フリスビー回収部門
回収部門。
競技場の中央では、赤組と青組のコボルトたちが、それぞれのエリアに集まっていた。
競技のルールは単純だ。
制限時間内に、できるだけ多くのフリスビーを回収する。
キャッチしてもいい。
地面に落ちたものを拾ってもいい。
とにかく、確保した枚数が多いチームの勝ちである。
「皆様、準備はよろしいですか?」
実況席のガブリエルが、両チームを見渡した。
「この競技では、フリスビーを集める速さだけでなく、どうやって効率よく確保するかも重要になりそうですわね!」
『赤組、頑張れー!』
『青組も負けるな!』
『今度こそ物量勝負かw』
『ニコラ博士、さっきから魔道具の調整に夢中なんだがw』
そのコメントの通り、ニコラは競技場の端で操作盤をいじっていた。
競技エリアの周囲には、いつの間にか複数の射出装置が配置されている。
正面。
左右。
後方。
さらに、競技場の外周に沿って、ほぼ全方向を取り囲むように発射口が並んでいた。
ただし、ニコラ本人がいる場所だけは、射出範囲から外されている。
その安全地帯で、ニコラは満足そうに頷いた。
「うん~。これならいい感じだね~」
少し離れた場所から見ていたリゼットが、眉をひそめる。
「……ニコラ。念のために確認するけれど、フリスビーは何枚ずつ飛ばすの?」
「一回につき三十枚だよ~」
「三十枚?」
「うん~」
「……一回というのは?」
「一分ごと~」
「…………」
リゼットが沈黙した。
「つまり、一分おきに三十枚ずつ、ほぼ全方向から発射されるということね?」
「そうだよ~。すっごいスピードで飛ぶから、回収する側も楽しめると思う~」
「楽しめる……?」
リゼットは、競技場を見渡した。
赤組と青組のコボルトたちは、まだ何も知らずに尻尾を振っている。
「わんお!(いっぱい取るぞ!)」
「わふ!(負けないよ!)」
「わんお!(お菓子! お肉!)」
「わふ!(両方いただき!)」
どうやら、彼らの頭の中にはご褒美のことしかないらしい。
リゼットは小さく息を吐いた。
「……まあ、武器ではないし、装置の安全性も確認しているのでしょう?」
「もちろん~。フリスビー自体も柔らかいし、当たっても痛くないようにしてあるよ~」
「なら、いいけれど……」
リゼットは少しだけ不安を残しつつ、観客席へ視線を向けた。
もちろん、観客席へは飛ばないように設計されている。
競技エリアの中だけで完結する仕組みだ。
それなら、問題はない。
たぶん。
◇ ◇ ◇
「それでは、回収部門を開始いたしますわ!」
ガブリエルの声が競技場に響いた。
「制限時間は五分間! 一分ごとに三十枚のフリスビーが射出されますの! どれだけ確保できるか、赤組と青組の頑張りに期待いたしましょう!」
コボルトたちが一斉に構えた。
「わんお!(よし!)」
「わふ!(いつでも来い!)」
「わんお!(三十枚なら、みんなで集めれば余裕だ!)」
「わふ!(そうだよ! こっちは五十匹もいるんだから!)」
どうやら、三十枚という数字を聞いて、かなり余裕を持っているらしい。
そして。
最初の発射まで、あと数秒。
「三……」
ガブリエルがカウントを始めた。
「二……」
コボルトたちが身構える。
「一――!」
その瞬間。
ガコンッ!
競技場の外周に設置された射出装置が、一斉に動いた。
次の瞬間――。
シュババババババババババババババッ!!
**三十枚のフリスビーが、ものすごい速度で競技場へ飛び込んできた。**
正面から。
左右から。
後方から。
斜め上を通る軌道まで混じり、色とりどりの円盤が一斉に飛び交う。
「…………」
コボルトたちが固まった。
あまりにも速い。
あまりにも多い。
そして、来る方向が多すぎる。
「わんお!?(どこから来た!?)」
「わふ!?(右にもいるよ!?)」
「わんおお!?(後ろからも来てるー!?)」
「わふぅ!?(全部こっちに飛んでくるように見えるんだけど!?)」
次の瞬間。
競技場が大混乱になった。
「わんおおおお!(取れー!)」
「わふ!(そっち任せた!)」
「わんお!?(どっちだよ!?)」
「わふおお!(上ー!)」
ぽすっ!
一匹のコボルトが、目の前に飛んできたフリスビーをキャッチした。
しかし、その直後。
別のフリスビーが横を通り過ぎる。
「わんお!?(次が来た!?)」
慌てて飛びつく。
ぱしっ!
今度も成功。
だが、さらに後ろから一枚。
「わふ!?(待って待って待って!?)」
コボルトがくるりと回る。
前足を伸ばす。
ぽすっ!
