チャンバラ
マラソンが終了し、競技場には再び赤組と青組のコボルトたちが集まっていた。
実況席では、ガブリエルが手元の進行表を確認している。
「皆様、第一競技のマラソンはいかがでしたか? 赤組が見事に一着となりましたけれど、青組も素晴らしい走りでしたわね!」
『どっちも頑張った!』
『二足歩行マラソン、想像以上に面白かったw』
『尻尾がずっと揺れてるのかわいすぎる』
『次も楽しみ!』
「ふふっ。ありがとうございますわ! それでは、続いての競技をご紹介いたします!」
ガブリエルが競技場の中央を指し示した。
「第二競技は――**コボルト集団戦! スポンジチャンバラ対決ですわ!**」
観客席から歓声が上がった。
「おお、集団戦か!」
「コボルトたちが武器を使うのか?」
「かわいいだけじゃなく、警備をしている子たちだものね。これは見ものだわ!」
競技場の係員たちが運んできたのは、剣や短い棒、少し長めの槍を模した武器だった。
ただし、どれも先端から柄まで、柔らかいスポンジのような素材で覆われている。
さらに、武器の表面には目立つ黄色い塗料が付いていた。
「今回の競技では、ニコラ博士が安全性を考慮して開発した専用武器を使用いたしますわ!」
ガブリエルが説明する。
「武器が命中すると、落としやすい魔法塗料が選手のユニフォームに付着いたしますの。そして、**塗料が付着した選手は、その時点で降参となり、競技から退場**していただきますわ!」
掲示板には、実際に塗料が付いたユニフォームの見本が表示された。
赤い服にも、青い服にも、黄色い塗料はよく目立つ。
「頭部への攻撃や、噛みつき、引っかき、体当たりなどは禁止ですわ! 武器を使って相手の体に命中させること。それだけが有効な攻撃となります!」
「わんお!(なるほど! 当てれば勝ち、当てられたら負けだ!)」
「わふ!(つまり、当たらなければいいんだね!)」
「わんお!?(それが簡単にできるなら苦労しないぞ!?)」
「わふ!(細かいことは気にしない!)」
青組の一角では、すでに作戦会議が始まっていた。
一方、赤組。
「わんお!(相手の武器をよく見ろ!)」
「わふ!(了解!)」
「わんお!(それから、絶対に塗料を付けるなよ!)」
「わふぅ……(もう黄色いのが怖い……)」
真剣な顔で武器を見つめるコボルト。
その隣では、武器を持ったまま尻尾を振っているコボルト。
さらにその後ろでは、スポンジ剣を両前足で抱きしめ、なぜかうっとりしているコボルトまでいた。
「…………」
リゼットは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「……あの子、武器を使う気はあるのかしら?」
「わんお!(この武器、ふわふわで気持ちいい!)」
「わふ!?(今は感触を楽しむ時間じゃないよ!)」
人間たちには、元気な鳴き声が聞こえるだけだった。
「まぁ! 皆様、とても気合いが入っていらっしゃいますわね!」
ガブリエルは感心したように頷いた。
『いや、絶対に一匹ふわふわを楽しんでるw』
『武器の感触に夢中なの草』
『集団戦、始まる前から個性が強い』
『わんお!(今は感触を楽しむ時間じゃないよ!)』
『最後のコメント、翻訳できるのかと思ったwww』
もちろん、最後のコメントもただの視聴者の想像である。
実際のコボルトたちの会話を理解できるわけではない。
だが、なぜか妙に状況に合っていた。
◇ ◇ ◇
「それでは、両チームの選手が入場いたしますわ!」
赤組と青組のコボルトたちが、競技場へと入っていく。
赤いユニフォーム。
青いユニフォーム。
それぞれがスポンジ製の武器を持ち、対戦相手と向かい合った。
両チームとも、見た目は実にかわいらしい。
しかし、その目は真剣だった。
「わんお!(勝つぞ!)」
「わふ!(絶対に負けない!)」
「わんお!(お菓子は渡さない!)」
「わふ!(お肉もだ!)」
もはや競技の勝利だけではない。
特別なお菓子とお肉が、彼らの原動力になっていた。
「皆様、準備はよろしいですわね?」
ガブリエルが声をかける。
コボルトたちが一斉に武器を構えた。
「それでは――始め!」
開始の合図が鳴った。
次の瞬間。
赤組と青組が、一斉に動き出した。
タタタタタッ!
