アナスイさん コボルトと猫をお迎えする
その日も、アナスイはいつものようにエキドナの屋敷を訪れていた。
「ナナリー様~! 今日も遊びに来ましたわ~!」
転移して屋敷にやってきたアナスイ。
すると、廊下の向こうから小さな影が駆け寄ってきた。
「わんお! わんお!」
「あら~! 今日もお出迎えですのね!」
身長およそ百センチ。
ふわっふわの毛並みに、かわいらしい警備服。
犬を思わせる顔立ちと、ぶんぶん振られる尻尾。
エキドナが作り出した人工モンスター、コボルトだった。
屋敷には秋田犬のような見た目の個体もいれば、柴犬風の個体や、毛並みの違う個体もいる。
種類は様々だ。
しかし、この子は特にアナスイによく懐いていた。
「わんお! わんお!」
「あらあら、そんなに喜んでくださるの?」
アナスイがしゃがむと、コボルトはすぐに彼女の胸元へ前足をかけた。
「わんお!」
さらに、両手を伸ばす。
抱っこしてほしいらしい。
「…………」
アナスイが固まる。
コボルトは首を傾げ、もう一度、両手を伸ばした。
「わんお……?」
「~~~~っ!」
アナスイは両手で顔を覆った。
「こんなの無理ですわ……!」
そして、勢いよくコボルトを抱き上げる。
「よしよしよし! なんてかわいいんですの!」
「わんおー!」
抱っこされたコボルトは、満足そうに尻尾を振っている。
アナスイの腕の中で、ふわふわの毛並みがもこもこと揺れた。
「こんなにかわいいなんて……! 毎回私を見つけると駆け寄ってきて、抱っこまでせがむなんて……!」
頬を寄せる。
「もう、どうしたらいいんですの!?」
「わんお!」
コボルトは嬉しそうに鳴いた。
アナスイは、とうとう決意した。
「……決めましたわ」
コボルトを正面から見つめる。
「私の子になります?」
「わんお!」
「~~~~っ!!」
アナスイはコボルトを抱きしめた。
「決まりですわ! この子、私の子にしますわ!」
◇ ◇ ◇
「ニコラさーん!」
コボルトを抱いたまま、アナスイが研究室へ突撃した。
「この子、もらっていきますわね!」
「……ん~?」
ニコラは手元の作業を止め、アナスイを見た。
次に、腕の中のコボルトを見る。
「……あ~。その子ね~」
「そうですわ!」
「わんお!」
「見てくださいまし! こんなにかわいいんですのよ!」
「うん~。かわいいね~」
「私が来るたびに、こうして喜んでくれるんですの!」
「うんうん~」
「ですから、私専用にしますわ!」
ニコラは少し考えてから、あっさり答えた。
「ん~。リゼットに聞いてみたらいいんじゃない~?」
「では、行ってきますわ!」
「わんお!」
「……元気だね~」
ニコラは二人を見送った。
◇ ◇ ◇
リゼットの部屋。
「リゼット様~!」
アナスイが入ってくる。
腕の中には、相変わらずふわふわのコボルト。
「どうしたの?」
お茶を飲んでいたリゼットが顔を上げた。
「この子を私の子にしたいんですの!」
「……この子?」
リゼットがコボルトを見る。
「わんお!」
コボルトはリゼットにも元気よく挨拶した。
「……ああ」
リゼットは納得したように頷いた。
「あなたが来ると、いつもすごい勢いで尻尾を振っている子ね」
「そうですわ! 毎回、抱っこをせがんでくるんですの!」
「わんお!」
「……ふふ」
リゼットは微笑んだ。
「別にいいのだけど」
「本当ですの!?」
アナスイの顔がぱっと明るくなる。
「ええ。ただ――」
リゼットはコボルトを見つめた。
「その子でいいのかしら?」
「……え?」
「屋敷には色々な種類のコボルトがいるでしょう?」
リゼットが指を立てる。
「体格も違えば、得意な仕事も違う。警備向きの子もいれば、荷物運びが得意な子もいるし、力仕事が得意な子もいるわ」
