魔法選手権
魔道具発表会の翌日。
エキドナ一行は――特に何かの予定を入れることなく、強欲大陸の観光を楽しんでいた。
「今日はどこ行く?」
ホテルのロビーでマドカが地図を広げる。
「昨日までオークションに発表会だったからね。今日は普通に遊びましょう」
クリスティーナがそう言うと、マドカはすぐに顔を輝かせた。
「じゃあ、観光!」
「それは昨日もしていたでしょう?」
「昨日はオークションとかがあったから!」
「なるほど」
リゼットは微笑みながら頷く。
「では今日は、完全に観光だけにしましょうか」
「やったー!」
それから数日。
エキドナ一行は強欲大陸の各地を巡った。
大規模な商業街。
魔道具店。
珍しい食材を扱う市場。
この大陸独特の娯楽施設。
巨大な闘技場。
そして、他の大陸では見られないような変わった競技まで。
強欲大陸では、何かを競うことそのものが娯楽になっている。
マドカたちも様々な競技に参加した。
「次、あれやろう!」
「またですか?」
「だって面白そう!」
「マドカ、少し休みなさい」
「えー!」
そんなやり取りをしながら過ごす日々。
もちろん、EVによる配信も続いている。
『強欲大陸観光編きた』
『最近ずっとイベントだったからこういうの待ってた』
『マドカまた食べてるw』
『ニコラが店の魔道具全部見てるぞ』
『グレタ武器屋から出てこないw』
そんな何気ない日々を過ごしているうちに――。
ある大会の話が飛び込んできた。
「魔法選手権?」
マドカが案内を読む。
「魔法の威力、精度、難易度など、様々な部門で競う大会みたい」
「面白そうね」
リゼットが興味を示す。
そして。
「色欲の賢者メアリーも参加するそうよ」
その名前に、マドカが振り返った。
「メアリーも?」
「ええ」
「じゃあ、お姉ちゃんも出る?」
「……まあ、いいでしょう」
リゼットはあっさり答えた。
こうして。
エキドナからはリゼットとメアリーが魔法選手権に参加することになった。
そして大会当日。
会場には、強欲大陸中から魔法使いたちが集まっていた。
観客席は満員。
EVによる配信も行われている。
『魔法選手権きたー!』
『今回はガチっぽい』
『リゼットとメアリー出るのか』
『色欲の賢者までいるのやばい』
『強欲大陸、最近エキドナ来てから大会のレベルおかしくない?』
そして。
その観客席の中には、シルヴァもいた。
「……」
彼は静かに舞台を見ていた。
魔道具発表会でニコラに完敗した。
だからこそ、今日も来ている。
自分が知らない魔法。
自分より上の技術。
それを見たい。
「大賢者リゼット様……」
そして。
「色欲の賢者、メアリーさん……」
シルヴァは目を輝かせる。
「今日はどんな魔法を見せてくれるのでしょう」
大会が始まった。
まずは威力部門。
参加者たちが次々と強力な魔法を放っていく。
巨大な火球。
氷の槍。
雷撃。
大地を揺らす土魔法。
観客は歓声を上げる。
「すごい!」
「今年はレベルが高いぞ!」
そんな中。
「続いて、色欲の賢者メアリー!」
会場が沸いた。
メアリーが舞台へ出る。
「よろしくお願いしますね」
穏やかな笑顔。
そして。
「では――」
空間が歪んだ。
メアリーの姿が消える。
「え?」
次の瞬間。
会場の上空。
「――そこからですか!?」
巨大な魔法陣が出現。
大魔法が放たれる。
しかし、それだけでは終わらない。
メアリー自身が再び空間転移。
別の場所へ。
そこでまた魔法を放つ。
さらに転移。
今度は地上。
さらに別の位置へ。
上空。
遠方。
舞台の周囲。
ありとあらゆる場所を瞬間的に移動しながら、次々と大魔法を叩き込んでいく。
「な、なんだあれ!?」
「転移しながら魔法を!?」
「詠唱はどうなっている!?」
会場は騒然となった。
『えぐいw』
『どこから飛んでくるんだよw』
『空間転移ってあんな使い方できるの!?』
『色欲の賢者ヤバすぎる』
『魔法の火力だけじゃなくて位置取りまで異常だ』
シルヴァも食い入るように見ていた。
「……素晴らしい」
思わず声が漏れる。
「メアリーさん……あの方も素晴らしい」
魔法を終えたメアリーが舞台へ戻る。
大歓声。
そして高得点が表示される。
次の競技へ。
シルヴァの番だった。
「続いて、強欲大陸の勇者――シルヴァ!」
会場が沸く。
シルヴァは舞台中央へ進んだ。
「僕は水魔法を使います」
手を掲げる。
大量の水が集まっていく。
渦を巻く。
巨大化していく。
そして――。
「……蛇?」
巨大な水の蛇が姿を現した。
長い。
あまりにも長い。
巨大な頭部を持つ水の大蛇。
会場から驚きの声が上がる。
「なんて大きさだ!」
シルヴァは蛇を操作する。
「では――」
水の大蛇が動く。
ドンッ!!
壁へと突進。
その瞬間。
ズズズズズッ!!
