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落内円は落ちている  作者: 七風


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エレノアの知識

 しばらく、一行は無言で歩いていた。


 十五階層での戦いが、それだけ激しかったということだろう。


 やがてマドカが振り返る。


「……みんな、疲れた?」


「違う」


 ガレスが即答した。


「じゃあ、何?」


「考えてるんだ」


「何を?」


 ガレスはしばらく黙り込んでから、深いため息を吐いた。


「俺たちが、本当にSランクなのかを」


「……また?」


 マドカが首を傾げる。


「だってさ……」


 ガレスが遠い目をする。


「現代じゃ絶滅扱いの魔物と戦って、俺たちは死にかけて」


「うん」


「その次に出てきた、あのミノタウロスとも死ぬほど戦って」


「うん」


「それで最後は、マドカが一人で倒した」


「うん」


「……なんか、おかしくないか?」


「おかしいね!」


「認めるなよ!」


 マドカが悪びれもせず答えるので、セリナが吹き出した。


「でも、グロムは本当に強かったわね」


「そうですね」


 ブリジットも頷く。


「あの戦斧を正面から受けるのは、できればもう二度とやりたくありません」


「盾役なのに?」


「盾役だからです」


 ブリジットは真顔だった。


「盾役だからこそ、あれがどれだけ重いのか分かるんです」


「なるほど……」


 マドカが感心する。


「じゃあ、私が受けてみようか?」


「やめてください」


「即答!?」


「マドカが受けたら、私たちが盾を持つ意味がなくなります」


「それもそうか」


「納得しないでくれ……」


 ガレスが頭を抱えた。


「こっちは今、自分たちの存在意義について真剣に悩んでるんだぞ」


「大丈夫だよ」


 マドカが笑う。


「ガレスたち、ちゃんと強いから」


「……」


 ガレスが少しだけ表情を緩める。


「そう言われると、悪い気はしないな」


「でも私のほうが強いけど」


「前言撤回しろ!」


 セリナがまた笑った。


     ◆


「ところで」


 エレノアが口を開いた。


「皆さん」


「ん?」


「第十五階層の戦闘記録ですが」


 ニコラが魔導記録機を掲げる。


「ばっちりだよ~」


「ありがとうございます」


 エレノアが記録機を受け取った。


「それでは、王家への報告資料として整理しておきましょう」


「エレノアがやってくれるの?」


「はい。誰が何をしたのか、戦闘の流れや魔物の特徴まで、可能な限り正確にまとめます」


 ガレスが感心したように頷いた。


「助かるな」


「王家へ報告する以上、曖昧な記録を提出するわけにはいきませんから」


 エレノアは淡々と答える。


 その横で、マドカが手を挙げた。


「エレノア」


「はい?」


「私がグロムを倒したところ、いっぱい大きくしておいて!」


「……」


 エレノアがゆっくりマドカを見る。


「一番かっこよかったから!」


「戦闘記録は公平に整理します」


「えー」


「えー、ではありません」


 エレノアは微笑んだ。


「マドカだけを大きく扱ったら、ガレスたちがかわいそうでしょう?」


「……」


 マドカがガレスを見る。


「じゃあ、ガレスも大きくしてあげよう」


「なんで俺がマドカの隣なんだ……」


「じゃあブリジットも!」


「私は別に……」


「ニコラも!」


「私も?」


「セリナも!」


「どんどん増えてるわね」


 リゼットが呆れたように笑う。


 エレノアは小さく息を吐いた。


「……全員、同じ大きさで記録します」


「むぅ」


「それが一番公平です」


「エレノア、厳しい」


「仕事ですから」


 そう言いながらも、エレノアの口元には小さな笑みが浮かんでいた。


     ◆


 やがて。


 一行は第十六階層へと足を踏み入れた。


「……森?」


 ブリジットが周囲を見回す。


 そこには巨大な木々が立ち並んでいた。幹は太く、枝葉は天井近くまで伸びている。まるで本物の森そのものだった。


