リゼットの企画
その日の夜。
リゼットは、自室でEVの配信を眺めていた。
画面に映っているのは、アナスイの自宅配信。
赤い薔薇をイメージした部屋には、ナナリーグッズの数々が飾られている。
そして、その足元では、ふわふわのコボルトと猫が仲良くじゃれ合っていた。
「ジュリエット~! ロミオ~! こちらへいらっしゃい!」
『わんお!』
『にゃあ!』
アナスイが二匹を抱きしめるたび、コメント欄が盛り上がる。
『ジュリエットちゃん、今日もかわいい!』
『ロミオとのコンビ最高だな』
『アナスイさん、ずっと顔が緩んでるw』
『この配信、永遠に見ていられる』
リゼットはしばらく画面を見つめていた。
そして、小さく笑う。
「……これは、面白いわね」
エキドナの館や街を警備しているコボルトたち。
彼らは人工モンスターでありながら、人間の言葉を理解するだけの知性を持っている。
警備能力は高く、普段は街の巡回や近隣の森でのモンスター駆除までこなしている。
だが、それだけではない。
ふわふわの毛並み。
愛らしい姿。
かわいらしい警備服。
そして、人懐っこい性格。
街でも、彼らをかわいがる人々は多かった。
「……みんな、自分たちのかわいさを理解しているのよね」
先日の配信を思い出す。
アナスイに抱きしめられ、幸せそうにしていたジュリエット。
その隣で、まるで当然のようにくつろいでいたロミオ。
もちろん、すべてのコボルトが同じような暮らしを望んでいるわけではないだろう。
今の警備の仕事が好きな子もいるはずだ。
それでも、もし――。
街の人々と一緒に暮らしてみたいと思うコボルトがいるなら、そんな道を用意するのも悪くない。
ただし、彼らは街を守る大切な戦力でもある。
全員を一度に仕事から離すわけにはいかないし、何より本人たちの意思が大切だ。
「まずは、みんなのことをもっと知ってもらうところからかしら」
リゼットはEVを閉じた。
そして、翌朝。
ある企画を実行することにした。
◇ ◇ ◇
翌朝。
エキドナの街では、いつものように巡回していたコボルトたちへ招集がかかった。
「わんお?」
「わんお~?」
「わんお!」
秋田犬のような顔立ちの子。
柴犬のような姿の子。
毛が長く、全身がもこもこした子。
少し小柄な子もいれば、体格のいい子もいる。
それぞれ違う種類のコボルトたちが、広場へ集まってきた。
全員、かわいらしい警備服を着ている。
身長はおよそ百センチ。
整列する姿まで、どこか愛らしい。
集められたコボルトは、およそ百匹。
やがて、リゼットが姿を現した。
「みんな、朝から集まってもらってありがとう」
「わんお!」
一斉に元気な返事が返ってくる。
尻尾を振る子。
背筋をぴんと伸ばす子。
リゼットの姿を見ただけで、嬉しそうに耳を立てる子。
そんな彼らを見渡し、リゼットは微笑んだ。
「今日は、あなたたちに少し聞きたいことがあるの」
「わんお?」
コボルトたちが首を傾げる。
「いい? あなたたちは、かわいいと街でも評判ね?」
「…………」
一瞬、静かになった。
コボルトたちは互いに顔を見合わせる。
そして。
「わんお!」
「わんお! わんお!」
「わんお~!」
全員が元気よく頷いた。
「…………」
リゼットは一瞬、黙った。
「……自覚しているのね?」
「わんお!」
今度は、さらに堂々とした返事が返ってきた。
中には胸を張る子までいる。
別の子は両手を頬に添えて首を傾げ、ふさふさの尻尾を振っていた。
さらに隣の子に身体を寄せ、二匹そろって上目遣いをする子までいる。
「…………」
リゼットは額に手を当てた。
「ちょっと待って。誰がそんなことをしなさいと言ったの?」
「わんお?」
「わんお~?」
コボルトたちは不思議そうに首を傾げる。
ただし、尻尾は振り続けていた。
「……なるほど。自分たちの魅力を理解して、それを使いこなしている、と」
「わんお!」
最前列の一匹が、誇らしげに胸を張った。
その瞬間、背後の通りを歩いていた女性が足を止めた。
「あら! 今日もかわいいわねぇ!」
「わんお!」
コボルトが手を振るように前足を上げる。
「きゃー! こっち向いてくれた!」
女性が嬉しそうに手を振り返した。
リゼットはその様子を見て、小さく笑った。
「……これは、想像以上かもしれないわね」
そして、並んだコボルトたちへ向き直った。
「あなたたちは、普段から警備の仕事をしながら、森のモンスター駆除までこなしてくれているでしょう?」
「わんお!」
「ええ。いつもご苦労さま」
「わ、わんおぉ……!」
褒められたコボルトたちは、嬉しそうにしながらも、ちょっと照れたように顔を伏せた。
その場に、ふさふさと尻尾が揺れる音が広がる。
