フリスビー技術点
スポンジチャンバラが終了し、競技場では次の準備が進められていた。
中央に置かれたのは、ニコラが開発したフリスビー射出魔道具。
その横には、円盤状のフリスビーが大量に積み上げられている。
赤組と青組のコボルトたちは、それをじっと見つめていた。
「わんお!?(あれ、全部飛んでくるの!?)」
「わふ……(あんなにたくさん……)」
「わんお!(いっぱい取ったら、お肉もいっぱいもらえるんだよね!?)」
「わふ!(そうだけど、今回はキャッチの競技もあるんだよ!)」
「わんお!?(そうだった!?)」
コボルトたちは真剣な顔で話し合っている。
しかし、人間側に聞こえるのは元気な鳴き声だけだ。
「まぁ! 皆様、次の競技が気になって仕方ないご様子ですわね!」
実況席のガブリエルが、楽しそうに笑った。
EVの画面にも、コメントが次々と流れていく。
『コボルトたち、装置を警戒してるw』
『いっぱいフリスビーあるな』
『ニコラ博士、何を作ったんですかw』
『赤組も青組も頑張れー!』
『アナスイ:ジュリエット、落ち着いて受け止めるのですわ! 焦ってはいけませんわよ!』
「あら、アナスイさん! 今回もジュリエットちゃんを応援していらっしゃいますわね!」
ガブリエルがコメントを拾った。
『アナスイ:もちろんですわ! ジュリエットの頑張る姿を見逃すわけにはいきませんもの!』
「ふふっ。ジュリエットちゃんも、きっと喜んでいますわ!」
その頃、赤組の列では、当のジュリエットがフリスビーを見つめていた。
「わんお!(アナスイ様が見てる! 頑張らなくちゃ!)」
「わふ!(さっきから気合いがすごいね!)」
「わんお!(だって、私の家族なんだよ!)」
「わふ!(いいなぁ! 私も家族に応援されてみたい!)」
ジュリエットは、少しだけ胸を張った。
しかし、すぐに視線をフリスビーへ戻す。
「わんお!(今は競技に集中!)」
その隣では、別のコボルトが円盤をじっと眺めていた。
「わんお……(あれ、食べられるのかな……)」
「わふ!?(食べ物じゃないよ!?)」
「わんお……(そうなの……)」
本人は少し残念そうだった。
◇ ◇ ◇
「それでは、ニコラ博士から競技の説明をお願いいたしますわ!」
ガブリエルに紹介され、ニコラが魔道具の横へ歩いていく。
「は~い」
いつものように眠たげな表情で、ニコラは装置を軽く叩いた。
「これは、フリスビーを自動で射出する魔道具だよ~。今回は二つの競技を用意してみたの~」
掲示板に競技名が表示される。
『第一種目 キャッチ部門』
『第二種目 回収部門』
「最初のキャッチ部門では、飛んできたフリスビーをどれだけ綺麗に受け止められるかを競うよ~。落とさずにキャッチできるか、動きが綺麗か、受け止めた後にちゃんと保持できるか。そこを採点するね~」
「なるほどですわ!」
ガブリエルが頷いた。
「そして、第二種目の回収部門では、制限時間の中でフリスビーをどれだけ確保できるかを競うのですわね?」
「そうそう~。キャッチしてもいいし、地面に落ちたフリスビーを拾ってもいいよ~。ただし、相手チームから奪い取るのは禁止ね~」
『キャッチは技術、回収は物量かw』
『コボルトの得意分野が分かれそう』
『ニコラ博士、ほどほどにお願いしますw』
「それじゃあ、まずはキャッチ部門から始めよう~」
ニコラが魔道具を操作する。
装置の発射口が、ゆっくりと上を向いた。
「最初はゆっくり飛ばすからね~」
リゼットが横から念を押す。
「ニコラ、選手たちが受け止められる速さにしておきなさいね?」
「は~い。ちゃんと調整してあるよ~」
ニコラはにこにこと頷いた。
その返事を聞き、リゼットはひとまず安心した。
「それでは、キャッチ部門を開始いたしますわ!」
ガブリエルが宣言する。
最初に挑戦するのは赤組の代表選手。
小柄で身軽なコボルトだった。
選手が競技エリアの中央へ立つ。
「わんお!(よし、やってやるぞ!)」
前足を構え、フリスビーの発射口を見つめる。
ニコラが装置を起動した。
シュッ!