小さな足音が競技場に響く。
スポンジ剣が振られ、棒が横へ薙がれ、槍型の武器が前へ突き出される。
ただし、どの攻撃も柔らかい。
ぽふっ!
ぽふぽふっ!
ぽすっ!
勇ましい見た目とは裏腹に、聞こえてくるのは、どうにも気の抜ける音ばかりだった。
「まぁ! 始まりましたわ! 両チーム、とても素早い動きですの!」
ガブリエルの実況にも熱が入る。
「赤組が前に出ました! 青組も負けじと応戦していますわ! これは見応えがありますわね!」
先頭では、赤組のコボルトがスポンジ剣を振った。
対する青組は、さっと身をひねって攻撃を避ける。
「わんお!(当たれー!)」
「わふ!(当たらないよ!)」
さらにもう一撃。
ぽふっ!
空振り。
今度は青組が反撃する。
ぽふっ!
これも空振り。
二匹は何度も武器を振り合っていたが、なかなか命中しない。
「わんお!?(なんで当たらないんだ!?)」
「わふ!(動きを見てるからだよ!)」
「わんお!(だったら、動きを見られないくらい速く振ればいい!)」
「わふ!?(そんな単純な話なの!?)」
人間側には、スポンジ剣を振りながら「わんお!」「わふ!」と鳴き合っているようにしか見えない。
「頑張ってー!」
「赤組、そこですわ!」
「青組も負けないで!」
観客席から、次々に声援が飛んだ。
ガブリエルも身を乗り出す。
「まぁ! 今の攻撃は惜しかったですわ! あと少しでしたのに!」
そのとき。
別の場所で、試合が動いた。
青組のコボルトが、相手の攻撃をくるりと避け、横からスポンジ剣を振った。
ぽふっ!
黄色い塗料が、赤組のコボルトの背中に付着した。
「わんおっ!?」
赤組のコボルトが、ぴたりと動きを止める。
背中には、くっきりと黄色い印。
そのコボルトは、自分の背中を振り返ろうとして、途中で動きを止めた。
そして――。
「わんおお……!(やられたぁ……!)」
がっくりとうなだれ、武器を置いた。
その場で前足を上げる。
降参の合図だ。
審判が駆け寄り、退場を案内する。
「青組、見事に命中ですわ! 赤組の選手、一人が退場となりました!」
観客席から拍手が起こった。
『背中に黄色いの付いたwww』
『あのしょんぼり具合、かわいそうだけどかわいいw』
『ちゃんと自分で降参してるの偉い!』
『あの印、めっちゃ分かりやすいな!』
退場するコボルトは、しょんぼりした様子で歩いていた。
すると、観客席から子どもの声が飛んだ。
「頑張ったねー!」
「次も応援してるよー!」
「わんお……!(ありがとう……!)」
コボルトは少し元気を取り戻したのか、前足を振って応えた。
その姿を見て、ガブリエルも笑顔になる。
「ええ、よく頑張りましたわ! 最後まで一生懸命でしたもの!」
◇ ◇ ◇
試合はさらに激しさを増していた。
赤組は、前衛に力のあるコボルトを集めて突破を狙う。
青組は、素早いコボルトたちが左右に散り、相手の隙を突こうとしていた。
「わんお!(前へ! 今がチャンスだ!)」
「わふ!(こっちから回り込むよ!)」
「わんお!?(そっちは味方だよ!)」
「わふ!?(えっ!?)」
青組のコボルトが走り出した先には、同じ青組の仲間がいた。
二匹は急停止。
ぽふっ。
軽く額をぶつけ合った。
「わんお……(危なかった……)」
「わふぅ……(作戦が始まる前に終わるところだった……)」
それでも、二匹はすぐに持ち場へ戻っていく。
競技場の反対側では、赤組のコボルトが大きく踏み込んでいた。
「わんおお!(今だー!)」
スポンジ剣が振り下ろされる。
ぽふっ!
