アナスイさん 自宅配信
ある日の午後。
色欲の勇者アナスイは、自宅からEV配信を始めていた。
「皆さま、ごきげんよう~! 本日はわたくし、アナスイの自宅から雑談配信をお届けしますわ!」
『おおお!』
『アナスイ様の自宅配信!?』
『勇者の私生活が見られるのか』
『これは貴重な映像』
『どんな部屋なんだろ』
「ふふふ。そんなに期待されても困りますわよ?」
そう言いながら、アナスイはカメラの位置を少し調整した。
そして――。
『…………』
『…………え?』
『赤い』
『赤いなwww』
『薔薇!?』
画面いっぱいに映ったのは、赤を基調とした美しい部屋だった。
壁には薔薇を思わせる装飾。
深紅のカーテン。
赤いソファ。
テーブルには薔薇を飾った花瓶が置かれ、棚にも薔薇をモチーフにした小物が並んでいる。
照明まで暖かい赤色で統一されていた。
美しい。
美しいのだが――。
『色欲の勇者の自宅って感じがすごい』
『コンセプトが徹底してるw』
『薔薇の館じゃん』
『さすが美を求める国の勇者』
『これ本人の趣味なの?』
「もちろんですわ!」
アナスイは胸を張った。
「美しいものに囲まれて暮らす。それは人生を豊かにするために大切なことですもの!」
『なるほど』
『正論ではある』
『部屋自体はめちゃくちゃ綺麗だな』
だが。
視聴者たちが部屋をよく観察し始めると、別の問題が見えてきた。
『……ん?』
『右の棚』
『ちょっと待てw』
『ナナリー様がいるんだが』
棚の上。
そこには、ナナリーのグッズが所狭しと並んでいた。
ナナリーの小さなフィギュア。
ナナリーのアクリルスタンド。
ナナリーを描いた肖像画。
ナナリーの歌唱配信記念グッズ。
ナナリーの聖女就任記念品。
ナナリーをイメージしたアクセサリー。
さらに、ナナリーが出演した配信の記念品まで、綺麗に飾られている。
『ナナリー様コーナー!?』
『いや、コーナーどころじゃない』
『部屋のあちこちにいるぞw』
『薔薇の部屋じゃなくてナナリー様の部屋だった』
『アナスイさん、ちょっと詳しく聞かせてください』
「まあ!」
アナスイが嬉しそうに手を叩いた。
「皆さま、よくお気づきになりましたわね!」
『隠す気がないw』
『むしろ気づいてほしかったんだろw』
「もちろんですわ! こちらはナナリー様の歌唱配信を記念して作られた品で、こちらは聖女として初めて大きな式典に出られた時のもの。そして、こちらは――」
アナスイが嬉々として説明を始める。
グッズ一つ一つについて、購入した時期や入手経緯まで把握しているらしい。
『解説が止まらないw』
『愛が重い』
『全部説明できるの怖いw』
『さすがSランク冒険者、記憶力が違う』
『そこに能力を使うなw』
「失礼ですわね! 大切なものを覚えておくのは当然でしょう?」
アナスイは頬を膨らませた。
そして、部屋の奥を指差す。
「それに、こちらもご覧くださいませ!」
『まだあるの!?』
カメラがゆっくりと動いた。
そこにあったのは――。
『…………』
『………………』
『デカッ!!』
壁一面に近い大きさまで拡大された、一枚の写真だった。
写っているのは、ナナリーとアナスイ。
二人が並んで笑っているツーショット写真である。
ナナリーはいつもの優しい笑顔。
隣のアナスイは、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
ただし。
写真の大きさが尋常ではなかった。
『ちょっと待てwww』
『壁に飾るサイズじゃないだろ!』
『自分も写ってるからセーフ……なのか?』
『ナナリー様の肖像画より大きいんだがw』
『これ毎日見ながら起きるの?』
「ええ!」
アナスイは満面の笑みで頷いた。
「こちらは、ナナリー様とご一緒した大切な思い出ですもの!」
『思い出のサイズがおかしいw』
『写真自体は普通に素敵なのにw』
『誰がこのサイズで印刷したんだよ』
『自分で注文したんだろうな……』
「もちろん、特注ですわ!」
『やっぱりwww』
即答だった。
アナスイは写真を見上げ、うっとりと微笑んだ。
