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落内円は落ちている  作者: 七風


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コボルト競技会

 そして、コボルト競技会の開催日。


 ゴールの街にある広場は、朝から大勢の人々で賑わっていた。


 広場の中央には大きな競技場が設けられ、周囲には観客席が並んでいる。


 競技場の入口には、赤と青の二色に分かれた旗。


 さらに、コボルトを模したぬいぐるみや、食べ物を売る屋台まで出ていた。


「本当にコボルトたちだけの競技会をやるんだな」


「ええ。かわいらしい姿だけじゃなく、普段の仕事ぶりも知ってもらう機会になるそうよ」


「それにしても、すごい人だな……」


 観客たちは、競技場の端に設けられた控え場所へ目を向ける。


 そこには、赤と青のユニフォームを着たコボルトたちが並んでいた。


 赤組と青組。


 リゼットが鑑定で能力を確認し、実力の近い二匹を別々のチームへ振り分けた結果、どちらも戦力が偏らないよう調整されている。


 普段の警備服をもとにしたユニフォームは、コボルトたちの体格に合わせて作られていた。


 赤いユニフォームには赤い腕章と大きな赤いマーク。


 青いユニフォームには青い腕章と大きな青いマーク。


 遠くからでも、どちらのチームなのか一目で分かる。


「わんお!(みんな、今日は絶対に勝つぞ!)」


「わふ!(もちろん! お菓子もお肉もいただくよ!)」


「わんお!?(ところで、競技は何種類あるんだ?)」


「わふぅ……(知らない……)」


「わんおお!?(まだ知らないのかよ!?)」


 赤組の控え場所では、そんなやり取りが交わされていた。


 一方の青組も負けてはいない。


「わんお!(赤組には負けないぞ!)」


「わふ!(青組の実力を見せてやろう!)」


「わんお!(でも、お肉はみんなで食べたいな!)」


「わふ……(それはそう……)」


 競技会が始まる前から、すでにいろいろと盛り上がっているらしい。


 もちろん、観客たちには何を話しているのか分からない。


 彼らに聞こえるのは、「わんお!」「わふ!」という元気な鳴き声ばかりだ。


「あらあら、ずいぶん賑やかね」


「かわいいわねぇ。みんな頑張って!」


 観客席から声援が飛ぶ。


 それに気づいたコボルトたちは、一斉に観客の方を向いた。


「わんお!」


「わふ!」


 尻尾を振り、前足を上げて応える。


 それだけで、観客席から歓声が上がった。


 ◇ ◇ ◇


「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます!」


 競技場の中央に、司会者が登場した。


 その隣には、今回の競技会を企画したリゼットの姿がある。


「これより、ゴール初のコボルト競技会を開催いたします!」


 大きな拍手が響いた。


「今回参加するのは、普段から街の警備や森のモンスター駆除を担当しているコボルトたち、およそ百匹です!」


 紹介とともに、赤組と青組のコボルトたちが観客席へ向かって前足を振る。


「わんおお!」


「わふ!」


「かわいいー!」


「赤組も青組も頑張れー!」


 観客たちは大喜びだった。


 司会者は、さらに説明を続ける。


「本日の競技は、マラソン、集団戦、障害物競走、リレー、綱引きなど、人間の運動会でもおなじみの競技を中心に、さまざまな種目をご用意しております!」


「おおー!」


「コボルトたちのリレーか!」


「綱引きもあるのか。これは見ものだな」


 観客席の期待が高まる。


「ただし、今回の競技には、コボルトならではの特別なルールもございます!」


 司会者は最初の種目の説明に移った。


「まずはマラソンです!」


 競技場の大型掲示板に、コースの案内が映し出された。


「今回のマラソンでは、二足歩行で走ることを条件とします!」


「……え?」


 観客席の一部から声が漏れた。


「二足歩行?」


「普通に走ればいいんじゃないのか?」


 司会者は笑顔で頷いた。


「コボルトたちは、状況に応じて四足で走ることもできます。しかし、今回は二本の足で走ることが条件です。途中で四足走行になった場合は、判定の対象となりますのでご注意ください!」


