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落内円は落ちている  作者: 七風


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強欲勇者シルヴァ

 強欲大陸。


 エキドナの一行が巨大なホテルへ到着してから、しばらく経った頃。


 ジャスティスは、一人で街を歩いていた。


 大通りには多くの人が行き交っている。


 見慣れない服装。


 見慣れない魔道具。


 見慣れない店。


 何もかもが、これまで訪れた大陸とは違っていた。


 その様子は、当然のようにEVで配信されている。


『ジャスティス一人で街歩きか』


『珍しい組み合わせだな』


『強欲大陸の街、やっぱり雰囲気違うな』


『ジャスティス、今日は何するんだ?』


 コメントを眺めながら、ジャスティスは歩く。


「強欲大陸、か……」


 改めて口にすると、不思議な感覚だった。


 これまでにも多くの場所を旅してきた。


 だが、ここには独特の空気がある。


 街のあちこちに魔道具があり、店先には見たこともない道具が並んでいる。


 魔法と技術。


 それらが当たり前のように生活へ入り込んでいる。


「勇者として活動するなら、一度くらいは見ておきたかった場所だな」


 ジャスティスは、少しだけ空を見上げた。


 勇者。


 今の自分は、まだ正式な勇者ではない。


 そのことは、自分自身が一番よく分かっている。


「……いつか、なる」


 小さく呟く。


「正式な勇者に」


『ジャスティスの勇者へのこだわり、相変わらずだな』


『でも本人もまだ正式じゃないのは分かってるんだよな』


『自称勇者って言われても否定しないからなw』


「自称でも何でもいいさ」


 ジャスティスは苦笑した。


「今はまだ、そういう立場なんだからな」


 それでも。


 いつかは正式に認められる。


 そのためにも、いろいろなものを見ておきたい。


 それが今回、この大陸を歩いている理由の一つだった。


 そんなことを考えながら歩いていると――。


「おい!」


「そっちが先に魔法を使っただろ!」


 少し先から、怒鳴り声が聞こえてきた。


 ジャスティスが足を止める。


 人だかりができている。


 その中心では、二人の男が言い争っていた。


「この程度の魔法で大げさなんだよ!」


「お前、周りを見ろ!」


 片方の男が杖を振る。


 魔力が集まり始めた。


「おいおい……」


 ジャスティスが眉をひそめる。


 人通りの多い場所だ。


 ここで魔法を撃てば、喧嘩している本人たちだけの問題では済まない。


「やめろ!」


 ジャスティスが間に入った。


「……あ?」


 男が振り向く。


「なんだ、お前」


「魔法を使うなら、周りを巻き込まないようにしろ」


 ジャスティスは二人の間に立つ。


「喧嘩なら別の場所でやれ」


「関係ない奴は引っ込んでろ!」


 男が魔法を放った。


 ジャスティスは腕を振る。


 飛んできた魔法を、そのまま弾き飛ばした。


「なっ……!」


 魔法は空へ逸れて消える。


 周囲からざわめきが起こった。


『普通に弾いたw』


『ジャスティスやっぱ強いな』


『街中で魔法撃つなよw』


『でも止め方はジャスティスらしい』


「俺は、こういうのを見過ごせないだけだ」


 ジャスティスは男たちを見る。


「強い弱いの問題じゃない。周りに人がいるなら、それくらい考えろ」


 言われた二人は、互いに顔を見合わせた。


 そして、さすがに分が悪いと思ったのか、その場を離れていった。


 人だかりも少しずつ解散していく。


「……やれやれ」


 ジャスティスは息を吐いた。


「旅行くらい、ゆっくりさせてくれよ」


『お前が言うなw』


『絶対なんか起こると思ってた』


『むしろ何も起きない方が珍しい』


 そんなコメントが流れていると――。


「あなたが、ジャスティスですか?」


 背後から声がした。


 ジャスティスが振り返る。


 一人の男が立っていた。


 整った服装。


 細身の体。


 そして、目元には眼鏡。


 男はジャスティスをじっと見ている。


「そうだが」


「なるほど」


 男は少し考えるようにジャスティスを見る。


「EVで見たことがあります」


「そうか」


「強欲大陸まで来ていたんですね」


「ああ。冬期休暇の旅行でな」


 男は頷いた。


「では、あなたが……」


 そして、何気ない調子で言った。


「ああ、【自称】の方ですか」


『wwwww』


『出たwww』


『初対面でそれ言うのかよw』


『ジャスティス耐えろw』


 ジャスティスは少しだけ苦笑した。


