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落内円は落ちている  作者: 七風


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462/516

アナスイさん 自宅配信

 ある日の午後。


 色欲の勇者アナスイは、自宅からEV配信を始めていた。


「皆さま、ごきげんよう~! 本日はわたくし、アナスイの自宅から雑談配信をお届けしますわ!」


『おおお!』

『アナスイ様の自宅配信!?』

『勇者の私生活が見られるのか』

『これは貴重な映像』

『どんな部屋なんだろ』


「ふふふ。そんなに期待されても困りますわよ?」


 そう言いながら、アナスイはカメラの位置を少し調整した。


 そして――。


『…………』

『…………え?』

『赤い』

『赤いなwww』

『薔薇!?』


 画面いっぱいに映ったのは、赤を基調とした美しい部屋だった。


 壁には薔薇を思わせる装飾。


 深紅のカーテン。


 赤いソファ。


 テーブルには薔薇を飾った花瓶が置かれ、棚にも薔薇をモチーフにした小物が並んでいる。


 照明まで暖かい赤色で統一されていた。


 美しい。


 美しいのだが――。


『色欲の勇者の自宅って感じがすごい』

『コンセプトが徹底してるw』

『薔薇の館じゃん』

『さすが美を求める国の勇者』

『これ本人の趣味なの?』


「もちろんですわ!」


 アナスイは胸を張った。


「美しいものに囲まれて暮らす。それは人生を豊かにするために大切なことですもの!」


『なるほど』

『正論ではある』

『部屋自体はめちゃくちゃ綺麗だな』


 だが。


 視聴者たちが部屋をよく観察し始めると、別の問題が見えてきた。


『……ん?』

『右の棚』

『ちょっと待てw』

『ナナリー様がいるんだが』


 棚の上。


 そこには、ナナリーのグッズが所狭しと並んでいた。


 ナナリーの小さなフィギュア。


 ナナリーのアクリルスタンド。


 ナナリーを描いた肖像画。


 ナナリーの歌唱配信記念グッズ。


 ナナリーの聖女就任記念品。


 ナナリーをイメージしたアクセサリー。


 さらに、ナナリーが出演した配信の記念品まで、綺麗に飾られている。


『ナナリー様コーナー!?』

『いや、コーナーどころじゃない』

『部屋のあちこちにいるぞw』

『薔薇の部屋じゃなくてナナリー様の部屋だった』

『アナスイさん、ちょっと詳しく聞かせてください』


「まあ!」


 アナスイが嬉しそうに手を叩いた。


「皆さま、よくお気づきになりましたわね!」


『隠す気がないw』


『むしろ気づいてほしかったんだろw』


「もちろんですわ! こちらはナナリー様の歌唱配信を記念して作られた品で、こちらは聖女として初めて大きな式典に出られた時のもの。そして、こちらは――」


 アナスイが嬉々として説明を始める。


 グッズ一つ一つについて、購入した時期や入手経緯まで把握しているらしい。


『解説が止まらないw』

『愛が重い』

『全部説明できるの怖いw』

『さすがSランク冒険者、記憶力が違う』

『そこに能力を使うなw』


「失礼ですわね! 大切なものを覚えておくのは当然でしょう?」


 アナスイは頬を膨らませた。


 そして、部屋の奥を指差す。


「それに、こちらもご覧くださいませ!」


『まだあるの!?』


 カメラがゆっくりと動いた。


 そこにあったのは――。


『…………』

『………………』

『デカッ!!』


 壁一面に近い大きさまで拡大された、一枚の写真だった。


 写っているのは、ナナリーとアナスイ。


 二人が並んで笑っているツーショット写真である。


 ナナリーはいつもの優しい笑顔。


 隣のアナスイは、幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 ただし。


 写真の大きさが尋常ではなかった。


『ちょっと待てwww』

『壁に飾るサイズじゃないだろ!』

『自分も写ってるからセーフ……なのか?』

『ナナリー様の肖像画より大きいんだがw』

『これ毎日見ながら起きるの?』


「ええ!」


 アナスイは満面の笑みで頷いた。


「こちらは、ナナリー様とご一緒した大切な思い出ですもの!」


『思い出のサイズがおかしいw』

『写真自体は普通に素敵なのにw』

『誰がこのサイズで印刷したんだよ』