 その説明が終わった瞬間、赤組と青組の控え場所がざわついた。


「わんお!?(二本足で走るのか!?)」


「わふ!(いつもやっているだろう!)」


「わんお……(でも、四本足の方が速いんだよな……)」


「わふぅ……(それは言わないお約束……)」


 コボルトたちは、それぞれの走り方を思い浮かべながら相談している。


 人間側からは、並んだコボルトたちが一斉に首を傾げているようにしか見えなかった。


「何か難しいことでもあるのかしら?」


「さあ。でも、みんな真剣そうね」


 観客たちは、そんな様子まで楽しんでいた。


 ◇ ◇ ◇


「続きまして、集団戦についてご説明いたします!」


 司会者が手を向けると、係員たちがスポンジのような素材でできた武器を運び込んできた。


 剣。


 短い棒。


 少し長めの槍のような形をしたものまである。


「こちらは、ニコラ博士の監修によって作られた、安全性を重視した競技用の武器です!」


 武器を手にした係員が、試しに自分の腕へ軽く当ててみせた。


 ぽふっ。


 まったく痛そうではない。


「この武器を使用する集団戦では、相手チームの選手に攻撃を当てることで得点が入ります。危険な行為は禁止。噛みつきや、競技と関係のない攻撃も認められません!」


 観客席から拍手が起こる。


「安全に配慮されているのはいいね」


「でも、コボルトたちの集団戦だろう? 動きは相当速いんじゃないか?」


 その予想は、間違っていなかった。


 赤組では、すでにスポンジ剣を振る真似をしている子がいる。


「わんお!(これなら安全に勝負できるな!)」


「わふ!(でも、当てられたら悔しいぞ!)」


「わんお!(つまり、当たらなければいいんだ!)」


「わふ!?(それができたら苦労しないよ!)」


 青組でも、前足を構えたり、軽く跳びはねたりしながら、競技を想像しているらしい。


 そんな光景を見て、リゼットは満足そうに頷いた。


「みんな、やる気があるようね」


 そして司会者が、次の種目を発表する。


「続いては、特別競技です!」


 競技場の端に置かれた、大きな魔道具へ照明が当たった。


 円筒形の装置に、複数の発射口。


 その横には、たくさんの円盤状の道具が積み上げられている。


「こちらは、ニコラ博士の新作魔道具を使用した競技です!」


「おお?」


「何だ、あれは?」


 観客たちが興味深そうに装置を眺める。


 そこへ、ニコラ本人が登場した。


「は~い。今回のために、ちょっと面白いものを作ってみたよ~」


「ニコラ博士!」


 司会者が紹介する。


「こちらは、フリスビー射出魔道具です!」


「フリスビー?」


「円盤を投げて遊ぶ道具だよ~」


 ニコラが説明すると、魔道具の発射口から円盤が一枚、試しに飛び出した。


 ひゅんっ。


 くるくると回転しながら、競技場の向こうへ飛んでいく。


 係員が、それを綺麗にキャッチした。


「おおー!」


 観客席から拍手が起きる。


 ニコラは楽しそうに笑った。


「今回はね~、二つの種目を用意したんだよ~」


 掲示板に、二つの競技名が表示される。


『キャッチ部門』


『回収部門』


「キャッチ部門では、飛んでくるフリスビーをどれだけ綺麗にキャッチできるかを競うよ~。落とさずに受け止めるのはもちろん、キャッチの正確さや動きの美しさも採点するの」