一枚目のフリスビーが、緩やかな弧を描いて飛んでいく。
コボルトはその軌道を見極めると、小さく跳び上がった。
ぱしっ!
見事、両前足でキャッチ。
着地も綺麗に決まり、フリスビーを落とすことなく保持した。
「まぁ! 見事なキャッチですわ!」
ガブリエルが拍手する。
観客席からも歓声が上がった。
『おおー!』
『綺麗に取った!』
『小さいのにジャンプ力すごいな』
『赤組いいぞー!』
「わんお!(どうだ!)」
コボルトが得意げに胸を張る。
もちろん、人間たちには、かわいらしく鳴いているようにしか見えない。
「ふふっ。今のは自信満々のお顔ですわね!」
ガブリエルも楽しそうだ。
続いて、二枚目。
今度は少し右へ飛んだ。
コボルトは素早く横へ走り、身体をひねる。
ぱしっ!
またしてもキャッチ成功。
フリスビーを抱えたまま、得意げに前足を上げた。
「わんお!(二枚目!)」
観客席から拍手が起きる。
そして三枚目。
今度は少し高い位置へ。
コボルトは走り込み、その場で跳躍した。
耳がぴょこんと立つ。
尻尾がふわりと揺れる。
ぱしっ!
キャッチ成功。
「素晴らしいですわ! 赤組の選手、三連続で成功ですの!」
ガブリエルも大喜びだ。
ところが。
その直後、装置から四枚目が射出された。
シュッ!
コボルトがフリスビーを抱えたまま、慌てて振り返る。
「わんお!?(もう次が来た!?)」
フリスビーが迫る。
コボルトは急いで身体を動かした。
ぱしっ!
何とか受け止めた。
しかし、勢い余ってその場でくるりと一回転する。
フリスビーは落とさなかったものの、最後の着地は少しよろけてしまった。
「わ、わんお……!(あぶなかった……!)」
競技場から笑い声が起きる。
『回ったwww』
『キャッチ後の回転までかわいい』
『ちゃんと落とさなかったの偉い!』
「まぁ! 少しよろけましたけれど、フリスビーは落としていませんわ! 最後までしっかり保持できたのは立派ですわね!」
ガブリエルが温かく称賛する。
選手は、少し照れたように尻尾を振った。
◇ ◇ ◇
次は青組の代表選手。
こちらは、毛の長い、ふわふわしたコボルトだった。
競技エリアに立つと、尻尾をふさふさと揺らしながら構える。
「わふ!(私だって負けないよ!)」
発射。
一枚目のフリスビーが飛んでくる。
コボルトは落ち着いて軌道を見極め、前足を伸ばした。
ぱしっ。
綺麗にキャッチ。
続いて二枚目。
今度は少し左へ。
コボルトは二歩走って位置を調整し、ふわりと受け止めた。
ぱしっ。
またしても成功。
「まぁ! 青組も負けていませんわ!」
ガブリエルの声が弾む。
コメント欄も盛り上がった。
『青組の長毛ちゃん、うまい!』
『動きが滑らかだな』
『ふわふわの毛が揺れてるの最高』
そして三枚目。
今度は高く、少し遠い位置へ飛んだ。
青組のコボルトが駆け出す。
跳ぶ。
前足を伸ばす。
ぱしっ!
キャッチ成功。
しかも、着地してから一歩もよろけなかった。
「わふ!(どうだー!)」
コボルトが胸を張る。
観客席から歓声が上がった。
「素晴らしいですわ! 青組の選手も三連続成功! これは接戦になりそうですわね!」
『赤組も青組も上手い!』
『どっちが勝つんだこれ』
『もう両方にご褒美あげてほしいw』
そのコメントに、ガブリエルがくすくすと笑った。
「お気持ちは分かりますわ。でも、競技はまだ続きますの!」
青組の選手は、さらに四枚目にも挑戦した。
今度は、フリスビーが低い位置を通過する。
コボルトは身体を低くして、両前足を前へ出した。
ぱしっ!