「ダンジョンの中に森を作るなんて……」


 ニコラが感心する。


「自然環境まで再現されているのね」


 リゼットも周囲を観察する。


「古代のダンジョンは、本当に凝ってるな」


 ガレスが木々を見上げた。


 すると。


「待ってください」


 エレノアが突然足を止めた。


「どうしたの?」


 マドカが振り返る。


「この森……少しおかしいです」


 エレノアは周囲を見渡した。


 一本の木へ近づき、幹にそっと手を触れる。


「……」


 しばらく木を眺めたあと、今度は隣の木を見る。


「この木、少しだけ傾いています」


「え?」


 ガレスが首を傾げる。


「ですが、こちらも」


 別の木を指差す。


「そして、あちらも」


 さらに奥。


「……全部、同じ方向にわずかに傾いています」


 リゼットが目を細めた。


「自然に生えた森なら、そこまで揃わないわね」


「はい」


 エレノアは頷く。


「それだけではありません」


 今度は地面を見る。


「木と木の間隔も、ほぼ一定です」


「言われてみれば……」


 セリナが周囲を見る。


「本当だわ」


「さらに地面の高さも不自然です」


 エレノアが靴先で地面を軽く踏む。


「こちらは平らに見えますが、数十メートル先でわずかに高くなっています。そして、その先はまた下がっている」


 ガレスが驚いた顔をする。


「そこまで分かるのか?」


「よく見れば分かります」


 エレノアは懐から地図を取り出した。


「古代の遺跡では、こうした視線の通り道や地形の高低差を意図的に利用した構造が存在します」


「視線?」


「はい」


 エレノアが木々の隙間を指差す。


「ここから見える木を基準にすると、その先の木がちょうど視界を遮る位置にあります」


 少し移動する。


「ですが、ここまで来ると別の木が視界を遮る」


 さらに移動する。


「つまり、どこから見ても同じ景色に見えるように作られているんです」


「……迷わせるため?」


 ニコラが尋ねる。


「その可能性が高いでしょう」


 エレノアは地図に印をつけていく。


「古代のダンジョンは、侵入者を単純に力で排除するだけではありません。知識がなければ先へ進めないような仕掛けもあります」


「じゃあ……」


 マドカが目を輝かせる。


「ここ、迷路なんだ!」


「はい」


 エレノアが頷いた。


「おそらく」


 地図上に三つの点を記す。


「この三本を基準にします」


 そこから線を引く。


「木の配置を照らし合わせると、森全体がいくつかの区画に分けられていることが分かります」


 ガレスが地図を覗き込む。


「本当だ……」


「そして、各区画には一つずつ正しい通路が設定されている」


「つまり?」


「適当に歩けば、同じ場所へ戻されるか、罠へ誘導されるでしょう」


 エレノアが一本の線をなぞる。


「ですが、この規則性に沿って進めば――」


 指先が地図の奥へ向かう。


「こちらへ抜けられます」


「すごい……」


 セリナが感心する。


「でも、どうしてそこまで分かるの?」


 エレノアは少しだけ考える。


「王家の教育で、古代遺跡についても学びますから」


「遺跡って、そんなことまで勉強するの?」


「古代史だけではありません」


 エレノアは淡々と説明する。


「魔法、地理、古代文字、建築構造。特にダンジョンや遺跡については、知識不足がそのまま死につながります」


 ガレスが黙ってエレノアを見る。


「だから王家では、実際の遺跡を想定した教育も行われています」


「なるほどな……」


 ガレスが感心する。


「ただのお姫様ってわけじゃないんだな」


「……」


 エレノアが少しだけ眉を上げる。


「当然です」


「ご、ごめん」


「いえ」


 エレノアは地図へ視線を戻した。


「それに、この森にはもう一つ気になる点があります」


「まだあるの!?」


 マドカが驚く。


「はい」


 エレノアが森の奥を見る。


「この構造は、ただ侵入者を迷わせるだけではありません」


「どういうこと?」


「死角が非常に少ないんです」


 エレノアが木々を指差す。


「どの区画からでも、別の区画をある程度確認できるようになっている」


