契約
翌日。
強欲大陸の、とある豪商の屋敷。
昨日の夜から、豪商は何度も同じことを考えていた。
エキドナ。
昨日までなら、面白い魔道具を持ち、強い冒険者たちが集まっている集団――その程度の認識だった。
だが。
昨日渡されたEVで見たものは、それまでの認識を完全に覆していた。
強欲のダンジョン。
通常なら、攻略そのものが難しい。
そして何より、戦利品を持ち帰ろうとすれば身体にまで重力がかかる。
だからこそ、攻略する者はいても、大量の収穫を持ち帰ることは難しい。
それをエキドナは――。
「全部、ですからな……」
豪商は思わず笑ってしまう。
魔物を倒し。
データ化し。
宝箱を開け。
素材を回収し。
最後には、それらを全部外へ持ち出してしまった。
しかも。
ニコラが「研究用」「素材用」「保存用」と選別して、それでも不要なものを大量に残していた。
普通の冒険者なら、それだけで一生遊んで暮らせるほどの価値がある。
それを。
いらない。
冒険者ギルドにでも持っていこう。
そんな調子で扱っていた。
「……面白い」
豪商は笑う。
「実に、面白いですな」
そして机の上に、一枚の書類を置いた。
昨日の交換条件。
飛空艇の大型化に必要な希少素材。
それをどうするか。
答えは、もう決まっていた。
◇ ◇ ◇
エキドナの滞在先。
マドカたちが豪商の屋敷へ向かう準備をしている。
「じゃあ、昨日の素材の交換だねー」
「そうね」
リゼットが頷く。
「こちらが渡すものも決まっているし、向こうが提示した素材も確認済みよ」
「飛空艇に使えるんだよね?」
「ええ。これで必要な素材の一つが揃うわ」
マドカが嬉しそうに笑った。
「よし!」
そこへニコラがやってくる。
「昨日の素材、もうちょっと研究していい~?」
「もちろん」
「わーい」
ニコラは嬉しそうに笑う。
そして一行は豪商の屋敷へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ようこそ、お待ちしておりました」
豪商自らが出迎えた。
「昨日は楽しんでくれたかしら?」
マドカが笑う。
「うん! 楽しかった?」
「ええ」
豪商は大きく頷いた。
「それはもう。昨日の配信は実に素晴らしいものでした」
そして豪商は、少し真剣な顔になる。
「……ですから、本日は少々ご相談したいことがございます」
「相談?」
「はい」
豪商は用意していた書類をテーブルへ置いた。
「まず、昨日お約束した飛空艇用の希少素材についてです」
書類には、素材の種類と数量が記されている。
「こちらは予定通り、お渡しいたしましょう」
「本当?」
「ええ」
豪商は笑った。
「ですが――」
一拍。
「私は、それだけで今回のお取引を終わらせるつもりはございません」
マドカが瞬きをする。
「どういうこと?」
「長期的に、エキドナ様方と取引をさせていただきたいのです」
リゼットが豪商を見る。
「具体的には?」
「強欲大陸には、まだまだ珍しい素材がございます。一般には流通しないもの、特定の地域でしか採れないもの、冒険者が見つけても価値を知らずに売ってしまうもの……そういったものも含めて、私どもの商会で探します」
豪商は続ける。
「エキドナ様方が必要とするものを、優先して情報提供し、入手できたものからお声をかけさせていただきたい」
「へぇー」
マドカが嬉しそうに笑った。
「それは助かるね」
「ええ。もちろん、こちらにも利益がございます」
豪商は隠さず言った。
「エキドナ様方が扱う魔道具や、今後開発される商品。そういったものを、私どもの商会で取り扱わせていただきたいのです」
ニコラが顔を上げる。
「新しいの作ったら代わりに売ってくれるの~?」
「ぜひ」
「いいね~」
ニコラが嬉しそうに笑う。
マドカも頷いた。
「こっちも、強欲大陸でしか手に入らない素材を探してるしね」
「はい」
豪商も頷く。
「つまり――」
マドカが指を立てる。
「こっちは欲しい素材を探してもらえる」
「はい」
「そっちはエキドナの商品を売れる」
「その通りです」
「じゃあ、いいんじゃない?」
あまりにもあっさりとした返事。
豪商は笑った。
「私も、そう思っております」
両者の条件が固まっていく。
飛空艇用の希少素材。
今後の素材情報。
優先的な取引。
エキドナが開発する魔道具や商品の販売。
双方に利益がある。
まさに長期的な商売として成立する契約だった。
「では、正式に――」
豪商が契約書を差し出す。
マドカがそれを確認する。
「うん。これでいいよ」
契約が成立した。
豪商は満足そうに笑った。
「ありがとうございます。これから末永く、よろしくお願いいたします」
「こちらこそー」
マドカも笑う。
その横で、リゼットがふと口を開いた。
「そういえば」
「はい?」
「せっかく長期契約を結ぶのだから、もう一つ渡しておきましょうか」
豪商が首を傾げる。
「もう一つ……?」
リゼットがマドカを見る。
「マドカ、あれを」
「うん」
マドカがニコラを見る。
「ニコラ、お願い」
「はいはーい」
ニコラが持ってきたのは、見慣れない装置だった。
「……これは?」
豪商が装置を眺める。
「転移装置だよー」
「…………」
豪商が固まった。
「転移……装置?」
「うん」
ニコラが簡単に説明する。
「ゴール側にも同じ装置を置いてあるから、これを使えば強欲大陸とゴールを行き来できるよ~」
「……」
「もちろん、無制限にどこへでも飛べるものじゃないけどね」
リゼットが補足する。
「登録した場所との間を移動するための簡易型よ」
「……」
豪商は装置を見た。
次にエキドナを見る。
そして、もう一度装置を見る。
「これを……?」
「プレゼント」
マドカが笑った。
「これから長く取引するんだから、こっちとそっちで行き来しやすいほうがいいでしょ?」
「…………」
豪商は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「はっはっはっはっは!」
豪快に笑い始める。
「なるほど! なるほど、そういうことですか!」
豪商は転移装置を見ながら笑う。
「これほど便利なものを、まさか契約祝いのように渡されるとは思いませんでしたよ!」
マドカが首を傾げる。
「便利でしょ?」
「便利どころではありません!」
豪商は笑いながら装置を受け取った。
「これならば、わざわざ長い旅をして商品を運ぶ必要もない。素材の確認も、人員の往来も、今までとは比べものにならないほど楽になる!」
「そうそう」
マドカが頷く。
「これで楽々取引できるねー」
「ええ!」
豪商は嬉しそうに頷く。
「こちらとしても、これ以上ないほどありがたい話です!」
ニコラが装置を確認する。
「壊したら言ってね~」
「壊さないように、全力で大切に扱わせていただきます」
豪商が真顔で答えた。
その様子を見ていたマドカが笑う。
「これで、強欲大陸で面白い素材を見つけたら教えてね」
「もちろんですとも」
豪商は力強く頷いた。
「エキドナ様方が必要とされるものなら、こちらも本気で探しましょう」
こうして。
エキドナは強欲大陸で、長期的な取引相手を得た。
飛空艇の素材だけではない。
今後の素材調達。
魔道具や商品の販売。
そして――ゴールとの直接的な物流経路。
一つの商談から、これから先につながる大きな商売が始まったのだった。
マドカは屋敷を出ながら、満足そうに笑う。
「よーし!」
「次は何をする?」
その言葉に、エキドナの面々が顔を見合わせる。
強欲大陸には、まだまだ遊べる場所がある。
そして――。
その中には、冒険者たちがこぞって遊びに行く場所もあった。
**カジノ。**




