オセロ
夕方。
強欲大陸へやって来た初日の活動を終え、エキドナの一行はホテルへ戻っていた。
とはいっても。
部屋へ戻って休む、という雰囲気ではない。
ホテルの中央にある大きなラウンジ。
そこには今日一日、それぞれ別行動をしていたメンバーたちが集まっていた。
「おかえりー!」
マドカが手を上げる。
「ただいま~」
ニコラが眠そうに手を振った。
「今日はどうだった?」
「面白かったぞ」
ムサシが答える。
「コロシアムでは、なかなか歯応えのある連中がいた」
「私はもっと色々見て回りたかったです……」
ナツメが少し残念そうに言う。
「まあ、明日もある」
「それもそうですね!」
それぞれが椅子へ座る。
すでにテーブルの上には、強欲大陸で買ってきた菓子や飲み物が並んでいた。
もちろん、その様子はEVでも配信されている。
『全員戻ってきた!』
『夕方の雑談回きたな』
『今日はグループ多かったから情報量が多いw』
『誰が何してたのか気になる』
マドカが楽しそうに周囲を見る。
「じゃあ、今日どこ行ってたか話そうよ!」
「それなら俺から話すか」
クライヴが口を開いた。
「俺はムサシたちとコロシアムへ行ってきた。正直、案内するだけのつもりだったんだが……」
「結局、ワシまで試合をすることになったな」
ムサシが笑う。
「かなり盛り上がってたぞ」
「こちらは魔法施設を見て回っていたわ」
リゼットが言う。
「強欲大陸は、魔法そのものよりも『どう使うか』に工夫を凝らしている場所が多いみたいね」
「面白かったです」
メアリーも頷く。
「同じ魔法でも、考え方が少し違いました」
『リゼット組も面白そう』
『メアリーも同行してるんだ』
『そっちの話もっと聞きたい』
「私は市場を見て回ったぞ」
ビアンチが買い物袋を置く。
「売れている品、足りていない品、商人が欲しがっている物。かなり参考になった」
「さすがビアンチだね」
マドカが感心する。
「私は魔道具店を見てきた~」
ニコラが言う。
「面白いもの、いっぱいあったよ~」
「かなり面白い物が多かったぞ」
グレタも頷く。
「ただ、こっちの職人は変わった作り方をするな」
「私もいくつか資料を見せてもらいました」
カトリーヌが続ける。
「強欲大陸は、店ごとに技術の方向性がかなり違いますね」
「いやー、楽しかった!」
エジソンだけは妙に元気だった。
「魔道具屋だけで一日潰せるよ!」
「でしょうね」
ナナリーが苦笑する。
「みんな、それぞれ楽しんだみたいでよかったですね」
すると。
「それなら、こっちも聞いてくださいませ!」
ガブリエルが勢いよく手を上げた。
「街のほうには、勝負をして景品をもらえる店や催しがたくさんありましたの!」
「そうそう!」
マドカも乗ってくる。
「今日だけで何回勝負したかな?」
「かなりやっていた気がしますわ……」
クリスティーナが苦笑する。
「最初は卓球でしたわね」
『卓球w』
『昼のやつか』
『マドカ勝ってたよな』
「それから腕相撲!」
マドカが指を折る。
「ダーツ!」
「大食いもありましたわ!」
ガブリエルが続けた。
「それから――」
「ストリートファイトには行ってませんわよ」
クリスティーナが先回りして止める。
「行こうとはしましたけどね!」
「止めましたわ」
『お母さんが保護者してるw』
『ガブちゃんもノリノリなの草』
『マドカ強欲大陸に順応しすぎ』
ルーデウスも笑う。
「でも、本当にいろんな勝負があるんだな」
「そうなんです」
ナナリーが頷く。
「強欲大陸では、単にお金を払って商品を買うだけじゃなくて、勝負そのものが商売になることも多いみたいですよ」
「勝ったら食事代が無料になるとか、宿泊費が安くなるとか、そういうのですね」
クリスティーナがまとめる。
「面白い文化ですわ」
「それだけじゃないよ」
アリシアが口を挟んだ。
「勝負に勝ったら、お金じゃなくて情報をもらえる店もあったよ」
「情報?」
マドカが反応する。
「うん。『勝ったら教えてやる』って」
「強欲らしいですね」
ヒナタが微笑む。
「自分にとって価値のあるものを、勝負で取りに行くんですね」
「そういうことみたい」
ナナリーが答える。
すると、ラウンジの入口から声がした。
「それなら、これをやってみませんか?」
ホテルのスタッフだった。
「お客様向けに、夕方からちょっとした勝負会を開催しております」
「勝負会?」
マドカが目を輝かせる。
「はい」
スタッフが説明する。
「このラウンジでは、宿泊客同士で様々な競技に挑戦できます。勝者には、ホテル内の食事券や施設利用券、それから少し珍しい景品をご用意しています」
「やります!」
即答だった。
「マドカ、早いです!」
ナツメが笑う。
「せっかくだもの!」
『また始まったw』
『旅行初日なのに元気すぎる』