成功。
そのままフリスビーを抱え込み、尻尾を大きく振った。
「わふ!(四枚目!)」
人間たちには分からないが、本人はかなり嬉しいらしい。
その様子を見て、ガブリエルも笑顔になる。
「まぁ、なんて嬉しそうなお顔! 頑張った甲斐がありましたわね!」
◇ ◇ ◇
その後も、赤組と青組の代表選手が次々と挑戦していった。
高く跳んでキャッチする子。
走りながら受け止める子。
地面すれすれのフリスビーを、身体を低くして拾い上げるようにキャッチする子。
中には、飛んでくるフリスビーを見つめすぎて、目の前を通り過ぎてから慌てて振り返る子もいた。
「わんお!?(今の、どこに行った!?)」
「わふ!?(後ろー!)」
振り返ったときには、もうフリスビーは地面に落ちている。
「わんおお……!(そんなぁ……!)」
コボルトは、しょんぼりと肩を落とした。
だが、審判が新しいフリスビーを用意すると、すぐに顔を上げる。
「わんお!(次こそ!)」
その切り替えの早さに、観客席から笑いが起きた。
『落としたときのしょんぼり顔w』
『次こそって立ち直るの早いな』
『頑張れー!』
「そうですわ! 失敗しても、次がありますもの! 最後まで頑張ってくださいまし!」
ガブリエルも、選手たちに声援を送った。
EVのコメント欄には、赤組と青組の応援が交互に流れている。
『赤組いけー!』
『青組も負けるな!』
『みんな上手!』
『アナスイ:ジュリエット、見ていますわよ! あなたならきっとできますわ!』
コメントを見たガブリエルが、嬉しそうに顔を上げる。
「あら、アナスイさん! ジュリエットちゃんへの応援、ありがとうございますわ!」
『アナスイ:当然ですわ! あの子が頑張っているのですもの!』
その頃、ジュリエットも赤組の控え場所から競技を見つめていた。
「わんお!(みんな、すごい!)」
隣の仲間が話しかける。
「わふ!(次はジュリエットの番だね!)」
「わんお!(うん! 頑張るよ!)」
ジュリエットは両前足を握りしめ、気合いを入れた。
アナスイが見ている。
仲間たちが応援してくれている。
ならば、自分も頑張るしかない。
◇ ◇ ◇
そして、ジュリエットの番がやってきた。
「それでは、赤組からはジュリエットちゃんが挑戦いたしますわ!」
ガブリエルが紹介すると、コメント欄が一気に盛り上がった。
『ジュリエットちゃんきた!』
『頑張れー!』
『アナスイさん、見てるぞー!』
『アナスイ:ジュリエット! 落ち着いて、フリスビーをよく見るのですわ!』
ジュリエットは競技エリアの中央へ進んだ。
ふわふわの毛並み。
赤いユニフォーム。
ぴんと立った耳。
そして、真剣な表情。
「わんお!(よし!)」
ニコラが装置を起動した。
シュッ!
一枚目のフリスビーが飛んでくる。
ジュリエットは軌道を見極め、両前足を伸ばした。
ぱしっ!
成功。
「わんお!(一枚目!)」
コメント欄が沸いた。
『成功!』
『ジュリエットちゃん上手!』
『その調子!』
ニコラは次のフリスビーを射出する。
シュッ!
二枚目は、少し右。
ジュリエットが小走りで追いかける。
ぱしっ!
成功。
「わんお!(二枚目!)」
そして三枚目。
今度は少し高い位置へ。
ジュリエットは、その場でぴょんと跳び上がった。
前足を伸ばす。
耳が跳ねる。
尻尾がふわりと揺れる。
ぱしっ!
見事にキャッチした。
「まぁ! 三連続成功ですわ! ジュリエットちゃん、とても上手ですの!」
ガブリエルが嬉しそうに拍手した。
『ジュリエットすごい!』
『これはアナスイさんも大喜びだろ』
『アナスイ:ジュリエットーッ! 素晴らしいですわ!』
そのコメントを見たジュリエットは、カメラの方へ顔を向けた。
そして、尻尾をぶんぶんと振りながら前足を上げた。
「わんお!(アナスイ様、見てるー!?)」
もちろん、画面越しに返事は聞こえない。
けれど、コメント欄にはすぐに反応が流れた。
『アナスイ:もちろんですわ! ちゃんと見ていますわよ!』
「わんおお!(やったー!)」
ジュリエットは喜んだ。
その瞬間――。
四枚目のフリスビーが飛んできた。
シュッ!
「わんお!?(あっ、次が来た!?)」
ジュリエットが慌てて振り返る。
フリスビーは、ちょうど顔の横を通り過ぎようとしていた。
ジュリエットは慌てて前足を伸ばす。
ぱしっ!