「まあ、今はそうなるな」


「否定しないんですか?」


「事実だからな」


 ジャスティスは肩をすくめる。


「まだ正式には認められてない」


「なるほど」


「でも、いつか正式な勇者になるつもりだ」


「そうですか」


 男は淡々と答えた。


「それで?」


 ジャスティスが尋ねる。


「あなたは?」


「僕ですか?」


 男は眼鏡の位置を直した。


「シルヴァです」


 その名前を聞いたジャスティスは、少しだけ目を見開いた。


「……強欲大陸の勇者か?」


「一応、そう呼ばれています」


『え!?』


『強欲の勇者!?』


『本人来たじゃん!』


『ジャスティス回だと思ったら勇者遭遇したw』


「そうか」


 ジャスティスはシルヴァを見る。


「なら、一つ聞きたい」


「何でしょう?」


「強欲大陸の勇者っていうのは、どういうものなんだ?」


 シルヴァは少し考えた。


「難しい質問ですね」


「そうか?」


「ええ。僕自身、勇者という肩書きについて深く考えたことはありません」


「……お前もか」


 ジャスティスは少し意外そうな顔をした。


「それよりも、僕は魔道具や錬金術のほうに興味がありますから」


「魔道具?」


「はい」


 シルヴァの目が少しだけ輝いた。


「先ほどあなたが弾いた魔法も、興味深いですね。単純な魔力による防御ではないでしょう?」


「……そこまで分かるのか」


「当然です」


 シルヴァは楽しそうに続ける。


「魔力の流れを見る限り、あなたは魔法を正面から受け止めたわけではない。衝突する直前に魔力の方向を――」


「悪い」


 ジャスティスが手を上げる。


「その辺は詳しくない」


「……」


「俺は魔法を使って戦うことはできるが、魔道具の構造とか、錬金術の細かい理論までは専門じゃないんだ」


 シルヴァは黙った。


「…………そうですか」


 眼鏡を押し上げる。


「エキドナというのは、もっと知性の塊のような集団だと思っていたんですがね」


『言ったwww』


『ジャスティスに求めるなw』


『エキドナ代表みたいに扱われてるの草』


『相性悪そう』


 ジャスティスも何とも言えない顔になった。


「……お前とは話が合わなそうだな」


「奇遇ですね」


 シルヴァも真顔で答える。


「僕も同じことを考えていました」


「だろうな」


 二人の間に、妙な沈黙が流れる。


 だが、別に険悪というわけではない。


 単純に、興味を持つ方向が違うのだ。


 ジャスティスは人や出来事に興味を持つ。


 シルヴァは知識そのものに興味を持つ。


 その違いだった。


「ただ」


 シルヴァが口を開く。


「エキドナには、大賢者リゼット様がいるんですよね?」


「ああ」


「それから、ニコラ博士も」


「ああ、いるぞ」


「……なるほど」


 シルヴァの目が変わった。


「その二人なら、僕の知らないことも知っているかもしれませんね」


「たぶん、俺よりはずっと詳しいぞ」


「ぜひ、お会いしてみたいものです」


 シルヴァは少しだけ嬉しそうだった。


「僕の知識を超えるような方がいるのなら、ぜひ話を聞いてみたい」


『シルヴァ、そっちには食いつくのかw』


『ジャスティスには興味なしw』


『知識オタクすぎる』


 ジャスティスは苦笑する。


「まあ、会える機会があったら紹介するよ」


「ありがとうございます」


 シルヴァは素直に頭を下げた。


「楽しみにしています」


「じゃあ、俺はもう少し街を見てくる」


「ええ」


 ジャスティスはその場を離れる。


 しばらく歩いてから、振り返った。


 シルヴァはまだ、その場に立っていた。


 何かを考えている。


「……変わった奴だったな」


『お前もなw』


『どっちも変わってるよ』


『ジャスティスとシルヴァ、絶対仲良くならないタイプw』


「でも」


 ジャスティスは少し笑った。


「強欲大陸の勇者っていうのが、ああいう奴だっていうのは分かった」


 そして、再び街へ向かって歩き出す。


 強欲大陸には、まだ見たことのないものがいくらでもある。


 勇者として正式に認められるためにも。


 そして何より、自分自身が知らない世界を見るためにも。


 ジャスティスの旅は、まだ始まったばかりだった。


 その一方で。


 残されたシルヴァは、静かに眼鏡を押し上げていた。


「……リゼット様」


「ニコラ博士……」


 その名を呟きながら、少しだけ笑う。


「面白そうな方たちですね」


 強欲大陸の勇者シルヴァ。


 彼が本当に興味を持つ相手と出会うのは――もう少し先のことだった。


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