「うわっ!?」
会場全体が揺れた。
観客席から悲鳴が上がる。
「地震!?」
「いや、魔法の衝撃だ!」
巨大な水の蛇が壁を打ち付けたことで、会場そのものが震えている。
『シルヴァもヤバいw』
『勇者の水魔法ってこんななの!?』
『会場壊れない!?』
『地震起きてるぞw』
シルヴァは魔法を解除した。
大歓声。
彼自身も満足そうだった。
そして。
「最後の参加者です」
司会が告げる。
「大賢者――リゼット!」
会場が沸いた。
リゼットが舞台へ歩いていく。
「さて」
リゼットは空を見上げる。
「何をしましょうか」
少し考えて。
「では、昔使ったものを」
空に巨大な魔法陣が浮かんだ。
「……?」
観客が見上げる。
最初は、何が起きているのか分からなかった。
だが。
「……あれ?」
魔法陣の向こうから。
何かが見えてくる。
「……岩?」
巨大な岩。
いや。
巨大すぎる。
その大きさを理解した瞬間。
「…………」
会場が静まり返った。
リゼットが呼び出したもの。
それは――。
隕石。
かつて百年前。
伝説として語り継がれた大魔法。
「メテオ……?」
誰かが呟いた。
空から落ちてくる。
大きい。
王都そのものよりも大きい。
「待て!」
「止めろ!」
「こんなもの落ちたら会場が消えるぞ!!」
会場がパニックになる。
『いやいやいやいやw』
『でかすぎる!!』
『王都よりでかいってどういうこと!?』
『リゼット何してんの!?』
『これ競技だよね!?』
『逃げろおおおおお』
隕石は、猛烈な速度で落下してくる。
大気を震わせ。
轟音を響かせ。
会場へ迫る。
シルヴァも立ち上がった。
「……あれを、本当に落とすつもりなのですか!?」
しかし。
リゼットは。
「ふふ」
笑った。
「落とすわけないじゃない」
パチン。
指を鳴らす。
――消えた。
隕石が。
完全に。
跡形もなく。
最初から存在しなかったかのように消滅した。
「…………」
会場が沈黙する。
リゼットは何事もなかったかのように舞台を降りる。
「さて、終わったわよ?」
司会者は口を開けたまま固まっていた。
「え……あ……」
観客も。
選手も。
誰も言葉が出ない。
そして。
『え?』
『消した?』
『あのサイズのメテオを?』
『防いだんじゃなくて消滅させたぞ』
『いや無理だろw』
『何が起きたの???』
シルヴァだけは違った。
呆然としている。
「……そんなことは」
眼鏡を押し上げる。
「そんなことは、できるはずが……」
だが。
目の前で起きた。
否定できない。
「……完敗です」
シルヴァは静かに呟いた。
結果。
当然のように。
リゼットが優勝した。
「こんなの、児戯なのだけれど」
本人はそう呟くだけだった。
そして大会終了後。
エキドナ一行はホテルへ戻った。
「今日すごかったね!」
マドカが楽しそうに話す。
「メアリーの転移しながらの魔法もすごかったし、シルヴァの水の蛇も凄かった!」
「そうね」
リゼットは普通にお茶を飲んでいる。
「お姉ちゃん、最後のメテオはやりすぎじゃない?」
「大会の規模に合わせただけよ」
「いや、王都より大きかったよ?」
「でも消したでしょう?」
「そうだけど……」
その時。
ホテルの入口から連絡が入った。
「お客様に面会を希望されている方が」
「誰?」
マドカが首を傾げる。
「強欲大陸の勇者、シルヴァ様です」
「……あら」
リゼットが顔を上げた。
やがて。
「失礼します」
シルヴァがホテルの部屋へ入ってくる。
そして開口一番。
「あなた方、エキドナは素晴らしい!」
「……」
マドカたちが少し驚く。
「大賢者様とニコラ博士、それに色欲の賢者メアリーさん!」
シルヴァは興奮を隠さない。
「強欲大陸に来ていただいたこと、本当に感謝します!」
「えっと……」
「おかげで僕は、もっと高みへ上るための知識を得られたかもしれない!」
リゼットは少し困った顔をした。
「そんな、大したことないわよ」
「大したことない!?」
シルヴァが目を見開く。
「さっきのメテオを消した方が!?」
「ええ」
リゼットはあっさり頷く。
「マドカもそう思うでしょう?」
「え?」
急に話を振られたマドカは少し考える。
「そりゃー、お姉ちゃんは大賢者でもあるけど――」
そして。
「怠惰の勇者だしねー」
「…………」
シルヴァが固まった。
「……は?」
「お姉ちゃん、怠惰の勇者でもあるんだよ」
「…………」
シルヴァの眼鏡がずれる。
「リゼット様が……?」
「怠惰の――」
「秘匿された謎の勇者……!?」
「まあ、そうね」
リゼットはあっさり答えた。
「私は知らなかったわよ?」
「え?」
「百年前に王国が認定して発表したことすら、私は知らなかったもの」
「…………」
「それ以降の百年、ろくに大きな事件もなかったから、勇者を選定する必要もなかったんじゃないかしらね」
「なるほど……」
シルヴァはしばらく考える。
そして。
「納得しました!」
突然、勢いよく頭を下げた。
「リゼット様なら、あの魔法もなんでもないことなのですね!」
「そういうことね」
「でしたら!」
シルヴァが顔を上げる。
「よろしかったら、私も師事を受けてもよろしいでしょうか!?」
「…………」
リゼットが沈黙する。
マドカを見る。
ニコラを見る。
メアリーを見る。
そして。
「……また変な子が増えそうね……」
「お姉ちゃん、諦めて」
マドカは笑った。
「強欲大陸まで来て、弟子が増えるとは思わなかったけどね」
ニコラは横で、いつものように眠そうに笑っていた。
「面白そうだから、いいんじゃない~?」
「ニコラまで……」
こうして。
強欲大陸での観光旅行は、また一つ、とんでもない出会いを生むことになった。