そのまま勢い余って、ころんと一回転した。
もちろん、フリスビーは手放していない。
「わんお……!(取れた……!)」
本人は満足そうだった。
しかし、立ち上がったところへ、また別のフリスビーが飛んでくる。
「わんおおおお!?(休ませてー!?)」
『wwwww』
『初手から多すぎるw』
『一分に三十枚ってこういうことかよ!』
『コボルトたちの動きが一気に忙しくなったw』
観客席は大盛り上がりだった。
「まぁ! すごいですわ! いきなり三十枚が一斉に飛び交っておりますの!」
ガブリエルは実況席から身を乗り出していた。
「赤組、青組ともに、ものすごい勢いで回収しておりますわ! ただ、フリスビーの飛んでくる方向が多いですから、周囲の確認も大切になりそうですわね!」
赤組のコボルトたちは、二匹一組で動き始めた。
「わんお!(前は任せろ!)」
「わふ!(じゃあ、後ろを見るよ!)」
「わんお!(私は右!)」
「わふ!(私は左!)」
なるほど。
仲間同士で役割を分担する作戦らしい。
ところが。
「わんお!?(前から来た!)」
「わふ!?(右からも来た!)」
「わんおお!?(じゃあ後ろは誰が見るんだ!?)」
「わふ!?(私だよ! ……あっ、左からも来てる!)」
結局、全員が好き勝手な方向へ走り出した。
その結果、赤組のエリアでは五匹ほどのコボルトが、同じフリスビーを追いかけている。
右から。
左から。
後ろから。
五匹が一斉に飛びついた。
ぽすっ!
ぽふっ!
ぽすんっ!
最後には、五匹全員が一か所に重なっていた。
「わんお!?(重いー!)」
「わふ!?(誰か私の上に乗ってる!?)」
「わんお……(あ、フリスビー取れてた……)」
一番下になっていたコボルトが、しっかりフリスビーを抱えていた。
「わんお!(やった!)」
その声に、上に重なっていた四匹が一斉に顔を上げる。
「わふ!(取れてる!)」
「わんお!(じゃあ、成功だ!)」
そして五匹そろって、何事もなかったかのように立ち上がった。
『五匹で一枚を取りに行くなw』
『チームワークとはwww』
『でもちゃんと取れてるの草』
ガブリエルも口元に手を当てて笑った。
「まぁ! 皆様、仲がよろしいのですわね! 少々まとまりすぎているようにも見えますけれど!」
◇ ◇ ◇
一方、青組。
こちらは、別の問題が起きていた。
「わんお!(フリスビーは全部拾えばいいんだよね!)」
「わふ!(うん! とにかく集めよう!)」
「わんお!(だったら、私はこの籠を持っていく!)」
一匹のコボルトが、回収用の籠を前足で抱え上げた。
そして、そのまま走り出す。
フリスビーを拾って籠へ入れる。
また拾う。
籠へ入れる。
動きはなかなか効率的だ。
「わんお!(よし、いい感じ!)」
ところが。
背後から飛んできたフリスビーを避けようとして、慌てて横へ跳んだ。
その拍子に、抱えていた籠が傾いた。
ガラガラガラッ!
中に入っていたフリスビーが、全部地面へ転がり落ちた。
「…………」
コボルトが固まった。
「わふ……(そんなぁ……)」
その目の前へ、別のフリスビーが飛んできた。
ぱしっ。
思わずキャッチする。
続いて、もう一枚。
ぱしっ。
三枚目。
ぱしっ。
気が付けば、両前足でフリスビーを抱え、尻尾まで使って何とか支えようとしていた。
「わんおおお!?(多い多い多い!)」
そこへ、仲間が駆け寄ってくる。
「わふ!(大丈夫!?)」
「わんお!(手伝って!)」
「わふ!(任せて!)」
仲間がフリスビーを受け取る。
だが、その仲間の目の前にも、別のフリスビーが飛んできた。
ぱしっ!
「わふ!?(こっちも持てないよ!?)」
二匹そろって、フリスビーを抱えたまま右往左往する。
それを見ていた別のコボルトが、慌てて駆け寄った。
「わんお!(私が持つ!)」
「わふ!(お願い!)」
三匹で分担しようとした結果、なぜか三匹とも同じ場所に集まってしまい、足元にフリスビーが山のように積み上がっていく。
『青組、回収は順調……なのか?w』
『籠をひっくり返してて草』
『今の三匹、全員抱えすぎだろw』
『頑張ってるから応援したくなるw』
「青組も、たくさん回収しておりますわ! ただ、運搬方法には少し工夫が必要かもしれませんわね!」
ガブリエルが笑いながら実況する。
「赤組も青組も、あの速度のフリスビーを次々と回収しているのは見事ですわ! まだ開始したばかりですから、ここからどのように作戦を変えていくのか楽しみですわね!」
◇ ◇ ◇
そして、一分。
装置の魔力が再び高まった。
競技場の外周で、射出装置が一斉に向きを変える。
「……ん?」
リゼットが装置を見る。
「ニコラ。そろそろ次の射出ね?」
「うん~」
「……今度も三十枚?」
「そうだよ~」
ニコラはにこにこと笑った。
「一分ごとに三十枚。五分間で、合計百五十枚だね~」
「……」
リゼットは、少しだけ目を細めた。
「最初からそれを言いなさい」
「言ったつもりだったけど~」
「言っていないわよ」
「そうだっけ~?」
「ニコラ」
「は~い」
リゼットは小さく息を吐いた。
その間にも、コボルトたちは懸命にフリスビーを回収している。
すでに赤組も青組も、あちらこちらにフリスビーを積み上げ始めていた。
そして――。
ガコンッ!