見事、青組のユニフォームに黄色い塗料が付いた。
「わふ!?(しまったー!)」
青組のコボルトが、武器を下ろして両前足を上げる。
「わふぅ……(無念……!)」
「赤組、反撃に成功ですわ! 一人ずつ退場者が出ておりますけれど、勝負はまだ分かりませんわね!」
ガブリエルは掲示板を確認した。
現在の残存人数は、赤組と青組がほぼ互角。
まだまだ逆転の可能性がある。
そのとき、コメント欄にアナスイの名前が現れた。
『アナスイ:ジュリエット、油断してはいけませんわ! 周りをよく見て、落ち着いて対処するのですわ!』
「アナスイさん、ジュリエットちゃんへの応援にも熱が入っていますわね!」
ガブリエルが笑う。
『アナスイさんの保護者感w』
『ジュリエットちゃん、頑張れー!』
『赤組にはジュリエットがいる!』
カメラが赤組の一角を映した。
そこにいたのは、赤いユニフォームを着たジュリエット。
両前足でスポンジ剣をしっかりと握り、きょろきょろと周囲を見渡している。
「わんお!(落ち着いて……まずは相手の動きを見る……!)」
ジュリエットの目の前では、青組のコボルトが二匹、連携して攻め込もうとしていた。
「わんお!(あそこだ! 一緒に攻めるぞ!)」
「わふ!(分かった!)」
ジュリエットは一歩下がった。
そして、相手の剣が振られた瞬間、横へ跳ぶ。
ぽふっ!
スポンジ剣が空を切る。
「わんお!(今!)」
ジュリエットの剣が、青組の一匹の脇腹へ当たった。
ぽふっ!
黄色い塗料が付着する。
「わふ!?(やられたー!)」
青組のコボルトは、すぐに武器を置いて両前足を上げた。
ジュリエットは、ほっと息をついたように肩を下ろした。
「わんお……!(よかったぁ……!)」
観客席から、大歓声が上がる。
「ジュリエットちゃん、素晴らしいですわ!」
ガブリエルも嬉しそうに拍手した。
『ジュリエットやったー!』
『アナスイさん、見てますか!』
『アナスイ:もちろんですわ! ジュリエット、よくやりましたわね!』
コメント欄に、嬉しそうなアナスイの反応が流れる。
ジュリエットはカメラの位置に気づいたらしく、そちらへ向かって前足を振った。
「わんお!(アナスイ様、見てるー!?)」
もちろん、画面の向こうには届かない。
だが、アナスイはすぐにコメントを返した。
『アナスイ:見ていますわよ、ジュリエット! その調子ですわ!』
「わんおお!(やったー!)」
ジュリエットの尻尾が勢いよく振られる。
しかし。
「わんお!?(ジュリエット、後ろ!)」
仲間の声。
ジュリエットが振り返った瞬間、別の青組選手がスポンジ剣を振った。
ぽふっ!
黄色い塗料が、ジュリエットの背中に付着した。
「…………」
ジュリエットが固まった。
背中を振り返る。
黄色い印。
自分のユニフォームに、しっかりと付いている。
「わんおおおおお……!(そんなぁぁぁ……!)」
ジュリエットは、その場でがっくりとうなだれた。
武器を置く。
両前足を上げる。
降参である。
そのあまりにも分かりやすい反応に、観客席から「ああーっ!」という声が上がった。
「まぁ! ジュリエットちゃん、惜しかったですわ!」
ガブリエルが身を乗り出す。
「とてもいい動きでしたのに! でも、最後までよく頑張りましたわね!」
『ジュリエットおおおお!』
『あとちょっとだった!』
『背後を取られたか……!』
『アナスイ:ジュリエットーッ!? ……いえ、よく頑張りましたわ。帰ったらいっぱい褒めてあげますわね!』
アナスイのコメントが流れた。
ジュリエットは、それを知る由もない。
ただ、退場する途中で観客席の方を見て、前足を振った。
「わんお……!(次は勝つからね……!)」
観客たちも、温かい拍手で見送る。
ガブリエルは微笑んだ。
「ジュリエットちゃん、退場となりましたけれど、とても立派な戦いでしたわ! さあ、試合はまだ続きますの!」
◇ ◇ ◇
その後も、集団戦は白熱した。