「…………」
アナスイが止まった。
そして、腕の中のコボルトを見る。
コボルトも彼女を見上げた。
「わんお?」
ふわふわ。
かわいい警備服。
つぶらな瞳。
そして、また激しく振られる尻尾。
「……この子がいいですわ!」
即答だった。
「本当によろしいの?」
「もちろんですわ!」
アナスイはコボルトをぎゅっと抱きしめる。
「私が屋敷に来るたびに、こんなに喜んでくださるんですのよ? この子以外に考えられませんわ!」
「わんおー!」
リゼットは微笑ましそうに二人を眺めた。
「そう。本人もあなたに懐いているようだし、問題ないわね」
「ありがとうございますわ!」
アナスイは深々と頭を下げた。
ただし、腕の中のコボルトは絶対に離さなかった。
「それで、その子を連れて帰るの?」
「はい! 私専用の子にしますわ!」
「そう」
リゼットは何でもないことのように頷いた。
「大事にしてあげてね」
「もちろんですわ!」
「わんお!」
こうして。
色欲の勇者アナスイは、エキドナの屋敷へ遊びに来るたびにお出迎えしてくれたコボルトを、自分のパートナーとして迎えることになった。
◇ ◇ ◇
数分後。
「ナナリー様~! 見てくださいまし! 私の新しい家族ですわ~!」
「……えっ!?」
ナナリーのもとへ、コボルトを抱いたアナスイが駆け込んできた。
「わんお!」
「かわいい~!」
ナナリーが笑顔で頭を撫でる。
「この子、アナスイさんの家族になったんですか?」
「そうですわ!」
アナスイは満面の笑顔だった。
「これからは私がこの子を大切にしますの!」
「よかったね!」
「わんお!」
コボルトも嬉しそうに尻尾を振った。
◇ ◇ ◇
それから数日後。
「ジュリエット~! 今日はお出かけですわよ~!」
「わんお!」
アナスイが声をかけると、ふわっふわの毛並みをしたコボルトが、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
身長はおよそ百センチ。
かわいらしい警備服を着た、メスのコボルト。
名前はジュリエット。
アナスイがエキドナの屋敷に来るたびに大喜びで出迎え、抱っこをせがんでいた結果、ついに家族として迎えられた子である。
「わんお! わんお!」
「はいはい、抱っこですわね~!」
アナスイはジュリエットを抱き上げ、頬をふわふわの毛並みに埋めた。
「……はぁ~。幸せですわ……」
「わんお~!」
尻尾をぶんぶん振るジュリエット。
「でも、ジュリエット」
アナスイは顔を上げた。
「あなた、私がいない間は寂しくありません?」
「……わんお?」
「私もずっと一緒にいてあげたいのですけれど、お仕事もありますし、勇者として出かけなければならない時もありますわ」
「…………わんお」
ジュリエットが少しだけ耳を下げた。
「そうですわよね……。やっぱり、お友達がいた方がいいですわよね!」
「わんお!」
「というわけで!」
アナスイは勢いよく立ち上がった。
「今日はエキドナ館の猫カフェに行きますわ!」
「わんお!?」
「ふふふ。猫さんたちと仲良くなれれば、お友達ができるかもしれませんもの!」
ジュリエットは首を傾げたものの、アナスイが楽しそうなので、尻尾を振って賛成した。
◇ ◇ ◇
エキドナ館の猫カフェ。
扉を開けた瞬間、アナスイは目を輝かせた。
「まああああっ!」
ふわふわの猫。
丸くなって眠る猫。
窓辺で日向ぼっこをする猫。
クッションの上でお腹を見せている猫。
そして、客が座るソファの上を堂々と歩いている猫。
「なんて素晴らしい空間なんですの……!」
「わんお……!」
ジュリエットも目を丸くしていた。
そこへ、店員がやってくる。
「あら、アナスイさん。今日はジュリエットちゃんも一緒なんですね」