二回目の射出。
シュババババババババババババババッ!!
また三十枚が、ほぼ全方向から飛び込んできた。
「わんおおおお!?(また来たー!)」
「わふ!?(まだ片付いてないよー!?)」
「わんお!(拾え! 全部拾えー!)」
「わふ!(そっちは任せてー!)」
赤組と青組、両方のエリアで、コボルトたちが一斉に動き出す。
ジャンプ。
キャッチ。
走る。
拾う。
籠へ入れる。
そして、飛んでくる次のフリスビーを追いかける。
競技場は、完全に大騒ぎだった。
『二回目きたwww』
『休む暇がないw』
『コボルトたちが右へ左へ大忙し!』
『これ運動会というよりフリスビー災害ではw』
『でもみんな楽しそうなのがいいなw』
ガブリエルは笑顔で実況を続けた。
「まぁ! 第二波ですわ! 両チームとも、先ほどよりも素早く反応しておりますの! これは回収枚数も大きく伸びそうですわね!」
赤組の一匹が、飛んできたフリスビーを見事にキャッチする。
「わんお!(取った!)」
青組の一匹も、地面に落ちたフリスビーを拾い上げる。
「わふ!(こっちも!)」
そして、両方が同時に籠へ走る。
ところが――。
ゴンッ。
二匹は籠の前で、軽く頭をぶつけた。
「わんお!?(あ、ごめん!)」
「わふ!?(こっちこそ!)」
互いに一瞬だけ顔を見合わせる。
そして、すぐにフリスビーを籠へ入れた。
「わんお!(急ごう!)」
「わふ!(うん!)」
何事もなかったかのように、それぞれのエリアへ戻っていく。
人間たちは、その様子を見て笑いながら拍手した。
「仲がいいわねぇ!」
「頑張ってー!」
「あと三分よー!」
ガブリエルも、負けじと声を張り上げる。
「皆様、あと三分ですわ! 赤組も青組も、最後まで頑張ってくださいまし!」
コメント欄には、応援が途切れることなく流れ続けた。
『赤組、いいぞー!』
『青組も追い上げてる!』
『頑張れ、もふもふたち!』
『アナスイ:ジュリエットも頑張っておりますわね! でも、無理はしないでくださいまし!』
アナスイのコメントを見て、ガブリエルが嬉しそうに笑った。
「あら、アナスイさん! ジュリエットちゃんは、先ほどからとても頑張っていますわ!」
『アナスイ:ええ! あの子、頑張り屋さんですもの!』
競技場の赤組エリアでは、ジュリエットがフリスビーを一枚ずつ丁寧に回収していた。
無理に何枚も抱え込むのではなく、拾ったものを籠へ運び、すぐに次を探す。
「わんお!(焦らない! 一枚ずつ!)」
「わふ!(いい方法だね!)」
「わんお!(数を増やすなら、確実に運ぶのが大事!)」
ジュリエットは仲間と協力しながら、着実に枚数を増やしていた。
それを見ていたアナスイは、きっと誇らしそうに微笑んでいることだろう。
◇ ◇ ◇
そして、五分間の回収競技が終了した。
最後のフリスビーが籠へ入れられ、審判が終了の合図を出す。
「終了ですわ!」
ガブリエルが声を上げた。
「赤組も青組も、よく頑張りましたわ! 皆様、どうぞ大きな拍手をお願いいたします!」
競技場に、拍手と歓声が響き渡った。
赤組も青組も、回収エリアのあちこちにフリスビーの山を作っていた。
中には、籠に入りきらず、横へ積み上げられているものまである。
「わんお……!(疲れた……!)」
「わふ……!(いっぱい集めた……!)」
「わんお!(でも楽しかった!)」
「わふ!(うん!)」
コボルトたちは、互いに顔を見合わせて嬉しそうに鳴いていた。
人間たちには、その意味は分からない。
ただ、汗をかいたように息を整えながら、仲間と尻尾を振り合っている姿が、何とも微笑ましかった。
「まぁ……本当にかわいらしいですわね」
ガブリエルは、満面の笑みで選手たちを見つめた。
「皆様、どちらが勝ったのか、結果発表まで楽しみにお待ちくださいまし!」
審判たちが、回収されたフリスビーの枚数を数え始める。
赤組。
青組。
どちらも大量のフリスビーを集めている。
果たして、勝利を手にするのはどちらなのか。
そして、ニコラの魔道具は――。
「うん~。ちゃんと予定通り動いたね~」
本人だけが、満足そうに頷いていた。
リゼットは、その隣で静かに呟いた。
「……次回からは、発射枚数をもう少し相談して決めましょうね」
「え~? 面白かったのに~」
「ニコラ?」
「は~い」
こうして。
コボルトたちの回収競技は、予想以上の大盛り上がりとなったのだった。




