ダサっ
## 第十五階層
第十五階層へ足を踏み入れた瞬間、一行は思わず足を止めた。
そこに広がっていたのは、これまでの階層とはまるで違う巨大な空間だった。
円形に広がる石造りの床。その周囲を取り囲むように高い壁がそびえ、まるで巨大な闘技場を思わせる造りになっている。
そして、その中央に。
一体のミノタウロスが立っていた。
身長は三メートルを優に超えている。
黒褐色の毛に覆われた巨体。その手には、自身の身体ほどもある巨大な戦斧が握られていた。
ミノタウロスは一行を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「名を聞こう」
低く、よく響く声だった。
先ほどまで感じていた威圧感とは少し違う。そこには不思議な落ち着きと、相手を尊重するような礼儀正しさがあった。
「私はマドカ!」
マドカが元気よく答える。
「マドカか」
ミノタウロスは頷いた。
「我はグロム。この階層を守る者だ」
そう言って、グロムは戦斧を石床へ突き立てた。
ズンッ。
それだけで床に小さな亀裂が走る。
「よろしくお願いします!」
「……礼儀正しい娘だ」
グロムが僅かに笑った。
「ならば、我も礼を尽くそう」
グロムが戦斧を持ち上げる。
「全力で相手をする」
「うん!」
マドカの顔がぱっと明るくなった。
「私も!」
「……やっぱり楽しそうね」
リゼットが呆れたように呟く。
「マドカ、完全に戦う気満々だよね」
ニコラも魔導記録機を構えながら苦笑した。
「だってミノタウロスだよ? 本物だよ?」
「そこなの?」
「そこ!」
マドカは嬉しそうに頷いた。
「ゲームで何回も戦ったことあるんだもん!」
「げぇむ?」
グロムが首を傾げる。
「まあ、それは後で!」
マドカが拳を握った。
「今は戦おう!」
グロムが笑う。
「面白い娘だ」
そして。
一歩、踏み込んだ。
ズンッ!!
「――来る!」
ガレスが剣を構える。
次の瞬間。
グロムの巨体が一気に迫った。
「速い!」
ガレスが目を見開く。
戦斧が振り下ろされた。
ドガァァァン!!
石床が爆ぜ、大量の破片が周囲へ飛び散る。
「うわっ!?」
「盾ぇぇぇっ!」
ガレスが叫ぶ。
「自分で避けなさい!」
ブリジットが盾を構えた。
ガァンッ!!
飛んできた石片をまとめて弾き飛ばす。
「助かった!」
「お礼はいいから前を見て!」
「前って――」
ガレスが振り向いた。
目の前に、グロムがいる。
「……あ」
「ガレス!」
ブリジットの声と同時に、戦斧が横薙ぎに振り抜かれた。
ガァァン!!
「ぐおおおおっ!?」
ガレスの剣と戦斧が激突する。
凄まじい衝撃に、ガレスの身体がそのまま吹き飛ばされた。
「ガレス!」
「大丈夫だ!」
ガレスは床を転がりながらも、なんとか立ち上がった。
「剣は!?」
「無事!」
「盾は!?」
「無事!」
「俺は!?」
「知らない!」
「そこ一番大事だろ!?」
マドカが思わず吹き出す。
「ふふっ!」
「笑ってる場合じゃない!」
ブリジットが叫ぶ。
「でも二人とも息ぴったりだね!」
「「どこが!?」」
見事に声が揃った。
リゼットが額を押さえる。
「……もう、漫才は後にして」
グロムが二人を見て、僅かに目を細めた。
「なるほど」
「?」
「良い連携だ」
ブリジットが固まる。
「今のどこが!?」
「知らん!」
ガレスも叫ぶ。
「俺も知らん!」
グロムは楽しそうに笑った。
「戦場では、意思が揃うことが何より重要だ」
「……そういうものなの?」
マドカがリゼットを見る。
「たぶんグロムの言う通りよ」
リゼットは苦笑した。
「少なくとも、あなたたち二人は本当に噛み合ってるわ」
「なら!」
ガレスが剣を構え直した。
「もっと見せてやる!」
「ええ!」
ブリジットも盾を構える。
「今度こそ、ちゃんと合わせるわよ!」
二人が同時に踏み込んだ。
ガレスが正面から斬り込む。
グロムが戦斧で受け止める。
ガキィィン!!
その瞬間、ブリジットが横から盾を叩き込んだ。
ガァン!!