「ええ! この子のお友達を探しに来ましたの!」
「お友達、ですか?」
「はい! 私がいない時にも一緒に遊んだり、お昼寝したりできるお友達ですわ!」
アナスイはジュリエットを床に下ろした。
「さあ、ジュリエット。ご挨拶ですわよ!」
「わんお!」
ジュリエットは、まず目の前で丸くなっている三毛猫に近づいた。
そろり。
そろり。
そして――。
「わんお!」
元気よく挨拶した。
「…………」
三毛猫が片目を開ける。
「にゃあ」
そのまま、また目を閉じた。
「…………」
ジュリエットが固まった。
「……わんお?」
「ま、まあ! 今は眠かったのですわね!」
アナスイが慌ててフォローする。
「次ですわ、次!」
今度は白猫。
ジュリエットが近づくと、白猫は立ち上がり、じっと彼女を見つめた。
「わんお!」
「にゃっ」
白猫は一瞬だけ後ずさりした。
そして、棚の上へぴょんと飛び乗った。
「……わんお」
「ああっ! ジュリエット、落ち込まないでくださいまし!」
アナスイはすぐに抱き上げた。
「大丈夫ですわ! 猫さんたちは気まぐれなのです!」
「わんお……」
「…………」
アナスイは周囲を見回す。
なるほど。
猫という生き物は、こちらが仲良くしたいと思ったからといって、必ずしも応じてくれるわけではないらしい。
それはそれで、実に猫らしい。
しかし。
「……このままでは帰れませんわ」
アナスイの目が真剣になった。
「ジュリエットに、ちゃんとお友達を作ってあげませんと!」
その時だった。
カフェの奥から、一匹の大きな猫が歩いてきた。
ふわふわの長い毛。
堂々とした体格。
そして、どこか貫禄を感じさせる歩き方。
「……!」
ジュリエットが顔を上げる。
大きな猫も、ジュリエットを見た。
しばらく見つめ合う。
「わんお……?」
「にゃあ」
猫がゆっくり近づいてくる。
ジュリエットはアナスイの顔を見上げた。
「……行ってみます?」
「わんお!」
ジュリエットが一歩前へ出る。
猫は逃げなかった。
鼻先を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
ジュリエットも同じように鼻を近づけた。
そして――。
「わんお!」
尻尾が大きく振られた。
猫はその場に座り、前足を揃えた。
「にゃあ」
ジュリエットも、ちょこんと座る。
「…………」
「…………」
二匹は、しばらくそのままだった。
やがて。
猫がジュリエットの頭に、そっと前足を置いた。
「わんお!?」
ジュリエットが驚く。
だが、猫はそのまま頭を撫でるように前足を動かした。
「……わんお~!」
ジュリエットの尻尾が、再び猛烈な勢いで振られ始めた。
「きゃあああああっ!」
アナスイが口元を押さえる。
「見ました!? 今の見ました!? お友達ですわ! あれはもうお友達ですわよね!?」
「そうですね。ずいぶん気に入られたみたいです」
店員も微笑んだ。
猫はジュリエットの隣に移動し、ふわふわの身体をぴたりとくっつけた。
ジュリエットは嬉しそうにその場へ伏せる。
すると猫も、隣で丸くなった。
「…………」
「…………」
アナスイは二匹を見つめていた。
「…………尊いですわ……」
思わず呟く。
「ジュリエット……よかったですわね……!」
「わんお~!」
◇ ◇ ◇
しばらくして、店員がアナスイに声をかけた。
「アナスイさん。この子、ずいぶんジュリエットちゃんを気に入ったみたいですね」
「そうですわね……!」
アナスイは二匹を見つめた。
猫はジュリエットの隣で、すっかりくつろいでいる。
「ところで、こちらの猫カフェでは、気に入った猫を家族として迎えることもできるんですか?」
「はい。大切にしてくださる方であれば、里親になっていただけますよ」