黄色い塗料が付いた選手が、次々に退場していく。
背中に付いた子。
腕に付いた子。
足に付いた子。
中には、武器を避けたつもりが、相手のスポンジ剣の先端が尻尾にかすり、塗料が付いてしまった子もいた。
「わんお!?(尻尾に付いたー!?)」
「わふ!?(えっ、そこも判定なの!?)」
審判が塗料を確認し、規則に従って退場を案内する。
もちろん、塗料は安全なものなので、あとで洗い落とせる。
しかし、競技上は一度付着した時点で降参だ。
「わんおお……!(こんなところに付くなんて……!)」
尻尾に黄色い印を付けたコボルトは、しょんぼりしながらも、審判に従って退場していった。
その背中を、観客たちが拍手で見送る。
「頑張ったねー!」
「いい戦いだったわよ!」
「尻尾の子、かわいかった!」
『尻尾に塗料は予想外w』
『尻尾は盲点だったな』
『塗料が見えるから判定しやすいのはいいね』
そして、残り人数が少なくなったころ。
赤組の大柄なコボルトが、堂々と前へ出た。
スポンジ剣を両前足で持ち、青組の選手たちを見据える。
「わんお!(ここからが本番だ!)」
対する青組も、負けていない。
小柄なコボルトが、するすると前へ出る。
「わふ!(大きいからって、勝てると思わないでね!)」
「わんお!(望むところだ!)」
二匹は互いに構えた。
そして――。
ぽふっ!
ぽふぽふっ!
ぽふっ!
……。
しばらく、スポンジ剣を振り合った。
しかし、どちらにも当たらない。
「わんお!?(なかなか当たらないな!?)」
「わふ!(そっちもね!)」
お互いに、ちょっとずつ息が上がっている。
それでも、どちらも諦めない。
その様子に、観客席から声援が飛んだ。
「頑張れー!」
「あと一歩よ!」
「赤組も青組も、その調子ー!」
ガブリエルも思わず身を乗り出した。
「まぁ! 素晴らしい攻防ですわ! お二人とも、一歩も譲りませんの!」
そして、ついに。
大柄な赤組のコボルトが、思い切って一歩踏み込んだ。
「わんおお!(これで決める!)」
スポンジ剣が振られる。
小柄な青組が、すばやく身をひねった。
ぽふっ!
青組の剣が、赤組のユニフォームに命中した。
黄色い塗料が、胸元にくっきりと付いた。
「…………」
赤組のコボルトが固まる。
そして、ゆっくりと自分の胸を見下ろした。
「わんお……!(負けた……!)」
武器を置き、両前足を上げた。
青組の選手は、思わず飛び上がった。
「わふおおお!(やったー!)」
観客席から大歓声が上がる。
「青組、見事な勝利ですわ!」
ガブリエルも拍手した。
残った選手たちが互いに武器を置き、勝者を迎える。
こうして、スポンジチャンバラによる集団戦は、青組の勝利で幕を閉じた。
『青組おめでとう!』
『赤組もよく頑張った!』
『スポンジ剣なのにめっちゃ熱い勝負だったw』
『塗料が付いた瞬間にしょんぼりするの、かわいすぎる』
『次の競技も楽しみだ!』
ガブリエルは、コメント欄を見ながらにこにこと笑った。
「皆様、応援ありがとうございましたわ! 赤組も青組も、とても一生懸命で素敵でしたわね!」
そして、次の競技の案内を確認する。
「さて、次はニコラ博士の新作魔道具を使用した特別競技ですわ!」
競技場の端に、例のフリスビー射出魔道具が運び込まれてくる。
大量の円盤が、装置の横に積み上げられていた。
「まぁ……あれが、たくさん飛んでくるのですの?」
ガブリエルが目を輝かせる。
ニコラは、装置の前で楽しそうに笑っていた。
「ふふ~。いっぱい飛ばすよ~」
「ニコラ、ほどほどにね?」
リゼットが、少し心配そうに声をかける。
「は~い」
ニコラの返事は、いつもどおりのんびりしていた。
だが、その目は――。
明らかに、面白いことを考えている目だった。
そして赤組と青組のコボルトたちは、まだ知らない。
次の競技で、自分たちがフリスビーの大群と対峙することになるとは。
こうして、コボルト競技会はさらに予想外の方向へと進んでいくのだった。