グロムの身体が僅かに揺れる。
「今!」
ガレスが踏み込む。
だが、グロムは戦斧の柄で剣を受け流した。そのまま身体を回転させ、今度はブリジットへ向かう。
「えっ!?」
「ブリジット!」
「分かってる!」
ブリジットが盾を構える。
ドォン!!
「ぐっ……!」
戦斧が盾を叩きつける。
凄まじい衝撃に、ブリジットの足が床を滑った。
「重っ……!」
「耐えろ!」
「簡単に言わないで!」
「盾役だろ!」
「前衛も盾持ってるでしょうが!」
「俺のは予備だ!」
「そんなの初めて聞いたわよ!」
マドカがまた笑う。
「なんか楽しそう!」
「マドカ!」
ブリジットが叫ぶ。
「楽しそうなのはマドカだけ!」
ガレスも叫んだ。
「俺たちは死ぬほど必死だ!」
「でも、ちゃんと戦えてるよ!」
その言葉に、二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
確かに、そうだった。
ふざけた会話を交わしながらも、互いの動きは正確に噛み合っている。
ガレスが前へ出れば、ブリジットがその隙を守る。
ブリジットが攻撃を受ければ、ガレスが横から斬り込む。
どちらかが崩れれば、もう一人が自然と穴を埋める。
長い冒険の中で積み重ねてきた経験が、身体に染みついているのだ。
「良い」
グロムが笑う。
「騒がしい戦士たちだ。だが――実に良い」
グロムの戦斧が再び振り下ろされる。
ガレスが受ける。
ブリジットが横から押し込む。
セリナがその隙を狙って矢を放った。
ヒュンッ!
矢がグロムの肩を掠める。
「見事」
グロムがセリナを見る。
「一人だけではない。全員が互いを補っている」
「でしょ!」
マドカが嬉しそうに叫ぶ。
「私の仲間、強いんだから!」
ニコラも銃を構える。
「じゃあ私も!」
ドンッ!
魔力弾が飛ぶ。
グロムは戦斧を振るった。
魔力弾が弾き飛ばされる。
「えっ!?」
そのまま戦斧を横へ振り抜いた。
ブワッ!!
衝撃波が発生する。
「きゃあっ!」
ニコラの身体が吹き飛ぶ。
「ニコラ!」
ブリジットが盾を伸ばす。
ドンッ!
盾がニコラを受け止めた。
「ありがと!」
「油断しない!」
「はい!」
ニコラはすぐに立ち上がり、再び銃を構えた。
その様子を見ながら、リゼットが呟く。
「……あの動き」
「どうしたの?」
マドカが聞く。
「グロムよ。単純に力が強いだけじゃない」
グロムがガレスの剣をかわし、ブリジットの盾を避け、セリナの矢を躱す。
「足運び、間合い、攻撃の切り替え……。まるで何百年も戦い続けてきたみたい」
「何百年!?」
マドカの目が輝いた。
「すごい!」
「そこ喜ぶところ?」
「だって強そうじゃん!」
マドカは一歩前へ出た。
「じゃあ、私も本気でやる!」
グロムがこちらを見る。
「来るか」
「うん!」
マドカが駆け出す。
ギィィン!!
拳と戦斧が正面からぶつかった。
凄まじい衝撃。
マドカの足が床を削る。
「……!」
マドカの表情が変わった。
重い。
真正面から受け止められている。
「ほう」
グロムも目を見開いた。
「この力……」
マドカが笑う。
「強いね!」
「そちらこそ」
二人が同時に力を込める。
ドンッ!!
衝撃波が周囲へ広がった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
仲間たちが一斉に距離を取る。
マドカの身体が吹き飛んだ。
「マドカ!」
ブリジットが叫ぶ。
しかしマドカは空中で身体を捻り、そのまま綺麗に着地した。
「……今のは痛かった」
頬を押さえる。
そして。
「でも、楽しい!」
満面の笑み。
グロムが大きく笑った。
「そうか!」
戦斧を構える。
「ならば、まだ楽しめ!」
マドカも拳を握った。
「うん!」
その瞬間。
マドカの姿が消えた。
――時間停止。
世界から音が消える。
飛び散った石片も。
グロムの戦斧も。
仲間たちも。
すべてが静止した。
「さて……」
マドカはグロムの前に立つ。
「どうかな?」
拳を叩き込む。
ドンッ!