「まあ!」
「お迎えの費用は金貨一枚です。もちろん、最後まで責任を持って大切にしていただくことが条件になります」
「…………」
アナスイは猫を見た。
次に、ジュリエットを見る。
ジュリエットは猫に身体を寄せ、嬉しそうに尻尾を振っていた。
猫も逃げる様子はない。
むしろ、ジュリエットの頭をもう一度ぺろりと舐めた。
「…………」
アナスイは静かに立ち上がった。
「もちろんお迎えしますわ!」
「わんお!?」
「にゃあ?」
ジュリエットと猫が、揃って顔を上げた。
「だって、こんなに仲良しになったんですもの! ジュリエットのお友達として、私が責任を持って大切にしますわ!」
「ありがとうございます。それでは、お迎えの手続きをいたしますね」
「よろしくお願いしますわ!」
アナスイは大きく頷いた。
そして、すぐに猫へ視線を戻す。
「ふふふ……。あなたも今日から家族ですわね!」
「にゃあ」
猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「わんおー!」
ジュリエットも嬉しそうに鳴く。
「まああああっ! 二人ともかわいいですわ~~~!」
アナスイは二匹をまとめて抱きしめようとした。
しかし。
ジュリエットはすんなり抱き上げられたものの、猫はするりと腕を抜けて、彼女の肩に飛び乗った。
「……あら?」
「にゃあ」
「あらあら、肩がお気に入りですの?」
猫はそのまま、アナスイの肩の上で丸くなった。
「……ふふっ」
アナスイは嬉しそうに笑った。
「では、これからよろしくお願いしますわね」
「わんお!」
「にゃあ」
◇ ◇ ◇
その後。
アナスイは猫カフェで、たっぷりと時間を過ごした。
ジュリエットは新しく家族になった猫の隣でお昼寝をし、別の猫が近づいてきても、もう怖がらなくなった。
時には二匹で店内を歩き、時には一緒に窓の外を眺める。
すっかり打ち解けた様子だった。
「よかったですわね、ジュリエット」
「わんお!」
「これなら、私がお仕事でいない時も寂しくありませんわね!」
「わんお!」
ジュリエットがアナスイに抱きつく。
「……あら?」
アナスイは少しだけ目を細めた。
「でも、私が帰ってきた時は、今までどおりお迎えしてくださいますわよね?」
「わんお!」
勢いよく頷くジュリエット。
肩の上では、猫が気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「ふふふ……!」
アナスイは嬉しそうに笑った。
「よろしいですわ!」
その様子を見ていた店員が、ふと思い出したように尋ねる。
「そういえば、アナスイさん」
「はい?」
「今日はジュリエットちゃんのお友達を探しに来たんですよね?」
「ええ!」
「……猫のお友達でよかったんですか?」
「…………」
アナスイが止まった。
そして。
「…………まあ」
ジュリエットを見る。
隣で猫と一緒に丸くなっている。
「……本人たちがよろしければ、問題ありませんわ!」
「わんお!」
「にゃあ」
「ほら!」
アナスイが胸を張る。
「二人とも仲良しですわ!」
店員は笑顔で頷いた。
「そうですね」
こうして。
色欲の勇者アナスイは、愛するジュリエットにお友達を作るという目的を果たした。
そして、そのお友達も家族として迎えることになった。
ただし。
その日以降、アナスイがエキドナ館を訪れる理由は、さらに増えることになる。
「ナナリー様~! 今日も遊びに来ましたわ~!」
そして。
「ジュリエット~! ロミオ~!猫カフェにも行きますわよ~!」
「わんおー!」
「にゃあ」
エキドナの屋敷には今日も。
ナナリーに会いたい勇者と、ふわふわのコボルト、そして新しく家族になった猫がやってくるのだった。