『夕方になっても勝負するのか』
『強欲大陸の洗礼』
「では、最初の競技をご案内します」
ホテルのスタッフが、ラウンジの一角に大きな机を用意する。
その上に置かれたのは、色とりどりの絵が描かれたカードだった。
「こちらは記憶勝負です」
スタッフがカードを裏返していく。
「一度に二枚をめくっていただき、同じ絵柄なら獲得。違えば元に戻します」
「なるほど」
ルーデウスが頷く。
「いわゆる記憶力勝負か」
「はい」
「面白そう!」
マドカが席につく。
「私もやりますわ!」
ガブリエルも続く。
「では、始めます!」
最初のカードがめくられる。
「これ!」
マドカが一枚目をめくる。
「……花」
続けてもう一枚。
「違った!」
カードが元に戻される。
「次は私ですわ!」
ガブリエルが挑戦する。
「鳥……それから……」
こちらも外れた。
何度か繰り返すうち、少しずつカードの位置を覚える者が増えていく。
「あっ、ここですわ!」
ガブリエルが二枚をめくる。
「正解です!」
「やりましたわ!」
「次!」
マドカも負けじとカードを取っていく。
客席からも声が上がり始める。
「そこじゃないか?」
「さっき見たぞ!」
「右のほうだ!」
いつの間にか、周囲の宿泊客まで勝負に夢中になっていた。
最後まで競り合い、僅差で勝ったのは――。
「ガブリエル様!」
「やりましたわ!」
ガブリエルが嬉しそうに立ち上がる。
「こちらが景品です」
渡されたのは、ホテル内の施設利用券だった。
「明日も使えますのね!」
「はい」
「嬉しいですわ!」
続いて。
「では、二つ目の競技です」
スタッフがステージを用意する。
「ホテル専属の歌手と、お客様による歌の対決です」
「歌!」
ガブリエルが反応する。
だが、その前に。
「私、やります」
ナナリーが手を上げた。
「ナナリー?」
マドカが振り向く。
「だって楽しそうですよ」
ナナリーが笑う。
「せっかくですし」
「じゃあ頑張って!」
「はい」
ナナリーがステージへ向かう。
そして、ホテル専属の歌手が登場した。
落ち着いた雰囲気の女性だ。
「それでは、一曲ずつお願いします」
先に歌手が歌う。
見事な歌声だった。
ラウンジから拍手が起こる。
「うまいな」
ルーデウスが感心する。
「さすがホテル専属ですわね」
クリスティーナも頷く。
続いて、ナナリー。
歌が始まる。
柔らかく、伸びのある声。
ラウンジが静かになる。
そして――。
歌い終わる。
大きな拍手が起こった。
「すごい!」
マドカが立ち上がる。
「やっぱりナナリーは最高だよ!」
「マドカ、声が大きいですよ」
ナナリーが苦笑する。
スタッフが観客へ向かって尋ねる。
「では、皆様の拍手で勝者を決めたいと思います!」
大きな拍手。
そして。
「勝者――ナナリー様!」
「えっ?」
ナナリーが驚く。
「ありがとうございます」
ホテルの歌手も笑顔で拍手していた。
「素敵な歌でした」
「ありがとうございます!」
ナナリーが頭を下げる。
その様子を見ていた宿泊客の一人が、隣へ小声で尋ねた。
「なあ、あの子……」
「ああ」
「もしかして、あの有名な聖女か?」
「聖女?」
マドカが反応した。
「そう!」
嬉しそうにナナリーを指差す。
「色欲聖女のナナリーだよ!」
「色欲聖女……?」
「そうですわ」
ガブリエルまで加わった。
「とても有名な聖女ですの!」
周囲の客がざわめく。
「あの聖女が……」
「実際に見るのは初めてだ」
「強欲大陸まで来ているのか」
ナナリー本人は少し困ったように笑う。
「そんなに大げさに紹介しなくても……」
「だって本当のことだもん」
マドカは満足そうだった。
そのまま、勝負会はしばらく続いた。
そして、その途中。
ラウンジの一角で、ニコラが配信カメラを持っていることに気づいた宿泊客がいた。
「それは何だ?」
「ん~?」
ニコラがカメラを見せる。
「これ~? 撮影するやつだよ~」
「撮影?」
「ほら~」
ニコラがカメラを向ける。
少し離れた場所にある映像が、EVの画面へ映る。
「……!」
「なんだ、それは!?」
周囲の客が集まってくる。
「遠くの映像が、そのまま画面に出ているぞ!」
「しかも、今撮ったものなのか?」
「そうだよ~」
ニコラは当たり前のように答える。
「このカメラで撮ってるからね~」
「そんなことができるのか……」
さらにホテル側も興味を示した。
「その映像を、ホテル内へ送ることはできますか?」
「できるよ~」
「本当ですか?」
ホテル側が映像結晶を用意する。
ニコラがカメラを操作すると。
ラウンジで撮影している映像が、そのまま映像結晶へ映し出された。
「……!」
別の場所にいた宿泊客まで驚く。
「何だこれは!」
「遠くの場所の様子が、そのまま見えるぞ!」
「こんな技術があるのか!?」
「すごい……」