『自分で注文したんだろうな……』


「もちろん、特注ですわ!」


『やっぱりwww』


 即答だった。


 アナスイは写真を見上げ、うっとりと微笑んだ。


「はぁ……。ナナリー様、本当にお美しいですわ……」


『本人も写ってるんだよなw』

『自分の顔も毎日見てるのか』

『そこは気にならないんですかw』


「自分の姿を確認することも、美しさを保つためには必要ですわよ?」


『理屈が強いw』

『色欲の勇者、隙がない』


 そんなコメントが流れる中、アナスイがふと思い出したように別の棚へ移動した。


「そうそう! こちらも皆さまに見ていただきたいのですわ!」


 棚の中央。


 ガラスケースに大切そうに飾られていたのは――。


『あああああ!?』

『それは!!』

『ナナリー様フィギュア!!』

『まさかラストワン!?』


 ナナリーグッズくじのラストワン賞。


 通常の景品とは異なる特別仕様のナナリーフィギュアだった。


 衣装も造形も細かく作り込まれ、専用の台座まで用意されている。


 アナスイはケースの前で、誇らしげに胸を張った。


「こちらが、ナナリーグッズくじのラストワン賞ですわ!」


『うわあああああ』

『持ってるの!?』

『最後の一枚まで引いた人しかもらえないやつ!』

『くじの景品、まだ残ってたんだ……』

『欲しかったのに手に入らなかったやつだ!』


「ええ。とても苦労しましたのよ?」


 アナスイが頷く。


「残りの景品を確認して、あと何回引けばラストワンに届くか計算して……。最後まで引ききりましたわ!」


『大人の財力w』

『いやSランク冒険者の財力だ』

『それだけのために全部引いたのかw』

『羨ましいいいいい!』


「ふふふ……」


 アナスイは目を細めた。


「これは、わたくしの大切な宝物ですわ!」


『くっ……!』

『ラストワンだけはどうしても手に入らなかった』

『もう一回くじ再販してくれ!』

『アナスイさん、譲ってください!』


「お譲りしませんわ!」


『即答www』


「こちらはわたくしが責任を持って大切にいたします!」


『それが正しいんだけど悔しいw』

『大切にしてくれそうなのがまたw』


 アナスイは満足そうに頷いた。


 そして、カメラの前へ戻ってくる。


「さて! わたくしの部屋の紹介はこれくらいにして――」


『これくらい!?』

『情報量が多すぎる』

『部屋紹介だけで一時間いけるだろw』


「本日は、皆さまにご報告がございますの!」


 アナスイが両手を広げた。


「このたび――」


 その瞬間。


「わんお!」


 画面の下から、ふわふわの頭が飛び込んできた。


『!?』

『犬!?』

『コボルトだ!』

『ちっちゃくてかわいい!』


 身長およそ百センチ。


 かわいらしい警備服を着た、メスのコボルト。


 ジュリエットだった。


「まあ、ジュリエット! 紹介するところでしたわ!」


「わんお!」


 ジュリエットはアナスイの足元にぴたりと寄り添い、尻尾をぶんぶん振っている。


 アナスイがしゃがみ込む。


「こちらが、わたくしの新しい家族!」


 ジュリエットを抱き上げる。


「コボルトの女の子、ジュリエットですわ!」


「わんおー!」


『ジュリエットちゃん!』

『お迎えしたって言ってた子だ!』

『ふわっふわじゃん!』

『警備服かわいすぎる』

『尻尾すごい勢いで振ってるw』


「そして、もう一人!」


「にゃあ」


 今度はソファの上から、一匹の猫が顔を出した。


 ジュリエットの新しいお友達として、アナスイが猫カフェから迎えた猫――ロミオである。


「こちらが猫のロミオですわ!」


「にゃあ」


『ロミオくん!』

『名前までセットでかわいい』

『ジュリエットとロミオかw』

『名前の組み合わせが完璧すぎる』


 ロミオはソファから降りると、アナスイの足元へ歩いてきた。


 ジュリエットも床へ下ろしてもらう。


 すると二匹は、まるで示し合わせたかのようにじゃれ始めた。


「わんお!」


「にゃっ」


 ジュリエットが前足を伸ばす。


 ロミオがひらりと避ける。


 今度はロミオがジュリエットの周りを回り、ジュリエットが追いかける。


 ふわふわのコボルトと猫が、赤い絨毯の上をころころと転がっていた。


『かわいいいいい!』

『急に癒やし空間になった』

『さっきまでの部屋との温度差w』

『ジュリエット、ロミオと仲良しなんだな』