「はぁ……。ナナリー様、本当にお美しいですわ……」
『本人も写ってるんだよなw』
『自分の顔も毎日見てるのか』
『そこは気にならないんですかw』
「自分の姿を確認することも、美しさを保つためには必要ですわよ?」
『理屈が強いw』
『色欲の勇者、隙がない』
そんなコメントが流れる中、アナスイがふと思い出したように別の棚へ移動した。
「そうそう! こちらも皆さまに見ていただきたいのですわ!」
棚の中央。
ガラスケースに大切そうに飾られていたのは――。
『あああああ!?』
『それは!!』
『ナナリー様フィギュア!!』
『まさかラストワン!?』
ナナリーグッズくじのラストワン賞。
通常の景品とは異なる特別仕様のナナリーフィギュアだった。
衣装も造形も細かく作り込まれ、専用の台座まで用意されている。
アナスイはケースの前で、誇らしげに胸を張った。
「こちらが、ナナリーグッズくじのラストワン賞ですわ!」
『うわあああああ』
『持ってるの!?』
『最後の一枚まで引いた人しかもらえないやつ!』
『くじの景品、まだ残ってたんだ……』
『欲しかったのに手に入らなかったやつだ!』
「ええ。とても苦労しましたのよ?」
アナスイが頷く。
「残りの景品を確認して、あと何回引けばラストワンに届くか計算して……。最後まで引ききりましたわ!」
『大人の財力w』
『いやSランク冒険者の財力だ』
『それだけのために全部引いたのかw』
『羨ましいいいいい!』
「ふふふ……」
アナスイは目を細めた。
「これは、わたくしの大切な宝物ですわ!」
『くっ……!』
『ラストワンだけはどうしても手に入らなかった』
『もう一回くじ再販してくれ!』
『アナスイさん、譲ってください!』
「お譲りしませんわ!」
『即答www』
「こちらはわたくしが責任を持って大切にいたします!」
『それが正しいんだけど悔しいw』
『大切にしてくれそうなのがまたw』
アナスイは満足そうに頷いた。
そして、カメラの前へ戻ってくる。
「さて! わたくしの部屋の紹介はこれくらいにして――」
『これくらい!?』
『情報量が多すぎる』
『部屋紹介だけで一時間いけるだろw』
「本日は、皆さまにご報告がございますの!」
アナスイが両手を広げた。
「このたび――」
その瞬間。
「わんお!」
画面の下から、ふわふわの頭が飛び込んできた。
『!?』
『犬!?』
『コボルトだ!』
『ちっちゃくてかわいい!』
身長およそ百センチ。
かわいらしい警備服を着た、メスのコボルト。
ジュリエットだった。
「まあ、ジュリエット! 紹介するところでしたわ!」
「わんお!」
ジュリエットはアナスイの足元にぴたりと寄り添い、尻尾をぶんぶん振っている。
アナスイがしゃがみ込む。
「こちらが、わたくしの新しい家族!」
ジュリエットを抱き上げる。
「コボルトの女の子、ジュリエットですわ!」
「わんおー!」
『ジュリエットちゃん!』
『お迎えしたって言ってた子だ!』
『ふわっふわじゃん!』
『警備服かわいすぎる』
『尻尾すごい勢いで振ってるw』
「そして、もう一人!」
「にゃあ」
今度はソファの上から、一匹の猫が顔を出した。
ジュリエットの新しいお友達として、アナスイが猫カフェから迎えた猫――ロミオである。
「こちらが猫のロミオですわ!」
「にゃあ」
『ロミオくん!』
『名前までセットでかわいい』
『ジュリエットとロミオかw』
『名前の組み合わせが完璧すぎる』
ロミオはソファから降りると、アナスイの足元へ歩いてきた。
ジュリエットも床へ下ろしてもらう。
すると二匹は、まるで示し合わせたかのようにじゃれ始めた。
「わんお!」
「にゃっ」
ジュリエットが前足を伸ばす。
ロミオがひらりと避ける。
今度はロミオがジュリエットの周りを回り、ジュリエットが追いかける。
ふわふわのコボルトと猫が、赤い絨毯の上をころころと転がっていた。
『かわいいいいい!』
『急に癒やし空間になった』
『さっきまでの部屋との温度差w』
『ジュリエット、ロミオと仲良しなんだな』