しかし。
拳が止まった。
グロムの身体を覆う魔力の鎧が、攻撃を受け止めている。
「やっぱり……」
マドカは眉を寄せる。
「魔装狼と同じだ」
直接攻撃では、この魔力の鎧を突破できない。
マドカはグロムの身体をじっくり観察した。
肩。
胸。
腹。
脚。
「……あ」
僅かな魔力の乱れ。
「ここ」
膝。
マドカは拳を構えた。
「ごめんね」
そして。
全力で叩き込む。
ドゴォォォン!!
グロムの膝が大きく沈んだ。
マドカは時間停止を解除する。
――瞬間。
「ッ……!」
グロムの身体が大きく揺れた。
ズンッ……。
片膝をつく。
しかし。
グロムは倒れなかった。
戦斧を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がる。
「……まだ」
荒い息を吐きながら、グロムがマドカを見る。
「まだ……終わってはいないぞ」
「……!」
マドカの顔が輝いた。
「すごい!」
グロムが吠える。
「うおおおおおおおおッ!!」
戦斧を振り上げる。
マドカも拳を握る。
「いっくよぉぉぉっ!!」
二人が同時に踏み込んだ。
ドォォォォン!!
戦斧と拳が正面から激突する。
闘技場全体が震える。
互いの力が真正面からぶつかり合い――。
そして。
グロムの戦斧が弾き飛ばされた。
ガァンッ!!
戦斧が石床を転がる。
グロムはその場で膝をついた。
「……見事だった」
荒い息を吐きながら、それでもグロムは笑っていた。
「我の敗北だ」
マドカを見上げる。
「強き者に敗れるのは……悪くない」
その身体が淡い光へと変わっていく。
「グロム……」
マドカは静かに、その姿を見つめた。
やがて光は完全に消え、闘技場には静寂が戻った。
そこに残されていたのは、いくつかの素材と装備品だった。
「……あ」
マドカの目が輝く。
「ドロップアイテム!」
「まあ、そうなるわよね」
リゼットが苦笑した。
一行が拾い上げたのは、巨大な角と黒い毛皮。そして、ひと揃いの鎧だった。
黒鉄製の胸当てに、巨大な肩当て。腰を守る分厚い防具に加え、頭部にはミノタウロスの顔を模した巨大な兜まである。二本の角まで忠実に再現されているせいで、どう見ても「ミノタウロスそのものを着る鎧」だった。
「これ……誰が使うの?」
ニコラが首を傾げる。
「性能を見るわ」
リゼットが魔力を流す。
しばらくして、目を見開いた。
「……凄いわね」
「どのくらい?」
ガレスが尋ねる。
「防御力だけなら、今まで見たことがないレベルよ。普通の鎧とは比較にならない」
「じゃあ、俺が使うか」
ガレスが鎧を持ち上げる。
するとブリジットが横から覗き込んだ。
「待って。盾役の私が使ったほうがいいんじゃない?」
「まあ、それはそうだけど……」
ガレスが兜を持ち上げる。
「これも?」
「……」
ブリジットが兜を見る。
ミノタウロスの顔。
巨大な角。
黒一色。
「…………」
「嫌なんだろ?」
「性能は最高なのよ」
「でも?」
「……可愛くない」
「やっぱりそこか!」
マドカが笑う。
「ブリジット、可愛いの好きだもんね」
「だって毎日使うものなら、少しくらい可愛くてもいいでしょう?」
「国宝級の防御力なんだけどな……」
ガレスが呆れる。
マドカは兜を眺めながら、ふと思いついたように言った。
「じゃあ、角にリボンつければ?」
「……」
ブリジットが再び兜を見る。
そして、角の先に大きなリボンが結ばれている姿を想像した。
「…………ありかもしれません」
「ありなの!?」
ガレスが叫ぶ。
「じゃあ私、可愛いリボン作るよ!」
ニコラが嬉しそうに手を挙げる。
「お願い!」
「決まりだね!」
「決まるの早すぎるだろ!」
ガレスの叫びが、広い闘技場に響き渡った。
こうして一行は、強大な守護者グロムとの戦いを終えた。
そして同時に。
国宝級の性能を持ちながら、見た目だけはどうしようもなく微妙な鎧を手に入れたのだった。
「じゃあ、第十六階層に行こう!」
マドカが先へ歩き出す。
「待って、マドカ!」
ブリジットが鎧を抱えて追いかける。
「この鎧、誰が着るかまだ決まってないから!」
「ガレスでいいんじゃない?」
「なんで俺なんだよ!?」
「じゃあブリジット?」
「……リボン次第ね」
「基準そこなの!?」
そんな騒がしいやり取りを続けながら。
一行は、第十六階層へと続く道を進んでいった。