「なるほど!」


 司会者が頷いた。


「そして、回収部門では――」


 ニコラが装置を指差す。


「制限時間内に、どれだけたくさんのフリスビーを確保できるかを競うよ~!」


「おおおお!」


 会場が沸いた。


「大量に飛んでくるということか!?」


「一体、何枚出てくるんだ!?」


 ニコラは、にこにこと笑った。


「それは、やってみてのお楽しみ~」


 その言葉を聞いたコボルトたちは、装置をじっと見つめた。


「わんお!?(あれ、いっぱい飛んでくるのか!?)」


「わふ!(いっぱい取ればいいんだね!)」


「わんお!(任せろ! お肉のためなら何枚でも取るぞ!)」


「わふぅ……(でも、速すぎたら取れないかも……)」


「わんお!(そのときは、みんなで頑張るんだ!)」


 赤組も青組も、早くも攻略法を考え始めているらしい。


 観客たちは、円盤を見つめながら真剣な顔で鳴いているコボルトたちを見て、ますます盛り上がった。


「かわいいだけじゃなく、ちゃんと勝つ気なんだな!」


「何を相談しているのか分からないけど、すごく真剣ね!」


 ◇ ◇ ◇


「さて、本日は観客の皆様にも楽しんでいただける企画をご用意しております!」


 司会者がそう告げると、競技場の入口付近に並べられた、赤と青のぬいぐるみが紹介された。


 それぞれの色のユニフォームを着た、コボルトのぬいぐるみだ。


 赤組のぬいぐるみは赤い服。


 青組のぬいぐるみは青い服。


 どちらも、実際のコボルトたちをモデルにした、ふわふわのかわいらしい仕上がりだった。


「こちらは今回の記念品です!」


「かわいい!」


「赤組と青組、両方欲しいな!」


 観客たちは、さっそくぬいぐるみに夢中になっている。


「競技会では、皆様にも応援するチームを選んでいただきます。ご自身が応援したチームが優勝した場合、そのチームに対応した記念ぬいぐるみをお渡しいたします!」


 会場がどよめいた。


「応援するだけで、もらえるのか!?」


「それなら、どちらにするか決めないとな!」


「私は赤組にしようかしら!」


「いや、青組もかわいいぞ!」


 観客たちは、赤と青のぬいぐるみを見比べながら悩み始めた。


 さらに、司会者はもう一つの企画を発表する。


「そして、希望される方は、優勝するチームに賭けることもできます!」


「おおっ!?」


「賭け事まであるのか!」


「もちろん、賭け金は銀貨一枚から。見事、優勝チームを的中させた方には、賭け金の十倍をお返しいたします!」


 会場の熱気が、一段と高まった。


「銀貨一枚からなら参加しやすいな」


「十倍か……!」


「これは慎重に選ばないとな」


 もっとも、今の段階では、赤組と青組の実力差はほとんど分からない。


 リゼットが鑑定を使って、なるべく均等になるように振り分けたからだ。


 そのため、単純に見た目や直感だけで決める観客も多かった。


「この子、すごくやる気がありそうだから赤組!」


「あっちの子、跳びはね方がすごいわ。青組にしようかしら」


「うちの子は絶対に勝つと思う!」


 観客たちが、それぞれ応援するチームを決めていく。


 なお、賭けをしなくても、普通に応援するだけで問題はない。


 むしろ、コボルトたちの姿を見に来た家族連れは、ぬいぐるみを手に入れようと楽しそうに相談していた。


「ねえ、お父さん。私は赤組!」


「じゃあ、お父さんは青組だな」


「ええっ、どうして!?」


「だって、どっちも応援したいだろう?」


「……それなら、ぬいぐるみは両方欲しい!」


 そんなやり取りまで聞こえてくる。


 ◇ ◇ ◇


「それでは、最後に!」


 司会者が声を張り上げた。


「本日のコボルト競技会、まもなく開幕です!」


 大きな拍手と歓声。


 赤組の控え場所では、コボルトたちが一列に並んでいた。


「わんお!(みんな、絶対に勝つぞ!)」


「わふ!(お菓子は渡さないよ!)」


「わんお!(お肉もだ!)」


「わふ!(でも、終わったらみんなで食べようね!)」


「わんお……!(……それは、いいな!)」


 一方、青組も負けていない。


「わんお!(赤組に勝って、優勝するぞ!)」


「わふ!(みんなで力を合わせよう!)」


「わんお!(お菓子もお肉も、絶対に手に入れる!)」


「わふぅ……(考えていたら、お腹が空いてきた……)」


「わんお!?(まだ始まってないぞ!?)」


 彼らは、真剣そのものだった。


 人間たちには「わんお!」「わふ!」としか聞こえない。


 けれど、並んだコボルトたちの表情からは、それぞれの意気込みがはっきりと伝わってくる。


 リゼットは、その様子を眺めながら微笑んだ。


「ふふ。これなら、きっと盛り上がるわね」


 隣では、ニコラがフリスビー射出魔道具を調整している。


「よ~し。あとは本番で、どれくらい飛ばそうかな~」


「ニコラ、ほどほどにね?」


「は~い」


 その返事を聞いて、リゼットは少しだけ不安になった。


 しかし、もう遅い。


 百匹のコボルトたちは、赤組と青組に分かれ、それぞれの勝利を目指している。


 観客たちもまた、記念ぬいぐるみや賞金を目当てに、応援するチームを決め終えつつあった。


 こうして、ゴールの街で初めてとなるコボルト競技会は――。


 かわいらしさと真剣勝負、そして少しばかりの欲望を乗せて、いよいよ幕を開けようとしていた。


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