「……防衛施設?」


 リゼットが呟く。


「おそらく」


 エレノアが頷いた。


「古代王国の防衛設備に似ています。侵入者を迷わせながら、その動きを監視するための構造です」


「じゃあ、森そのものが……」


「一つの巨大な装置になっている可能性があります」


 エレノアが地図を閉じた。


「そして、そういう場所には――」


「別の仕掛けがある?」


 リゼットが続ける。


「はい」


 エレノアが頷いた。


「単なる迷路で終わるとは思えません」


「エレノア、すごい!」


 マドカが目を輝かせた。


「本当に?」


「うん!」


「……そうですか」


 エレノアの口元がわずかに緩む。


「かっこいい!」


「ありがとうございます」


 ほんの少しだけ、エレノアは嬉しそうだった。


 その直後。


「じゃあ右ね!」


 マドカが元気よく右へ走り出す。


「はい――」


 エレノアが反射的に答えかけて。


「……って、マドカ!?」


「え?」


「そちらではありません!」


 マドカが振り返る。


「違うの?」


「違います! 今、説明したばかりでしょう!?」


「でも右に道があるよ?」


「それは罠です!」


 マドカが足元を見る。


 ――カチッ。


「……」


「……」


 全員が固まった。


「マドカ!」


 床が開いた。


「わああああああっ!」


 マドカの姿が穴の中へ消える。


「またですかーーーっ!」


 エレノアが頭を抱える。


「私が説明した直後ですよ!?」


「マドカ!」


 ブリジットが即座に駆け出す。


「私が行きます!」


「待ってください!」


「護衛ですから!」


「あなたまで落ちたらどうするんです!」


「でもマドカが!」


「大丈夫です!」


 ニコラが笑いながら魔導記録機を向ける。


「今日の記録~」


「ニコラ! 撮ってないで助けてください!」


「はいはい~」


 リゼットがため息をつく。


「まったく……」


 魔法を発動させる。


 穴の中から、ふわりとマドカが浮かび上がってきた。


「助かったー!」


 無事に地面へ着地する。


 エレノアが腰に手を当てた。


「マドカ」


「はい」


「先ほど私が説明したことを覚えていますか?」


「……右じゃない」


「そうです」


「ごめんなさい」


「よろしい」


 エレノアは微笑んだ。


「では次から、私の後ろを歩いてください」


「はーい」


 マドカが素直にエレノアの後ろへ回る。


「これなら大丈夫!」


「……」


 エレノアが苦笑した。


「本当にお願いしますよ?」


「うん!」


 その後ろでは、ブリジットがミノタウロスの兜を抱えて歩いていた。


 その二本の角には。


 小さなリボンが結ばれている。


 ガレスがそれを見て、しばらく無言になった。


「……本当に付けたのか」


「何か問題でも?」


 ブリジットが不思議そうに振り返る。


「いや……」


 ガレスは兜を見る。


 巨大なミノタウロスの顔。


 その角に、可愛らしいリボン。


「……まあ、本人がいいならいいけど」


 ニコラが笑う。


「似合ってるよ~」


「ありがとうございます」


 ブリジットは満足そうに頷いた。


「可愛いです」


「どこがだ……」


 ガレスが小さく呟く。


「ガレスさん」


「はい」


「何か?」


「……いえ」


 ガレスはそれ以上、何も言わなかった。


 逆らう必要はない。


 それが、このパーティーで生き残るための知恵だった。


     ◆


 その頃。


 第十六階層のさらに奥。


 誰も知らない場所で、一体の魔物が静かに目を開いた。


 巨大な樹木のような身体。


 幾重にも絡み合った根。


 そして、その身体に無数に浮かぶ赤い目。


 木々がざわめく。


 魔物がゆっくりと顔を上げた。


「……侵入者」


 低い声が森の奥へ響く。


「また……来た」


 無数の赤い目が、一斉に開いた。


 そして。


 森の奥で。


 何かが笑った。


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