『ロミオが逃げてジュリエットが追ってるw』
「ふふふ!」
アナスイは二匹を見ながら、幸せそうに頬を緩めた。
「このたび、コボルトの女の子ジュリエットと、猫ちゃんのロミオをお迎えしましたわ!」
そして、ジュリエットを抱き上げる。
「ジュリエットは、わたくしがエキドナに遊びに行くたびに、いつも尻尾を振って出迎えてくれたんですの!」
「わんお!」
「抱っこをせがんでくる姿が、もう本当にかわいくて……!」
頬を寄せる。
「こんなの、連れて帰りたくなってしまうでしょう!?」
『気持ちは分かるw』
『あの尻尾は反則』
『わんお!って鳴くのかわいすぎる』
『アナスイさん、完全に親の顔』
「それで、ジュリエットにはお友達がいた方がいいと思いまして」
アナスイがロミオを見る。
「猫カフェで出会ったロミオをお迎えしましたの!」
「にゃあ」
ロミオはジュリエットの隣に座った。
「ほら! 二人とも仲良しでしょう?」
ジュリエットがロミオに身体を寄せる。
ロミオは目を細め、ジュリエットの毛並みに頬を擦りつけた。
『あああああ』
『相性よすぎる』
『ジュリエットがふわふわでロミオもふわふわ』
『この二匹ずっと見ていられる』
『アナスイさん、良いお迎えをしたな』
「ええ。二人とも、とても良い子ですわ!」
アナスイは嬉しそうに笑った。
「もちろん、二人とも大切にしますわ。お仕事の時にも、安心して過ごせるように環境を整えましたし、食事も健康管理もきちんとします!」
『さすがSランク冒険者』
『家族として責任持ってるのいいな』
『ジュリエットもロミオも幸せそう』
ジュリエットが、アナスイの膝へ前足をかける。
「わんお!」
「あら? また抱っこですの?」
アナスイが笑いながら抱き上げる。
「もう、甘えん坊さんですわね~!」
ロミオも負けじとソファから膝へ飛び乗った。
「にゃあ」
「まあっ! ロミオまで!」
両腕にジュリエット。
膝の上にロミオ。
アナスイは二匹に囲まれ、完全に動けなくなった。
『wwwww』
『身動き取れなくなってるw』
『勇者、敗北』
『二匹の連携が完璧』
『これはもう立てない』
「…………」
アナスイは二匹を見下ろした。
ジュリエットが見上げる。
ロミオが喉を鳴らす。
「…………」
そして。
「……このままでいいですわ」
『wwwww』
『立つ気がないw』
『配信終われなくなったぞw』
「皆さま、申し訳ありませんけれど……」
アナスイは満面の笑みを浮かべた。
「本日の配信は、この子たちをかわいがる配信に変更いたしますわ!」
『待ってました!』
『むしろそっちが本編』
『ジュリエットとロミオを映してくれ』
『今日はこれでいい』
『ナナリーグッズ紹介もまたやってくれw』
「ええ、また今度ご紹介しますわね!」
アナスイはそう答え、ジュリエットの頭を撫でた。
「よしよし。ジュリエットはいい子ですわね~」
「わんお!」
次にロミオを撫でる。
「ロミオもいい子ですわ~」
「にゃあ」
ジュリエットとロミオは、互いに顔を近づけて遊び始める。
アナスイはその様子を、ただただ幸せそうに眺めていた。
『この配信、ずっと見ていられる』
『勇者の休日って感じだな』
『部屋はやべぇけど本人も二匹も幸せそうだからヨシ!』
『薔薇とナナリー様とコボルトと猫……情報量が多いw』
アナスイはコメントを見て、少しだけ首を傾げた。
「……やべぇ部屋?」
「失礼ですわね! 美しく整えているだけですわ!」
『そこは否定するんだw』
『写真のサイズをもう一度見てください』
『ラストワンのフィギュアも忘れてませんよw』
「それは大切な宝物ですわ!」
アナスイは即答した。
そして再び、二匹へ視線を戻す。
「さあ、ジュリエット。ロミオ。こちらへいらっしゃい!」
「わんお!」
「にゃあ!」
赤い薔薇の部屋。
壁一面のナナリーとのツーショット写真。
特別なナナリーフィギュア。
そして、その足元では、ふわふわのコボルトと猫がじゃれ合っている。
なんとも濃い空間ではあるが――。
アナスイにとっては、これ以上なく幸せな自宅配信となったのだった。