ギリギリでキャッチ成功。
「わんおお……!(あぶなかった……!)」
危うく落とすところだった。
ジュリエットはフリスビーを抱え直し、ほっと胸をなで下ろした。
「まぁ! 今のは危ないところでしたわね! けれど、最後までしっかり受け止めましたわ!」
ガブリエルも笑顔で称賛する。
『危なかったw』
『アナスイ:ジュリエット、最後まで集中ですわよ! でも、よく頑張りましたわね!』
ジュリエットは、もう一度カメラに向かって前足を振った。
そして、最後の一枚。
シュッ!
フリスビーは、少し遠い場所へ飛んでいく。
ジュリエットは走った。
追いかける。
あと少し。
さらに一歩。
そして――。
ぱしっ!
見事にキャッチ。
着地も綺麗に決まった。
「わんおおお!(やったー!)」
ジュリエットがぴょんぴょんと跳びはねる。
観客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。
「まぁ! 最後も成功ですわ! ジュリエットちゃん、素晴らしい挑戦でしたわね!」
ガブリエルも、満面の笑みで拍手した。
コメント欄も、ジュリエットを祝福する声でいっぱいになった。
『五枚全部成功!』
『すごいぞジュリエット!』
『アナスイさん、これは嬉しいだろうな』
『アナスイ:ええ! とても誇らしいですわ! 帰ったらいっぱい褒めてあげますわね!』
ジュリエットは、そんなコメントを知る由もない。
それでも、仲間たちに囲まれ、みんなが喜んでくれているのが嬉しかった。
「わんお!(みんな、ありがとう!)」
「わふ!(すごかったよ!)」
「わんお!(今度は私たちも頑張る!)」
ジュリエットは嬉しそうに尻尾を振った。
◇ ◇ ◇
キャッチ部門が終了すると、ガブリエルが実況席で進行表を確認した。
「皆様、キャッチ部門はいかがでしたか? どの選手も個性豊かで、とても素晴らしい競技でしたわね!」
コメント欄には、まだ興奮が残っている。
『みんな上手だった!』
『フリスビーキャッチ大会、こんなに面白いとは』
『ジュリエットちゃんおめでとう!』
「ふふっ。ありがとうございますわ!」
ガブリエルは笑顔で頷いた。
「さて、次はいよいよ第二種目――回収部門ですわ!」
その言葉と同時に、競技場の中央へ大きな回収エリアが用意された。
地面には、フリスビーを集めるための大きな籠が並べられている。
赤組と青組の回収エリアは、それぞれ別々に区切られていた。
「こちらの競技では、制限時間内に、どれだけ多くのフリスビーを確保できるかを競いますわ! キャッチに成功しても、地面に落ちたフリスビーを拾っても構いませんの!」
観客席から歓声が起こる。
「つまり、たくさん取った方が勝ちということか!」
「これは分かりやすいな!」
「コボルトたちが一斉に動くのか。面白そうだ!」
その隣では、ニコラが装置の調整を始めていた。
「それじゃあ、回収部門は~……」
ニコラが操作盤に手を置く。
発射口が、少しずつ増えていく。
一枚。
二枚。
四枚。
八枚。
さらに、装置の横に並べられたフリスビーの山が、次々と内部へ補充されていった。
リゼットが、ぴたりとニコラを見た。
「……ニコラ?」
「な~に~?」
「今、発射口が増えなかったかしら?」
「うん~。いっぱい飛ばせるようにしたんだよ~」
「……何枚くらい?」
「ん~……秘密~」
「ニコラ」
「大丈夫だよ~。ちゃんと安全に調整してあるから~」
ニコラは、いつものようにのんびり笑った。
リゼットは、少しだけ不安そうな表情を浮かべた。
競技場の中央では、赤組と青組のコボルトたちが、それぞれ回収エリアへ集まっている。
「わんお!(次はいっぱい集めればいいんだね!)」
「わふ!(任せて!)」
「わんお!(お菓子とお肉のために!)」
「わふ!(絶対に勝つよ!)」
両チームとも、やる気は十分だった。
ガブリエルは、実況席から満面の笑みで声を張り上げた。
「まぁ! 皆様、準備はよろしいですか? それでは、回収部門――開始の合図を待ちましょう!」
観客席が沸き立つ。
赤組と青組。
約百匹のコボルトたち。
そして、ニコラの新作魔道具。
次の瞬間、フリスビーがどれほどの勢いで飛び出してくるのか。
まだ誰も知らなかった。