「そんなあなたたちに、今日は提案があるの」
リゼットが微笑む。
「普段のお仕事とは別に、街の人たちと一緒に楽しめる機会があってもいいと思わない?」
「わんお?」
「わふ?」
コボルトたちが顔を見合わせた。
「もちろん、今の仕事を辞めなさいという話ではないわ。警備のお仕事が好きな子は、そのまま続けてもらうつもりよ」
「わんお!」
「でも、街の人たちともっと触れ合いたい子もいるでしょう? いつか家族のように一緒に暮らしてみたいと思う子がいるかもしれないわね」
「…………」
コボルトたちが静かになった。
少し考え込む子。
隣の仲間と顔を見合わせる子。
そして、前足をそっと上げてみる子。
どうやら、興味を持った子もいるらしい。
リゼットは彼らの反応を見て頷いた。
「そういう希望も、これから考えていきましょう。もちろん、無理に決める必要はないわ」
「わんお!」
コボルトたちが一斉に返事をする。
リゼットはそこで、少しだけ笑みを深めた。
「ただ、その前に――」
コボルトたちの耳が、ぴんと立つ。
「**あなたたちの人気を見込んで、コボルトだけの競技会を開催しようと思うの**」
「…………」
一瞬。
広場が静まり返った。
「わふ!?」
「わんお!?」
「わんおおお!?」
次の瞬間、一斉に歓声が上がった。
コボルトたちが跳びはねる。
隣の仲間と前足を合わせる。
嬉しさのあまり、その場でくるくると回る子までいた。
競技会。
コボルトだけ。
つまり、自分たちが主役の大会だ。
「ふふ。ずいぶん乗り気ね」
リゼットは楽しそうに笑った。
「今回は、ここにいる百匹ほどのコボルトを二つのチームに分けて、いろいろな競技で競い合ってもらうつもりよ」
「わんお!」
「わふ!」
どうやら、勝負という言葉にも反応したらしい。
さっきまで照れていた子まで、いつの間にか胸を張っている。
中には、すでに隣の仲間と真剣な顔で見つめ合っている子もいた。
まだチーム分けすら始まっていないのだが。
「そして、優勝したチームには――」
リゼットが告げる。
コボルトたちの耳が、さらにぴんと立った。
「新しく用意する、特別なお菓子をプレゼントするわ」
「…………!」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「わんおおおおおおお!」
広場が歓声に包まれた。
尻尾が揺れる。
耳が跳ねる。
喜びのあまり、仲間と抱き合う子までいる。
リゼットは笑顔のまま、さらに続けた。
「それから、ダンジョンで手に入れたお肉も食べ放題にしてあげるわ」
「…………」
コボルトたちが再び固まった。
お菓子。
しかも特別なお菓子。
さらに、お肉が食べ放題。
その情報を理解する時間は、ほんの一瞬だった。
「わんおおおおおおおおおおお!」
今度こそ、広場が揺れるほどの大歓声が響いた。
跳びはねる子。
仲間と肩を組むように寄り添う子。
喜びのあまり、尻尾を振りすぎて、その場でくるくる回ってしまう子。
普段、モンスター相手にも臆することなく立ち向かう彼らが、今はご褒美の話だけで大騒ぎしていた。
リゼットは微笑ましそうに見守りながら、もう一つ付け加えた。
「ちなみに、負けたチームにもご褒美はあるわよ」
「わんお?」
「もちろん、たくさんお肉を用意するから安心して。ただし、優勝チームよりは少しだけ少なくなるわね」
「…………」
コボルトたちの表情が変わった。
負けてもお肉は食べられる。
それは嬉しい。
けれど、勝てばもっと食べられる。
さらに特別なお菓子まで手に入る。
つまり――。
負ける理由がない。
「わんお……!」
一匹のコボルトが、きりっと前を向いた。
その隣でも、別のコボルトが真剣な表情で頷く。
「わんお!」
「わふ!」
先ほどまでの歓声は、いつの間にか勝利への熱意へと変わっていた。
リゼットは満足そうに頷く。
「いい顔ね」
そして、集まった百匹のコボルトを見渡した。
「普段から街を守り、森のモンスターを駆除してくれているあなたたち。今日は、その頑張りをみんなに見せる機会でもあるわ」
コボルトたちの耳が、さらにぴんと立つ。
リゼットは両手を広げた。
「さあ――あなたたちのかわいさと実力を、ゴールの民に見せつけなさい!」
「「「わんおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
百匹のコボルトたちの声が、広場いっぱいに響き渡った。
こうして。
ゴールの街を守るコボルトたちによる、前代未聞の競技会が開催されることになった。
彼らのかわいらしい姿と、日頃の仕事ではなかなか見せることのない個性。
それを街の人々に知ってもらうための、新しい催しが始まろうとしていたのだった。




