揺れてるんだがw』
『百匹のわんおが一斉に叫ぶの、すごいw』
ガブリエルは興奮した様子で実況を続けた。
「皆様、すごい光景ですわ! 選手の皆様、必死にしがみついておりますの! 赤組も青組も、まだまだ頑張ってくださいまし!」
しかし、ニコラのゴーレムは止まらない。
「うん~。いい感じだねぇ~」
ニコラが満足そうに頷いた。
リゼットが隣から、じっと視線を向ける。
「……ニコラ」
「な~に~?」
「本当に、そこまで激しく動く必要があるのかしら?」
「だって、普通に走るだけじゃ落ちないでしょ~?」
「……」
リゼットは何も言わず、競技場へ視線を戻した。
ゴーレムの安全機構は正常に動作している。
落下したコボルトがいれば、地面の衝撃吸収魔法が働き、ゴーレムも接触しないように動作を制御される。
危険はない。
危険はないのだが――。
「まぁ! 今、頭の上の選手が大きく揺れましたわ!」
ガブリエルが声を上げた。
ゴーレムの頭に乗っていたコボルトが、左右に大きく傾いている。
「わんお!?(待って待って待って!?)」
「わふ!(しっかりつかまって!)」
「わんおお!(つかまってるよー!)」
そして、ゴーレムがもう一度跳ねた。
ドンッ!
「わんおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
二匹が、ほぼ同時に頭から離れた。
ふわり。
くるり。
ぽふんっ!
柔らかな安全エリアへ、二匹そろって着地した。
失格。
「わんお……(落ちた……)」
「わふぅ……(頭の上、景色はよかったのに……)」
二匹はしょんぼりと耳を下げた。
しかし、すぐに顔を上げる。
「わんお!(次はもっと頑張る!)」
「わふ!(うん!)」
観客席から拍手が起きた。
「まぁ! よく頑張りましたわね!」
ガブリエルも笑顔で手を振る。
「お二人とも、最後まで素晴らしい挑戦でしたわ!」
◇ ◇ ◇
ゴーレムは、その後も競技場を走り続けた。
揺れる。
跳ねる。
旋回する。
急停止する。
そのたびに、少しずつコボルトたちが振り落とされていく。
最初に落ちたのは頭の二匹。
次に、肩から三匹。
さらに、片腕に取りついていた四匹が、まとめて安全エリアへ飛んでいった。
「わんおおお!?(仲間が全員落ちたー!?)」
「わふ!(まだ私たちがいるよ!)」
「わんお!(絶対に残るぞ!)」
赤組と青組の残存人数が、掲示板に表示される。
『赤組 41匹』
『青組 43匹』
「まぁ! 青組がわずかにリードしておりますわ!」
ガブリエルの実況に、青組応援団が歓声を上げる。
「青組、頑張れー!」
「赤組、負けるなー!」
しかし、その直後。
ゴーレムが、その場で大きく身体をひねった。
グルンッ!
背中に取りついていたコボルトたちが、一斉に横へずれる。
「わんお!?(全員、右に流されてる!?)」
「わふ!?(そっち、取っ手がないよ!?)」
「わんおお!(隣の子につかまれ!)」
「わふ!(分かった!)」
何匹かが、仲間の腕や服をつかんで耐えている。
しかし、他の子たちは、もう限界だった。
ぽふんっ!
ぽふぽふっ!
ぽふんっ!
赤組と青組のコボルトたちが、次々と安全エリアへ落ちていく。
「わんおお……!(落ちたー!)」
「わふぅ……!(頑張ったのにー!)」
それでも、まだ残っている子たちは必死にしがみついていた。
競技場の中央を、巨大ゴーレムが走り回る。
その身体には、赤と青のコボルトたちが、まるで飾りのように取りついている。
もはやゴーレムというより、巨大なもふもふの塊だった。
『赤も青もすごい数が落ちたぞw』
『ゴーレムの上がどんどん軽くなっていくw』
『でもまだ乗ってる子いるんだよな』
『お菓子とお肉の執念、すごすぎるw』
ガブリエルは、両手を握りしめていた。
「皆様、残り一分ですわ! まだまだ勝負は分かりませんの! 最後まで頑張ってくださいまし!」
掲示板に表示される残存人数。
『赤組 18匹』
『青組 16匹』
「あら! 今度は赤組が逆転しましたわ!」
赤組の応援団が沸いた。
「赤組ー!」
「その調子よー!」
ゴーレムは、最後に大きく跳躍した。
ドンッ!
「わんおおおおおおおおおおおお!」
残っていたコボルトたちの身体が、一斉に宙に浮く。
前足で取っ手を握る子。
身体を丸めて耐える子。
仲間と一緒にしがみついている子。
それぞれが必死だった。
そして――。
最後の数匹が、次々と落ちていった。
ぽふんっ!
ぽふんっ!
ぽふんっ!
赤組の残りは、三匹。
青組の残りは、二匹。
赤組の三匹は、互いに近くの取っ手をつかみながら、必死に耐えていた。
「わんお!(あと少し!)」
「わふ!(絶対に落ちない!)」
「わんお!(お菓子とお肉は私たちのものだ!)」
そして、制限時間終了の合図が鳴った。
「終了ですわ!」
ガブリエルが声を張り上げた。
ゴーレムがゆっくりと停止する。
残っていた赤組の三匹が、ようやく身体を起こした。
青組の二匹も、悔しそうにしながらも、しっかりと取っ手を離して地上へ降りてくる。
「赤組、三匹!」
ガブリエルが数える。
「青組、二匹!」
ほんの一匹差。
巨大ゴーレムロデオは、赤組の勝利となった。
観客席から、大きな拍手と歓声が巻き起こる。
「赤組、おめでとうー!」
「青組もすごかったぞー!」
「最後まで残った子たち、よく頑張ったね!」
赤組の三匹は、互いに顔を見合わせた。
「わんお!(やった! 勝ったぞ!)」
「わふ!(最後まで残れたね!)」
「わんお!(お菓子とお肉だー!)」
青組の二匹も、少し悔しそうにしながら頷いた。
「わんお……(あと少しだった……)」
「わふ!(次は負けないよ!)」
そして、最後には両チームの選手たちが、互いに前足を合わせた。
ぽふっ。
観客席から、温かな拍手が起こった。
「まぁ! 素晴らしい競技でしたわ!」
ガブリエルが満面の笑みで拍手を送る。
「百匹もの選手が一斉に挑戦する姿、とても迫力がありましたわね! そして最後まで残った皆様、本当にお疲れさまでしたわ!」
『これは面白すぎるwww』
『百匹のもふもふが一斉に振り落とされる光景、すごかったw』
『赤組おめでとう!』
『青組も大健闘だ!』
『ニコラ博士、次はもっと巨大なの作りそうで怖いw』
ニコラは、操作盤の前で満足そうに頷いていた。
「うん~。みんな、いい感じにしがみついてたねぇ~」
マドカが笑いながら、ニコラの肩を叩いた。
「ニコラ、これ絶対人気競技になるよ!」
「そうかな~?」
「うん! だって、すっごく面白かったもん!」
リゼットも、苦笑しながら頷いた。
「……次回も開催するなら、動きの調整はもう少し相談しましょうね」
「は~い」
ニコラは、いつものようにのんびり返事をした。
こうして、巨大ゴーレムロデオは大盛況のうちに終了した。
百匹のコボルトたちが一斉に乗り、全員でしがみつき、次々と振り落とされていく。
その光景は、ゴールの街の住民たちにとって、忘れられない思い出になったのだった。