『ロミオが逃げてジュリエットが追ってるw』


「ふふふ!」


 アナスイは二匹を見ながら、幸せそうに頬を緩めた。


「このたび、コボルトの女の子ジュリエットと、猫ちゃんのロミオをお迎えしましたわ!」


 そして、ジュリエットを抱き上げる。


「ジュリエットは、わたくしがエキドナに遊びに行くたびに、いつも尻尾を振って出迎えてくれたんですの!」


「わんお!」


「抱っこをせがんでくる姿が、もう本当にかわいくて……!」


 頬を寄せる。


「こんなの、連れて帰りたくなってしまうでしょう!?」


『気持ちは分かるw』

『あの尻尾は反則』

『わんお!って鳴くのかわいすぎる』

『アナスイさん、完全に親の顔』


「それで、ジュリエットにはお友達がいた方がいいと思いまして」


 アナスイがロミオを見る。


「猫カフェで出会ったロミオをお迎えしましたの!」


「にゃあ」


 ロミオはジュリエットの隣に座った。


「ほら! 二人とも仲良しでしょう?」


 ジュリエットがロミオに身体を寄せる。


 ロミオは目を細め、ジュリエットの毛並みに頬を擦りつけた。


『あああああ』

『相性よすぎる』

『ジュリエットがふわふわでロミオもふわふわ』

『この二匹ずっと見ていられる』

『アナスイさん、良いお迎えをしたな』


「ええ。二人とも、とても良い子ですわ!」


 アナスイは嬉しそうに笑った。


「もちろん、二人とも大切にしますわ。お仕事の時にも、安心して過ごせるように環境を整えましたし、食事も健康管理もきちんとします!」


『さすがSランク冒険者』

『家族として責任持ってるのいいな』

『ジュリエットもロミオも幸せそう』


 ジュリエットが、アナスイの膝へ前足をかける。


「わんお!」


「あら? また抱っこですの?」


 アナスイが笑いながら抱き上げる。


「もう、甘えん坊さんですわね~!」


 ロミオも負けじとソファから膝へ飛び乗った。


「にゃあ」


「まあっ! ロミオまで!」


 両腕にジュリエット。


 膝の上にロミオ。


 アナスイは二匹に囲まれ、完全に動けなくなった。


『wwwww』

『身動き取れなくなってるw』

『勇者、敗北』

『二匹の連携が完璧』

『これはもう立てない』


「…………」


 アナスイは二匹を見下ろした。


 ジュリエットが見上げる。


 ロミオが喉を鳴らす。


「…………」


 そして。


「……このままでいいですわ」


『wwwww』

『立つ気がないw』

『配信終われなくなったぞw』


「皆さま、申し訳ありませんけれど……」


 アナスイは満面の笑みを浮かべた。


「本日の配信は、この子たちをかわいがる配信に変更いたしますわ!」


『待ってました!』

『むしろそっちが本編』

『ジュリエットとロミオを映してくれ』

『今日はこれでいい』

『ナナリーグッズ紹介もまたやってくれw』


「ええ、また今度ご紹介しますわね!」


 アナスイはそう答え、ジュリエットの頭を撫でた。


「よしよし。ジュリエットはいい子ですわね~」


「わんお!」


 次にロミオを撫でる。


「ロミオもいい子ですわ~」


「にゃあ」


 ジュリエットとロミオは、互いに顔を近づけて遊び始める。


 アナスイはその様子を、ただただ幸せそうに眺めていた。


『この配信、ずっと見ていられる』

『勇者の休日って感じだな』

『部屋はやべぇけど本人も二匹も幸せそうだからヨシ!』

『薔薇とナナリー様とコボルトと猫……情報量が多いw』


 アナスイはコメントを見て、少しだけ首を傾げた。


「……やべぇ部屋?」


「失礼ですわね! 美しく整えているだけですわ!」


『そこは否定するんだw』

『写真のサイズをもう一度見てください』

『ラストワンのフィギュアも忘れてませんよw』


「それは大切な宝物ですわ!」


 アナスイは即答した。


 そして再び、二匹へ視線を戻す。


「さあ、ジュリエット。ロミオ。こちらへいらっしゃい!」


「わんお!」


「にゃあ!」


 赤い薔薇の部屋。


 壁一面のナナリーとのツーショット写真。


 特別なナナリーフィギュア。


 そして、その足元では、ふわふわのコボルトと猫がじゃれ合っている。


 なんとも濃い空間ではあるが――。


 アナスイにとっては、これ以上なく幸せな自宅配信となったのだった。


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