ラウンジの客も、映像結晶を見ている客もざわめき始めた。
「これ、便利すぎないか?」
「遠くの人に、その場の様子を届けられるということか?」
「一体どんな技術なんだ……」
エキドナ側にとっては、すでに見慣れた光景だった。
だが。
強欲大陸の客にとっては違う。
見る者見る者が驚き、興味を持つ。
「どこで作っているんだ?」
「怠惰大陸だそうだぞ」
「怠惰大陸?」
「今回の一行が、そこから来ているらしい」
噂は、あっという間に広がっていった。
そして。
「……なんか、すごいことになってない?」
マドカが周囲を見る。
「なってるね~」
ニコラがのんびり答えた。
『強欲大陸の人たち驚いてるw』
『EVと映像結晶、こっちではかなり珍しいのか』
『ニコラ普通に扱ってるけどすごいことしてるな』
『怠惰から来た一行って広まってるぞ』
その様子を眺めていたジャスティスが、ふとラウンジの隅を見る。
「……」
「どうしたの?」
マドカが尋ねる。
「いや」
ジャスティスは周囲を見渡した。
「勝負会、面白かったけどさ」
「うん?」
「なんか、もう一つくらい欲しくないか?」
ナナリーが笑う。
「まだやるんですか?」
「せっかくの勝負会なんだからな」
ジャスティスは少し考える。
そして。
「あ」
何かを思いついた。
「そうだ」
ジャスティスがテーブルへ向かう。
「二人でできる遊びがある」
「遊び?」
近くにいた客が聞き返す。
「オセロだ」
「オセロ?」
客たちが首を傾げる。
その瞬間。
マドカは少しだけ目を細めた。
――オセロでドヤ顔してる。
思わず笑いそうになる。
だが、口には出さない。
周囲の地球側の仲間たちも、何も言わなかった。
ただ、少しだけ面白そうにジャスティスを見ている。
「知らないか?」
ジャスティスは得意そうだった。
「なら、作ればいい」
「作る?」
「ああ」
ホテルのスタッフから板を借りる。
黒と白の駒も簡単に用意する。
ジャスティスが盤を作る間にも、周囲にはどんどん人が集まってきた。
「何を始めるんだ?」
「新しい勝負らしいぞ」
「俺たちも見よう」
やがて。
八×八の盤が出来上がる。
「これがオセロだ」
「どうやって遊ぶんだ?」
「簡単だ」
ジャスティスが駒を並べる。
「白と黒に分かれる」
「相手の駒を挟んだら、ひっくり返す」
「最後に自分の色が多かったほうが勝ちだ」
「それだけ?」
「ああ」
説明を聞いた客たちが、盤を覗き込む。
「簡単そうだな」
「でも、奥が深そうだ」
「誰かやってみろよ」
「俺がやろう」
強欲大陸の宿泊客の一人が手を挙げた。
「いいぞ」
ジャスティスが向かいに座る。
ニコラがカメラを向ける。
ホテル側も、さっきと同じように映像結晶へ中継する。
さらにEVにも、その様子が映されていた。
『何それ?』
『新しい遊び?』
『オセロっていうのか』
『ルールは分かりやすいな』
『見てるだけでも面白そう』
「じゃあ、始めるぞ」
ジャスティスが最初の駒を置く。
相手も置く。
そして、駒がひっくり返る。
「おお!」
「ひっくり返った!」
周囲から歓声が起こる。
「そこに置けば、こうなるんだ」
ジャスティスが説明する。
すると、見ていた客の一人が、
「なるほど……」
と呟いた。
別の客は、
「待て。だったら次は……」
と盤を覗き込む。
気がつけば。
最初は数人だった観客が、ラウンジいっぱいに増えていた。
ホテル内の映像結晶にも人が集まっている。
誰かが新しい遊びを見るために足を止め。
また別の誰かが、それを知人へ教えている。
夕方の勝負会は、いつの間にか予定されていなかった新しい催しへ変わっていた。
「面白いな、これ!」
「次は俺がやりたい!」
「私も!」
「ルールを書いてくれ!」
ジャスティスが少し誇らしそうに笑う。
その隣で。
マドカはこっそり笑っていた。
――ジャスティス、オセロでこんなにドヤ顔してる。
なんだか面白い。
けれど。
その笑いを表に出すことはなかった。
今、この遊びを初めて見る人たちにとっては、本当に新しいものなのだから。
『今日は色々ありすぎるw』
『ナナリーの歌に新しい映像技術に最後は新しい遊び』
『強欲大陸、初日から情報量多すぎる』
『明日にはもっと広まってそう』
そして。
その予想は、翌日には現実になった。
朝。
ホテルの中を歩いているだけで。
「昨日の聖女様が――」
「怠惰大陸から来た一行だって?」
「映像を飛ばす魔道具を持っているらしいぞ」
「昨日の黒と白の遊び、もう一回やってくれないかな」
そんな声が聞こえてくる。
一晩で。
エキドナの一行は、強欲大陸でちょっとした有名人になっていた。
まだ旅行は始まったばかり。
それなのに。
強欲大陸の人々の中には、すでに――
怠惰大陸から来た、面白い連中。
そんな印象が広がり始めていた。




